小悪魔アリス
「たまごー、ゆでたたまごー、それはゆでたまごー」
アリスは体を小さく揺らしながら歌い始めた。
こ、これは……
「しろときいろのたまごー、からはかたいよたまごー」
湯船に浸かりながらアリスが歌っていたオリジナルソング。茹で卵の歌だ。
歌詞は謎だが、なぜか音程は取れ、しかもなかなかに上手い。
もしかすると、600年をほぼ1人で過ごしてきたのだから、一人遊びできることは得意なのかもしれない。
それに、恥ずかしいという感情を一切見せず、堂々と歌っている上に上手いので、周囲も笑うことはなく、良い意味で視線を集めている。
「お嬢ちゃん、1杯もらえるかね?」
そこへ現れたのは、白髪の爺さん。
まるで孫の歌に引き寄せられたかのような、穏やかな表情をしている。
それに他とは違いスマートな紳士といった感じで、身に纏ったスーツはどこも破れていない。
まともな人いるじゃん。
「ありがとうございます。
ルシアさん、お願いします」
「はいよ」
アリスは最高の営業スマイル……いや、自然な笑顔を見せ、私はアリスに応えてらーめん屋っぽく注文を受け取る。
麺は市販で一番安いもので十分だ。どうせ幻覚魔法で本当の味などわからん。
それでも一応昨日のうちに、まるで特注かのように仕上げてあり、若干輝いて見えなくもない。
気のせいレベルではあるが、これを見抜いた人『わかってる自分凄い』と自画自賛することだろう。
そうなれば、ポイントにもつながるかもしれない、という一種の保険だ。
メインはあくまでも幻覚魔法だ。
その麺を浮遊魔法で浮かせ、華麗に指先で操作し湯に入れる。
その間に、今度は大鍋に入ったスープ1杯分を魔法で球状にして、器に移動させる。
スープが器の中心まで運ばれると、ゆっくり液体状に戻って器を満たしていく。
その際、まずは幻覚魔法に仕込まれた効果の1つ『匂いを嗅ぐだけで空腹感に襲われる感覚』が広がる。
もちろんスープに仕込んだ隠蔽魔法が発動しており、幻覚魔法を感知することはできない。
そして出来上がったスープは、まるで『何も仕込んでいませんよ?』と強調するかのように透明で、器の底まで見える。
仕上げに、茹で上がった麺を浮かして器に入れ、隠蔽魔法を仕込んだ茹で卵をトッピングして出来上がりだ。
このアリスの歌から始まった、ちょっと特殊な状況は注目を集め、私の料理姿が終始映し出されていた。
しかし私は見事欺き通し、当然のごとく不正検知なし。
完璧。
「できたぞ」
「はーい」
アリスは私の声に応えて台車から降り、出来上がったらーめんを両手で持っていき、爺さんに手渡す。
「どうぞ。お召し上がりください」
と、アリスはニコリと笑う。
この屈託無い笑顔から渡されるらーめんに、誰が不正魔法が仕込まれていると思うだろうか?
それほどアリスの笑顔は強い。
「ありがとう」
当然爺さんも疑うことはなく受け取り、設置されたテーブルに向かおうとするが、
「あ、ちょっと待ってください」
と、アリスが引き止める。
? なんだ? これは作戦にはないが……
「美味しくなる魔法を忘れていました」
「魔法とな?」
魔法だと?
まさかアリスの食物魔法の秘密に迫るような重大な事実が……
いやそれより、ここで下手な魔法を使ってしまうと不正と取られかねない。
どうする? 止めるか?
「はい。では早速」
アリスは言いつつ指でハートマークを作り、左右に揺れながら、
「おいしくなぁれ、きゅんきゅん、どっきゅん」
…………………………
見ている私の方が恥ずかしくなるというか……ちょっと引くくらい超絶あざといんだが……
というかそれ、オムライスとかにするイメージなんだが……
まぁ可愛いからなんでもいいか。
それと、これを不正魔法だというのなら、それはもうただの言いがかりでしかない。
よかった。慌てて止めなくて。
「ど、どきゅん……」
どうやら爺さんには効果抜群のようで、若干頬を赤く染めている。
これが一目惚れというやつか。
まぁ幾つになっても恋はしてもいい。それに目の前のアリスは爺さんより年上で合法だ。
「で、では、いただくとするかのう」
爺さんはアリスにちょっと見惚れた後、今度こそテーブルにつき、不正らーめんを一口。
ここでオーバーリアクションをしてくれれば注目を集められるが……
一応、魔力は多めに入れたけど、爺さんでは期待薄かなぁ……
「う……う……うまい! なんという美味さじゃ!
これは……これは! ワシが失いかけていた魔力がたぎる!」
え?
そう興奮し始めた爺さんの筋肉が膨張していく。
これは……筋力強化魔法かなぁ。
「ぬああああああああ!」
またもやスーツが……とまではいかず、胸元のボタンが飛んだだけだが、爺さんにしてはなかなかの気迫だった。
それにしても、爺さんが興奮して筋肉を見せると、あの変態一家を思い出すから、なんか嫌だ。
それはさておき。
まず当然のことながら、幻覚らーめんは成功だ。
あとはこれを皮切りに客が集まってくれれば……
私の焦りはまだ解消していない。
その間にも爺さんはらーめんを一気に食べ、使い捨ての器をゴミ箱に入れると、アリスの元に歩み寄る。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
と、最後は紳士的に去ろうとする。そこへ、
「ありがとうございました」
アリスが爺さんの右手を両手で取ってお礼を言う。
アリスの天然小悪魔大爆発。
さっきの歌やあざとい魔法もそうだが、そういうのどこで覚え……あ、漫画か。
自分の思う最高に客の受けがいい店員を真似ているのかもしれない。
だから私が焦っていた時、自信ありげに名乗り出たのかもしれない。
それはそれでいいとして。
このアリス。私の不正らーめんとは違う意味でヤバいぞ。
そんな私の予感が的中したようで、その光景を見ていた審査員たちが、わらわらとこちらに歩み寄ってきた。
客寄せとしてはありがたいことだが……これ、気をつけておかないと、マジで誘拐事件が発生しそうなんだが……




