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それぞれの生業

作者: 風池陽一

 吉田はいつも、会社の近くの定食屋で昼食をとる。

 急いで食事をすませると、本屋に立ち寄り最新号の金融・経済情報誌をさがしては立ち読みし、そこからまた少し歩いて、証券会社の電光掲示板を見る。

 そこで為替、日経平均、株式市況などの情報収集をするのだ。この社外で過ごす十二時から十三時までが、一日のうちで一番のびのびしていて、この一時間は吉田にとってかけがいのないみずみずしいものになっていた。


 大阪一のビジネス街、本町界隈はビジネスマンでひしめき、銀行や証券会社があっちこっちにある。

 吉田はこの通りが好きだ。

 この通りを歩いているだけで、企業活動とりわけ株の売買の息吹を感じた。

 株式売買こそ、頭脳が最高に発揮できる場だと思った。

 

 七月のある日、吉田が定食屋のカウンター席で日替わりのトンカツ定食を食べていた時だ。

 「吉田、久しぶり」

 と、男が声をかけてきた。

 振りむくと、同じトンカツ定食がのったトレーを持って、田中が立っていた。

 この店で会うのは初めてだった。

 田中は、「今週初めに大阪本社に転勤してきた」と言った。

 二人は昭和五十七年同期入社で、吉田は大阪本社総務課配属で、田中は名古屋支社技術開発課配属だった。

 大阪本社では、総務課は二階、技術開発課は五階にあるので今日まで会社内で顔をあわすことがなかったのだ。

 田中は、隣のカウンター席に座って、あいさつもそこそこに、「昨日のタイガースはやったね!金本のホームランはさすがやね!」と、口火を切った。

 そうだ、田中は超熱狂的タイガースファンだった。

 小鉢のサラダをハシでつつきながら、「今度の日曜日は阪神巨人戦を観に甲子園に行くからな!大阪に転勤になってよかった!」と熱く語るが、田中は吉田の一番嫌いな人種だった。

 非生産的で、お気楽な行動がひどく無意味なものに思えてならなかった。

 吉田の最大関心事はというと、現在所有しているキリンHD三千株の売りどきはいつだろうかということなのだ。

 吉田は田中の話をききながら、いらいらしていた。

 結局、この日は十二時五十分まで定食屋にいることになり、本屋へも証券会社へも行けなかった。

 しかも、追い打ちをかけるように田中は帰社時に、「明日もいっしょに昼めし食べようや」と言った。

 吉田は昼休みの楽しみが、これからずっとぶちこわされるのではないかと不安になった。

 

 次の日も、総務課の自分の席に座っていても落ち着かなかった。

 「吉田さん、この見積書の内容確認しておいてよ」と企画室の藤山が吉田の机の上に書類を置いて行った。左手には巨人のマスコットのジャビットがついたボールペンを持っている。

 (そうだ、藤山は大の巨人ファンだ。)

 さっそく吉田は田中を、藤山に紹介した。

 プロ野球ファン同士でくっついてくれと願った。

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