作業は順調に進む
アリスの手は緊張からか、プルプルと震えていて狙いが定まっていない上に、魔術の起動を示すランプも点灯していない。
「落ち着いて。構えはこう」
「あ……は、はい……」
そんなアリスを見て、私はアリスの手を取って構えを作らせる。
後ろから抱きつくように手取り足取り教えることもできるが、今は背負っているタンクが邪魔なので、一部の人間が喜ぶであろう百合構図にはならない。
「生活魔術と要領は同じだ。使うという意思を持って魔力を使用する」
「……はい」
アリスは少し落ち着いたようで手の震えも止まり、魔術起動ランプが緑色に光る。
「よし。そのまま引き金を引け」
「えい!」
可愛い気合の声とともに引き金を引くと紅色の栄養魔力が射出され、説明通り射程距離限界の5メートル地点(多分)に着弾する。
「あれ? 消えちゃいましたけど……もう吸収されたんですか?」
着弾地点が紅く染まると思っていたのか、アリスは首をかしげる。
「基本的に魔力は目に見えるものではないから、着弾地点が紅く染まることない。
ただ、魔力そのものはその場に留まっていて、何もしなければ世界に溶けて魔力の集束地へ向かうことになる。
しかしなぜ発射した瞬間や魔法では魔力を目視できるのか? という説明をしてやってもいいが、今は時間が限られているから、また今度な」
「は、はぁ……」
アリスは興味なさそうな相槌を打つ。
先ほどの移動系魔法は少し興味を持ったみたいだが、原理に関してはあまり興味は持てないか。
もしかすると、自分の役に立ちそうなものには興味を持つとか?
ご飯は言うまでもなく、空を飛べれば便利だし。しかし結局疲れると知った今はどうだろう?
この仕事が終わったら色々話をしてみて、判別してみようか?
それはさておき。
肝心のクレナイだが、およそ2メートルほど離れて着弾した栄養魔力だが、それを感知して動く気配はない。
単にクレナイの射程外なだけか、そもそも全く動かないタイプなのか。
「アリス。やはり収穫するためには栄養魔力が届く位置まで近づかなければならないようだが、やることは先ほどと同じだ。
落ち着いてちゃんと構えて引き金を引く。それだけだ。
一度できたのだから、自信を持っていけ」
「はい。わかりました」
やはり一度経験するとある程度の自信がつくのか、アリスの表情は先ほどまでの不安が緩和されているのが目に見えてわかる。
再び歩みを進め、慎重に近づいていく。
やがて栄養付与魔術の射程に入り、私はより一層警戒を強めるが、クレナイはやはり微動だにしない。
……私が考えすぎていただけだったか? 杞憂に終わればそれでいいのだが……
「アリス」
「はい」
私がアリスの方に手を置いたことが合図となり、今度はスムーズに構え、引き金を引く。
しかしピンポイントで当てるにはまだまだ技術不足のようで、栄養魔力はクレナイの蜜部分どころか軸にすら当たらず、再び地面に着弾する。
「……難しいです」
「最初はそんなものだよ。
水鉄砲に似ているとはいえ射出するのは水ではなく魔力だ。魔力の射出はちゃんとした魔力制御が必要になってくるからな。
ただ作業の効率化を図るためか、うまく当てなくてもクレナイが栄養魔力を吸収する仕組みになっているから、今回外したことは全く問題ではない。
だからアリスは次の作業、プレートでクレナイが変化する様子を見ていてくれ。
私は一応警戒だけしておく」
「わかりました」
アリスは指示通り紅色のプレートを取り出して、クレナイを観察し始める。
一方の私は、クレナイがいかにして魔力を吸収するのかを観察しているが、やはりクレナイは微動だにしない。
しかしちゃんと栄養魔力を吸収しているようで、徐々にではあるが蜜部分が紅く染まっていく。
蜜部分を狙え、と言っていたので、根から吸収するわけではないとは思っていたが、多分私のスナイパーライフルに施した術式と同じように、周囲の魔力を吸収しているようだ。
それに3種の魔力を同時に吸収する必要があるから、当然術式は複雑化する。結果的に軸は極太にする必要があった、ということか?
もしそうだとするなら、スナイパーライフルに複雑な術式を組み込んだ私の魔導技術は大企業に劣るどころか、一歩も二歩も先に進んでいる。
やっぱり私すごい。次の自己賛美からはこの項目も入れようかなぁ。
それにしても、複雑な術式を機能させるために極太にするのはわかるが、こんな筋肉質な見た目にする必要はあるのか?
術式を組んだ結果、どうしても避けられない現象だったのかもしれないが、ここは改良の余地ありだろ。
これでは素人収穫者ではビビって引き金すら引けないかもしれないし。
まぁ見た目の問題は今後に期待するとして、クレナイの周囲を見る限り、やはり生命体からは魔力を吸収できないようで、草木に影響は出ておらず枯れる様子も見られない。
だが、私のツールバッグの中にある魔術は別だ。
クレナイの魔力吸収範囲はわからないが、これ以上近づかない方が賢明だろう。
もしかすると5メートル以内に入った時点で少しずつ吸収されているのかもしれない。
しかしそれだとわざわざ栄養魔力を射出する必要はなく、地面にでも転がしておけばいいが、直接当てた方が効率がいいのかもしれない。
少し疑問は残るが、所持している魔術の全魔力を奪われてしまったら私は泣いてしまうので、とりあえず栄養付与魔術の射程外へ出る。
あとは問題なく収穫できれば少し削って持ち帰り、研究でもしたいところだ。
……筋肉質な見た目なため、削るには少々抵抗はあるし、削るたびに悲鳴を上げそうなタイプではあるけど……
しかし魔導研究には苦手も克服しなければならないので、遠慮なく削らせてもらう。
さて、と……削るための魔術は、っと。




