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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
2.大学講義編

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41.よその授業

「――それでは今日の火系統魔法演習三では、火炎魔法の応用、火球の発現を習得します」


 サイーダのよく通る声の明瞭な説明から、授業は始まった。


 教室の前方には、教授、准教授、臨時補助員の先生方と教員全員が一緒に参加している。

 自分のところとは大違いだ……。

 

 ――リディアは、火系魔法領域の教授とサイーダに授業に入らせて欲しいと頼み、実技演習に参加していた。四年生の魔法のレベルを知るためと、自分の授業の参考にするためだ。 


 もちろん、ただの見学者ではない。教員としての参加だ。


「一応、リディアには伝えておくわね。三年次までに、六系統魔法の発現までは授業でやっているの。今回の火球発現は応用だから初めて習うわ。火球発現のための請願詞と魔法術式は前回の講義で教えてあるから」


 サイーダが、どこまで学生が教示されているか説明をしてくれる。


 魔法の発現には、ファーストステップである自分の"魔力を放出"すること、セカンドステップである自然界における魔力属性へ働きかける"請願詞を詠唱"すること、そしてラストステップである"魔法術式を展開"させることが必要なのだ。


 この請願詞というのは、魔法を発現させるための自然界の魔力属性に対する命令に近い文言だ。要素を押さえていれば、文言の簡略化もできるし、装飾化した格式張った言い回しにもアレンジができる。

 しかし、学生にはそこまでは許していない。彼らには、教科書の定型請願詞を覚えさせている。理由は国試に出るから。


「魔法効果の調節は教えていますか?」

「調節の魔法術式は授業で説明だけよ。応用だから、試験にもでないし」

「わかりました」


  この"魔法術式"というのは、少々難しい。

  "請願詞"は、自然界の魔力属性へ"何をするか"と命令を述べるだけ、細かい指示は含んでいない。

 

 魔法としての性質を形作る詳細な設計図が、魔法術式だ。 

 この魔法術式には、"魔力量の加減乗除"、魔法の発現の方向性を示す"指向"、発現させる形を示す"形態"、そして発現時間や程度を示す"効果"が組み込なくてはいけない。

 そして、この式を"展開"すれば、魔法の発現となる。

 

 これもオリジナルの術式を作成することは可能だが、学生は定型の魔法術式を覚える。理由は、請願詞と同じく国試にでるからだ。記述式ではなくマークシート方式なのだから、自分で作ることより覚えさせることを重視している。

 

「全員火属性の魔力が高い生徒達だから、魔法の発現はさほど苦労はしないだろうけど。制御は苦手だから、そこを注意してみてあげて」

「はい、わかりました」

「じゃあ、ハーネスト先生は、三班を見てね」

「はい」


 なんてわかりやすい説明だろう。自分の所属からは、一切なかった丁寧さだ。


(サイーダの教え方からも学ばせてもらおう)


 自分の教員としての説明の仕方も、向上させていかなくてはいけない。

 

 無駄なく整理されている火系統魔法演習室は昨年度、改修工事がなされたらしい。老朽化した建物に合わせて、演習室の改修工事の申請を五年前から毎年出していたとのこと。 


 ちなみに、リディアの境界型魔法領域の使用する演習室は、大学創立時から一回も直されたことがない。教員の誰もが無関心だったからだ。


(うちも申請しよう……)


 そう思いながら壁のパネルを操作するサイーダを見ていたら、突如として広大な平野に演習室が変化した。


 はるか遠方に見える山の稜線、足の下は青々とした緑の芝生、何一つ邪魔をするものがない空間だ。

 だが驚いた様子を見せたのは、リディアだけだった。学生は平然としている、当然の演習環境なのだろう。


 これほどの広さならば、学生間で十分な距離を保って魔法が使える。擬似風景だが、屋外で魔法を放てるという、爽快感もある。


(うらやましい!! すごい性能! うちなんて広くするだけなのに!!)


 お金のかけ方が違う、ずるい……。

 予算を組めば潤沢な人材の使い方もできるのだ。


 ――リディアのところは、もちろん教授が認めないだろう。


 同額の教育費が配分されているのに、教員全員で考えて計画的に運営しているところと、ボスだけが好きなように費用を搾取しているところの差が、明確に表れている。


 色々な思いが渦を巻いて、腹が立ちそうになるが、そんな場合ではない。


(うらやましがるために、来たんじゃない……しっかりしなきゃ!)


