先生の蒸気奇譚【番外編】ようこそ蒸気街へ
※本作品は『先生の蒸気奇譚』の短編番外編です。本編をお読みでない方でも、1話完結の旅ものとしてそのままお楽しみいただけます。
今日の滞在先は、自然豊かな山間の街だった。
僕の趣味は旅行。
休暇を利用して日本全国、知らない街を巡っている。
知らない街の、知らない景色。その土地の食べ物、人々との交流は何事にも代えられない刺激と体験を得られる。
時には思いもよらない小説のような話を聞くこともあるのだ。
そんな出会いを求め、宿に荷物を置いて街の酒場へと繰り出す。
「お、ここいいな。こういう昔ながらの雰囲気がたまらない。」
少し古びた、地元の人間しか入らなそうな居酒屋。僕は迷いなく戸を開けて入る。
「いらっしゃい!何にします?」
「あー…ビールと、オススメってなんですか?」
カウンターに座ると酒と地のものを注文する。
「お兄さん、見ない人だね。旅行かい?」
「そうなんですよ。面白いものを求めてふらふらしてます。」
店主との何気ない会話。
「お、兄ちゃん旅人ってやつかい!いいねぇ!」
カウンターの奥に座っていた、常連客と思われる男が隣に座り直す。
日本酒を片手に、すっかり出来上がっていた。
「その街ならではの物って、ワクワクしますよね。」
すっかり酒も入って意気投合する。
「今までどんなとこに行ったんだ?」
「いろいろと行きましたよ。例えば、小さな港のある町なんて…。」
僕は海沿いの町、雲よりも高い場所にある町、いろいろな景色を見てきたことを酒の肴に話した。
「兄ちゃん、いろんな所行ったんだなぁ。じゃあ、隣の街には行ってみたかい?」
常連客も負けじと、面白い場所を教えてくれるという。
「この街から汽車に乗って二駅行ったところによ、山の向こう側だな。ちょっと変わった街があるんだよ。」
「汽車…ですか。今どき珍しい。」
僕は少し首を傾げて続けた。
「まあ、乗る機会なんてほとんどありませんからね。」
常連客はひょいと焼き鳥を掴むと説明を続ける。
「それだけでも面白いんだけどよ。なんとその街はな。電気がねえんだよ。」
「電気が無い…ですか?そうとうの田舎ってことです?」
常連客はガハハと笑うと、酒を一気に飲み干した。
「そいつぁ行ってからのお楽しみだ!独特すぎて不便な街だが、兄ちゃんみてえなのにはきっと面白いと思うぞ!」
常連客の話では、あまり要領を得なかったが、全部を聞いては面白くない。
最低限の行き方を聞いて、あとは少し酒を奢りながら会話を楽しんだ。
次の日。
昨日聞いた街へ向かうべく、宿を後にする。
たしか汽車に乗ると行ってたな。
駅にたどり着いて、券売機の上に掲げられた路線図を確認する。
名前は普通。なんの変哲もない駅名。
電車でこの街に来たが、駅員が言うには電車はこの街までで、この先へは機関車に乗り換えて向かうのだと言う。
駅のホームに立つ。しばらく待つと、遠くから汽笛の音が聞こえてきた。
やがて、モクモクと黒い煙を吐いて、大きな蒸気機関車が姿を現す。
「うわ、本物か?」
現代では観光地でしか見かけないような、重厚な黒光りする車体。
今どき、こんな列車が現役で走っているとは思わなかった。まるでアトラクションのようなその光景に少し笑ってしまう。
木製の客車に乗り込み、ベロア調の座席に腰を下ろす。
窓枠も、座席の手すりも、今どきの車両では見かけないものばかりだ。
まるでタイムスリップするみたいじゃないか。
やがて、車体が小さく揺れた。
車輪が軋み、床下から重い振動が伝わってくる。
ポーッ!
