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砂の異世界  作者: Elsye
1/1

一章

見渡す限りの砂漠の上を、一羽の鳥が飛んでゆく。

鷹や鳶に似たその鳥は、下に蠢く黒い点を睥睨する。


「大丈夫か!?」

「そんな大声出したらだめでしょ!」

バシッとはたくような音が続く。

耳元で大きな声を出され、耳が痛くなる。

急いで起きようとすると上手くいかず、体の節々が痛んだだけだった。

「あ、起きた」

「本当だ。…君、大丈夫?」

どうやら私は布の上に横たえられているようで、そんな私を二人の男女が心配そうに見つめている。

「…ぁ、」

出した声はか細く掠れていて、声は言葉にならない。

「まずお水!リク、ちょっと取ってきて!」

「わかった!ルーはこの子をお願い」

男性が天幕らしきものから出て行って、この空間にはルーと呼ばれた女の子だけが残った。

「お水取って来させてるから、ちょっとだけ待っててね。それより、今の状況の説明をしちゃおう。…あ、寝転がったままでいいよ」

動かない体に鞭打って起きあがろうとしたのを見かねてそう言われる。

「まず、私たちが何なのか分からないと不安だよね…。私たちはウェスギルド所属『砂の暁』一応Sランクパーティだよ!」

ギルド、パーティ。

最近流行りの、異世界転移というやつだろうか。

「意識不明で倒れていた君はね、クエスト後の私たちに発見されて、この仮拠点で起きるまで看病されてたの」

「水持ってきたよ!」

「いいところに!」

ばっと入口の布が開かれて、光と一緒にリクと呼ばれた男性が顔を覗かせる。

ルーさんは彼から水の入っているらしい皮袋を受け取って、蓋を開ける。

「はい、飲んで」

背中を支えられて少しだけ起き上がった体勢で口元に飲み口が近づけられる。

「…ぅ」

「ごめん、飲みづらいよね。えっと、口移ししても大丈夫?」

「っえ!…俺後ろ向いとくから、安心して!?」

なんとも賑やかな人たちだ。でも私に水を飲ませるのは、私の体調の為とかではなく、事情を聞くためだ。

「っんぅ」

「大丈夫?…話せるかな」

喉を通った水は、ぬるいと言ってもいい温度だった。

からからでひび割れているようだった喉は、潤いを得て、声を出しやすくなる。

「…だぃ、じょぅぶ、です」

「よかったぁー!」

私の声に破顔する人たちは、すごくいい人そうに見える。

「じゃあ、声を出せるようになって早々ごめんなんだけど、なんであそこにいたのか、とか君の事情を聞いてもいいかな?もちろん、無理しない範囲で」

背中をまだ支えられたまま、返答を考える。

私自身、なんでここにいるのかとか、わからないことだらけで、ちゃんと答えられるのだろうか。

「…ぁ、わたし、は、気がついたら、ここにいて」

「うん。その前の記憶は、何かある?」

「私は、ただの、高校生で」

「…コウコーセイ?」

高校生が伝わらない。

確かに、首を捻る二人の服装も周りの設備たちも、明らかに地球のものじゃない。

「高校生っていうのは、…十五歳から十八歳くらい、の人のこと、です」

話し過ぎると喉が痛む。

少しずつ区切りながらゆっくりとしか話せないのが、申し訳ない。

「どうしてあそこにいたか、わかる?」

首をふる。

わからない。

「帰る場所は、ある…?」

ある。

けれどたぶん、とても遠い。

なんと言おうか迷った私は、複雑な顔をしていたんだろう。

「……」

彼女まで、押し黙ってしまった。

「よければ、俺たちと一緒に来るか?」

気まずい空気を払うように言ったのは、リクという人だ。

「申し訳ないが、足手まといになるようだったら入れてはあげられない。それでもよければ、すこし考えてみてほしい」

彼はそう言って、女性を連れて天幕の外に出る。

二人の姿が見えなくなる。


(…あ…)

「はっきり言ってあげなよ」

先程出て行った彼らの声が聞こえる。

彼らが話しているのは、布一枚隔てただけのすぐそばのようで、丸聞こえだ。

「何をだ?」

「わかってるでしょ!だって、ここ中央でも何でもないし、そばに補給砦も何にもないんだよ!四方八方砂に囲まれてるし、モンスターだって出る!そんな中で無一文の女の子放り出したらどうなると思ってるのよ!無理にでも入れるべきよ!」

「…他のメンバーのことだってある。俺や君の独断では決められない」

「…運良く他のパーティに出会ってあの子を頼めたとして、依頼料はどこから出すの。私たちが自由にできるお金なんてないよ、全部パーティの資金なんだから。…あの子に渡せるお金なんてないの。そうなれば、あの子が払えるのは…」

「それは、…。…でも、俺はリーダーとして彼女より君たちを優先しなければならないし、彼女に強制して出る罪悪感が嫌で彼女に選択権を渡した」

「…確かに、今にうちに言ってしまった方が楽。無理矢理に連れて行ったくせに使えないからと追い出すのは胸糞悪いし、彼女に選ばせないと、押し付けられた物にしかならないもの…」

「…けど、せめて情報だけは伝えるべきか」

「…うん。食事を持って行く時に伝えよう」

二人の足音が離れて行く。

もしかして、わざと聞こえる位置で話したのだろうか、なんて勘繰ったりもしていたが、それは考えても仕方がないな、と思った。

駆け引きとかなんだとかは、ただの女子高校生には荷が重い。

二人の足音を聴くと確かに砂を踏む音に聞こえて、少し違和感だった足音の謎も解消された。

それから、また眠っていたようだ。

「…おはよう、これ晩御飯ね。食べられるだけでいいから食べて」

(お腹、減ってるけど…)

飢餓感はあるのに、口は食物を口に含むことを拒んでいる。

「…体、起こせる?」

「…はい」

体を起こす。

そこまでできたら、彼女は木のスプーンを口元まで運んでくれる。

「あーん」

(パン粥、みたい?)

正直、パン粥を食べたことがないからわからないけれど、少なくとも米ではない何かで作られたお粥的なものだ。

「俺は!反対だ!」

外から男性の大声が聞こえ、びくりと体を硬直させる。

その反射的な行動でまた体が悲鳴をあげる。

「ごめん、自分で持てる?…ありがとう、ちょっと行ってくるね」

スプーンを手渡されて、自分で食べるように言われる。

彼女は天幕を出て、どこかに行ってしまった。

スプーンをお皿の中に立てかけて、そのお皿も脇に置いてしまう。

「多分、私のこと、だよね…」

声に出して言うのは、その方が考えが纏まりやすいのと、声を出す練習のためだ。

「私のせいで、あの人たちが険悪な雰囲気になったら、嫌だなぁ」

けれど、体もまともに動かせない自分にはどうしようも出来なくて、無力感に涙が出てくる。

「私、これからどうなっちゃうんだろう…」

まだ、複数人の声が聞こえる。

明らかにいい雰囲気ではなさそうなそれは、言い争うような響きがある。

内容までは聞き取れず、不安が募る。

「だって、逃げ場もないらしいし…?使えなかったら捨てられるらしいし…?無一文で、依頼もできないし、最悪、体を…」

もう、どうしたら。

精一杯強がった口調の語尾は力無く震えた。

「…、どうして…」

どうして、こんなところに。

私はただ、普通に暮らしていただけなのに。

お母さんの顔も、お父さんの顔も、友達の顔も、声だって、昨日のことのように思い出せる。

「…どうしてぇ…?」

涙は流れずとも生理現象で震えた体は、また痛みを伝える。

それがまた苦しくて、疲れたように眠った。


「おはよう」

「俺たちは、クエストに出る。その間、ここにいてもらえるかな」

「くえすと、」

「うん。大体一週間くらい。食料は置いて行くから、そこは安心して大丈夫」

「物を持って逃げようとしても、君の足じゃ辿り着けないだろうし、モンスターも出るから、無理だと思った方がいい」

そう、男性が言う。

(…っ!?)

べしん!といい音が響いた。

「何でまたそういうこと言うの!謝りなさい!…ごめんね。じゃあ、そろそろ行くから」

彼女は先に天幕を出る。

残った彼はまだ頭をさすっていて、なんと声をかけるべきか迷う。

「って…。ごめん、不誠実だった。謝罪させてくれ」

「…っいえ、怪しい女だとは自覚しているので、当たり前だと、思います」

「…そう言ってもらえると助かるよ。じゃあね、行ってきます。この拠点を任せたよ」

(…行ってしまった)

そして、任されてしまった。

(…任せるとは…)

まだ立てもしない女に、モンスターが出るさなか、大事(?)な拠点を任せてしまってもいいのだろうか。

(でも、まず立てるようにしないと…)

食料が目につくところにないということは、つまり、歩けるようになれ、ということだ。

「…んぅぅ」

(支えが、ほしい…!)