 リディアは気持ちを切り替えて、雑談の輪を作る生徒達を見渡す。

 演習は各班、生徒五名の編成で、リディアは、三班の受け持ちだ。


「班の中ですでに順番は決めてあるわね。それでは、一人ずつ始めて」


 リディアは、最初に進んできた女子を名簿と照らし合わせながら見る。

 ミユ・ギルモアという名前だ。ボブの毛先が緩くウェーブしていて、少女と女性の中間のような見た目の可愛らしい雰囲気を持つ生徒だった。


 的を見つめる彼女の視線は真剣だ。けれど足先を内に向けた、不自然なほどの内股姿勢にリディアは軽く眉をひそめる。


(――姿勢が悪いな)

 

 両足は開いたほうがいい。不自然な姿勢を取ると、強い威力を放つ魔法のときには、反動で転ぶこともあるのだ。

 

 たしか、姿勢は一年次に習っているはずなのだけれど……。

 

 ロッドの先端を尖らせた唇に当てて、軽く首を傾げながら詠唱をし始めるという、リディアから見たら、妙なポーズをしている。


(う……ん、これってどうしたらいいの?)


 しかも口から洩れるのは、かなりたどたどしく間違いだらけの詠唱だった。


(――請願詞、覚えてこなかったな)


「ギルモア。資料を見ながら詠唱してもいいわよ」


 まずは生徒の力量を見るために、口出しをしない予定だったが、ここまで間違えていると続けても意味はない。リディアは、彼女の横に立って見下ろして言う。

 けれど、リディアの声かけに彼女が見せた無反応が気になる。


 請願詞のたどたどしい詠唱をぴたりと止めた彼女は、リディアを見ずに唇を尖らせた。そして無言で踵を返して、平野空間から教室に戻ってしまった。


 突然の彼女の行動に、他の生徒達は突つきあったり、笑ったりしている。何故か一人の青年だけが、からかわれているようだ。


「ええと……次の生徒に、いきましょうか?」


 リディアが言うと、みんなが顔を見合わせるけれど、誰も手をあげない。


 ――遠慮の譲り合いだ。


 リディアが口を開いて次の生徒を指名しかけたとき、先ほどのミユが資料を手に戻ってきた。


「ギルモア。ちょっと待って。まずは請願詞の詠唱だけをしてみて」


 ロッドを持たせずに、今度こそ不満顔を隠そうとしない彼女に詠唱させる。


"たいきに、ただよう……焔の糧、このす……しるべに"


(やっぱり、つっかえる)


 そもそも請願詞が読めないのかもしれない。

 

 魔法学域においては、請願詞だけではなく、魔法術式や魔法陣、魔法薬学、魔法歴、魔法理論、すべてにおいて使用されるのがリュミナス古語というものだ。


 これは、神の血を引く最初の人間と呼ばれるリュミエール人が使っていたとされる言語だ。

 そして、リュミナス古語は、少しでも発音を間違えると魔法の効果が弱くなる。難しい発音の言語であり、流れるように歌うように詠唱をするのはとても難しい。

 勉強不足と練習不足が、詠唱でばれてしまうのだ。


「あなたは、資料を見ながら請願詞をスラスラ読めるまで練習して。読めるようになったらやりましょう」


 ミユは、むっとして睨んできたけど、仕方がないじゃない?

 

 リディアは、ミユの睨みつける痛いほどの視線を意識しながらも、次の生徒を呼んだ。


 次は、金色が混じる茶色の髪の青年の番だった。

 彼は緊張した様子で、肩を若干上げて円陣の中に立つ。先程、ミユのことでからかわれていた生徒だった。


 たどたどしい口調ながらも、請願詞の暗記はしているようだ。発音も間違いなく唱えて、ロッドを大きく振り下ろす。


 しばらく何も起こらない。

 約十秒後に野球のボール大くらいの火の玉が現われ、微細に震えながら蝶の羽ばたき程度の速度で飛んでいき、ポスっと音を立てて的の端を掠めた。


 棒に布を巻いた的は、ボッと燃え上がり、火球は地面に落ちて黒い燃えカスを残して消えた。

 わあっという他の生徒の歓声。「よしっ」と青年がガッツポーズを作る。


(ええと、ケヴィン・ボスよね)


「じゃ次。――と、その前に、ボスは火を消して」


 的に火が灯ったままにして戻ってくるケヴィンに、すばやく釘を刺すと、「え?」と彼から困惑の返事が返ってくる。


(あれ? 消し方は教えないのかな)