大きな汽笛が、駅の屋根を震わせた。
ゆっくりと動き出す車窓の向こうで、見慣れた街並みが後ろへ流れていく。
さて、どんな街が待っているのだろう。
僕は窓の外に目を向けた。
列車はどんどん山間へと入っていく。
人工物は少なくなり、森の中を走っていった。
一つ、寂びれた無人駅のような駅を挟み、やがて列車はトンネルを抜けて目的の街へと到着する。
「ご乗車ありがとうございました〜!終点です、お忘れ物の無いよう———」
車掌のアナウンスが響く。
駅のホームは、正直そこまで奇抜でも何でも無かった。
年季の入った、寂びれた駅。
降りる人間もほとんどなく、奥の貨物車両から積み荷を降ろしているのが見えた。
「話を聞いた限りじゃ、秘境かよほど原始的な街なのかと思ったんだけどな。」
とりあえず駅から出てみよう。
ところが、駅舎を抜けて街へ足を踏み出した瞬間、僕は思わず立ち止まった。
———
駅を出て、僕の目に飛び込んできたのは、どこか外国を思わせる古い街並みだった。
煉瓦造りの道。
木造の建物。
壁を伝う無骨な無数の配管。
そして、路地を流れる白い蒸気。
「本当に日本か…?」
そう口に出してしまうほど、ロンドンを思わせる異国情緒あふれる光景が広がっていた。
「ははっ…すごいな。」
今まで色々な場所を訪ねてきたが、ここまで度肝を抜かれたのは初めてだった。
今どきあんな格好を…?
あの機械はなんだ?
見るものすべてが新鮮で、街並みだけでなく、人や物にまでつい観察してしまう。
僕は夢中になって、その街を歩いた。
唸りを上げる剥き出しのボイラー。
突如吹き上がる白い蒸気。
まるでファンタジーの世界に飛び込んだかのような高揚感。
この特別な光景を記録しようと、ポケットからスマホを取り出して無我夢中で撮影した。
パシャ
パシャ
パシャパシャ
しばらくして、画面の表示の異変に気づいた。
……圏外。
地図も使えない。
使いすぎたのか、バッテリー残量も心許ない。
「……充電、できるよな?」
一抹の不安を抱き、充電を求めてコンビニを探す。
モバイルバッテリーさえあれば、安心して旅ができる。
田舎と思っていたが、これだけ大きい街だ。そう思いながらも店を探すが、コンビニはおろか、見慣れた看板すら見当たらない。
ようやく何かの商店を見つけ、店員に尋ねる。
「スミマセン、この辺りにコンビニってありますか?」
「……コンビニ…って何ですか?」
店員の女性はポカンとした表情をした。
「えーっと…スマホを充電したいんですが、バッテリーを借りれる場所を探してまして…。」
「スマホ?バッテリー?」
女性は相変わらず不思議そうな顔をしている。
僕はその時、昨晩の居酒屋での会話を思い出した。
『その街には電気が無い』
「あ、だ、大丈夫です!お騒がせしました!」
居ても立ってもいられなくなり、慌てて店を飛び出す。
古びた街を見渡す。
電線も、信号も、自動販売機すら見当たらない。
それどころか、当たり前だと思っていたものが、何一つ存在していないようだった。
街をどこまで行っても、目につくのは歯車と真鍮の板がギラつく見慣れない機械ばかり。
僕は賑わった通りに並ぶ、小さな機械製品を広げた露店を覗いた。威勢の良いおじさんから声をかけられる。
「おう兄ちゃん!見慣れない格好だな!何か買ってくかい!?」
「あー…あの、スマホ…いえ、機械の充電がしたいのですが、できそうなものってあります?」
店主のおじさんは、少し考えてから思いついたようにしゃべった。
「ジュウデン?あぁ!充填ね!それならこれよ!蒸気石!色はこれでいいかい?」
宝石のような、琥珀色の石だった。
少し大ぶりで、かつ丁寧にカットされてわずかに透明感があり、頭上に掲げると日を受けてキラリと輝いた。
「この街と言えばこれよ!お安くしとくぜ!」
店主が言うには、エネルギーを蓄えて放出するものだと言う。
たしかにこれならば、充電はできそうだ。
珍しさもあり、お土産と思ってひとつ購入する。
…街並みから少し不安になったが、さすがに通貨は同じで助かった。
僕は植え込みの脇に置かれたベンチに座ると、買ったばかりの蒸気石を観察した。
もちろんケーブルを挿せるようなジャックなどは見当たらない。見れば見るほど単なる石だ。