「力が、入らなっ、…きゃっ」


ー 一日目

昼頃、天幕の外に出る。

外に別の天幕を発見。

食料など一式発見。

しばらくは食料に困らなそう。


ー 二日目

モンスターを発見。

天幕には近寄らなかった。

避けているようにも見えたけれど、よくわからない。

ダンゴムシかダイオウグソクムシような頭部に、固そうな蛇の皮のようなもので覆われた腕四本と脚、うにょうにょとした鞭のような触手が背中とかから生えていて気持ちが悪かった。


ー 三日目

今度はモンスターが生まれるところを目撃。

半透明な膜みたいな物に包まれて砂の中から吐き出されて、その膜を自力で破って液体と共に砂の上に這い出てくる。

そのままどこかにふらふらと行ってしまったけれど、個体数はそこまで多くないのかもしれない。


ー 四日目

危うく火を消してしまうところだった。

急いで薪を追加する。

薪は見慣れた普通の木だけれど、周りを見渡す限り平らな砂漠しかない。

どこかに、こんな木が生えている場所があるのだろうか。


ー 五日目

することがなくて、少し退屈だ。

お腹が減ったらご飯を食べて、火を絶やさないようにするだけ。

何か、するべきだろうか。

夜、少し考えてみる。


ー 六日目

私がしなければいけないこと、私が身に付けなければいけないもの。

戦えるような力。

それがなければ、多分旅路中足手まといだ。補給砦とやらにたどり着く前に捨てられる。

私は、何か特技があるわけではない。

ありがちに料理が得意なわけでも、医療系に携わっていたわけでもない。

それならば、私が持てる力は。


「…魔法」

この世界に、魔法はあるのだろうか。

なかったら、すごい恥ずかしい。

「ファイア!」

翳した手の先には何も出ない。

「ウォーター!」

先に同じ。

「ウィンド!」

三度目の正直はない。

「んぅうーー!」

少しだけ、この後の想像に悶える。

(やるっきゃない!)

「…小さき炎よ、この手に集え。…ファイア!」

何も、起きない。

(んぅーーー!)

恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。

左眼が疼く!とか言っていた男子生徒を見てきた冷めた目が、今全部自分に突き刺さっている気がする。

(〜〜〜〜っ!)

「…はぁ」

魔法は、諦めるべき。

理性はそう言っているが、ここまで恥を晒し、後には引けぬし、ここまでの努力を無駄にしたくないという思いが、更なる黒歴史を打ち立てる。

「全属性、試す」

据わりきった目で、思いつく限りの属性を試す。

(…全部だめだった…)

顔から湯気が出そうなのに、頭は冷え切った消し炭のようだ。

(もういい…。せめて、なんか出ろ…)

ーカチャン

「っ!?」

薪木を囲んだ体育座りから出た、力無く垂れた腕の先、手のひらに黒い塊が落とされる。

材質が何なのかわからないそれが何なのか認識する。

「…銃」

(私、銃の使い方とか、知らないんだけど…)

ハワイら辺に射撃場があったりするとかそういう話は聞いたことがあるけれど、撃ってみたことはないし、特に構造とか種類とか、詳しいわけではない。

クレー射撃とか、好きなユーチューバーさんがやってて気になって動画を見てみたくらいだ。

そのユーチューバーさんだって、やってみた程度のものだったのだけれど。

(撃って、みる…?)

虚空に構えて、狙いは特になし。

「三、二、一」

ーカチン

軽い音。

(…なんだ)

「弾入ってなかったの…」

私は、何度も言うが銃とかそこらに詳しいわけではない。

だから、私の魔法が銃だとか言われたら、手探りになってしまうため困り果てるしかない。

「…多分、リボルバー…だと思う…?」

弾が入る(多分)の部分が、なんか回転しそうだし、後ろに方にあるかちゃんってやつを引いてみると回る。

「…いや、弾ないけど…?」

なんか側面にあるとっかかり(?)を引っ張ったり、押し込んでみたりすると、シリンダーが出てくる。

「多分、こうやって装填するんだと思う…」

(…けど?)

「弾…」

銃未経験者に、弾のない銃渡して何になるんだ。

弾だって、いい感じに見た目整えればいいわけじゃないんでしょうが。

(なんか、塗装あったり、火薬あったりでなんかこう、初心者が迂闊に手を出せるようなやつじゃないんでしょうよ!)

つまり。

意味不明。

それよりも、火の番をすべきだ。

薪の節約をしているみたいで、最低限保つ程度の薪しか入れていない。

だから、目を離すと消えてしまいそうになっている。

夜になっても解決はせず、大人しく寝た。


ぴったり七日目に彼らが帰ってきた。


「ただいま」

「ただいま!」

「…っと、おかえりなさい…?」

親しげに話しかけられるが、正直どう接したらいいかわからない。

彼ら二人の後ろには、大きな盾持ちの男性に大きな双剣の男性。それと小柄な女の子。

大柄で筋骨隆々な男性二人の顔はそっくりで、もしかしたら兄弟か双子みたいな関係なのかもしれない。

リクさんとルーさんは前の方にいるから、このパーティの中心人物的な立ち位置なのかな、と思いながら、薪木を囲む彼らを見る。

身の置き場に困り、後ろの方で目立たぬように立っていると、呼ばれる。

「こっちおいでよ」

ルーさんが叩くのはルーさんとリクさんの間で、そこはそこで居心地悪いのでは、と不安になりながらも、けれどありがたく座らせてもらう。

大柄な男性二人と小柄な女の子は、そちらはそちらで話し込んでいるようで、和やかな雰囲気が流れつつもこちらに興味はなさそうだ。

「ただいま〜」

くつろいだ姿勢でルーさんが喋る。

「えっと、大丈夫でしたか…?」

「うん。余裕とまではいかないけど、危なくはなかったよ」

「群れも大きくはなかったしね」

「…群れ」

私が見たのは一個体だけだったけれど、モンスターは群れるのか。

それとも、あのモンスターの種類が、そういう生態だったのだろうか。

「…もしかして、モンスターの群れ、見たことない?」

「群れは見たことないです」

「そっか、じゃあ説明しよう」

何かしらの事情があるんだろうと察してくれているようで、特に追求はなくすんなりと説明の流れになる。

「モンスターは、この広大な砂漠の地中から生まれてきて、生まれた後自分と同じ種を探して砂地を彷徨うの。ある程度数が集まると餌が足りなくなるから、ある程度知能を使った行動を取って、人間の施設などを襲い始めるの」

「それを倒すのが、俺たちの仕事だ」

「私たちはウェスギルドに所属していて、中心都市から見て西側を担当するギルドね。Sランクだから大体の仕事は受けられる」

「…群れではないモンスターは討伐対象にはならないんですか?」

「群れをつくらない生態のモンスターは物凄く弱いか、逆に強いかの二択なんだけれど、強い方は依頼ではなく強制任務として討伐対象になる。けどそれ以外の、群れ形成前の彷徨い途中のモンスターは基本的に討伐対象にはならない」

「この広大な砂地では群れにならないと見つけられないし、ギルドでも把握しきれないんだよね」

ギルドでは、『鳥』と呼ばれる飼い慣らしたモンスターで空から大まかにモンスターを把握するのだそうだ。

そこから、群れに発展したモンスターの位置情報を討伐依頼として出して、討伐証明を各地にある補給砦に提出してもらう、という流れなのだそう。

無線でも依頼が出されることがあるが、相互間での連絡はできないため、他のパーティと鉢合わせたり先を越されてしまっていたり、が発生することもあるため、早めに討伐完了を知らせるために依頼をハシゴせずに補給砦に行くことがマナーなのだそう。

因みに、その無線が届く範囲がそのギルドの担当範囲で、東西南北に四つあるギルドと、真ん中にある中心都市のギルドのトップは仲が悪いそう。東西南北のギルドはただ担当区域が違うだけで同じ組織なので、そのようなことはないらしい。

「それに、中央は治安が良くないというか、潤うものは潤い、渇くものは渇くんだよね」

それは、地球(日本)で言う「富める者が富み、」みたいな言い回しなのだろう。

説明というよりも、段々と世間話的な感じになってきた。

「だから、俺たちもハンターになったんだよなー…」

東西南北にあるギルドをハンターギルド、中心都市のギルドを傭兵ギルド、と呼ぶらしい。

「ほら、それは別に面白くもなんともないでしょ。貴女も、今の私を見て」

「確かにな、今の俺の方がずっと俺らしい。…それより、『貴女』じゃ呼びづらいだろう、名前は?」

名前とは、ほいほい教えていいものなのだろうか。

真名がどうちゃら、とかあるのだろうか。

それに、日本語名では浮くか?

(いや、苗字を教えなければセーフ…?)

