143.募る気持ち
「先生、少し座ったらどうですか?」
キーファは、端の椅子に誘導してくれる。やっぱり気が利く。
他の生徒たちは、アルコールに浮かれて早くもおかわりしているし、大丈夫だろうか。
「彼らは強いですよ、大丈夫です」
「よく一緒に飲むの?」
頷いたキーファは、リディアの顔に目をやり、眉をしかめた。
「大丈夫じゃなさそうなのは、先生ですね」
「酔っていない、平気。本当に」
「疲れていると酔いが早く回りますから」、と彼からは水のお代わりを渡される。
リディアは改めて彼を見る。高い背と広い肩、まだ鍛えがいのある身体だ。
勤め先にもよるけど、いい筋肉がつきそうだ。そう判断している自分に気がついてリディアは顔を赤らめた。
職業病というより自分の趣味だ。若干筋肉フェチなところがあるのは自覚している。
「今日は、助けてくれてありがとう。改めてお礼を言わせて。あなたのこと、シリルも褒めていた」
「いいえ。思うようには、動けませんでした。計画通りには全然進められなかった」
リディアは首を傾げる。
「戦闘で思うような動きができるのは、プロよ。そんなことは無理。でも、あなたのように自己分析できる人は伸びるから」
そして問いかける。
「団長と聖剣のこと話した?」
「はい。その聖剣が俺を選んだのだから、好きにしていいと。魔法師団に入るのであれば、正規のルートで来いと」
リディアは頷いた。
「先程の約束だけどね。その剣ね、大層な代物だけどそれには縛られないで。あなたはなんの義務も負わないし、誰も何も強制もしない。あなたは聖剣を発動したけれど、魔法の発動もまだ諦めないでいいし、たくさんのことを試していいのよ」
「俺は、――魔法を使えないことは、それほど気にしていない。そう、自分で思ってました」
以前キーファが言いかけたことだろうか。リディアは彼の言葉に意識を集中させる。
魔法の大学にいるのに、魔法が使えない。それはどんなに辛いだろうかと彼のことを思い気になっていた。けれど、少し違うのだろうか。
リディアが問うように首を傾げると、彼は語りだした。
キーファは、幼いときに魔力があると指摘された。けれど、魔法省の人間で、すでに魔法師でもある父親は、キーファが自分で決められるようになったら魔法の学校に行けばいいと、普通科の学校に進学させた。
今にして思えば、とキーファは続ける。
強力な魔法使いは、幼少時から日常生活で無意識に魔法を使ってしまう、だから早いうちに教育を受けさせるのだ。そんな才能を見せないキーファに、両親は過大な期待を寄せなかったのだろう。
「魔法師として就職は考えていませんでした。ただ、魔法師の資格を取り官庁に勤める、そのぐらいの感覚でした。それにしても、大学に行けばそれなりに簡単な魔法ぐらいは使えると思っていたんです」
まさかまったく発現できないなんて思いもしなかった。
それまで、そつなくなんでもこなしていた優等生のキーファには、それなりにショックで、けれど持ち前の優等生の性質から、やけになることも出来ず、淡々と学業と与えられた課題をこなしてきたのだ。
「もし、親の期待が大きい幼少期を過ごしていたら、魔法が使えない自分にコンプレックスを持ち、かなりひねくれていたかもしれませんが」
「……そうやって、自分を分析できるのはすごいけれど。でも出来ないと突きつけられるのは辛いし、その環境で大学の四年間を良く乗り切ったと思う」
「……研究者になればいいと思ったんです」
魔法が使えなくても研究者にはなれる。
教員だって、魔法を使うのは苦手だから教員になった、という人も少なくない。実地で教えるのは、実習の現場の人間、自分たちは机上の理論を教えればいいから、と。
「でも、先生が話してくれて――、本当は魔法を使いたいと願っていたことに気がつかされたんです。そして――本当は魔法が使えない理由も思い出しました」
キーファはそこで口を閉ざし、それ以上は語らない。
リディアは迷う。キーファは、話したいのだろうか。
