119.蜘蛛の目覚め
実習中止となり学生たちは、一角に集められて待機を命じられていた。
ヤンは合流したマーレンに適当に世話を焼き、チャスはふてぶてしくモニターの前に陣取る。
それら仲間たちを置いて、キーファはディックに言った。
「僕も協力させて下さい」
「あん?」
昨今では学生の権利を訴える動きが盛んで、実習でもキーファは常に丁寧な指導を受けていた。
こんな態度だったら、即苦情が学生からでるところだが、ここは戦場で彼らは指導者ではなく、戦闘員。
それを理解しているキーファは、彼の時間を取ることを最小限にとどめて、説得できるように言葉を尽くす。
「魔獣には、囮の二人の安全を確保するまで接近を感づかせない、と先程仰っていました。ケイ・ベーカーではなくハーネスト先生に標的が移り、距離が十分に取れた時点で、急襲と同時にハーネスト先生の身柄を確保、と。俺ならば魔力の放出がありませんから、魔獣に気がつかれずに接近ができます。そして、これで先生の拘束を外します」
キーファはリディアからの魔法剣を示す。
それを見てディックが鼻を鳴らす。
その面白くないという仕草、十分に彼の注意は引けたようだ。
普通であればプロフェッショナルの仕事に、学生が出る幕はない。
ましてや魔法が使えない自分。
以前であれば、それを自己申告することはなかった。だが、リディアが何度もそれは問題ないと言ってくれたから、今はそれを恥じていない。
魔力のある人間を捉えるという蜘蛛の糸。
自分ならば、魔力の放出がないため罠にかからず二人を救出できるのではないか。自分の能力から対策を提示する、それが実習だ。
とはいえ、リディアの力になりたいという思いと、自分ならばそれができる、という強い顕示欲もあるのは事実だ。
ディックはキーファの言葉を、腹を掻きながら不機嫌そうに聞き、オマケにリディアの魔法剣を奪って、それを手にして考え込む。
「なあ、ボス。こいつの魔力、感じる? 俺にはわかんねーんだけど」
ディアンの底が知れない瞳がキーファを見つめる。
大概の視線には動じないキーファだが、これには緊張をした。
「魔力は高いのに、外部には一切それが出ない。魔法剣からも漏れないな――いいだろう、ルートを検討してやれ」
「ラジャ」
ディックがキーファに、魔法剣を投げ返す。
彼らの考えは全くわからないが、自分の挑発は伝わったようだ。
リディアの口ぶりから、この魔法剣が彼女にとってかなり特別なものなのだとキーファは確信していた。元仲間であれば、そのことは十分承知しているだろう。
魔法剣を譲られたということ。リディアにおけるキーファへのそれが、信頼なのか、それともただの助けなのか、それとも特別視なのか、彼らは測ったのだろう。
興味を引いて、自分の話を聞かせる。あとは結果を示すしかない。
作戦を検討する卓には、既にリディアが示した蜘蛛の糸がモニター上に表されていて、急襲するタイミングが検討されていた。
ディックとルートを検討しているところで、天幕の後方が騒がしくなる。
「おいキャプテン。まずいことになったぞ」
砂と土混じりの姿で、シリルとウィルが戻ってきたところだった。
***
それは、――永遠ともいえるほど長い時だった。
住処としたこの力ある木は栄養源となり、また捧げ物をする人間を餌として捉えるのにちょうどよかった。
長い時の果てに、ようやく使命が果たされる。
我が子を孵化させ、この地に溢れさせ、他の次元へと送るのだ。
だが何かが変だ。
腹の中がおかしい。先程食べた餌が溶けていないようだ。
時折、意識が飛ぶ。気がつけば、何をしていたかわからなくなる。
我が子はどうなっただろう。
蜘蛛の姿をしながら、鈍重に魔獣は動く。
カサカサと足を踏み鳴らしていたはずなのに、己の通った後の地面は、テラテラと濡れた粘液が照らしていた。




