魔導研究者の鑑とストーカーの鑑
男にとっての過酷な実験の一つ。
それは『魔女化』だ。
魔『女』というだけあって、男は絶対に『魔女化』することはない。それは過去のとある『裏研究』からもはっきりとした事実だ。
言い換えると、魔女は不老なので、禁断の『不老不死』の研究とも言える。
私は人の命を弄ぶような実験を行ったことはないが、今、私の心の奥底からふつふつと湧いてくる、この怒りが私を禁断の研究へと誘う……
ふっふっふ。
この後、この美少女魔導研究者に拘束された上に、魔導研究の役に立てるのだ。
過去、魔女至上主義時代は男にって最高の栄誉だった。
それを今、私が再現してやろう!
「ル、ルシアさん、どうしますか? ここで結婚しちゃうんですか?」
………………
今世紀最大の愚行を行なったヒョロガキに対して、私は理性を失いそうになるが、アリスの言葉で少しだけ冷静を取り戻した。
「そうだなぁ。条件次第では考えてやらないこともない」
「わぁ。劇的ですねぇ」
興奮するアリスだが、一つ気付いていない。
私がアリスに向ける顔は一切笑っていないのだ。
さて、内心、腹わた煮え繰り返る思いであっても、ここでヒョロガキに『旅立って』もらったところで、私のデメリットの方が大きすぎる。
まず、こいつらが何者かがわからない。
万が一どこかの要人で、失踪後に大捜索が始まってしまうと、粋を集めた現代最新魔術を駆使すれば、完璧に消したはずの私の魔力の残滓を追ってくるかもしれない。
そうなると、勇者から逃亡した時よりも厄介なことになりかねない。
まずは観察だ。このヒョロガキ、あるいは二人のゴリラに別の利用価値はないか?
特にこのヒョロガキの言葉を聞けば、どうやら私に惚れているようだし、簡単に利用できそう。
ゴリラ二人は、簡単に言えば傭兵っぽい雰囲気を醸し出しており、その服もおそらく魔術が施されている。
ただ、一般的な軍服の類になるので、私にとって価値があるかと言えばそうでもない。
一方のヒョロガキだが……
服装は上下ジャージであるが、よく見ればディオーというハイブランド。
腕時計、こちらもパティリックというハイブランド。
この状況から察するに、金持ちのボンボンが私にプロポーズするために、傭兵を雇ってここまでやってきたというところだろうか。
ふむふむ。
金持ちなら、いろいろな魔術を収集しているものだからな。中には『家宝』といって、昔の魔術を大事に保管しているケースだって少なくないのだ。
「ふふ。そちらのお嬢さんも僕たちを祝福してくれているようです。
さぁ僕たちの新たな門出を盛大に祝福しましょう!」
ヒョロガキは跪いたまま、大きく両腕を広げた。
そんなヒョロガキを見て、私の感情は一切動かない。あえて一言で言うのなら、きしょ。
「ところで、私は君と面識がないはずだが、どこかで会ったか?」
派手なポーズをとるヒョロガキを侮蔑しながら、私は極力冷静にヒョロガキのことを探ることにした。
一番厄介なのは『魔女狩り』であることなのだが、私たちの正体さえ知られなければ、最高のカモになり得る。
ただ、ヒョロガキが本当のことを話すことが前提になるが。
「そうですね。言葉を交わすのはこれが初めてです」
いわゆる一目惚れというやつか。まぁ私のような美少女が視界に入ってしまったら仕方がない。
一方、アリスに惚れていたら、それはもう通報案件だ。
「僕があなたに出会ったのは、二日前の夜の公園でした。
その片隅であなたは土と戯れ、ほのかな灯りから見える少しだけ垂れ落ちた宝石のような汗。
そして汗を拭うあなたの満足そうな笑顔に、僕の心の鼓動は爆発寸前です」
ヒョロガキは天に届けを言わんばかりに真上を向いて、恍惚とした表情で語った。
……幻惑魔術を仕掛けるところを見られてたのか……
いや、というか、自分で言うのものなんだが、不正魔術を仕掛けて満足する私に一目惚れという、なかなかニッチな趣味を持ってるんだな。
それにしても、細心の注意を払いながら仕掛けたんだが……こいつの影が薄すぎて気づかなかったのか、そういう特殊な技術を持っているのか……
「それからというもの、僕はあなたのことを徹底的に調べました。
名前はもちろん、身長体重スリーサイズに足のサイズ、服のサイズや趣味、食事、トイレの回数などなど」
いや待て待て。
私に一目惚れしてから一日ぐらいしか経ってないんだぞ? それでそこまで調べたってのか?