「ゆき、です」

「…ユキ」

二人は何度か口の中でその響きを転がす。

「そういえば、お二人は恋人同士なんですか?」

仲良しなので、真ん中に座るのはすごく気が引けるのだ。

会って少ししか経っていないのに聞くのもどうかと思うが、逆に距離が近くなってからの方が言いづらい時もある。

「ぇえええ!?そんなことないよ!?」

「ああ!ただの幼馴染だ!恋人とかじゃないぞ!?」

こういう時、どちらかが過度に否定して悪口のようなことを言ってしまい仲が悪くなる、ということが起きがちなのを忘れていた。

幸い、そんなことは起こらなかったものの、口を滑らさないよう気をつけよう。

まだワタワタしている二人の間で、冷静に考えておく。

(あと、これは気があったからこんなに動揺してるのか、それとも全然そんな気がなくて慌てて否定しているのか、分かりづらいな…)

まあ、わかってどうとかそういうのはないが、邪魔して逆恨みされるとかは嫌だし、さりげなく二人きりにするとかの配慮が必要とされるかもしれない。

(まだワタワタしてる…)

そんなこんなで、お開きになった。

明日は少しゆっくりと起床して、補給砦に向かうのだそうだ。

ここも、その時に解体するのだそう。


朝。

私は、この人たちについていくのだろう。

それは多分、補給砦、までで、そこからは好きにしていい、と言われるのだろう。

彼らが名前を教えないのはそういうことで、必要以上に関わって情を移さないようにということなのだろう。

それに抗う術はないのだからそれでいいのだろう、と心だけで見ればそう言うが、けれどさようならの先は暗く、彼らのことだけ慮っている余裕はない。

それに、元々の感じではここでばいばいみたいな雰囲気だったので、むしろ補給砦まで連れていってくれることに感謝すべきだ。

「おはよう。早く起きたね」

まだ少し眠そうだけれど、はっきりした声でそう言って隣に座ったのはルーさんで、起こしてしまったのかと申し訳なくなる。

「いや、私とユキちゃんが早起きだっただけで、ほら、もう一人はまだぐっすりだ」

薪木に手を翳してルーさんが暖を取る。

「そういえば、それって何?昨日から持ってるけど」

彼女が指差したのは、出してから消し方も分からずとりあえず持っている銃だ。

寝る時は枕元に、今は脇に置いてある銃は、この世界には存在しないのだろうか。

「…えっと、多分魔法で…」

「魔法…。あ、固有武器?」

(固有武器と言うのか…)

「多分そうです。消し方、分かんなくて…」

「コツがいるもんね…。でも、消さない方がいいよ。それ小さいし、出すのにも精神力消耗するし」

「…ありがとうございます」

「ねえ、使うところ見せてよ。初めて見る固有武器なんだ」

「…弾がなくて…」

「…弾…?」

彼女は不思議そうな顔をして、暫く首を捻っている。

(期待させたのに、申し訳ない…)

いや、彼女は期待なんてしていないだろう。

彼女に期待して貰ったなんて烏滸がましいこと考えるべきじゃない。

(だってほら…)

彼女は立ち上がってどこかへ駆けていく。

こんな話より二度寝した方がマシだと思ったのかもしれない。

(…あぁ)

心の中に灰色の灰が降り積もる。

ージャラン

「よければこれ、使ってみて!」

「…え…?」

小さな皮袋が目の前で揺れる。

「固有武器の修繕に使ったりする金属でね、使えるかなぁ」

手のひらに置かれたそれを開けると、何色とも言えないような鈍い色の金属のカケラが出てくる。

(金色というか、銀色というか、黒というか…)

不思議な物質だ。

とりあえずそれを一センチ程の大きさのそれを二、三個右の手のひらに乗せる。

ぎゅうっと何かしらの力を集中させる。

「…あ」

「わあ、なんだろう」

(あ…)

「えっと、これ、ありがとうございます」

残りの金属の入った皮袋を彼女に渡す。

「よければそれ、あげる。私の子は修繕もう済ませたから」

「いいんですか?」

「うん!」

善意であるはずだけれど、餞別的な意味も含んでいるようで、素直に受け取れない。

それを物をもらってしまい心苦しいと思っていると捉えたのか、話を切り替えようとする彼女に、早く見せてと急かされて一発だけのそれをシリンダーを動かして、装填する。

「音が大きいかもしれないので、耳を塞いだ方がいいかもしれないです」

「わかった!」

表すならばワクワクといった様子で、まだ初めてなので全然だったらごめんなさいとも言えず、銃を構える。

引き金を引く。

ーパァン!

(…っ!)

反動で腕が上に上がる。

緩く曲げておいた肘が、ぐうっと堪える。

少しの前傾姿勢が後ろに少し傾く。

(……)

「すっごい音したけど、良く見えなかった…」

未だ衝撃か立ち直れていない体に、そう声が届く。

「ここ、銃口から弾が発射されて、対象を攻撃する仕組み…です」

何せ初心者なもので、この説明が間違っていると言われたら困る。

はしょりにはしょったので、流石に間違ってはいないと思いたい。

「わぁ…。速すぎて見えなかった…」

辺りには独特のにおいが漂っている。

「…もう一回見せてもらってもいい?」

「はい。…元々頂いた材料ですし。…あ、的とかあった方がいいですかね」

「それは、あいつに任せよう」

(あいつ?)

天幕から男性が飛び出してきていた。

「えらい。拠点にモンスターは入ってこないからといって油断せず、ちゃんと出てきたね」

「…えっと、」

「あいつは、パーティの盾役で結構強い。盾の固有武器持ちだ」

盾が固有武器というのは、盾が真ん中で二つに分かれていてそれで敵を叩き切ったりするからだろうか。

「音がしたが、大丈夫か!?」

「大丈夫!それより、ちょっと的になってくんない?」

「はぁ!?」

ルーさんにぱあん、と背中を叩かれる。

「ひゃっ!…あ、えっと、よろしくお願いします…?」

「この子の固有武器の実験だよ」

「…たく仕方ねえ。後で説明しろよ?」

「遠距離型みたいだから、離れて離れてー」

狙い方は分からないから見よう見まねだ。

真っ直ぐ飛んでってくれるのならこのくらいの高さだろうというところくらいに構えて、少し前傾、足は少し開いて肘は少し曲げる。

かちゃん、と上の部分を引いて、引き金を引く。

こう言ってはなんだが、的は大きいから外れない、筈。

ーパァン!

(…んぅ!)

やはり反動が来る。

狙ったところよりはやや下めに、着弾する。

「わあ…って、どれどれ」

「っておい!めり込んでやがる」

(っえ!)

威力にも驚きだが、それよりめり込んだということは壊してしまったということだろうか。

(べ、弁償…?)

鈍い銀色の盾は、装飾も無骨ながら力強いものがあって、高そうである。

「…凄い威力だね。ほら、早く修繕しなよ」

「わかってるって…」

彼が天幕の中に戻っていく。

反対にルーさんはこちらに来る。

「すごいね…。説明が必要みたいだから、ちょっと戻ろうか」

彼女の視線の示した先には、リクさんや他の三人が興味深げに立っていた。


一人はさっと修繕した後、盾を磨いている。

けれど視線は時折こちらを向く。

私としては、できれば盾を見ていてくれた方が気が楽だ。

「っていう訳なんだよ。…ねっ」

「…っはい!」

三人と一人(作業しながら)の視線が銃に注がれている。

そんな注目されすぎな物体をどう持てばいいのか、持ち方に困る。

「それの説明を聞いていいかな」

リクさんに促されて、説明を考える。

ここから五人は聴きに徹するようで、口を閉ざす。

「私も詳しい訳じゃなくて、私の話すことが全て正しいとは限らないと思って聞いてほしいのと、あと私は固有武器について何も知らないと言っても過言ではないのを承知の上で聞いてください」

こくりとリクさんとルーさんが頷く。

他三人は、まだ相槌を打ってくれるほど親しくはないんだろう。

「これは、銃っていって、多分リボルバー…です。ここから弾を入れて、こうして、撃ちます」

シリンダーを出して、弾を入れて、カチッと戻す。

上の部分を引いて、引き金に指をかける。

中指の腹に少し触った程度で、実際には撃たない。

「弾を六発撃ち終わったら、入れ換えます」

実際には撃ち終わっていないものの、弾をシリンダーから出す。

「これで、多分大体のことは言えたと思います」

「…質問、いいかな」

「っはい!」

「ごめん、そんなに力まなくても大丈夫。…それは、銃、なの?リボルバー…?なの?」

「…すみません、わかりづらかったですよね。…銃って色々種類があって、ですね、その中のリボルバーっていう種類、と思っていただければ」

銃に詳しい人が聞いたら全力でダメ出しされそうな説明であっても、今の私にはこれが限界だ。

図でも描こうかと思ったものの、砂ではすぐに消えてしまうし、何より見づらい。

(丸の中のさらに小さい丸、みたいな)

「…うん。なんとなくわかった。ありがとう」

「いえ、こちらこそ。…ご質問、ありがとうございました」

「あ、もう一ついい?」

「はい。何でしょうか」

「えっと、それってもう一つ出せたりするの?ルーの短剣みたいに」

「ちょっと、聞いてなかったの?固有武器は初めてなんだって言ってたでしょ!」

「あ、っいえ。…やってみます」

何に対しての「いえ」かはわからないけど、とりあえず初めての時の要領でもう一度やってみる。

(なんか出ろ…!)

「…っ!?」

(大きい…!)

