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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
2.大学講義編

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55.突然の脅し

 キーファが部屋を出て行くと、気が緩んだのか足の痛みが思い出したかのように強くなる。


 心臓の拍動と同じリズム、ズキンズキンと鼓動を刻むそれは不快で、顔をしかめたリディアは、ふと小首を傾げた。 


 馴染みのある魔力は間違いない。


 放つ存在は悪いものではないけれど、緊張を強いられるもの。

 けれどそれは今、脅しの気配はない、ただリディアが気づくようにと隠していない。 


(なんで!?)


 細く霧のように漂わせ、ふつり、と消えた。でも、それはリディアが気がついたから。

 

 ずっと会っていなかった、それはリディアが逃げたからだし、彼自身もその行動を気づいていたからだ。彼が会いに来なかったのは、どうしてかはわからない。リディアの気持ちを知っていたからかもしれないし、いつかは再会すると確信していたのかもしれない。


 ずっと逃げているわけにはいかない、向き合えるようになる猶予をくれて、とうとう再会するのは今度の実習になると思っていたのに。


 二メートル程度の短い台所兼廊下を突き進み、ドアを思いきりよく大きく開けば、廊下のボロい壁にもたれ腕を組んでいた男性が、リディアに目を向けた。


「ディアン先輩……」


 彼は二年ぶりだというのに、少しも変わらない鉄面皮で顎をあげて言い放つ。


「不用心にすぐさまドアを開けるな」

「でも、ディアン先輩だってわかったから」


 いきなり来られてしまってすんなり会話になっていることに驚く。整った顔に、夜に溶け込んでいるような気配は相変わらず昔と同じで緊張を強いられる。


 彼が黙れば気まずくなり、何かを話さなくちゃいけないと思う。


 謝罪? 挨拶? 何しに来たか訊く? 混乱して言葉が出てこない。そして彼はリディアの言葉を待っているかのように口を引き結んだまま。


 なにこれ、罰ゲーム? どちらかといえばお仕置きかも。


 お前が話すことがあるだろ、て。


 目を泳がせて、そして玄関先で話していたことに気づいて慌てて、ちらりと背後を振り向く。


「ええと。入ります、か?」


 昔は基地付属の居住空間だったから下っ端の自分の部屋に、団長である彼がわざわざ入ってくることは"ほぼ"なかった。


 でも、ここは自分が作り上げた城だ。


 そういえばキーファに男を入れては行けないと言われたな、と思い出す。


 ディアンは男だ、でも元上司で子供の頃からの先輩で、男の中の男だけどリディアのことは女としてみていない、と断言できる。


 襲ってくるわけがない、つまり部屋にあげてもOKなはず。リディアは悶々と自分の中で結論づけをしたけれど、彼は彼で違うことを考えていたようだ。


 ディアンは、黙考したあとリディアを見た。


「あれが生徒の一人か」

「え、ああ、うん……」

 

 もしかして、キーファとすれ違ったのか。確かに、時間的にはそうなる。そういえば彼のことを頼んでいたのを思い出す。


「彼がキーファ・コリンズ。魔力値が高いのに魔法発現がないの」

「お前はなんで、足をくじいたんだ?」


 リディアの言葉と会話が噛み合っていない。でも彼は話を聞かない人じゃない、つまり意図的だ。


 なんでと言われましても。


 一応魔法師団にいたので、身体能力は長けている。何があった、と聞かれているのだろうけど、彼は調べようと思えばできる。この質問は、詳細に答えろと言われているようだ。


「ちょっとね……ひねった。私が階段から落ちて」


 彼が軽く嘆息したような気がした。呆れじゃない、行動に対してもなく、答えないリディアに何か言いたげ。


「入るぞ――外からの侵入を防ぐ結界は張ったままだが鍵はあけておく、お前は出ようと思えば出られる」

「別に……」


 ディアンが何かをすると思ってない、でもそれを言葉にしなかった。時間を無駄にはしない。改めて言うことじゃないから、リディアは声を呑み込んだ。


 ただ返答の代わりにリディアは、脇に避ける。しなやかな身のこなしでリディアの横を通り抜けた彼は、後をついていくリディアの前で、部屋へとちらりと視線を向け、かすかに首をめぐらした。


「何?」

「防御壁は張ってあるが……セキュリティがボコボコの穴だらけだ」


 リディアは顔をしかめた。

 この築五十年の古ビルはコンクリートが古く魔力が馴染みにくい。キーファにああは言ったが確かに防御壁が弱いのだ。でも守りに硬い第三師団にいたリディアだから、これでもなんとか張れたのだ。


「チェックしに来たの?」


 若干、難癖にきたのかと声に不満をにじませれば不意に「腕、見せろ」という。


 それは、リディアが受けた呪いの場所のことだろう。先日、ウィルを治療した際には「進んでいない」と告げて、彼も納得したはずなのに。


 でもリディアの呪いの進行を止めたのはディアンだ。魔法を施してくれた彼に見せろと言われて拒否することはできなかった。


「そこ」


 ディアンに顎で示されて、おずおずと中古の二人掛けソファーに腰をかける。掘り出し品で、背もたれは大きなボタンで鋲打ちされていて、人工のカバーも新品同様に滑らかで、クッションもよく効いていて座り心地もよい。