たまにいるよな。こういうストーカーの鑑みたいなやつ。
とはいえ、その情報収集能力は評価に値する。
優秀な情報屋なら、金さえ払えば多少の無茶はしてでも短期間で情報を揃えられる。
なので、このヒョロガキが金持ちなのか、あるいは情報屋として優秀なのか。
どちらにしても利用価値はある。
そして重要な『私たちが魔女であること』さえ知られていなければ、往復ビンタ30連発と、精神的苦痛を味わった慰謝料(魔術)ぐらいで、ストーカー行為は許してやる。
でも『セイヴィアーク』の件は許さない。
「す、すごいです……恋のパワーはやっぱりすごいんです」
アリスはヒョロガキの行為に感心しているようだが、その感想ズレてるからね?
あとできっちり教育しておかないと、本当に変な男に連れて行かれそう。
「そして、あなたがこの植物を探しているという情報を得て、僕はプレゼントをしようと思い立ったのです!」
続くヒョロガキの漫画のような情熱を、アリスは楽しんでいるようだが、私は冷めた目で見ていた。
というかあの情報屋、もしかして腹いせに私の情報を売ったんじゃないだろうな?
これはあいつにも慰謝料を支払わせなければ。
「さぁ、受け取ってください!」
ヒョロガキはデカい声で私にプレゼントを差し出し、アリスは私がどう応えるのか期待の眼差しで見つめている。
「さぁもなにも、おまえは私に気を取られすぎて、他のものが目に入らなくなっているのか?」
「え?」
「おまえ、今何を手にしているんだ?」
私が指摘すると、ヒョロガキはかつて『セイヴィアーク』が存在していた場所に目を移すも、残っているのは花用スリーブのみ。
普通は視界に入るだろうが、私に気を取られすぎていて、手の感覚だけでものを言っていたようだ。
「ええ!? お花はどこに!?」
アリスは驚きの声をあげ、キョロキョロと周囲を見渡すが、当然花など存在しない。
というか、アリスも気づかなかったんかい。
視野が狭いぞ、この二人。
「簡単に言えば、消えた魔導植物は『魔力集合草』といって、魔力を放出すると消えてしまう超希少魔導植物なんだ。
それなのにキミは扱いを間違えた」
まず罪悪感という枷をはめる。
本当なら半日ぐらいかけて詳しく講義したいところだが、ここまでの道のりで私も疲れている。
魔導関連ならいくらでもしゃべられるとはいえ、ちょっときつい。
「だが、私に好意を持ち、プレゼントを送ろうという心意気は認めてやる。今回はその選択を間違えたのだ」
こき下ろした後にちょっと優しい言葉で『選択』と言えば、その好意につけ込んで別のものを用意しようとするはず。
「も……申し訳ありません……僕としたことが考えが足りませんでした……
お詫び、と言っては何ですが、確かルシアさんは魔術の研究をされているかと」
ストーカーの鏡なら、それぐらいの情報は得ているだろう。
だが昨夜は今日のことを考えてウキウキしていたので、他のことが手につかず、怪しまれるような実験はしていない。
「詳しくは話せないのですが」
ヒョロガキは少し申し訳なさそうに言いつつ、ポケットから黄色い飴玉のようなものを取り出す。
「わ、綺麗で美味しそうですねぇ」
飴玉っぽいものが出た瞬間、アリスは食べ物だと判断して食いついた。
正体はわからないが、私の飴玉型幻惑魔術も平気だったもんな。普通の人間の持つ飴玉型魔術なら、アリスにはなんの問題もないだろう。
「それは?」
「これは『筋力向上魔術』です」
「マジで!?」
私は、まるでアリスが食事に飛びつくかのように瞬時に食いついてしまった。
もちろん私がムキムキになるためではない。
勇者が短期間でゴリラマッチョになった原因の魔術は『魔王戦争』以降行方不明なのだ。
私が食いつかないはずがない。
……ふ。こいつがストーカーの鑑なら、私はつくづく魔導研究者の鑑だな。