手の中に落ちてきたそれは、朧げな射的銃と多分同じくらいの大きさだと思う。

いや、それよりも。

「別の種類…?」

混乱、困惑。

「同じものではないみたいだけれど、それであってる?」

「っはい、…別物です」

「落ち着いて、大丈夫」

ルーさんが、そう声をかけてくれる。

「そっかぁ、別の物か〜。すごいねぇ、本人にもまだまだ未知か〜。…じゃあ、一旦解散!」

「そうだな。大体のことはわかったしな」

まとめてくれた二人に、他三人には理解の色が見えた。

あの音が危険な予兆だったりしないことがわかり、見慣れないものに対しての興味と少しの不信感から説明を求めはしたものの、十分である、といった様子だ。

仲間でもないのに情報を無理に開示しろと言うのは、マナーであったり、またその人に後々不利益をもたらす可能性があるとわかっているからだろう。

「出発時刻まであと一時間あるけど、皆どうする?」

その言葉を皮切りに、それぞれがしたいことをするために腰を上げる。

手を握りしめる。

緊張に震えるそれを押さえつけて立ち上がる。

「…あのっ!起こしてしまい、申し訳ありませんでした!」

目を下げるのは不誠実だ。

項垂れるのは、今じゃない。

「…俺たちは気にしてないぜ」

「右に同じ」

「…ありがとう、ございます」

不安だった。

なんの繋がりもない彼らを起こしてしまった上に、その上時間まで取らせてしまった。

ルーさんやリクさんならまだ少し気が楽だったし、それくらいでは怒らないこともなんとなくわかってきた。

でも彼らはそうではないし、怒られないだけの信頼もコミュニケーションもとっていない。

(…よかった…)

「いい説明だったよ?ありがとうね」

(あんなグダグダな説明で、…)

いや。

「ありがとう、ございました」

「固いなぁ。ありがとう、でいいんだよ?ほら、同い年ぐらいだし」

(そうなのだろうか…)

私の方が年上に見えなくもない。

「ねえ、俺は?」

「あっ、…貴方も、私の睡眠妨害の被害者…」

「いやそうじゃなくて、」

「あんたも『ありがとう』って言って欲しいんでしょ〜」

「…っそうだけど!はっきり言うもんじゃないだろ…」

リクさんがルーさんにからかわれている。

これは口を挟みづらいし、部外者の口出しで雰囲気がぶち壊しになってしまう。

そう考え込んで空気になっていると、ルーさんがシャム猫のように目と口を細め、にやーっとして手を伸ばす。

「ひゃっ!?」

「…下向かないのっ!」

視界が開ける。

(…っ前髪!)

おでこから掻き上げるようにして前髪を持ち上げられる。

下を向き、視界の上半分程を支配していたそれがなくなる。

そのままルーさんの胸元に背中からとすんと着地させられ、頭にクエスチョンマークが浮かんでは消える。

「ごめんね。ちょっと言ってあげてくれない?」

「?」

(…???)

ルーさんに持ち上げられた前髪は解放されないままで、そのままリクさんと向き合っている。

緊張した面持ちで見つめられるが、言うべき言葉が考えているものなら、それほどのものではないと思う。

「…ありがとう、……ござ、っ!?」

「言うと思った」

気恥ずかしさに負けたというか、それだけで終わらせることができなくて、今まで続けてきたそれを口に乗せると、三つの手の平で塞がれる。

二つはやれやれといったふうなルーさんの手で、もう一つは身を乗り出したリクさんの手だ。

(…流石幼馴染み…。手が重なった程度じゃ動揺しないんだ…)

感想が驚きよりも、自分のことよりも彼らのこと寄りになっているのは、現実逃避なのかもしれない。

両の肉球を掴まれた猫がいきなりスンッとするように、口を押さえられた私の顔は何も感じていませんよとでも言いたげな顔つきになっている。

「っと、失礼します…」

そっと手を外し、お二人の間を辞す。

周りに目を向けると、盾の方と双剣の方が微笑ましそうにリクさんたちの方を見ていた。

(多分、これは公認というやつ…)

女の子は興味なさげだったけれど、聞き耳を立てているのがわかる。

(…うん)

とりあえず、離れるまでの間は邪魔をしないようにしよう。

離れた後私がどうなるのか、それは意図的に考えないようにした。


出発。


ー 一日目。

私が持ったのはモンスター避けだという機械で、滅多なことでは壊れないように作られているから安心して、と言われる。

全員が出なければいけないようなことがあったら、これを設置して荷物を守っていて欲しいと言われた。

私が持った荷物は皆さんのより数倍は軽い筈だけれど、それでもバテてしまう。

なんとか遅れることはなかったけれど、リクさんが意図して速度を落としてくれたり、休憩を取ったりしてくれたのはわかって、申し訳なくなる。


ー 二日目

筋肉痛。

気遣いの視線を投げてくれるが、心苦しい。

お三方の視線も刺さる。

途中でモンスターに遭遇。

出たのはリクさんだけで、あっという間に片付けてしまい、装置を立てる必要はなかった。

私が前に見た種類とはまた別で、てかてかとしてぶっくりと太った幼虫の体と、その頭に蜘蛛がしがみついているような見た目で、きつかった。

随分と好戦的で、こちらの姿を見つけたと思ったら体から蜘蛛の足を生やして追ってきた。

明日には着くだろうと言われたけれど、自分のせいで遅れているので、どう答えればいいのか、言葉に詰まった。


ー 三日目

随分と歩くのにも慣れた、と思う。

銃はバッグのポケットに入れている。

大きい方はかなりはみ出してはいるものの、小さい方ですら学生服のポケットには入らないので、まあそんなものだろうとは思う。

砦が見えてくると、そこでモンスターに襲われる。

戦ってみろ、と荷物を取られて驚く。

大きい方の銃を構え、近づいてくるモンスターに向けて放つと、モンスターの体はぼろぼろになって倒れた。

散弾銃…、知識はないけれど多分そうだろうと思って銃を下ろす。

荷物を受け取って無言な彼らの後を追う。

そうして、補給砦の城砦をくぐった。


彼らがギルドの支部だという建物に入っていって、自分はハンターではないから入るべきではないため入り口で待っていようとすると、ルーさんに手を引かれる。

依頼を出したり、仕事を探したりできると他の人が対応されているときに聞こえた。

なら、自分も仕事に就いて依頼を出せる金額を貯めることができるのではないか、とも考えたけれど、身元の保証もない人間を雇ってはくれないか、と思う。

彼らが窓口に呼ばれる。

まだルーさんは手を離さなくて、どこか頼もしさも感じてしまう。

上がった分だけ下がる時がつらいとわかっているけれど。

ルーさんはパーティメンバーの方でも後ろに立っていて、多分自分に合わせてくれたのだろう、と考えてしまう。


「ーーありがとう。…はい!これ」

「っはい!」

いきなり声をかけられて、咄嗟に返事をする。

まだ驚きで立ち尽くす私に、ルーさんが、握っていた手を広げさせて、その手にリクさんが置く。

(…短剣?)

「『砂の暁』のメンバーの証だよ」

(メンバー…?)

急展開についていけず目を白黒させていると、ルーさんが久しぶりに飲むぞー、と声を上げる。

新メンバー歓迎会だよ、とリクさんが言ってくれるけれど、まだ事態が呑み込めない。

あっという間に、食事処の椅子に座っていて、目の前に料理が並べられている。

ドン!という音にビクッとして我に帰る。

ルーさんが樽ジョッキでテーブルを叩いた音で、ルーさんがぷはー!と息を吐いている。

「…えっと、今どういう状況で…」

「どういうってほら、新メンバー歓迎会」

リクさんの言葉でもわからない。

自分の理解力のなさに申し訳なくなるが、これからどうすれば、職かいっそ体を犠牲にするしかやはりないのか、みたいな状況だった筈だ。

「新メンバー…」

「君のことだよ、言っただろう?考えてみてほしいって」

(だってあれは、)

後の話を鑑みるにあれは、突き放すのは心苦しいし自分が拾ってしまったのだけれど、他のパーティメンバーのことを考えれば入れてはあげられないのは必至で、それを言うのは良心が痛むから私に選択権をあげたみたいな会話だったではないか。あと、優しさの結果の疑問系、みたいな話だった筈だ。あくまで中継ぎ、みたいな話だったのに。

「なつかしいなー、わたしとるーのかんげいかいもこんな感じだったんだよー」

そうだなぁと皆が言うけど、多分突っ込むべきな、明らかにルーさんよりも年下な女の子も同意しているという点を無視して、というかそんな余裕もなく、声を上げる。

「私がパーティに入ったら迷惑じゃないですか!?私、強くもないですし…」

当たり前に、銃を持ったら強くなるわけではない。

当たらなかったらそれまでだし、技術も体力もない。

それに、

「…ルーもリクも初めはそんなものだった」

そう言ったのは双剣の男の人だ。

何気に初めて声を聞いた気がする。

「ハンターは前歴問わない職だ。子供でも、お年寄りでもハンターになれる。けれど、危険がつきまとう職業だ。でも、みんな元々強かったわけじゃない。…自分の身を最低限守ってさえくれるなら、足手纏いとならせないだけの強さがここにはあるよ」

