子連れのレディー
ナクシスの夜は、二つの衛星が空に浮かび、冷たい光を地上に落とす。
荒廃した都市の一角にある酒場は、雑然とした喧騒に包まれていた。
酔っ払いどもが安酒を煽り、銃声にも似た笑い声が飛び交う。
壁には無数の弾痕。扉の修理はとうに諦めたようだ。
カウンターの隅。
一人の女が、酒のグラスを傾けていた。
『子連れのレディー』──それが、いつからか彼女についた呼び名だった。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、左手で頬杖をついている。
右の腰には、彼女には不釣り合いなほどの大口径の銃。
しかし、彼女がそれを銃として使うことはない。
真の武器は、己の肉体と、奪った武器を巧みに操る技。
そして、その隣には場違いなほど小さな影が座っていた。
薄汚れた服を着た、痩せた少年。
年齢は十歳ほどに見える。
カイル──それが彼の名前だった。
「あたしのガキじゃねぇ。ただの厄介事だ」
そう言いながら、レディはカウンターの奥に座る店主に向かって酒を注文した。
粗野な口調。ぶっきらぼうな態度。
だが、その隣にいる少年を遠ざけるわけでもない。
カイルは無表情で、目の前の水のグラスを両手で包むように持っている。
だが、その手元では、一つの小さなナイフが器用に回されていた。
銀色の刃が、酒場の灯りをかすかに反射する。
ナイフを投げて遊ぶような素振りではない。
彼の指の動きは、無駄がなく、確実で、洗練されていた。
まるで、それが本能であるかのように。
レディは片目を細め、その動きを一瞥すると、
無造作に彼の腕をつかんだ。
「おい、カイル」
カイルが動きを止め、彼女を見上げる。
「……何?」
「お前、引っ張られてるぞ?」
「……?」
レディはため息をつき、指でナイフを軽く弾いた。
カイルの指先からそれが滑り、カウンターにコトリと転がる。
「あたしの命が、お前の衝動のせいで危険に晒されんのはごめんだよ。大人しくしてな」
カイルは、一瞬だけ自分の手を見つめた。
しかし、それ以上は何も言わず、ナイフを拾い上げて、静かにポケットへ滑り込ませた。
レディはそれを確認し、再びグラスを口元へ運ぶ。
やがて、喧騒の中で、不穏な影が酒場の扉をくぐる。
背中に武器を背負った数人の男たち。
彼らの目が、レディとカイルを捉える。
──また厄介事の匂いがする。
レディは、ゆっくりとグラスを置いた。
そして、唇の端をわずかに歪める。
「……やれやれ、今日は静かに飲めると思ったのによ」
カイルは、そんなレディを横目で見ながら、
自分の手をぎゅっと握りしめた。