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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
2.大学講義編

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59.また一つの魔法

「まずは計測をしてみて。自分が魔法の展開にどれくらい時間を要するのか、またはできないのかを知るためだから、できなくてはいけない、というものではないの」

 

 リディアは皆に説明をする。 


 なんだか微妙な顔をして、演台に移動する生徒達。新しい魔法を試すわけじゃなくて、あくまでも応用。派手さがないし、あまり楽しくないのだろう。


 キーファとウィル、ヤンとマーレンのペアは予想通り。ケイは意外にもチャスと組んでいる。バーナビーは見学をする気らしいが、あとで促してみよう。


 リディアは、まずキーファとウィルのところに向かう。


「ダーリングは、魔法の発現を試すのは三十秒までにしてね」

「なんで?」

「計測の時に、魔力放出して四十秒で極値を超えているの。十秒ですでに閾値に達しているから、三十秒以内に抑えて。それに、火系魔法は今回はパスしてね」

「……」


 ムッとウィルの不満げな顔は一瞬。

 あっさりと「ま、いいか」と言ってケースに向き直る。ウィルのこの切り替えの良さは彼の長所だろうか?

 

 ウィルは、ロッドを持たずに掌を突き出す。ケースの中に半分ほど溜まった水が即座に泡立ち湯気を立ち上らせる。


「十五秒」


 キーファの声に、ウィルの口元が明らかに上がり、自信ありげにこちらを振り返る。

 リディアはキーファが取ったウィルのデーターを覗き込みながら、考え込むように唇に手をあてる。


「やっぱり、水との相性がいいのね。熱系……?」

「なにそれ」


 褒めてよって顔で振り返ったのに、リディアが何も言わなかったことに一瞬不満げに目を眇めたウィルだが、リディアの言葉に目を瞬かせて一緒に記録を覗いてくる。


 顔が近い。

 でもここで距離をとって顔を離したら不自然だろう、リディアのほうがウィルを意識しているみたいで、一瞬自分も眉を寄せてしまう。

 

 だめだ集中しないと。


「火のアレンジ系かな。燃やす炎系というより、熱エネルギーが高いみたい。炎魔法に特化していると、他の魔法までも飲み込んでしまうから、普通は他の属性も低いし、組み合わせ魔法もできないけど、あなたは違うみたいね。だから他の魔法と組み合わせることができる」

「へええ」

「でも、今日は計測だけにしてね」

「試しちゃ駄目?」

「駄目。計測を続けて」


 リディアの顔を覗き込んでくる視線を感じて、リディアは気まずげに顔を逸らして、次の演台に向かう。


「一分、ブッブー、終了」

「何で!? まだだよ」

「一分だって」


 チャスのやる気のなさそうな計測と、ケイの怒る声が響いてくる。リディアがそちらに行くと、ケイがリディアをキッと睨み、ロッドを振り回し怒りを露にする。


「先生! 一分なんてひどい! 五分くれれば、全部完璧にできるのに」

「完璧なんていいの。何が一番早くできるのかを測るのだから」


 リディアがケイの計測表を覗き込むと、チャスの濃くて太い癖字が、枠を超えて躍るように数字を書き連ねてある。


「風魔法の反応がいいのね。風系でも攻撃系の魔法はあるわよ、強風や竜巻とか。そちらを練習してもいいと思うのだけど」

「だって目に見えないし、強風って、ダサっ」

「十分立派な能力よ。水魔法も反応がいいじゃない」

「前にプールの水割ろうとしたら、先生が止めたんだよね。あれぐらいやんなきゃつまんないよ」


 リディアは眉を顰めた。


「どこで?」

「どこだっていいでしょ!」


 その能力に驚こうとしないリディアに、ケイはむっとしている。


 前の学校か、どこかの施設での話だろうか。水と風の魔力が百以下のケイには無理だろうと思うけれど、止めた教師が正解だ。そのプール内に人がいたら確実に怪我人が出る。


「ねえ先生、氷結魔法教えて? 氷の矢とか、氷柱ツララとかさ」

「今日はそういう授業ではないし。うちは水系魔法の領域じゃないの」

「そう。――特別授業じゃなきゃ、やってくれないんだ?」

「ベーカー?」


 ケイは恨みがましくリディアを睨んでくる。聞き返そうとしたリディアだが、ケイはすばやく離れて、次の台に行ってしまう。


「ベーカー、ちょっと?」


 彼のリディアを意識しているのに無視する背を見つめる。

 他の生徒も呼びかけるリディアに気づいているのに、当の本人だけが無視していてリディアの声が所在なげに響いて消えた。

 

