収穫完了
「なにか少し甘い匂いがしますね? これがお待ちかねの『魔物食材』の匂いでしょうか?」
周囲に漂う甘いクリームのような匂いに、アリスはワクワクしながら周囲を見回すが、残念ながら、この匂いはお目当てのものとは違う。
「いや、これは粘液の匂いだな」
「そうなんですか?」
アリスは私の言葉を聞いて、すんすんと鼻を鳴らして少し遠くから粘液の匂いを嗅ぐ。
「……確かに、こちらから匂ってきますね。
ケーキを思い出させる匂いですが、さすがに食べようとは思えませんね」
よかった。そこはちゃんと自制が効いて。
というか、アリスは自身が食べ物と認識しないものは絶対に口にしないから、これが食べ物でないこともわかる。
「でもこれで他の魔物が寄ってきたりしませんかね?」
「大丈夫だろ。
元々はこの匂いで釣る魔導植物だったのかもしれないが、多分『クレナイ』栽培のために他の生物に襲われないようにしているはずだ。
迷彩おっさんの仕事には『クレナイ』の警護も担っていたのかもしれないな」
ただ、戦力的には無能感丸出しだったので、役に立っていたのかは謎だ。
「さて、迷彩おっさんも『クレナイ』もおとなしくなったことだし、さっそく収穫をしてしまうか」
「はい」
と、その前に。
私はバッグから魔導瓶と魔導コーティングスプーンを取り出す。
私の知らない魔導植物だからなぁ。全部持って帰るのは無理でも、粘液とか軸の一部分とか持って帰らないと。
しかし持ち帰りは厳禁だ。でも、私はこいつのせいで頭を打ったのだ。
慰謝料としては足りないが、これぐらい持ち帰ったところで文句を言うなという話だ。
さーいしゅ採取っと♩
魔導瓶の半分ぐらいに粘液を入れ、削り取った軸の一部を魔導保存ケースに入れる。
よしよし。
それじゃあメインの『クレナイの蜜』の採取といきますか。
切断した『蜜』は、極太筋肉丸太のような軸の上にちょこんと乗っかっているだけだが、バランスがいいのか落ちてくる気配はないが、手を伸ばして届く位置にはない。
迷彩おっさんも『クレナイ』も沈黙しているから大丈夫だとは思うが、用心だけはしておくか。
私は最初に『クレナイ』の周囲に設置しておいた魔導手榴弾を拾い上げ、一つを迷彩おっさんの頭の上に、四つを『クレナイ』の周囲に再設置する。
「それとアリス、万が一に備えてこれを渡しておく」
「何でしょう? 逃げた時のための非常食でしょうか?」
即逃げは確かに正解と言えるが、今回ばかりは違う。
「これだ」
「え? ええええええ!? 私、こんなもの使えませんよ!?」
バッグから取り出したのは、小型の魔銃だ。
ただし、アリスが使えないだろうということは私もわかってはいる。
「護身用という意味もあるが、これは魔力弾さえ発射してしまえば、私が魔力で遠隔操作できるものだ。
その分威力も低いが、万が一のことを考えてアリスが持っていてくれ。引き金さえ引いてしまえば、あとは私が操作するから」
とはいえ、遠隔魔力操作には魔法と同等レベルの魔力を消費するので、使う機会がないに越したことはない。
なので、魔法を使用する際のタメがないこと以外のメリットがない。
アリス用の防犯魔術として考えていたが、常時持たせていたら、ふと気付いた時には警察に捕まっていそうなので、こういう非常時にしか出番がないんだよな。
「わ、わかりました……」
アリスは私の説明を聞いて、少しおどおどしながら小型魔銃を手に取った。
「よし。それじゃあ、念のために『クレナイ』の射程範囲外に出て待機していてくれ」
「は、はい……」
アリスは少し緊張した面持ちで、私から5メートルほど離れる。
「さて、と」
私は再び浮遊魔法で浮かび上がり、魔導手袋をはめて慎重に『クレナイの蜜』を手に取る。
一番危ないのはここだが……特に『クレナイ』に動きは見えない。
本体から……どっちが本体かわからないが……切り離したことで、完全に動きを止めたのか?
では、これを持ち上げ……って……
「お、重いな……」
どうやら『蜜』がぎっちぎちに詰まっているようで、ずっしりと重く、そして触った感じはかなり硬い。
これが魔力を吸収した『蜜』か……
これだけぎっしり詰まっているとなると、ただの『希少魔導食材』から『研究用魔力貯蔵庫』としても使えそうだな……
そして『クレナイの蜜』は、私担当分にもう一つある……
じゅるり……と、よだれを垂らすのはまだ早い。
私は溢れ出る魔導欲を押さえ込み、重量に負けじとフラフラしながらアリスの元へ降りる。
「だ、大丈夫ですか?」
アリスは心配そうに私を見るが、その直後には視線は私が手に持つ『クレナイの蜜』へと移った。
……わかりやすいやつめ……
「こ、これが噂の『魔物食材』ですか……なんとなくですが、美味しそうな予感がします」
アリスは甘い匂いのする粘液とは対照的に、目を輝かせながら『クレナイの蜜』を凝視する。
「まだだぞ、アリス。
一応、収穫という仕事の最中ではあるからな。農園側が完璧に悪いという証拠をつかんでいない以上は『蜜』に破損があると、私たちが悪いことになってしまうからな」
アリスはつまみ食いなどはしないが、一応釘を刺しておく。
「そ、そうですよね……
昔、村で収穫のお仕事の最中に食べちゃった時には、いっぱい怒られちゃいましたから……」
……やらかした経験ありなのか……
「まぁ、わかってるならいいんだ。
……それにしても重いな……」
次の『クレナイの蜜』が私を待っている……とわかってはいても、こんな重量物を持って次の場所に移動だなんて、か弱い私では不可能だ。
いつものように浮遊魔法でも使用したいところだが、まだ成分検査も何もしていない。
もし魔力干渉で性質が変化しても困る。
となれば、やはり人力で運ぶしかない。
念のためと思って、普通のロープと布を持ってきていてよかった。
これらをバッグから取り出し、布で『蜜』を丁寧にくるみロープで結えば、これで背負うことができる。
そして、私は最終兵器に視線を向ける。
「……アリス。背負ってもらえるだろうか?」
私より華奢で小柄なアリスに頼むのは若干気が引けるが……
「はい、お任せください。私はまだまだ元気なので」
アリスは嫌な顔せず、二つ返事で了承してくれる。
なんとありがたい……
「それに、昔は水汲みのお仕事もしていたので、慣れたものです」
アリスは言いつつ、軽々と『蜜』を背負った。
さすが無尽蔵体力のアリス。今度からは遠慮なく、力仕事はアリスに任せよう。
「よし。それじゃあ、次は私担当の場所へ向かおう」
「はい」
そして横たわる迷彩おっさんは、当然放置だ。