まだ話しづらいのならば、無理にはもっていかないが。
「コリンズ」
「俺は、失敗したんです。昔――それで、傷つけて。だから罰なのだと、今更になって知りました。ありがとうございます」
なぜここで礼がでてくるのだろうと首をかしげて、伺うように見ていると、自嘲混じりの笑みが返ってくる。
「本当の事を言うと、俺は少し実習が気が重かったのです」
キーファは要領がいいだけの人間じゃない、努力してこその結果だ。そして聖人君子でもない、何でも受容できる性格じゃない。傷ついている姿を見せないだけ。
魔法が使えない身でリーダーを任せるのは荷が重いかもと危惧した。
それがリディアが考えていた以上の負担だとしたら、考えが甘かった。結果的に彼の自信になればと思ったけれど、もう少し彼のことをわかっていただろうか。
やれる、と思っていても、心理面の負担を過小に見積もっていたのであれば間違えたことになる。
口を開きかけると、彼は首を緩やかに振る。
「負担をかけたとか思わないでください。先生に見込まれたのだと今は自信を持っていますし、その時だって一方では抜擢されたという期待に応えたい一心でしたから」
「そう……」
まだ不安を覚えながらキーファを見つめていると彼は「そこが言いたいわけじゃありません」と続ける。
「よかったです。先生でなかったら、相変わらずコンプレックスは解消されないままでした。それを隠して、何でもないように、そのままやり過ごしていたと思います」
「卒業まで」と彼は付け加える。
「――もしくは人生が終わるまで。多分研究者になっても、もしくは魔法から遠ざかっていたかもしれない。でも今、魔法を避けなくてもいいと思うようになったのは先生のおかげです」
「キーファ、それはあなたの努力よ」
「それは謙遜しすぎです」
リディアは黙る。
確かに、自分がいなければディアンはこの実習を受けなかったし、おそらく第一師団以外の師団が実習を受け、"囚えた魔獣にみんなで魔法をかける”程度の実習になっていたかもしれない。
本当はそれでもよかった。
でも。一部の生徒は大きく成長した、魔法師団でも通用する程度に。
彼らがどんな道を選ぶのかはわからない、魔法師にならなくてもいい。
けれど可能性をあげられたのならば誇ってもいいのかもしれない。
かけられた呪い、そうなるまでの顛末。指揮官としてのリディアの失敗があり、仲間に大ダメージを与えた、あれは許されてはいけないし、忘れてはいけないこと。
でも、過去は消せない。少なくとも、ここに来たことは間違いではなかったと言ってもらえた気がする。居てくれてよかったと言われた気がする。
「言われた気がする、ではなく言ってるのですよ」
「え!?」
「多分先生は――リディアは、そんな風に思っていそうで。もう一度言いますが、ここにあなたに出会えてよかった、と俺は告げているので」
リディアは少し黙り、それから深く頷いた。生徒だから、過度な謙遜も遠慮も嫌味でマイナスな態度だ。
何もしなかったわけではないし、相当な苦労だったから、認めてもいいだろう。
「先生、さきほどの会議で先生にお願いしましたが。もう少し、付き合ってください。使えるようにしてくれとは言いません。そこに先生の責任はないから。ただ、あなたから機会をもらえるなら――俺はそれが欲しい」
顔に浮かぶのは穏やかな表情、けれど眼鏡の奥にあるのは、ひたむきで、必死な瞳。
熱をこめた眼差しに、リディアも、つられたように頷いていた。
「私も、力になりたい」
キーファは口元を緩めて、笑った。
「先生、本音で話してくれっていうの、覚えていますか?」
「え?」
そういえば、実習前にそう言われたけれど、キーファに嘘をついた覚えはない。
「ええ、嘘は言わないし、できないときはできないって言う。あなたについての能力も、気づいたことは出来る限り言うようにする」
「先生のことも」
「私のこと?」
「先生のことも、教えてください」