 絡んできたかと思えば、無視する。まるで気を引こうとする面倒くさい恋人。

 リディアはケイとは付き合っていないし、彼女でもないのに。

 

 もやもやといやな思いが立ち上るのを無視して、頬杖ついてつまらなそうに座り込んだチャス・ローの真っ白な計測表に首を傾げる。


「相方には、計ってもらえていない?」

「だって、俺なんにもできないから意味ないし」

「やってみた?」

「少しね、でも何にも変化なし」


 何も出来ないのに、この授業は彼にとって何の益もないだろう、ただの計測係のようなもの。それでも、彼自身の能力も計測してほしかったのだ。


 彼の茶色の眼差しは、つまらなそうで何の興味も浮かべていない。


「ロー。あなた、いつ特殊な魔法を発現したの?」

「昔の報告、みてない?」

「個人情報だからね。見られないのよ」

「二年生のとき。なんも使えなくてさ。キーファもそうだったけど俺も魔法が使えないって有名だったよ。でも、俺の場合、いつも通り使えないのに皆の真似して、魔力放出してたら、いきなり魔力がどこかに吸い込まれる感じがして、そしたら生徒の魔法もセンセの魔法も部屋中の魔法が止まっていたんだ」


 チャスの顔は、何にも言っていなかった。笑ってもいないし、興味がなさそうでもない。

 ただ、リディアの反応を、すでに知ってるよ、とでも予想しているかのように、じっと見て心の奥で観察しているかのよう。


 リディアの顔が強張ったのを見て、ようやく彼はへらっと笑う。大人びた、諦めとやっぱりな、という顔。


「だから俺もバーナビーと同じ。見学だけ。キーファは、アイツは偉いよな」

 「諦めないで欲しいよな」とキーファのほうをみて呟く顔。


(……魔力が、吸い込まれて……?)


 でも、リディアの心は平静ではいられなかった。チャスに何も言えない。


「ロー。その魔法、どれぐらいで発現できる?」

「どれぐらい?」

「そう。魔法を使おうと思ってから、どれぐらいで効果がでる?」


 リディアはあえて、術式とか詠唱という言葉は避けた。チャスは特に気にした様子もなく答える。


「ん、すぐかな」

「――すぐ」


(それって……もしかして)


 リディアの背を汗が伝い落ちた。


「チャス! 早くしてよ、僕の計測まだ残ってるんだから」

「へーいよ」

 

 ケイの横柄な態度にチャスが立ち上がり、面倒そうにリディアの脇を通り抜けていった。

 リディアは、呆然としていたが、隣の台からの会話に目を向ける。


「さすがです、殿下」

「適当なことを言うのはやめろ」


 マーレンは褒められて天狗になるタイプではないらしい。でもツンと顔を背けながら背中を擦り付けて「褒めて」と強請ってくる猫のような気もする。


「――ん、お前なんだ、顔色悪いぞ」


 マーレンが眉をしかめて、リディアの顔を覗き込んでくる、その目が本当に心配しているようで、慌てて否定する。


「ううん、平気よ」


 リディアは、作ったような笑みを浮かべて、マーレンの測定表を覗いた。

 ヤンの綺麗で丁寧な文字が枠内に収められている。ただ小さいのが少し読みにくい。ちょっと神経質な性格なのかな。


「金属と風系が十秒以内で発現ってすごいわ。使い慣れているからかしら」


 最初は声が強張っていたが、話しているうちに普通の声音に戻る。マーレンも最初はリディアの様子を気にしているようだったが、リディアの賛辞に会話に加わる。

 