 リディアが戸惑い周囲を見ると、他の班は教員が火を消していた。そういえば、魔法の調節は説明だけで実施はしていないとサイーダが言っていたのを思い出す。


「先生、どうやるの?」

「水魔法で打ち消す魔法は習得している?」

「水領域じゃないんで、打ち消しかたは知らないです」

「じゃあ炎を消す魔法は?」

「小さくする魔法術式は、授業で去年習ったけど、実技では……」


 リディアは、ちょいちょいと彼を手招きして、先ほどと同じように魔法術式を展開させる術場に立たせる。


「自分で発現した魔法は、自分で消せないとね」


 彼のロッドを持つ腕に、リディアは「触れるわね」と断ってから手を添える。


「まず、ロッドの先端は、必ず的に照準をあわせる。振り下ろすと照準がずれるから、先端を照準に合わせたまま、請願詞を唱えていいわ」

「でも……」

「格好悪いから嫌? 持ち方は、拇指を支柱に第二指、第三指を添える。手のひらに包み込んで。親指の付け根に、ロッドの端が当たるようにね。そして姿勢をまっすぐ、首を前に出さない。肩の力を抜く」


 背中、肩を叩くと、彼の姿勢がよくなる。


「そうすると、格好良く見えるから」


 彼の顔が赤くなるので、穏やかに微笑み返す。


「そのあとに、否定術式を展開させる。そしてロッドを左回りで円を一回描く、そのまま左上から右下へと円をロッドで切る」


 フッとかき消すように炎が消える。おおっという声が後ろの生徒達から上がる。


「上手」


 リディアが言うと、初めての魔法に上気した顔で、ケヴィンが仲間を振り返る。

 魔法が使えた実感は嬉しいよね。リディアも微笑ましく見守る。


「否定術式を展開させて、ロッドを左回しにするのは魔法相関図の属性が右回りで影響を与えあっているのを反対回しにすることで効果を打ち消すということ、そして左上から右下に切ることで、すべての魔法相関を無効(ヌル)にするということよ」


 説明するリディアを振り返りじっと見つめるケヴィン、その視線が絡みつくようで、少々居心地が悪くなる。なんだろう?


「――先生!! 私っ、覚えました!!」


 と、ミユが突進するようにケヴィンとリディアの間に割り込んでくる――というか、リディアに背を向けてケヴィンに向かって、大声で叫ぶ。


 あの、私、こっち……。


「ミユ・ギルモア?」

「覚えました!」


 ケヴィンが好きなのかな? でも、教えていただけなんだけど。


「詠唱は資料を見ながらでもいいわよ」

「いいです」


 そして詠唱を始める彼女の声はかなりたどたどしかったが、暗記はしたようだ。発音が苦手な箇所は声が小さくなり、一度声も途絶えたが、最後まで請願詞を唱え終えて、ミユはロッドを的にかざす。


 しばらくは何も現れなかった。


 二十秒ほどたち、ようやくピンポンボール大の火の玉が現れるが、それは一メートルも飛ばずに地面に線香花火のようにぼとっと落ちた。


 地面にくすぶる火の玉までリディアは歩んでいって、魔法で跡形もなく消滅させた。意地悪ではなく、火災が怖いからだ。


「んもう!」

「ちっちぇの。カワイイ」

「うるさい~!」


 ミユは、失敗をあまり気にしたようすもなく、ケヴィンのからかいに怒ったふりをして彼の背中を叩く。二人は楽しそうだ。

 なんだか、微笑ましい。リディアの担当する領域は男子しかいない。彼らもきっと女子とこういうやり取りをしたかったのじゃないかなと、同情してしまう。


 とはいえ、そんないちゃつきを、観察している場合じゃない。


「ギルモアは、請願詞を練習すること。スムーズに言えるようになれば、正しい大きさの火球ができるから。飛行しなかったのは、魔法術式の方向性を示す"指向"が間違えていたからよ。術式は覚えている?」

「……だって請願詞のあとに、思い浮かべるの難しいんだもの」


 ミユの言い分は確かにわかる。魔法の発現で難しいのは、請願詞の暗記ではない、魔法術式の"展開"だ。


 魔法術式の展開は、口述以外の方法が取られる。脳裏に描くのが一番安易な方法だが、複雑な術や多重魔法を使用する場合は、指やロッドで空中に描くこともある。

 その魔法術式が出てこないのは、勉強不足だから。


「六系統魔法の魔法術式は、難しくないし基本よ。火球魔法は、その応用式。あなたは火属性の魔力は高いのだから、よく復習して」

「はあああい」


 ぷうっと頬を膨らませるミユだが、教員にそれを見せるということは、リディアが舐められているのだろうか。


 目に見えてぷんぷんと不貞腐れている様子だが、それを注意すべきか悩んでいるうちに、彼女は行ってしまう。


(もっとうまく言えばよかった……)


 けれど、話しかけてきたケヴィンと楽しそうにつついたり肩を叩いたりしているから、機嫌は戻ったみたいだ。もっと厳しく言うべきだったのだろうか。

 リディアが一番深刻に悩んでいるみたいだ。


 それから、スムーズに詠唱できて火球が発現できたのは一人だけで、あとの二人も資料を見ながら詠唱をして、何とか火球が出る状況だった。的に当たったのは、ケヴィンだけだった。

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