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たぶん、これは恋じゃない

作者: 谷口凧

 人の心が読めるからといって、恋に強くなれるわけじゃない。


 むしろ逆だと思う。

 誰かを好きになるという行為は、期待の上に成立している。

 けれど、ボクの中には期待という感情が育ちにくい。

 相手が自分のことをどう思っているのか、何を考えているのか、透けて見えてしまうから。


 だから、これは恋じゃない。

 たぶん、きっと――違う。

 


 「……おはよ」


 午前十一時、ふらりと出社してきたその人は、いつものようにカップ麺片手に眠そうな目をしていた。

 左の目の下と口元に、ほくろがある。

 瞳にかかる長い睫毛が、表情をどこかけだるく見せていて――時々、つい目で追ってしまう。

 綺麗だ、なんて。別に、思っているわけじゃない。


 ボクの七つ上の先輩。

 だけど遅刻と無断欠勤とサボりが日常で、上司にも怒られっぱなし。


 なのに、不思議と誰にも嫌われていない。

 それは、先輩が特別だから。

 会社にとって有益な能力を持っていて、結果を出している。


 面倒をかけても、それを補って余りある成果を出すから。

 社長だって口にはしないけれど、黙って認めている。


 ――でも、ボクは知ってる。

 先輩が見せないもう一つの顔を。

 ただのサボり魔なんかじゃなくて、優しいこと。

 本当は誰よりも、人のことを見ているということを。

 

 昨日も無断で姿を消して、誰にも行き先を告げなかった。

 上司には「またかよ」と舌打ちされていたけれど、ボクは知っていた。


 先輩はあのとき、道端で泣いていた子どもを保護して、警察署まで付き添っていたんだ。

 誰にも言わず、当たり前の顔で、そんなことをしていた。


 そういう人だって、ボクだけは知ってる。

 心が読めるからじゃない。

 ちゃんと、見てきたから。


 「こっち見過ぎ」


 先輩がカップ麺の蓋を開けながら、口元だけでニヤッと笑った。

 まるで、ボクの心なんて最初からお見通しだと言わんばかりに。


 心を読めるのは、ボクの方のはずだ。

 なのに、どうしてこんなに動揺してるんだろう。


 思わず視線をそらしてから、

 「見ていません」

 と、いつも通りの口調で言ったつもりだった。


 本当は見ていた。

 今日もちゃんと、無事に来てくれたことが嬉しかったから。

 それだけで、少しだけ安心してしまったから。


 この会社で働くということは、時に命を賭けるということだ。表には出ない仕事ばかりで、報われることなんてほとんどない。

 無茶をして戻ってこない人だって、いないわけじゃない。


 だから、彼女がここにいる。

 それだけで、ボクの一日が、少しだけ軽くなる。


 どうして、そんなふうに感じてしまうんだろう。

 ただの先輩後輩の関係で、遅刻常習犯で、たまにちゃんとサボっていて、自分を大切にしなくて。

 それなのに、どうして、誰よりも先に声をかけたくなるなんて。


 人の心は読めても、

 自分の気持ちだけは、いつもよくわからない。


 ボクはまだ――

 恋だとは、認めていない。

 

 

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