 何より明るいモスグリーンで、光をよく通す黄色のカーテンと部屋に馴染んでいる。


 そこに座るとディアンが床に片膝をついて、目の前にかがむ。


 少しでも待たせてはいけないと、ブラウスの手首のボタンを外し、折りたたみながら上へとめくる。少しずつ露になる呪い青黒い蛇が肌に食い込み、蛇行した化物が中にいるかのよう。


 でもディアンの青い綺麗な術式が上に被さっていて、それだけは魔法としては感嘆もの。


 彼が真剣に見つめるから、顔を逸らしたくなるけれど、逸らさない。


 これは自分の呪い、彼に任せきりではいけない。どんな魔法を重ねるのかと思いながら見ていたが、彼は詠唱をせずただ口先だけで聞こえない声でつぶやく。


 リディアの腕を掴む体温の高い掌は硬い皮膚に覆われていて、しっかりリディアの腕を固定する。彼の手に掴まれていると、自分の手が細く頼りなく思えてしまう。


 でも彼はリディアの感覚に頓着しない、今は呪いをみているだけ。


 右手のディアンの指がリディアの右肩下の呪い封じの魔法術式をなぞると、思考が止まり息さえできなくなる。それは、呪詛が進んでいるかという恐怖じゃない。


 いきなりこの空間に彼と二人になっていること、思うより優しく繊細な手つきで触れられていることに気づき、どうしていいかわからなくなったからだ。


 彼は自分の上腕を指でなぞりながら小さく水と風の祈りを唱え、それ以上はリディアにも解読できない言葉を発している。


 前に施した魔法が空中に光を放ち消えて、今度は空間から表れた赤、青、そして緑の燐光が、キラキラと吸い込まれるようにリディアの腕を覆い、全く違う言語の新たな術式が肌に刻まれる。


(さらに、強固だ……)


 けれど、シンプル。余計な装飾はないのに、わからない言語がベースにあり、使われているのも六属性だけじゃない。彼が考え開発した魔法だろう、もしかしたらどこからか呼び出した言葉や魔法かもしれない。

 

 ――呪いは魔法で解けない。けれど、抑えるための魔法をずっと彼は探し続けているのだ。


「あの、先輩――」

「お前。実習に来るんだろ」


 ディアンが低くなった目線でちらりとリディアを見上げてくる。


 黒い虹彩は、部屋の灯りの下ではヘーゼルナッツ色。いつもの赤さは無いから怖くない。その言葉に慌てて、最初に挨拶をすべきだったと口を開く。


「そうです、今年度――」

「全員男だって?」

「……はい?」


 ディアンは確認は終わりとばかりに、リディアの手を離す。拘束がいきなりなくなり、行き場のなくなった腕がぽとんとリディアの膝の上に落ちる。


「そうだけど。師団も全員男だったし」

「……」


 ディアンの指が自分の膝を何回か叩いている、考え事でもしているのだろうか。


「そいつらのことは、その時に聞いてやる。――それまでは舐められるな」

「は? 舐められてないけど!」


 立ち上がろうとしたリディアの頭の上から薬袋が降ってくる。見ればリディアの名前がある。


「師団のメディカルセンターでもらってきた。お前にも可能な抗炎症薬と鎮痛剤だ、湿布は自分で貼れるな」


 リディアは他人と同調して治癒や蘇生を行うため影響されやすい。

 そのため合わない薬も多い。師団には情報が登録されているから昔は合う薬をメディカルセンターで出してもらっていたのだ。


 その情報がまだ残っていたなんて。


「ありがとう、ございます」


 面倒見の良さ、そして相変わらず甘えるしか無い自分。


 複雑な思いで頼りたくないのに頼ってしまう彼に区切って礼を言うリディアに彼は眉をあげた。

 なにか言いたげなのは、いまいち有り難みのないお礼のせい?


「ありがとうございます、本当に」

「二週間後、待っている」


 二週間後は実習開始だ。唐突に持ち出された話題は、これまでの会話は全て終わりということ。


 ――それより「待っている」が怖い。


 彼がさっさと玄関に行くのを追いかけようとしたけれど、その前に姿を消してしまった。ドアを開ける音さえなかった。


 今度は窓の外を見ようとカーテンを開けたけれど、通りには誰一人いなかった。まるで今のことは幻だったかのよう。けれど、床には薬袋だけが転がっている。


『さっきのは生徒だな』


 ディアンはキーファと会ったのだろうか。そう思い、ディアンが見せた魔力を思い出す。まるで心臓の収縮のような波動だった、一瞬だけ針のように尖らせ垣間見せたものは、駅の方向へだった。


 気づくかどうか試してみた、そんな様子だった。


 彼がそんなことをする理由は、リディアの依頼に対してキーファの能力を試すためだったのだろうか。


(でも、学生に?)


 いずれ実習で会えるのに、彼にわざわざ会いに来た?

 そして、試験は受かった?


 普通は学生が気づけるものでもない、ディアンはやろうと思えば気配を完全に消せる。今回は本当に一瞬だけ見せたのだ。


 でもキーファは魔法の発現がないだけで、鈍感ではない。大抵は理論で考えるが、向けられた気配、殺気、魔力には感覚で気づく。


 もしかしたら、気づいたかもしれない。異変と自分へ向けられる何らかのものに聡い、そういう生徒だ。


 それにしても、ディアンは必然的にリディアに会うのに、なぜ?


 薬袋を拾いながら考えても、相変わらず突然訪ねてきた理由がわからなかった。

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