リクさんがそう言う。

なんだかとても泣きそうなのだけれど、ルーさんのべろんべろんに酔った姿を見て堪える。

「…これは歓迎会だ。君のね」

「っ、ありがとう、ございます…っ」

これは、安心だ。

視界が滲んで、

「はいっ、これのんで〜」

…目の前に樽ジョッキが置かれる。

横から伸びた手がそれを置いたようで、辿っていくとルーさんの腕だとわかる。

「えっと、多分私未成年です…」

「えぇ、まだ十八歳なってないの〜、ざんねん…」

「すみません…まだ十七です…」

「あ、俺と同い年なんだ。…それより、自己紹介!正式にメンバーになったんだし!」

じゃあ、まず俺から、と立ち上がる。

「俺は、リクハ。大体リクって呼ばれてるから、そう呼んでくれると嬉しい。剣士です」

「次わたし!」

早々に酔ってテーブルに沈んでいたが、顔を上げて手を振る。

リクさんとは違って、立たずテーブルと半一体化したままの状態で喋る。

「わたしはルルーナ!ルーって呼んで!短剣使い!」

そう言ってまたジョッキをあおる。

「次は俺だな。…ウォルグ、盾持ち。こいつの双子の兄だ」

「ウェルフ、双剣使いだ」

端的だが、その間にも熱心に女の子の世話をやいていて、微笑ましく思う。

もぐもぐと料理を頬張っている女の子に君の番だよ、と声をかけていて、見間違いじゃなければ今女の子はビール(?)で流し込みはしなかったか。

「リーシュ、サポーター。一応、ルルーナより年上だから、そこんとこ覚えときな」

呆気に取られているうちにリーシュさんは着席していて、次は私の番だとはたと思い当たる。

「ユキ、…銃が使えます。…よろしくお願いします」

なんと言ったらいいか迷って、とりあえずこれにまとめて、頭を下げる。

「よろしく!」

べろんべろんに酔った声と、落ち着いた声、会釈と小声。

遠慮がちにご飯を頂いて、お開きになる。

ルーさんはリクさんに背負われて、一行は宿に向かう。

リクさんとルーさんは幼馴染みで、リーシュさんに誘われて『砂の暁』に入ったそうだ。

ヴェルグさんとウェルフさん双子とリーシュさんは、年の離れた従兄妹だそう。

「そういえば、この短剣って」

「メンバーの証で、…柄の頭に紋が彫ってあるだろう?」

確かに、見てみると砂漠と夜明けの紋が彫られている。

「Dランク以上のパーティは、各自紋を登録していて、それが彫られた何かを持っているんだ」

それが俺たちは短剣、と言ってリクさんも私が持っている物と同じ物を取り出す。

「緊急の時の最終武器だよ。短剣を使う訓練もしてた方がいい」

リーシュに教わるといいよ、一番上手いから、という言葉に少し意外に思う。

それに気がついたからか、リーシュさんは足を蹴り上げる。

ウェルフさんの胸元に。

「ほら、歩かなきゃだめだぞ?」

「……」

「リーシュはサポーターだけれど、前線に出てるわけだから護身はできなきゃいけないし、ルーはかなり動くから習うのには向かないしなぁ」

というわけで、リーシュさんに習わせていただくことになった。

「…体力つけな」

「はい」

宿はギルド傘下で、というかここにある全ての施設はギルド傘下なのだそう。

報酬は全て現物支給で、生活必需品だったりこんなふうに宿に泊まれたりなどできるのだそうだ。

二部屋、男性と女性で三、三に分かれて泊まった。

明日の朝にルーさんとリクさんとギルドに依頼を取りがてら講習を受けるので、早起きする予定だ。

あんなに酔っ払っていて朝起きるのが辛くないのか、ベッドに寝かせながら不安になった。


「今受けられるSランク依頼はありません」

液晶の画面を確認して、受付の方が言う。

「それと、新規メンバーの装備一式の申請ですね」

そう言って受付の下から大きなバッグを取り出す。

背負い式のリュックで、受付の方が中身を全て出す。

「まず、水袋です。かなりの量が入ります」

見覚えのある皮袋だ。

けれどこれには、私の名前が書いてある。

(文字は、問題なく読めるんだ…)

「ここに持ってくれば、洗浄と詰め替えをしてもらえるの」

「それと、特殊鉱石です。こちらは支給される量が決まっていまして、依頼一つで一袋です」

袋の中身はやはりあの不思議な鉱石だ。

「それと生活用品です。他に必要なものがあった場合は要相談になります。…防具の採寸がありますのでついてきてください」

ここでお待ちください、と言われ座る。

「じゃあ、ギルドの仕組みとか話そうか」

毎回思うけれど、この座り順はどうなのだろう。

二人に挟まれると肩身が狭い。

「FからSまでランクがあって、Fは見習いで護衛依頼とかを先輩たちと一緒に受けるの。ある程度大丈夫になったらEランクに昇格できるんだけど、まあここはそこまで関係ないから省くね。…私たちハンターはギルドから水とか生きるのに必要なものは無償で貰えるんだけど、そのためにはこなさなきゃいけないものもたくさんあって、できないとハンター資格が剥奪されちゃうんだ。代表的なのは年間ポイントだね。年間の指定された量を達成しなきゃいけないんだ。パーティごとだから人数は関係ないんだけど、あまりに人数が多いのは歓迎されないから要注意。Sランクの依頼はポイントも多いんだけど量が少ないから、私たちはAランクの依頼も受けざるを得ない時があって揉め事になったりするけど、一つ下のランクの依頼以外は受けてはいけない決まりになっているからそこも注意。あと、年末に決算の日があって、今まで貯めたポイントがはれてお金として使えるようになるの。ギルド傘下のお店で使えるよ」

それでも無駄遣いは禁物なんだ、とリクさんが言うのは、老後の資金として貯められているからでもあるからなのだそうだ。パーティ解散時に在籍年数の割合で分配されるらしい。引退後はギルド内で雇われることが一般的だけれど、それでも働けなくなった時などの保険として残すのだ。

「それと、緊急依頼と強制任務は受けなければいけない。どちらも無線から通達されて、緊急依頼は、ギルドの方で早期の発見ができなかった、すぐ対処しなければいけないもの。強制任務は怪物と呼ばれるモンスターとの戦闘任務だよ」

「怪物…」

「複数個体いるんだけど、怪物の特徴は、とても強く、そして殺すことができないところにあるんだ」

「…殺せないって、それならどうやって対処しているんですか?」

「殺せないと言っても、核だけになって地中に戻るだけで死にはしていないからそう言っているだけで、怪物は砂の中で何年かの眠りにつく。だから、一応対処はできるんだ」

(…死なない怪物…)

「まあ、それに逆らって参加しないと、ハンター資格が剥奪されてギルドを利用できないから、水とか手に入らなくなっちゃうの」

(それは、)

ハンター資格とはそんなに重いものだったのか。

「そういえば、私はハンター資格って持っているんですか?」

特にそんなこと言われていないな、と思って尋ねると驚愕される。

「え!?登録したから持ってるよ!?」

「どうしたの!?なんか言い方間違えた!?」

すごく慌てふためかれて、こちらまであわあわしてしまう。

「っいえ、そんなことはなくてですね…、えっと、資格取ったとか言われていないなと思いまして」

「ごめん!ユキちゃんはまだちょっと微妙なところでね、見習いみたいな立ち位置にいるんだけど、資格はあるよ」

それもそうだ。

いきなりSランクパーティに実戦経験もないやつが入るなんて、扱いに困るに決まっている。

聞くに普通は、ハンター登録→見習い→護衛任務達成→資格取得の流れになるらしいのだが、護衛依頼ではなく討伐依頼を受けるには資格が必要らしく、けれど正式な任務はまだ受けていないので見習い的な立場に収まっているのだそうだ。

簡単に言うと仮資格みたいなもので、討伐任務をこなせば正式なまぎれもない資格になるのだそうだ。

でも周りから見れば本資格となんら変わりはなく見えるのが、難しいところだ。

(…ん?)