 けれど嬉しそうじゃない。


「お前より全然遅いじゃないか」


 悔しそうなマーレンにリディアは笑う。


「じゃなきゃ、私、先生って呼ばれる資格ないじゃない」


 マーレンはいきなり真顔になり、それから顔を真っ赤にして顔を背ける。


「くっそ、抜かしてやる! 見てろよ」

「うん、がんばって。風と金属が反応いいから、今度の実習では有利ね。でもあの計画のままだと皆にも被害が及ぶから、周りに被害を与えない計画を立ててね。勝手に避けてくれることを期待しないでね」


「とっておきの魔法を見せてやる」

「今は、計測して。それよりも、ロッドはないほうが、魔法の発現が早いのね。いらないと思う」


 リディアのロッドを返すようにと手を差し出すが、彼はその手をペシッと叩き返してくる。


「俺が預かる」

「何を理由に……」

「そのほうが、魔法が使える気がする」

「……」


 リディアは首を左右とも上下とも分からない斜めな振りかたをして、まあいいやと諦めた。


「演習が終わったら、その箱に入れておいて。他の生徒が自由に使えるようにしておくから」


 リディアは次にヤンの計測を眺める。

 マーレンの書いた計測表は、予想よりもはるかに綺麗で丁寧な字だった。


 リディアは、それぞれの値を指でなぞる。


「ヤンは、どれも平均が四十秒で発現、五十秒で最大効果、六十秒で収束ね」

「従者に求められるのが、抜きん出た能力ではなく平均ですから」

「そして、いざという時マーレンを守れる能力、ね。これなら立派に果たせるわね」


 ヤンは、めいいっぱい瞳を大きく見開き、ロッドを持った手のまま顔をぶんぶんと大きく振る。

 彼の手にあるロッドは使い込まれた様子で、魔法に慣れている様子が伺える。


「まさか! 殿下には、学外では専門の護衛がいますよ。今は最大の護符とタリスマンをつけています。防護魔法が完璧な構内だから、護衛無しで殿下も自由にできるのです」

「そう」


 こんなにすべての属性を平均的な値に制御できるのは、かなりの能力者だと思うけれど、とはリディアは言わなかった。

 ばらつきを見せないのは、リディアに知られても構わないと思うのだろう。大体護衛なしで王族がふらふらしているわけがない。


「なんだ、俺は俺のことは自分で守れる」

「そうですよ、殿下はたいてい自分で自分のことをしてしまいます。そして僕がその後始末をします」

「てめ、なんか余計なこと言ってねえか」


「それにしても。さすが、王族ね。綺麗な文字ね」


 リディアが感嘆のため息をつくと、マーレンは目を見張る。


「いまどきは、MPで打つのが殆どだけど、さすが文書を書きなれているのね。魔法術式を書くのは字の綺麗さも重要って言われているし。文字の等間隔のバランスと術の配置のセンスは似ているって言われているの、羨ましいわ」

「--そうか?」


 マーレンが照れたように鼻をこする。リディアは笑いかける。


「なので、課題の再提出、昨日までだけど、今日まで受け付けるからよろしくね。目の保養だから、手書きでもいいわよ」


 微妙な顔をして黙るマーレンに、リディアは笑顔を顔に貼り付けたままで見つめ返す。

 目を逸らしたのはマーレンだ。わかったよ、とボソッと呟く。

 うん、勝ったぞ。

 

 一回りして、キーファ・コリンズとウィル・ダーリングの台まで戻る。やっぱり、ウィルは状態変化の魔法が得意みたいだ。


 制限時間を設けて、使う魔法を限定すれば、実戦でもかなりの使い手になる。

 派手さはないからウィルは内心嫌かもしれないし、火系魔法はまだ禁止しているから本領発揮はできていないけれど、実習はそれで乗り切れそうだ。


 そしてキーファ。計測表魔法の発現がどれもない。予想していたけれど、キーファの淡々として変えない表情も、ウィルを手伝う様子も、余計になんだか胸が痛くなる。

 

 キーファはあんなに魔力が高いのに、なぜ?

