術式ドーナツ
「これでよし、と」
単純な術式なので、数秒ほどで付与できる。
「見た目は変わらないんですね」
アリスは術式付与が完成したイチゴドーナツを、上から見たり横から見たりするが、色や形に変化はない。
「見た目に変化が見られたら、それは変化魔法だからな。
今回は術式が付与されていればいいから、魔導回路としての役割もないからな。
なので普通に考えると、これだけでは何も起こらない」
「え? でも今回は、おいしくないドーナツを食べる、ってことですよね?
他に何か調味料的な魔法を使うんですか?」
「いや、さっきも言ったが『術式を付与した料理は不味くなる』から、今回はこれで完成なんだ」
「なるほど?」
アリスは小首を傾げながら、術式ドーナツをじっと見つめる。
見た目が全く変わらないことに納得しづらいのだろうか?
「ルシアさんが不味い不味いって言うから、もっと邪悪な変化をするのかと思っていました。
こう、ツノが生えてくるような」
アリスは言いつつ、両手の人差し指をツノに見立てて額に当てる。
「それはそれでちょっとおもしろそうだがな。
で、どうだ? 食べ物として認識できているか?」
普通のドーナツの味を知って美味しいと認識できていれば、見た目による拒否感はないと思って先に食べさせた。
その上で、この術式ドーナツをどう認識するか?
「私の勘では、食べても問題なさそう、と言っています。
でも、もしかすると美味しくないかも? と、ちょっと思ったりもします」
その勘って、長い野生生活の中で培われたものなのだろうか?
それとも、上位魔女の自動防御の一種なのだろうか?
私は見た目では一切判別がつかない。
あの変態一家の戦闘メイドが出してきた、あからさまな痺れお茶やドクロクッキーとかなら話は別だが。
「そうか。
では早速試食といこう」
まずドーナツを3分割し、1つをアリスに、1つを残し、1つは私がいただく。
本当は食べたくないけど、実験の確認作業は必須だ。
万が一、私とアリスの味覚がズレていては検証に支障が出てしまう。
残りの1つは、アリスに作ってもらう術式ドーナツとの比較のため。
「分けても味は変わらないんですか?」
アリスは手に取ったドーナツを眺めつつ、そう聞いてきた。
単に食べ物が絡むからかもしれないが、こうやって興味を持ってくれるのは嬉しいことだ。
今後にも期待しよう。
「それは問題ない。
術式料理は『書き込む』というより『染み込む』んだ。
だから料理を分割したからといって、全体に染み込んだ術式が分割されるわけではない。
これが部品を細分化した魔術や、魔法の阻害……」
と、関連する詳細を説明し始めると、その表情はあからさまに興味が失われていくのがわかる。
「とまぁ、小難しい説明はさておき。
ではいただくか」
「ルシアさんも食べるんですか?」
「変化の確認は必須だからな。魔導研究者なら当然のことだよ」
……本当は食べたくないけど……
「では」
いつもながら術式料理を食べるには覚悟がいる。絶対に不味いからな。
一番酷かったのは、食べた瞬間は不味いと思っただけだが、時間が経つにつれて気分が悪くなり、激しい嘔吐や下痢になってしまったことがある。
美少女にはあまりにも似合わない光景だが、耐えることができなかったので仕方がない。
唯一の救いだったのは、ちょっといいホテルで実験したので、部屋のトイレが広かったこと。
これが万が一、あの廃屋のような場所だと簡易魔導トイレが足りず……
悲惨な目に遭っていたこと間違いなし。
だからアリスに説明した私に関する症状については、実は嘘。
お腹も壊したし気絶もしたし、のたうち回ったし。
嘘も方便、というやつかな。
本当のことを言ったら食べてくれないかもしれないから、まずは安心を与えること。
実際、今回の術式ではそんなことはおきない、はず……
まぁ違った結果が出たとしても、これが魔導実験。避けては通れない道だ。
では覚悟を決めて、いただきます。