顔に誰かの影が落ちる。

「こんにちは」

白髪に近い小麦色の癖っ毛気味の髪のお兄さんが、挨拶をしてくる。

背丈的にはリクさんとそう変わりはないが少し高いくらいだろうか。

ヒョロリとしているので実際よりも高く見える。

「…こんにちは」

少し警戒する。

すごく偏見で申し訳ないのだが、某少年名探偵の映画を観ている身としては、糸目の人は大体黒いと思ってしまう。

それに、そのニコニコした笑顔も嘘くさく思えてしまう。

(あと、後ろで縛っている髪も長いし)

「…準備ができましたので、案内いたします」

ちょうど呼ばれたので、よかった、と退席させていただく。

「…あの人は誰なんですか?」

知らないなら知らないでいい、と思いながらルーさんに訊く。

「Aランクパーティの『白日の喝采』のリーダーの人だったと思うよ。名前は知らない、ごめんね」

「いえ、教えていただき、ありがとうございます」

(…喝采)

こちらも偏見だが、読んでいた本の影響か、喝采は空々しく恐ろしいような、そんな印象があるのだ。

よくぞここまで警戒するような要素を詰め込んできたなという感じで、逆に自分が変な人間に思えてくる。

「採寸、終わりました。攻撃スタイルの方はリーシュさんから伺っておりますので、出来次第連絡いたします」

「ありがとうございます」

「じゃあ出ようか」

リーシュさんは朝早く散歩ついでにここに来られたらしく、なんやかんやで面倒見がいい。

このパーティは面倒見がいい人が集まっているのだろうか。けれど、申し訳ないがその割合は落ちるだろう。

「確か、この後は訓練なんだっけ?」

「はい。リーシュさんに訓練をつけてもらう予定です」

「頑張ってね」

「はい!」


「毎日の運動メニューから組み立ててくよ!」

「はい!」

「体力の方は自然とつく!まずは柔軟!」

「はい!」

足を広げて座った体勢で背中を押されてぐいーっと伸びる。

リーシュさんのお手本では床にペタンだったし、足を前後に伸ばしての開脚も完全に床についていた。

これを目指せと言われ、はい!と返事をする。

「次!脚力!これは走り込み!」

「はい!」

「あたしが斬りかかるから受ける!」

「はい…っ!」

そんな感じでヘロヘロになって終わった。


一週間。

次のクエスト予定が立つまで補給砦の街に滞在した。

三日に一度ほどの頻度で開放される大浴場に行ってみたり、疲れのあまり湯船の中で寝かけたところを救出されたり。

できた装備の類を受け取りに行って、擬似的なモンスターとの戦闘訓練をした。

バーチャルというか、ホログラムのようなもので、随分と様になってきたのではと思ってしまったが、やはり師匠に言わせてみればまだまだだそうだ。一週間で強くなれると思ったら大間違いだと反省する。

ちなみに、モンスターに関する知識も結構身につけている。

夜のうちに読んどけ、と言われた図鑑を読み込み、訓練の最中に訊かれる。

答えられないと訓練がキツくなるので、死ぬ気で覚える。

ほとんどのモンスターはいい形でないので、現実で見ても卒倒しないように慣れようと思ったのだが、それのせいかうなされていたらしく、なんとかしなくては思っていると慣れれば大丈夫になるよと言われたので荒治療でいく。

訓練の方も順調だが、朝食の席でウォルグさんとウェルフさんに世話を焼いてもらってしまうことがもはや恒例のように受け入れられてしまっていて、ぷるぷる震えてこぼれそうになる飲み物を支えてもらったりしてしまう。

朝を過ぎればマシになるのだが、朝はなぜか筋肉痛を引きずりがちだ。

ウォルグさんとウェルフさんはパーティの保護者的立ち位置にいるようで、わざわざ席を移動してまで介護してくださる。

ちなみに、器用な作業がそこまで得意でないこと、自分達の巨体では怖がれてしまうことなどを考慮して手は出さなかったものの、私の看病の指導をしてくださったのは彼らだったらしく、再三お礼を言っておいた。そのせいか、私のことも子供のように思っているようで、聞いてみると本当に私のお父さんくらいの年だった。


出発。

あんまり関係ないが、これで『白日の喝采』の人とはさようならだと思うとほっとした。

私が受け入れられた要因の一つだが、リクさんもルーさんも人物のそういうことを察する能力に長けていて、嫌な感じがする人物というのは大体後ろ暗い人物だったり性格上問題があったりと、人の機微に聡いらしい。

転移(?)で放り出されて服装とかもそのまま学生服で、一週間も着替えてなかったので宿に着いて、真っ先に洗おうと思ったのだが、制服を自分で洗うというのも中々にはらはらし、けれどやり遂げた。

支給された防具類も、重くなく最低限を保護するといった形だった。

銃二丁は一つは腰のベルトに、もう一つは背中にとしまえるようなものも頂き、初めて身につけた時の喜びと言ったらこの上ない。

けれど背中の散弾銃はリュックが背負えなくなるので、普段はリュックにしまってある。


今回の討伐対象のモンスターは、カンテラと呼ばれる蠍型のモンスターだ。

最初の印象的に、モンスターとは虫系の見た目が多いなと思ったが、やはりその認識であっているらしい。

他にも連続でいくつか受けて、そのまま別の補給砦に行ってしまうらしい。

カンテラ、と呼ばれるのは、尻尾に発光する器官が付いており夜になるとぼぉと光るからだそうだ。

ちなみに蠍らしく毒もあるが、尻尾にもあるもののが主に口から散布する。

やはり群れなので不意な場所からの散布に注意する必要がある。

あと、蠍と言っても通じないので、気をつけた方がいいことがわかった。

外骨格の硬さから刃が通りづらく、力づくで攻撃をいなしひっくり返してからトドメをさすのがよしとされる。

黒々と艶光りする巨体を吹っ飛ばす。

ギィィッとカンテラが音を出すが、私の役割は毒を出しそうな個体にそれをさせないことだ。

リーシュさんは的確に回復薬を手渡していき、なおかつモンスターを間引いていく。

素晴らしい仕事だと感動しながら眺める。

ぜひにああなりたい。

リーシュさんは固有武器持ちではないものの、リーシュさんが手渡した薬は効果が増幅するという能力持ちで、その鞄には薬などの類が詰まっている。

だあん、とまた撃つ。

がちゃんと下部分を引いて、構える。

ウォルグさんが盾のみの純粋な膂力でカンテラをひっくり返し、リーシュさんがさっと駆け寄って、別のカンテラに向かっていったウォルグさんの代わりにトドメをさす。

頭と胴を離しても暫くは動くらしく、心臓に当たる部分に突き刺せば息絶えるそうだ。

それと、カンテラよりもカンテラもどきの方が厄介とされていて、もどきなのに、と少し思った。

見た目はほぼ同じなのだそうだが、カンテラもどきの方はカンテラの発光部位の代わりに細いホースのような物がついていて、それで毒を噴射するらしい。

管の重みでの制限はあるがかなり自由に方向を定められるので、正面にしか噴射できないカンテラよりも厄介なのだそう。

だぁん、とまた一発撃つ。

ギィッと声を上げた後、後ろのもう一体も巻き添えにしてひっくり返る。

二体はすぐに絶命させられ、少し経てばもう骸しかない状態になる。

「終わりだな…。仮拠点に帰ろうか」

本拠点はないくせに仮拠点はあって、それと一日ほどしか使わないテントなるものもある。

今日は仮拠点の方で休み、次は少し道を外れたところに行くのでテント使用となる。

テントは骨組みをささっと組み立てできるもので、仮拠点の天幕とはかなり手間が違う。

それとモンスター避けの機械も小さなもので最低限の範囲だけに効果があるものだ。

砂の下に通っている何かしらの力の道にぐさっと刺して起動し、モンスターが嫌がる音を出す。

もちろん人間には聞こえないので騒音被害はない。

討伐証明は小さく一部を切り取るだけでいいので、荷物が嵩張ることはない。

不正をしたらバレるので、大体の降格処分の理由はそれだそうだ。

群れでマーキングがある筈だがこれにはないので単独行動の個体だとか、同じ個体の部位を持ってきているだとか。

そんなことができるなら科学などが発達していても不思議ではないと思うのだが、何しろ資源に乏しいので発展しているところはあるものの、極力無駄遣いはしない方針なのだとか。

ゆえに、どこもかしこも機械というわけにもいかないし、それに動力源が限られるのだそうだ。

ストン、と眠りに落ちる。

呆気なさすぎて、むしろ本当に眠りに落ちたのか知覚しづらい。

テントは六人ちゃんと入る大きさで、私は端から二番目だ。

眠っているはずなのにこんなことを考えられるのだから、実は起きているのかもしれない。

端っこは不安でしょ、と言ってくれたルーさんが思い浮かび、それに立ったままの私がふふっと笑う。

外から傍観しているかのようで面白く感じる。

追体験な感じもするから、やっぱり寝たのだろう。

夢を見るのは眠りが浅い証拠らしいということなので、目を閉じる意識をすると完全な暗闇になった。


「…久しぶりの仮拠点だーー!」

「跳ねすぎて転ばないようにな」

「はーい!」

というわけで、帰還である。

仮拠点に帰還と言ってもいいのか微妙なところかなとは思うが、何はともあれ一時休息である。

この場所から線を延ばすように依頼を遂行していくので、始点であるこの仮拠点は何度も畳んだりしないし、モンスター避けを外すこともない。

(帰れる場所があるっていいな…)

仮拠点が見えた時にはほっとするし、何よりモンスターが入ってこれないので完全安全地帯なのだ。

ここに着くと、みんな思い思いの行動をする。

天幕の中で寝転がるものもいれば、焚き木を囲んでメンバーと語り合うもの者もいる。

私は後者で、みんなが喋っているのを聴くのが好きだ。

マイペースに天幕の中でごろりんとしているのはリーシュさんで、ご飯の時間には呼びに行く。

その時は、調合の時間かもしれないのでそぅっと行くのがいい。

「よく頑張ったな」

「っ!?」

「なんだ、頭撫でたくらいで大げさじゃないかな」

異性との接触経験はほぼゼロなのだが。

だから、大げさではないのだ。

「私も撫でたいけど、遠慮しとく。…弟分を応援してあげるのも姉の仕事だわ」

(いや、撫でてあげるべきだと)