「これ、どうやって使うんだ?」
スマホに当てる。
ダメ。
ヘッドホンのプラグを当てる。
ダメ。
乾電池に当てる。
ダメ。
「…………わからない。」
結局、スマホはおろか、手持ちの電化製品の何一つとして使えそうになかった。
途方に暮れていたその時のことである。
「石、温まってる?」
ふいに声をかけられた。顔を上げると目の前には小柄な銀髪の少女が立っている。
「え、子ども?」
綺麗な人形のような顔立ちに、少し汚れた着物と袴姿にブーツを履いており、僕の持っている蒸気石をじーっと見ていた。
「お兄さん、それ新品の蒸気石だね。」
この街の子どもだろうか。
ふいに聞いてみる。
「これ、どうやって使うの?」
「蒸気に当てる。」
「当てる?それだけ?」
「それだけ。」
少女は淡々と答えた。
僕は言われたとおり、配管から吹き出す白い蒸気に石をかざした。
すると、くすんでいた琥珀色の石が、内側から淡く光り始めた。
「光った!?」
蒸気を浴びるにつれ、その光は少しずつ強くなり、石の向こう側が透けて見えるほどに透明感を増していく。
「す、すごい。どうなってるんだ?」
しかし、石は光ったものの、それだけだった。とても充電に使えそうな印象はない。
「お兄さん、街の外の人?」
石の反応にうろたえる僕に少女は質問する。
「え?あ、うん。ちょっと旅の途中で立ち寄ってね。いろいろ分からなくてさ。」
「いいよ。教えてあげる。」
「え?」
少女は振り返りながら手招きした。
「工房においで。見せてあげる。」
工房?何をだ?
不思議に思ったが、とくに行く当ても頼りもない僕は、少女のあとをついていくことにした。
———
不思議な少女に連れられてたどり着いたのは、トタンの壁の大きな工場と、レンガ造りの建物の間にひっそりと佇む、寂びれた小屋のような建物だった。
建物の横に掲げられた小さい看板には、殴り書きのような汚い文字で、こう書かれていた。
『蒸気技師工房』
「着いた。」
「え、ここが工房なの?」
木製の扉を開けると、キィ、という乾いた音をたてる。
「おかえりなさい。」
工房の中には、眼鏡をかけた同い年くらいの青年がいた。
少女と同様、大正ロマンという言葉が似合いそうな書生さんのような格好をしている。
「ユッキーただいま。」
「おや?その人は?」
「あ、お邪魔します。実は旅行でこの街に来てまして…。少し困ったところでこの子に助けていただきまして。えーと、この子のお兄さんでしょうか。」
年齢的に兄妹だろうか。顔が似ているようには見えないが…。
「兄…?ははっ、違いますよ。僕はユキナリ。この人の助手をしております。」
「えっ、助手?」
思わず戸惑う。
「そして、この人がこの工房の主、ミツキ先生です。」
そう言いながら小さな子どもを紹介する。
「工房主…?先生?」
現実味の無い衝撃に、疑問が止まらなかった。
「これが蒸気機械。」
先生と呼ばれた少女は、こちらの戸惑いなどお構いなしに小型の機械を持ってきた。
真鍮色に鈍く光る機体に、歯車と無数の配管が組み込まれたゴテゴテした機械。
時折、ガタガタと動いては、小さい煙突のような管から白い蒸気が吐き出されていた。
「なんだか…変な…いえ、面白い機械ですね。」
僕の馴染みのある機械とは見た目も素材も、何もかも違っていた。
そして何より、これが何をする機械なのか見当もつかない。
「それでこれが蒸気石。」
少女が機械をくるりと回す。
反対の側面には楕円形の小さな赤い宝石が、装飾とともに組み込まれていた。
「キレイですね…。キラキラと輝いている。ちなみにこれは何の機械ですか?」
「えーっと。自動で計算してくれる機械。」
よくよく見ると数字のボタンが付いている。
なるほど、電卓のようなものか。
「これは灯りになる機械。」
そう言って少女は次の機械を持ってきた。
ランタンのようなその機械は、中央の大きめの蒸気石が強く光っていて辺りを照らし始めた。
「昔はガスを燃料に使っていたらしいですが、今は蒸気石が主流ですね。」
眼鏡の青年が補足する。
なるほど、僕の知ってる機械に目的は似ている。
電卓のようなもの、照明のようなもの。
