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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
3.実習編

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123.乙女の危機

『リディア、リディ!!』


 リディアは呼びかける声に目を開けた。何かに身体を掴まれて宙にぐいーっと逆バンジーのように振り上げられたせいで、一瞬目を回していた。


 リディアは、めまいを覚えた頭を手で押さえようとしてぎょっとした。

 動けない。手足が全く動かない。


 蜘蛛の巣から逃れたはずなのに、なぜ?


 いや、なんかこう、周囲が生冷たくて、しかももぞもぞ、ごそごそ肌の下で何かがうごめいている。


 引っ張ってみると、ゴムとか弾性のある縄に捕らわれているような感覚がする。


(な、なに……)


 顔をめぐらすとイヤーなものが見えた。周囲には無数の白いミミズの形状のもの。

 リディアは吐き気を堪えて、一度目を閉じる。


(落ち着こう、落ちつこう)


 まずは心を平静にして、今の現実を受け止める準備をする。

 現実逃避をしても意味はない、解決にはならない。


 リディアは嫌々目を開けて現実を直視した。


 無数の触手の中。

 ミミズのようなそれは触手というもの。ミミズは一本一本がそれぞれの生物だが、触手は一つの生物の手足の集合体。つまり一つの意思のような本能でリディアを捕らえているようだが、なぜ?


(あーもう、もぞもぞしてる)

『リディ、無……事か?』


 シリルの声が耳の通信機から聞こえるが、通信状態が悪いみたいだ。リディアが魔獣の中に捕らわれているからか、もしくは何かの妨害か、それとも機器の故障かよくわからない。


「う……っ」


 リディアは問いかける声に返事をしようとしたが、声が出てこない。


“女、女、女だ、おんな、おんな――だ”


 どうやらリディアが出来るのは、目を左右上下に動かすことだけ。


(落ち着いて、落ち着いて……)


 ――症状は、先ほどからあった。蜘蛛か、それともこの触手かは不明だが、麻痺系の作用のあるものに触れてしまったのだろうか。


(呼吸機能は保たれているし、瞼も動く。重症じゃない、感覚もあるし、少しずつ回復している気もする)


 強い毒だと呼吸機能さえも麻痺に陥らされて、死んでしまう。


“女、女、女、おんな――!!!!”


(でも、口が動かないのはなぜ?)


 特殊な毒なのかもしれない。


「……こりんず、は」


 無数の触手から垣間見える先では、キーファが魔法剣を片手にケイと対戦している。リディアは焦る、キーファを焚き付けてしまったせいだ。


 本当は逃さなきゃいけなかったのに。


『……アイツなら……問題ない』


 リディアは、腹や喉に力を入れるがやっぱり声が出ない。


(コリンズ、もういいから逃げて)


 その一言が言えない。


“女、女、女、おんな、おんな――おんなああああ!!!”


(――ああもう、煩い!!!!)


 先ほどから、何かの意識が興奮状態だ。無視していたが、ホント無理。


 無数の触手はうごめいて、袖口や襟首から侵入し、肌の上を這い回り、ホント無理。


 リディアはぎゅっと目をつぶる。

 魔法が使えたら、自分ごと火で焼いていたかもしれない。


 感覚が回復したら、こいつ焼いてやる、ぜったい。


『通信……が、……よく……ねえ。きこえるか……瞬きしろ』


 ブンと微かな風のうねりが聞こえる。シリルの声に続いて、虫目がリディアに近づく。

 小さな羽虫の形態だが、リディアの顔を写しているのだろう。


 リディアはシリルの声に“瞬き”をする。


『蜘蛛の化けもんは、あの木に寄生しているらしい。学生に木を攻撃されそうになって再覚醒しちまった。とはいえこの蜘蛛、今は喰ったコカトリスアメーバに乗っ取られているみたいだな』

「な……か、おんなって、さわ……いでる」


 なんで、この蜘蛛+触手アメーバコカトリスは、リディアというか、女に執着してるの?


