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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
3.実習編

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117.リディアの弱点

 リディアは、禁止領域の手前で息を吐いた。


 拳を握りしめて気合を入れる。


 住民が禁止している地帯に頼まれてもいないのに、魔法師団の者が入れるわけがない。 

 いくつもの視線をひしひしと感じているが、周囲には人影がない。


 全員、リディアを見張り、待機している。

 部族の民には、学生が入り込んでしまったと言ったら「気の毒だが生きては戻れない」と同情を示された。

 侵入したことに怒りは示されなかった。諦めろ、見捨てろ、というわけだ。つまり彼らの神域ではなく、入ったら危険だからやめてくれ、という呪われた地なのだ。


 そこで、学生同行の保護者――リディアが勝手に入ってしまったという名目で、囮になり、ケイから魔獣を引き離す作戦とした。

 

 服装は、現地民と同じ衣装。

 足先まである長いワンピース一枚に、サンダル。頭から首を覆う長い色あせたスカーフを巻いている。


 首から足首まで覆うボディスーツは、一般人には不自然すぎるから脱いだ。


 弊害は、下着がないこと。

 ボディスーツを着るために、更衣室のカバンの中に置いてきたせいで、ノーブラにノーパンだ。


 現地民から借りるわけにもいかず、ワンピースの下は、スカスカして心もとない。


 意識しないように、リディアは意図してそれを忘れることにした。

 

 巨木が近づく、禁止領域に足を踏み入れる。砂と木しか見えないし、何も起こらない。


 ――もう一歩。嫌な予感がする、だんだん巨木に近づく。

 

 宙に浮かび、囚われたケイの恐怖の顔がこっちを向く。


 首を振る。

 何もするな、ただじっとしていろ、という意味だが、理解していないだろうし、何よりもパニックになっているだろうから、わからないかもしれない。

 

 彼の手足が動けない状態でよかった、下手に魔法を使われたらおしまいだ。


 笑いかけても、睨まれただけ。


(仕方ない。計画をすすめよう)


 前方には、コブのある巨大な黒色の枯れ木。

 だがよく見るとそれは木ではない。重なっているが、よくよく見ると同色で違うものが紛れている。


 それこそ、住民が恐れる伝説の魔獣――巨大蜘蛛“ウンゴリアント”。


 彼は、とある物語では体内に虚無を抱える飢える蜘蛛として書かれている。

 その物語から名付けられたこの蜘蛛は、不可視の糸を張り巡らし魔力を持つ人を狙い喰う。


 この一帯は、見えない彼の糸が張られており、魔力を少しでも持つ人間が触れれば、囚われて、餌になってしまう。


 だから住民はここを立ち入り禁止にしていたのだ。


 ケイは、その不可視の蜘蛛の巣に囚われていた。


『リディ。……どうだ?』

「ええ、聞こえる」


 団員たちが待機する作戦司令本部との通信だ。

 あの後、学生を回収して待機本部へと連れて行ったときに、キーファに持たせた衛星電話が鳴らなかったと判明した。キーファは嘘をいわないし、彼に限って気づかなかったということはないだろう。

 

 この地は衛星電話もそうだが、通信機の回路接続も不安定だ。

 

 ここは、第一師団の領域ではないから、既存の電子回路を拝借しての通信になるが、非常に接続が悪い。もしかしたら、魔獣の巣がある影響もあるかもしれない。

 

 だから作戦中に接続が途切れるかもとはいわれていたが、その時はその時だ。

 

 リディアは緊張を押し隠して、サポート団員と会話をする。


 魔獣――ウンゴリアントを遠隔攻撃できない第一の理由は、人質がいること。

 かの魔物は攻撃を受けると、自分の餌を即座に喰い殺す食い意地の張った習性がある。ケイを解放し、安全な場所に逃してからでないと攻撃ができない。

 

 第二には、張り巡らされた蜘蛛の巣が、弾丸などを絡め取ってしまうこと。ピンポイントで狙えるはずのシリルのライフル銃も、有効な攻撃ではない。

 