しかし、どうやらその仕組みはまるで違っていた。
「あ、そうだ。」
唐突に思い出した。スマホの充電が無くなりそうだったのだ。
「あの、これなんですが、充電できませんか?」
僕はポケットからスマートフォンを取り出して机の上に置く。
目の前の少女と青年は、不思議そうな顔をした。
「これは…何ですか?板切れ?」
あぁ、やっぱりそうか。と半分諦めながら簡単に説明する。
「えーっと…これはスマートフォンといって、電話なんですよ。電気で動いてます。」
「電気?お兄さん、これに充填すればいいの?」
先生はそう言いながらスマートフォンを持ち上げると、表と裏をよーく観察し始めた。
「先生、電気とやらをご存知なんですか?」
眼鏡の青年は初めて見るのであろう、薄い板切れに不思議そうな目を向けながら、先生に尋ねた。
「うん、昔使ったことがある。ちょっと待ってて。」
そう言いながら先生は部屋の奥へと消えていくと、すぐに大きな機械を引きずりながら戻ってきた。
「お待たせ。」
「な、なんですかそれ!?今までどこに!?」
眼鏡の青年がびっくりしているということは、押し入れか何かにしまってあったのだろうか。
先生が蒸気石をセットして、機械の横から伸びたレバーを引く。
大きな機械はけたたましい音を鳴らしてボイラーから煙を吐き出し、おびただしい数の歯車が動き始めた。
奥のピストンは上下に稼働し、機械自体もガタガタと振動をしている。
「貸して。」
「え?あ、はい。」
僕は見たこともない大きな機械に圧倒されていたが、先生の言葉にすぐに気がついてスマートフォンを手渡す。
機械から伸びた台座にスマートフォンを置く。
一瞬の沈黙。
やがて画面が光り、充電マークが点いた。
「ついた!す、すごいです…これ、充電器なんですか?」
「ううん、蒸気エネルギーを電気エネルギーに変換する機械。」
えーと…それはつまり同じことでは…?
そんなことを思ったが、なんとかなりそうで安心した。
しかし。
十分後。
バッテリー残量の数字は変わらず、7%を表示している。
あまりの変化の無さに僕は恐る恐る聞いた。
「あの…いつ充電終わりそうです…?」
「さぁ。」
「さぁ!?うう…そうですよね…いえ、可能性がありそうならそれだけで…。」
そう、他に頼りになりそうな場所もないので、今は頼るしかない。
僕は諦めて、一旦宿を取りに行くことにした。さすがに知らない街で野宿は勘弁したい。
「じゃあ…明日また取りに来てもいいですか?」
「うん。」
「終わりますかね…?」
「たぶん。」
不思議な工房をあとにして、街へと戻る。
スマホのない状態に多少不安を覚えたが、どうせ使えないのだ。
人に道を尋ねながらようやく宿までたどり着く。
宿泊客など少ない街だそうで、割と余裕を持って一泊確保できた。
「さて、どうするかな。」
せっかくの旅なのだ。
このまま宿に籠るのももったいない。
僕は、この不思議な蒸気の街へ、改めて繰り出していこうと考えた。
今までならスマホで地図を見ていたけれど、今はそれができない。
宿の人が言うには、すぐそこに市場があるらしい。街へ一歩踏み出すと、やはり見慣れない世界が広がっている。
コツコツ
石畳を歩く音が心地良い。
少し歩くと、良い匂いが漂ってきた。
「ここが市場かな。」
馬車が通れるほどの道幅の通りには、左右に露店が広がっていた。
野菜を売っている店。
肉を焼いている店。
はたまた見たこともない食べ物を売る店まであった。
「お腹減った…。」
その匂いにつられて、露店を巡る。
食べ物も刺激的だったが、何よりこの光景が今まで体験した中で一番の刺激だった。
思わず写真を撮りたくなって、ポケットに手を入れる。
「あ、そうだった。」
スマホが無い。預けたんだった。
ふと、露店の中に家具やら道具やらの中古品を扱う店を見つけた。
そこで目についた、骨董品のようなアナログカメラ。
「すみません、このカメラって、まだ使えますか?」
店主のおばさんに聞く。
「もちろん撮れるよ!フィルムもまだまだ残ってるからね!」
フィルム…デジタルに慣れ親しんだ僕には、遠い昔の物のように感じた。
代金を支払い、簡単な使い方を教えてもらう。
試しに一枚撮ってみる。
カシャ