『そっりゃ、古ぼけた木なんかほっといて、リディアを喰いたくなるだろ。誰でもそうだって』


(――誰でもって、魔獣ですけど!)


 魔獣にモテるとか、嬉しくないよ!


 断じてそんなものを惹きつける要素はないと言い張ります!


『ライフルはアメーバに効かねえし、一斉攻撃は全員黒焦げにしちまうだろ。地道に少しずつ蜘蛛の巣を駆除しつつ進んでいる、もう少し辛抱できるか?』


 少しクリアになった音声に、リディアは口を動かした。


「……コリンズと、ベーカーは?」

『キーファ・コリンズは、ケイ・ベーカーに聖樹が焼かれるのを防いでる。ヤツに任せる』


 リディアが彼に頼んだからだ。確かに、キーファがリディアの剣をかざして必死に防いでいる。

 

 リディアは「もういい」と彼に伝えたい気持ちを飲み込む。シリルたちだって、キーファが防げるかを測っているのだ。やめさせるのは簡単だ。でも彼の実力を見定めて任せるのも必要なこと。

 

 リディアは少しずつリハビリのように力を込めて動くようになった首をめぐらして、自分の状態を観察する。


 目を凝らすとこの魔獣、本体は蜘蛛で足が触手になっている。いやな合体、最悪、気持ち悪い。         


 倒そうと声帯に力を入れようとしても、中々回復しない。こんな口じゃ、請願詞は唱えられない。


(それにしても)


 先ほどキーファは、この蜘蛛の頭部を切り落とした。そこから粘液が溢れて、爆発して、シリルの攻撃を受けて、まぜこぜの魔獣になった。そこまではいい。


“女だ、女だ、女――”


 けれど、頭がなくなったはず。

 なのに先ほどからリディアの顔の横で、変質者の息遣いが聞こえる。なぜ?


 見たくないけど、現実をそろそろ直視する時期がきてしまった。

 リディアが目だけを向けると、にたりと笑う顔。


「ひっ」

『リディ、どうした?』

「あの、その……」


 思わず顔を逸してしまったけど、もう一度見る勇気がない。

 ああでも、たぶんわかる。だって、そっちに顔を向けなくても、なんかが顔を、頬を擦り寄せてくる。


(ジョリジョリするのは、髭?)


 きもい、きもすぎる!!


 そう、蜘蛛の頭部の代わりにコカトリスの親父の顔がつけかえられたみたい。

 どうやらコカトリスのアメーバ遺伝子は、すばらしい融合をみせたようだ。


 ”はあ。女、うまそうだ“


 親父がリディアの耳元で囁いて、れろれろとリディアの耳を舐めた。


「……!!!!」


“かわいいのお。うまそうな魔力じゃ”


 もう叫び声もでません!


 背筋がぞくぞくして、リディアが身をすくめた途端、触手の先端が太ももに触れる。少しずつ服の下を這い上がってくる気配。


「シリ……ル。も、お、むり」

『リディ。火炎放射器をもって行く。お前、シールド張れるか?』


 それどころじゃない。

 もうこっちは、色々大変なんです!