 そして、最後の理由。禁止領域にある大樹――蜘蛛が擬態しているそれを、攻撃しないでほしいと現地の民からは頼まれている。


 彼らにとっては聖樹なのだ。

 よってこの地を焼き払うという、一掃作戦は使えない(それに、ケイがいるから無理だ)


 兎にも角にも、囚われのケイが障害となる。


 そこでリディアの出番だ。


 ケイとリディア、二人が巣に引っかかった場合、魔力が高いリディアに魔物は寄ってくるだろう。リディアの役目は、その巣に囚われて、ケイから魔獣を遠く離すことだ。

 

 巨木に見えた枝が微妙に角度を変え、そしてふるり、と全身を震わせて目覚める。


 緩慢な動作で巨体を持ち上げると、閉じていた複数の眼を開く。


 リディアは叫びそうになるのをこらえる。


 ――蜘蛛は――虫は嫌いだ、大嫌いだ。苦手だ。


 見たくない。蜘蛛なんて、見たくない虫の第三位の中に入る。


 近づいて行くと、巨大蜘蛛がこちらに視線を向ける。

 通じ合えた感は絶対ないが、目がリディアを見ている気がする!

 

 と、空気の中で左手が何かに触れた。

 しかし何もない。ひんやりというか、冷たいというか。


 よく見ようと手を顔まで近づけたはずなのに、その動きが阻まれる。柔らかいネットに触れた感じ。


 訝しく思うと今度は右手が動かなくなり、あれあれと思う間に、足が掬われて転びそうになると、前かがみに宙ぶらりん、思わず手を突き出すとそれさえも阻まれる。


 空中にやや前傾姿勢で宙ぶらりん。


 リディアは反射的に、この見えない拘束を引きちぎろうとしたが、もう動けないのを実感した。

 

 痛みはない、なのにいつの間にかぎっしり固まっている。まるで見えない糸で手足を何十にも縛られているような感じだ。


(しまった。もう少しまともな格好で捕まればよかった)


 ちょっと間抜けすぎる。


 巣に獲物がかかったことに気がついたのか、蜘蛛がこちらに顔を向ける。

 不気味ないくつもの目、手足のしましま模様。


 ――もういやだ! 


 リディアのこっち向くな、という念に応えたのか、蜘蛛はするするとまたケイの方へと近づいていく。


 ケイとリディアの距離は、十メートルほど。

 

 もう少し距離を取りたかったけれど、その前に囚われてしまった。


「来るな、来るな、くるなよ!」


 ケイが叫んでいる。


「ベイカー。落ち着いて。じっとしていて」


 風魔法で彼の耳元に伝音して囁くが、全然聞いちゃいない。


「くるなくるな!」

「動くと、余計に寄ってくるわよ」


 途端にピタッと彼の動きが止まる。

 ほんとかどうかは知らないけど。動きで反応するとか、息を感じるとか。


 魔獣分類学の虫系魔獣の授業は殆ど目と耳を塞いでいたから、全然わからない。


「先生だって捕まったくせに!! 無能、何しに来たんだよ!」

「囮。あなたの代わりに」


 無能ってひどい。さり気なくこの子、ひどい。


「だってこっち来てるよ、こっちに! そっち行けよ、そっちのほうがうまいって! ほら、あっち食えよ。僕んとこ来んなよ!」


(――ケイ。あなたの本性をみたわ)


 リディアは複雑な気持ちを抑えて、自分のすべきことをする。


 蜘蛛を忘れて、ゆっくりと魔力を高め始める。

 すると、蜘蛛の動きが変わった。大抵の魔獣は、魔力に反応するが、こいつは更に鋭い。


 魔力を喰う魔獣――魔力を持つ生き物を襲うことで、魔力の補充をするのだ。


「さあ。こっちに来なさい」


 ケイとリディア。


 魔力の差は歴然。同じように巣にかかり、魔力でおびき寄せればリディアの方に蜘蛛はやってくると予測した。


 案の定、蜘蛛はゆっくりリディアの方へと方向を変えている。


(うう、狙い通りなのに、嬉しくない)


 こみ上げてくる怖気と吐き気を堪えて、リディアはその作業を続けた。

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