私だけ褒められるのも気がひけるし、よければ弟分さんの頭も撫でてあげてほしい。

「…ねえ、夜は恋バナしよう!」

「はい」

「夜ふかしはしないようにな」

「わかってるって!」

「いや、お前はユキを巻き込んで寝かしてやらなくなるだろ。ほどほどで切り上げろ?」

「その時は私が強制的に寝かしつけるので安心てください、ウォルグさん、ウェルフさん」

「ユキは頼もしくなったなあ。今日の戦闘も良かったぞ」

「…、ありがとうございます」

思わず笑みが漏れてしまった。

このウェルフさんの言い方からも分かるように、私はもういくつかの依頼を同伴させていただいているので、完全なる資格持ち冒険者だ。

カンテラ討伐がメインの依頼にはなるものの、その前に三個ほどサブ的な依頼を受けたので、実践は結構済ませてしまっていたりもする。

「日も落ちてきたし、ご飯にするか」

「では、リーシュさんを呼びに行ってきます」

そう言って腰を上げようとすると、シュバッと立ったルーさんに肩を押さえられる。

「いや、今日は私が行くよ。聞きたいことがあったからね」

「俺たちは食糧を持ってくるとするか」

ウォルグさんの言葉にウェルフさんも同意して、二人も行ってしまった。

(…なんとなく、気まずい気がする)

どんな時でも、残されて二人きりにされたら気まずいのだ。

同性でも異性でも、そこまで仲が良くなければ大抵そうなる。

何かしらの空気感が働いていると睨んでいるのだが、普通に二人で補給砦の道中を歩く程度なら全然そんなことないのに、本当になんなのだろう。

「二人きりになっちゃったね」

(…同士か)

ちょっと困っている感じ、限りなく困っている者同士だ。

「そうですね、少し緊張します」

普通の女子なので、年の近い異性と二人きりだったら当たり前に緊張するが、それプラス、ルーさんはいいのか?と思ってしまう。

(余裕!?余裕がそうさせているの!?)

確かに、あちらは本当に子供の頃から仲が良かったそうだから、十五年来の仲だろう。会って三ヶ月程度の小娘、敵にすらならないか。

(というかまず、私別に別に恋愛感情とか抱いていないし…)

自分は何を言っていたんだ感がものすごく出てきたので、すっと目を閉じる。

「…どうしたの?」

ちょっと驚いて慌てているような声で言われたので、いきなり目を閉じた変な女だと思われないようになんでもないですと答える。

大体リクさんと二人になった時は、他愛もないことを話す。

やはり身の上話系は私もリクさんも軽く口に乗せることではないし、だからといってこのような時にまでモンスターの話だったりをする必要もないと二人とも感じるのだ。

ゆえに、好きなことだったり苦手なことだったりに話はいき、ぽつぽつと話が弾むわけでもなく穏やかに時間が流れる。

前に街を案内してもらった時は昼だったからか明るく弾む感じもあったが、今は夜なので、やはり穏やかという言葉がしっくりくる。

「…皆さん来るのが遅くないですか?大丈夫か少し見てきます」

「…じゃあ俺はあっちの天幕を見てこよう」

分かれて二つの天幕に向かう。

すっと私、ルーさん、リーシュさんの使っている天幕の外布を捲る。

「大丈夫ですか?…っ!?」

覗き込もうと天幕の中に体を入れると、ばびゅんとその脇を猛スピードでルーさんがすり抜けていった。

(ん?)

ちょっと理解が追いつかなくてリーシュさんを見ると、呆れたような半目でルーさんが出ていった方を見ている。できれば、説明してほしい。

「っと、晩御飯です師匠」

「…ん。今行く」

リーシュさんと共に焚き木へと向かうと何やらルーさんがリクさんになにやら説教をしているようなので、邪魔しないでおいた。そもそも、着いた時には素知らぬ顔で座っていたけれど。

ご飯は殆ど毎食パンと干し肉、それとスープだ。

地球人だった私はこれを美味しいと感じているので、特に文句はない。

サバイバルに慣れたからなのか、ちょっとワイルドでも気にしなくなったきた。

食べ終わるのは大抵私が一番最後なのだが、みんなが食べ終わった後でも少し雑談が続くので、取り残されることはない。

ではそろそろ眠ろうか、ということでお開きとなり天幕に戻る。

自然な流れで眠ろうとすると、忘れてない…?と遠慮がちに声をかけられた。

(そういえば…)

「恋バナでしたね」

「そう。よかった、忘れないでいてくれて」

そう、忘れてはいない。ちょっと言われないと思い出せなかっただけで。

「早く寝ろよ」

「わかってますってリーシュ」

「肝に銘じます」

「お前は固い」

口火を切ったのはルーさんだ。

「…どんなタイプが好み?もちろん男の人ね」

(…直球…)

いや、リクさんとの馴れ初め話でも聞くのかなと思っていたのだが、違ったのか。

少し考えてみる。

推しはいないわけではなかったが、作品ごとに推しのタイプはかなり変わっているし、明確にこのタイプが推し!みたいなものはない。

それに、現実と二次元は違うのだ。推しと付き合うのは違う。将来は考えられない。

質問的に添い遂げるならの雰囲気なので、想像してみて答えは出したものの、異世界でこの概念は伝わるのか。

「お話にユーモアが溢れる老紳士です」

おすすめの歌劇だったり、ちょっと大人にワインとか教えてくれたりするような、楽しい人だろうか。

さりげない心配りができるような人で、一緒にゆっくりできるようならば嬉しい。

「…老。ユキは年上好きなの…?」

「いえ、そうではないですが。二人で頑張っていこう!という感じはあまり向いていないような気がしますね」

船頭多くして船山に登るのだ。

燃え上がるような恋よりは落ち着いた恋がしたいし、一緒に頑張ろうと声を掛け合うよりは自然と同じ方向を向きたい。

妥協はしたくないので、一生独身でもいいかな、なんて思っていたりもしていたのが、日本にいた頃の私だ。

「…それより、ルーさんの好みのタイプは?」

「ひゅぇっ、私っ?」

「…もしかして、今も昔も変わらず一筋です、みたいな感じですか?」

(…情熱的)

いいことだと思う。

「…応援していますよ」

(あ、どうしよう。眠い)

ずっと眠いのだ。約束してしまったので耐えているだけで。

「…応援?誰と誰の…?」

ルーさんの戸惑いをよそに、眠気は抑えきれないほど私を掴んで離さない。

「え、と。…ん、勿論ルーさんとリ、」

ースゥ。

そこで、完全に睡魔とランデブーした。

次の日の朝は、速攻寝たことをちょっぴり怒られた。


今度が最後の依頼になる。

仮拠点から離れた情報の場所に行く。

目印一つないのにきちんと任務を遂行できるのは、ひとえにハンターがすごいからだ。

あくまで与えられるのは方位磁石と地図だけで、便利な現在地の確認できる何か付き何かはない。

正しい方向を向いて、感覚で通り過ぎないようにしながら、群れを見つけさえすればいい、ということだそうだ。

当たり前だが、群れがずっと同じ場所に居てくれるわけはないので、距離の感覚がおかしいと迷子の迷子の誰かさんになってしまう。

「いたね、黒魚だ」

くろうおなるその生き物は、砂の上で体をくねらせて動く、見た目は蛇似の魚のようなやつだ。

黒くて、手足はウーパールーパー的なやつが五対ついている。

魚のくせに手足とは生意気な!と図鑑を見た時は思った。

黒魚は一体だが、周りには小さなモンスターがうじゃうじゃといる。

黒魚の体の汚れなどを食べて生きる生物で、戦闘能力はそこまでなく、見た目はさながら深海生物だ。

リクさんとウェルフさんが黒魚に、他四人が周りの殲滅に動く。

ウォルグさんはその中間と言ってもいいぐらいの立ち位置ではあるけれど。

(しぶとい…)

頭、首を積極的に狙うが、弱るとこいつらは砂の上を這いずるように進んでくる。

これが、視界に入りづらくて厄介だ。

心臓を狙おうにも、場所が分かりづらいことと、食事以外には使わないそうであまり効果がない。

這いずってくるやつは踏みつけて絶命させ、立っているモンスターは散弾銃で吹き飛ばす。

掴みかかってきた一体を銃身で押し返し、倒れたそいつの首元を踏みつけて他に銃口を向けて発砲する。

黒魚の討伐は順調なようで、ウォルグさんがたまにこちらに意識を向けて攻撃が飛ばないようにしてくれる。

黒魚は何又にも分かれた長い尾鰭が武器だ。

薙ぎ払うようなその攻撃をいなしながら、着実に痛手を負わせていく。

グギャアァという断末魔を、その他有象無象の最後の一体が倒れたのを見ながら聞く。

ちょうど黒魚も討伐されたようだし、合流した。

リクさんが、黒魚からギャリギャリと鱗を数枚剥ぎ取って、ポーチに入れる。

黒魚の討伐証明だ。

その他黒魚の取り巻きは討伐依頼が出ているわけでもないので、証明は必要ない。

「みんなお疲れ様!」

「おつかれ!」

「やっと仮拠点に帰れるな…」

帰路につく。

仮拠点のモンスター避けは持ち歩きのモンスター避けと紐付けされているので、ある方向がわかるようになっている。

それを辿りながら仮拠点に着いて、食事してひとしきり雑談をして眠る。

次に日に出発し、目指す先は前に行ったのと別の補給砦だ。


「そういえば、何故ハンターギルドと傭兵ギルドは仲が悪いんですか?」

そう質問をリーシュさんに投げかける。

リクさんやルーさんに聞くのは、気が引けた。

前にその話を聞いた時、中央にはあまりいい思い出がない感じだった。

「傭兵ギルドもそうだけれど、中央とハンターギルドが仲悪いって感じだね」

剣を弾きながら言われる。

因みに、今は訓練のアップにあたる。

「傭兵になる国民を奪われているって思ってるんだよ」

蹴りを剣の柄で受ける。

アップにあるまじきハードさだ。

「中央では次男以降は親の家業を離れさせて傭兵にならせるんだ。傭兵は過酷な仕事だから、みんな逃げるんだよ。自由のない場所で、職業の自由は特権階級の奴しか得られないからね、残る道はハンターだけになるってことだ」

