40.これからは少しだけ
三十分だけ追加で歌ってスッキリしたところで、帰り支度を始める。
歌っている間も氷室さんとお喋りしながらだったし、歌い終わる度に律儀に褒めてくれるからなんだかくすぐったかった。
会計を済ませて店の外に出ると、大分夜も更けて人通りはまばらだ。
電車もまだギリギリあるけど、どうしようかな?
色々考える前にお礼を言わないと。
隣の氷室さんを見上げてから、軽く頭を下げる。
「私の我儘に付き合ってくださってありがとうございました。カラオケが好きでもないのに私の歌もずっと聞いてくださって嬉しかったです」
「小鳥さんは歌が上手だな。私もうまく歌えればいいが……あの調子ではな」
苦笑した氷室さんを見ながらクスクスと笑う。
完璧な人より、苦手なことが一つでもある人の方が人間味があっていいと思う。
氷の王子様の苦手なことを知ることができて、私は逆に嬉しいけどな。
「私で良かったら練習に付き合いますよ。レッスンの先生みたいなことはできませんけど、カラオケには色々機能もあるし」
「……そうだな。君がいつも頑張っているように、私も何か歌えるように練習してみるか」
自然と他愛のない話をしていたけど、そろそろ帰らないと。
辺りを見回していると、氷室さんがこっちだ、と歩き始める。
「氷室さん……?」
「電車で帰るのはやめた方がいい。タクシーを使おう。先程呼んでおいた」
いつの間に呼んでくれたのか、氷室さんの後をついていくともうタクシーが止まっていた。
「氷室さんは?」
「私も自分の分を呼んであるから大丈夫だ。お酒を飲んでしまったから、送れずにすまない」
「そんな、何だかたくさん甘えてしまって……」
「いや、君はもっと周りの人を頼った方がいい。プライベートなことでも話すことによって、スッキリできるのならば。私で良ければ、いつでも連絡してほしい」
緊急の業務連絡のために連絡先は交換していたのだけど、仕事のこと以外では特に連絡を取ったことはなかった。
氷室さんの言っているのは、今日私が抱えてしまったような一人で秘めておくには重たい話のことを言っているんだよね。
岬さんには会社でのことを相談することはあったけど、上司でしかも異性の氷室さんに相談しようと思ったことはなかった。
でも、今日偶然会ったのにも関わらず、無茶なお願いを聞いて一緒に過ごしてくれたし。
氷室さんは言い方もハッキリしているしぶっきらぼうなところもあるけど、私のことを心配しているからだって分かったから。
辛いときは、少し頼らせてもらおうかな。
「ありがとうございます。今日もとても親身になって頂きましたから、何かあればご相談します」
「ああ。では、気をつけて。おやすみ」
「おやすみなさい」
タクシーのドアが閉まる。
氷室さんは軽く手をあげて私を見送ってくれた。