 だって……。

 リディアは、一番の懸念事項を吐露した。


「……ぱんつ、はいてない」


 ぐすっと涙声が漏れた。ボディスーツつけてればよかった。激しく後悔している。


「……」


 沈黙が返ってくる。いや、ざわっとした気配がある。


「リディ!! しっかりしろ。焼き尽くすから、シールドを張れ!! お前なら出来る」

「ディック……」


 きいてたのお。


「感覚遮断しろ」


 そんな魔法、ないよねぇ……。


「ディック……もぞもぞする。……変な気分になってきた」

「ちょ、後で! 後で聞いてやるから! 俺も変な気分になるからヤメテ」

「で、でも」


 触手の先端が、ざわざわと撫でてくる。

 満員電車の痴漢よりも気持ち悪い。あれもスカートの中に手を入れてきたが、こいつはもっと大胆だ。


 ……やばい、上までもうすぐ。


「と、到達しちゃう」

「……」

「あ、ちがっ、私じゃ……なっ」


 リディアは自分の発言のまずさに気づいた。そうじゃない、やつです、やつが上まで来ちゃうって意味。


 ざわめいていた向こう側がぴたって沈黙しながらも、みんなが固唾をのんで聞き耳をたてているような気配。 


「て、ボス。――やめろ、アンタがやったらこの砂漠どころか、国が焦土になる!! エルドリアを火の七日間にしたのを思い出せ!」


「――リディア、シールド張れ」

「無理だって。リディも学生も黒焦げになる」


 ディアン先輩……きいてたのぉ。


 恥ずかしさでもうわけわかんない。リディアは目をギュッとつぶる。


“無駄じゃ無駄じゃ。地下に眠りし、我が子たちが放たれる。この地は我の子孫で満たされる”


 どうやらこの親父、ウンゴリアントなんていう高位魔獣を吸収したせいで会話が理解できる知能を得たらしい。


 もう嫌だ、ジジイの興奮した声を聞かされて。


“さあ孵れ!!!! 地下に眠りし我が子たちよ!!!!”


 仰々しく魔獣(親父)が宣言するが、返ってきたのは沈黙。


 しかも、その沈黙が長い。

 地下からも、通信機の向こうからも反応がない。


 待ちぼうけのままのリディアと魔獣は置いてけぼり感が半端ない。


 魔獣と一緒にリディアも不安になってきた。


 そんな中でも盛んに動くのがこのイソギンチャク。っていうか、このもぞもぞなんとかして。


 不意に、ひょろろと矢が飛んできて、魔獣の足もとに刺さる。

 熱かったらしく、親父が蜘蛛の身体と触手とスライムの足をもにょもにょさせて身悶えして、大騒ぎをする。


“アツ、熱っ!! なんだ火傷するではないか!!”

 

 ジュッと燃えてスライムの一部分が蒸発したみたい。

 それを消そうとして転がるから、リディアも揺らされて酔いそうになってきた。

 うぷ。三半規管が弱いので酔いやすいのです、やめて。

 

『――あー。ちょい、こっちも紛糾してて。んで、えーとなんだっけ』


 シリルのボケが聞こえる、わざと?

 あまり挑発しないでほしい。


“つ、この恐れを知らぬ人間が!! 蘇れ、蘇れ――恐れろ、全てを虚無に返す。全てを喰らい尽くせ我が子らよ!!”


『あ、それだけど地下のお前の子、全部燃やしちまった』


 シリルがサラッという。


『わりいな。けど子供をほっとくお前が悪い』


“おのれ……おのれおのれおのれ!!”


 ああ、何かわからないけど、この魔獣が呼び出そうとした何かをすでに退治したのね、なんてリディアがホッとするのもつかの間。


 リディアに魔獣の怒りが伝わってくる。ぶわっと魔力が膨れ上がり、身体も大きくなったかのよう。


“おのれ、おのれ、おのれ、おのれ――見ておれ!! 我が分身があれだけと思うな”

 

 蜘蛛が、親父がいきりたつ。

 いきなりミミズ系だか触手系だかの足で、腹を見せて仁王立ちになる。


“ならば、この娘! 喰らって傀儡としてやろうぞ! 我が子の苗床になるがよい!”


 いきなり、なんツー宣言!!


 乗り物酔いで気持ち悪くなっている場合じゃない。リディアはギョッとして、触手から離れようと手を動かすが、無駄な試みだった。


 カポッと魔獣が大きな口を開く。そこには大量の蜘蛛の幼生がびっしりとこびりついていた。


 ぞろぞろぞろぞろと、口から蜘蛛の幼生が溢れ出てくる。


“我が子よ。魔力を喰らえ、世界を覆い尽くすのだ!!!!”


 うごめく蜘蛛がぞぞぞと移動し、リディアに向かってくる。手に足に乗り上げてくる有象無象の蜘蛛の幼生たち。

 

 その瞬間、リディアの意識は暗転した。


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