 

 ウィルの魔力もすごく高い。彼の場合は制御する能力不足で、常に空中に魔力が放出している。黄金の火の粉のように、煌いてパッと散る。時々花火のように弾ける。

 本人は気づいていないが、とても稀有だ。見られるようになったら制御できてしまうから、少しつまらない気もする。


(あれ、そういえば……キーファは)


 リディアは、計測値を見てウィルと話すキーファに目を向ける。


(魔力が外に放出されていない)


 それは、魔法を使っていないから当たり前だけれど――感じない。あんなに魔力が高いのに。


(ううん、計測できるのだから意図すれば放出できるのよね。だから普段、放出できていないのは、魔法が使えないことは関係ない)


「コリンズ、あなた普段は魔力を抑制または制御している?」


 リディアの質問の意図がわからないというように、キーファは考え込むように黙り、ウィルもきょとんとしている。


「え、なに魔力制御?」


 ウィルはしていない、垂れ流し状態。術式を唱えないかぎり被害はないから、これまで放置されてきたのだろう。


「特に意識して何かを行ったことはないです」

「うん、そう?」


 あえて魔力を抑制していない。なのに外に漏れてない、でも測定時に放出はできる。――魔力測定器に――注ぐ事は出来る。


「あ!」


 リディアは思わず声をあげてしまい、二人の驚く様子に慌てて手で口を押さえる。


「ごめん、なんでもない、じゃなくて――コリンズ、その!!」


 勢い込むリディアは、突然、背後に大きな魔力の膨れとうねりを感じて、背後を振り返る。

 思考を非常事態モードに切り替えて、脳内で全員を包む保護ドームの魔法を練り上げる。


 その間わずか一秒、そして膨大な魔力の元凶に目をやり、魔法の発動を止めた。


「ケイ!? お前、なにやってんだよ!」

「さあ? 普通にやっただけだよ」


 ケイの声音も顔も、弾んで喜色を浮かべていた。大きな炎が強化ケースの蓋を吹き飛ばし、炎は天井へ舞い上がる。


 キーファが教室の隅に走る、その先にあるのは消火器だ。ウィルが迷わず上着を脱いで火を消そうと炎に駆け寄る。


 リディアは叫ぶ。


「――待って、皆。そのままで!」


 リディアの指示に皆が動きを止める。リディアが魔法を使うと判断したのだろうか。ただ、ケイだけが炎を前に自信たっぷりにリディアを見つめる。


「先生、僕、いつもどおりにやっただけ。これが僕の実力だよ」


 リディアは天井を振り仰ぐ。炎は天井に達していないが、時間の問題。チャス・ローを振り返った。


「ロー。消して見せて」

「……は?」

「やってみせて」


 チャスが見せた迷いは一瞬。

 彼は特に気負った様子もなく、軽くあげた右手をふいっと翻す。途端に、天井に届きそうなほどの勢いがあった炎が跡形もなく消える。

 

 シンと静まり返る教室。音は何もない。

 先ほどまで、水や炎や砂や風の魔法が起こしていた微かな音も消え、ケースの中は何もない。ただ、魔法保持のための魔法石だけが転がっている。


「は? 魔法が使えねえ」


 マーレンがロッドを振り回すが、何も起こらない。


「だって、俺が消滅させたから」


 チャスがふてくされた様に肩をすくめる。


「実験では、五分ぐらい魔法が使えなくなるんだよ」


 チャスの言葉に、困惑と「ふーん」と反応は様々だった。リディアは周囲を見渡す。自然界の魔力属性が、すべて消えている。


(これが、しばらく魔法が使えなくなる理由……)


 自然界の属性魔力を奪ってしまう、または喰ってしまう。


(自然界の属性魔力は、しばらくすれば戻る)


 とはいえ。

 この魔法は――。


 リディアは、自分の予想に戦慄する。

 そして口を開いた。


「今日の演習は終わり。各自、片づけをして結果は私に渡して。後で順番に面談するから。――とりあえずロー、あなたが最初よ。昼休み後に私の部屋に来て」


 チャスは何かを言いかけて、それからみんなを見渡す。

 周囲からの困惑の表情に、更に困惑と訝しげな表情をリディアに向けて「ふぇーい」と呟いた。


 リディアは自分の顔が強張っているのに気がついて、無理やり口角をあげて、笑みではないような不思議な顔で、「さあ片づけを」と繰り返した。


 困惑が満ちる空気の中、ケイだけがリディアが睨んでいた。

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