連続する斬り込みに、使い慣れた銃の銃身ならば長いのに!と短剣を替えたくなる。

「…食料は十才以上は配給されないからね、使い潰されるのが嫌なら命懸けでハンターギルドを目指すんだ」

どんなに三人四人子供を作れと言ったって、逃げられる量が多いからいつでも傭兵は人数不足だ、と皮肉げな涼しさで言うけれど、その攻撃の手は一切緩められていない。

認める。これはアップじゃない。

「中央付近は特に怪物が多いからね。傭兵が欲しいんだが、ハンターギルドに依頼するしかなくてご立腹なんだよ」

その後は、蹂躙一歩手前で踏ん張ったとだけ言っておく。


補給砦も、ウェスギルドのところは全て回ったらしく、そして私は『砂の暁』に所属してから一年と数ヶ月が経った。

ということは、この世界に来てから同じくらいの年月が経ったということで、日本のことがすごく遠い昔のことのように思える。

「もうすっかりメンバーだなぁ」

その言葉に、少し笑う。

まるで、心でも読んだかのようではないか。

「…、ありがとう」

少し照れられて、微笑ましい思いが胸に広がる。

この一年ほどで、リクさんとルーさんの両片思い疑惑は晴らされている。

ルーさんは純粋にリクさんの将来を憂いており、彼女が出来なさそうで…、という言葉に賛同したのはいつの頃だっただろうか。

そのせいか、ルーさんにたまにリクさんと喋ってやってくれと言われたが、そこまで女性慣れしていないようには見えないので、必要ないとは思う。意見はしないけれど。

「今度、ウェスギルド本部に行くだろう?その時、街を一緒歩かない?」

「はい。担当を確認しておきます」

(どうしよう。事務連絡的な何かの堅苦しさだ、これ)

「楽しみにしてます」

こう言えば、少しはマシになる筈だ。

「うん。俺も」

ーザザッ

(緊急依頼だ)

今まで何度かあったものなので、この音には少し慣れている。

「…いや、強制任務だ」

少し落ち着いた時に、そうリクさんが言葉を落とす。

強制任務。

確か怪物討伐だっただろうか。

(死なない生き物の目覚め)

強制で、その場所に向かう。


その場所はまるで蟻地獄の巣のようにすり鉢状に窪んでいて、少しだけ真ん中が平らな程度だった。

一周するのに何キロもありそうな大きな外周にハンターギルドの天幕が並ぶ。

その天幕は、地球でいう運動会のテントみたいなもので、骨組みと天蓋だけ、いつも使う天幕とは別のものだ。

ここにハンターギルドしかいないのは中央の範囲ではないからである。

ギルドの係員に到着を告げ、係員から今戦っている者たちの離脱の手伝いをした後、戦闘の交代を頼むと言われる。

他のパーティとの関係で、前線にはリクさんとウォルグさんウェルフさん、そしてリーシュさんが行くことになった。

あくまで総力を上げて持久戦で削っていく方針であるようで、くれぐれも無茶はしないようにと言い含められているが、テントの一つに白い布で包まれた塊が見えるように、犠牲者はそれでも出るのだろう。

リクさんたちを、外周から見つめる。

みんながいるところは見下ろせて、個人はわからないけれど、それなりに怪物の動きは見える。

怪物はウニの化け物みたいな風態で、棘付きの触手を振り回している。

日本の一般家庭の一戸建てくらいの大きさがあって、離れているのにその大きさは圧倒されるほどだ。

「…大丈夫だよ」

そっと手を取られ、言われる。

「ユキは初めてだったよね。大丈夫、私たちは四度目だから」

彼女の瞳の映った私は、深刻そうな表情をしている。

「…そう、ですよね」

存外に硬い声が出て、ずっと緊張状態にあったのだと自覚する。

「すぐ帰ってくるから、安心して待ってればいいよ!」

「…ですね」

ルーさんの言う通り、『砂の暁』はジリジリと後退した後他のパーティと交代して、無事に砂を上ってくる。

遠いながらも、リクさんと目があった時ホッとしてしまった。

だから、油断したのが悪かったのだろうか。

ートン

軽い衝撃が背中に加わる。

バランスを崩して、砂の斜面を無様に滑り落ちていく。

叫び声。

リクさんにルーさん、ウォルグさんやウェルフさん、師匠の声がむしろ向かう方から聞こえるのは、リーシュさんは指示出しで後方に残っているそうだからだ。

そんなことを冷静に考える思考は、迫ってくる黒の棘の触手に遮られた。

撃つ。

太い木の幹ほどの物もあれば、自分の腕ほどの細さしかないものもある。

視界が埋め尽くせれるような多さがあるくせに怪物は混乱しないのだろうか、なんて場違いなことを考えるくせに、銃口はしっかりと迫ってくるそれらに向き、弾が弾く。

ーダン!ダン!ダン!

止まれないのだから、進むしかない。

当たり前に、進めば進むほど棘の触手の量も増える。

嬉しくないことに、『砂の暁』の離脱時に怪物は追ってきていたようで、真ん中よりも斜面に近い場所に今いるため、落ち終えれば目の前!という大変不本意な邂逅を遂げるだろう。

黒が晴れる。

それは近づきすぎたために、触手の届きづらい場所に来てしまったからだろう。

一度先程まで向けていたものを退けて、特に太い五本強を差し向けるのが、視界に四方八方から侵入してくるのでわかる。

スローモーションのような感覚の中、異質に目立つ黒の中の黄色が見える。

まるで琥珀かのような色だ。

(…多分、あれが核)

人間は、火事場の馬鹿力というものがあるらしいが、本当なのだろうか。

それかどうかはわからないが、本能があれを狙えと言う。

(これは、ほとんど使わなかったのだけれど)

ライフル、だろう。

関節が外れることもあるそうなので覚悟はしたが何ともなく、初使用の時は少し拍子抜けしたことを思い出す。

ーガアン

硬質な音が響く。

弾かれたような音だが、けれどヒビが入ったようで向かってきている触手が明らかに速度を落とす。

もう一発撃ち込めば、それは地面に倒れた。

ズザザザザ、とその巨体の前で、スピードが落ちて停止する。

「…これで、一度休眠に入るんだったっけ」

近くで見てみれば、体皮は細やかな棘で覆われていて、核だけ剥き出しとは何とも無防備ではないだろうか。

核を見上げる。

「…え」

女の子。

自分と同じくらいの年そうな女の子が、核の中に囚われている。

「大丈夫か!?ユキ!」

怪物が崩れていく。

普通のモンスターにはない現象を目の端に捉えながら、かけられたリクさんの声に意識を割けぬまま応える。

心ここに在らずの返答を気にしながら、リクさんは目の前の相手の視線の先を辿る。

「……ぇ」

そんな声を聞いた。

核だけを残して灰色の砂のようなものになって崩れていく怪物と、その砂を重さでかき分けるようにして落ちてくる核。

それからのことは、あまり覚えていない。


怪物は、眠りにもつかず、はっきり言えば死んだらしい。

倒せないはずの怪物を倒せてしまったことは、問題になった。

そうして、ハンターギルドを追放になった。

なんでも、中央から引き渡し要請が来たらしい。

中央とハンターギルドは仲が悪くはある。

けれど、付け入る隙を与えてしまっては今後が大変である、ということで、それに従うこととなった。

ある意味、国家機関のようなものなので、公的な文書を出されてしまうときつい。

着いた後は異端審問に掛けられるらしい。

(…受ける気はないけど)

中央兵に引き渡された瞬間、おさらばする予定だ。

ハンターギルドは引き渡しの契約は果たしているわけなのだし、ギルドのお偉いさんの言い方的にも、それでいい、といった感じだった。

(申し訳ないのだけれど、トンズラさせていただきます)

傭兵さんが罰されてしまうかもしれないくせに、自分の身が可愛くて逃げ出す浅ましさに自己嫌悪がなくもないけれど、他人のための命を捨てる高潔さはない。

大きな荷物を背負って、中央への道のりを歩く。







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