「あ、そうか。」
そこで違和感を覚える。
「これって撮れてるんですよね?」
「もちろん大丈夫さ!あとは現像してのお楽しみ!」
もう一枚、今度は店の外の景色を撮る。
カシャ
もちろんどう撮れているのか、確認はできない。
でも、それが妙に楽しい。
「この街でおすすめの景色はあります?」
「景色?うーん、そうさね。ちょっと待ってな!地図持ってきてあげる!」
少し待っていると、店主のおばさんは紙の地図を持ってきてくれた。
「こことここ!おばちゃんのオススメスポット!あとはここのパンが美味しいよ!」
そう言いながら手書きでオススメの店や景色の良い場所を書き込むと、豪快な笑いで送り出してくれた。
「さあ行ってらっしゃい!いっぱいお撮り!」
「ありがとうございます、行ってきます。」
僕はカメラを片手に、夕暮れの街を歩く。
食べる。
見る。
撮る。
話す。
街を歩く。
電気はない。
スマホもない。
けれど、不思議と困らない。
気づけばこの特異な街に、ノスタルジックな居心地の良さを感じていた。
夜になった。
通りに並んだ街灯が街を照らす。
これも蒸気石が使われているのだろうか。
夕食のために入った食堂では蓄音機から音楽が流れている。
僕はそこでも、街の常連客と思われる人と話しながら食事をとった。
そして、ふと気づく。
「そういえば…途中から一度もスマホを気にしていないな。」
———
翌朝。
宿で朝食を取り、昨日の工房へと向かった。
充電はできたのだろうか。
朝の日差しを浴びた蒸気の街は、また違った顔をしていた。
昨日の記憶を頼りに、あの工房へとたどり着く。
「すみません、おはようございます。」
工房の扉を開けると、昨日の二人の顔があった。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「充電ありがとうございました。どうなりましたか?」
「できたよ。」
僕は先生からスマートフォンを受け取ると、画面を開いて確認した。
充電の残量、15%。
「…これだけ?」
僕は先生の顔を見上げる。
「昨日より増えてるよ。」
「そういう問題じゃないんだけどな。」
先生の返しに思わず笑ってしまった。
たしかに充電は増えた。
いや、この街でとんでもないお願いを聞いてくれただけでもありがたい。
「ありがとうございました。あの…また来てもいいですか?」
「いいよ、いつでも直すからおいで。」
僕はいくらかのお礼を渡し、工房を後にした。
帰り道。
改めて自分のスマホを見る。
スマホはちゃんと便利だ。
電気も便利だ。
帰ればいつもの生活に戻る。
でも、この街で過ごした一日を思い出すと、それだけじゃないような気がした。
フィルムカメラ。
紙の地図。
人との会話。
蒸気灯。
蓄音機。
蒸気の音。
そして、煙の向こうで光る蒸気石……。
僕は、駅へと向かった。
カバンの中には、お土産に買った蒸気石と、大きなカメラ、店でもらった紙の地図が入っている。
少し、いや、だいぶかさ張るけれど、今はこの重みがなんだかありがたい。
切符を買う時、駅員さんに話しかけられた。
「昨日、この街に来た人ですよね?どうでした?」
僕はカバンに手をあて、少し考えてから答える。
「楽しかったです、また来ます。」
駅員さんも、ふふっ、笑い返してくれた。
「お待ちしております。」
ホームに立つと、ほどなくして蒸気機関車がやってきた。
木製の車両に乗り込む。
大きな汽笛を鳴らし、列車が動き出す。
窓から外を見ると、少しずつ街が遠のいていく。
煙の向こうで、蒸気石の灯りがいくつも光っていた。
「そういえばあの話、ちょっとだけ間違ってたな。」
———あの街には電気がない。
それはたしかに本当だった。
けれど。
「電気が無い街」ではなかった。
「電気を必要としない街」だった。
僕は離れていく蒸気の街を見ながら呟いた。
「次は、もう少し長く滞在しよう。」
蒸気機関車の汽笛が、山あいに響いた。
この蒸気街やミツキ先生たちの活躍をもっと読みたい方は、ぜひ連載本編『先生の蒸気奇譚』(SF・空想科学ジャンル)もご覧ください!【https://ncode.syosetu.com/n0602mk/】




