らーめんの名前
「ところで、このらーめんに名前はあるんですか?」
アリスはそう言いつつ、本日の特訓に使用した茹で卵をパクリ。
今らーめんを食べたばかりなのに……
まぁアリスにあの量は足りないよな。
「名前? えぇと……」
実験用でなんでもよく、とりあえず一番安いインスタントらーめんを手に取っただけなので、商品名をちゃんと見ていなかったな。
「『勇者は庶民の味方らーめん』だそうだ」
この町は『勇者』を売りにしているから仕方ないとは言え、なんでも『勇者』をつけたがるな。
でも製造地を見るとこの町ではないというガバガバ具合。
もっとこだわれよ。
「いえ、そうではなくて、ルシアさんが本番で作るらーめんの名前はあるのかなって。
ほら、あのムキムキさんたちもそうでしたが、他のお店のらーめんにも名前があったじゃないですか」
「あぁ、そういうことか」
この町に限った話ではないが、食事は基本的にアリスのリクエストに応じて店を決める。
各町で色々な特色があるものだが、やはりこの町の特色は『勇者』だ。
基本的には『勇者のここが決め所らーめん』や『勇者の決意らーめん』などという暑苦しいメニューが多い。
中には『美人賢者の誘惑サラダ』や『逞しき戦士の背中チキン』『魔女にも負けない魔法使いの熱々スープ』といった、当時の勇者の仲間から名付けたサイドメニューもあった。
しかし当時の勇者パーティーの戦士は女性だったし、賢者と呼ばれる女性なんていなかった。そして一般魔法使いが魔女に勝てるわけないだろ。
更に言えば勇者が戦士を兼ねている状態だったんだよなぁ。
もしかすると創作の『勇者伝記』からヒントを得たのかもしれないが。
それにしても500年でだいぶ歴史が歪んだなぁ。
「まだ決めていないのなら、かっこいい名前をつけませんか?」
そう言うアリスの表情には、ワクワクしたものが浮かんでいた。
さすが食事の次に漫画をこよなく愛すアリス。そういうのがお好きか。
「そうだなぁ……じゃあ『アリスらーめん』にしよう」
「わ、私のらーめん、ですか……?
でも私、全然作ってないのですが」
「何を言う。
本番で使うらーめんも具材も市販の量産品ばかりだが、私たちが優勝するためには『アリス成分』が必要不可欠なんだ。
それだけで私が作るらーめんには『アリス』の名を冠する資格が十分にある」
「そ、そう言われるとかっこいい気もしますが……」
アリスは納得しかかってはいるようだが、まだ完全には折れないか。意外と頑固なところがあるんだな。
「では『アリスの出汁入りらーめん』なんてどうだ?
嗜好的に一部の層にしか需要がないかもしれないが、幻覚魔法入りらーめんだ。
その一部が声を上げて美味い美味いと言えば、一部以外も興味を持って食べる。
すると芋づる式に皆美味い美味いと、まるで録音された魔術のように声を上げるだろう。
若干気味が悪い光景ではあるが、これで勝利確定だ」
その際は『アリスの出汁』がなんなのかを説明する必要がある。
一部の層は『アリスの残り湯』と言えば大歓喜だろうが、それ以外はいくら美味しいと言っても、その一部の戯言としか捉えられないかもしれない。
アリスは私の説明を聞くと、やはり納得のいかなさそうな表情を浮かべている。
まぁ自分で説明しといてなんだが、自分の残り湯であることを広める提案は受け入れがたいよな。
「でもそうなると、私の残り湯が美味しいと広まっちゃったりして、私、狙われませんかね……?」
……私の考えてることと全然違った……
いやまぁ、アリスは自分の危機には敏感だから、その考えに至るのは当たり前といえば当たり前……なのか?
というか普通、人の残り湯で劇的に美味しくなる、なんて発想には至らないと思うんだがな。
それこそ一部の層には大人気になるかもしれないが。
このアリスの真剣に悩む表情よ。
やはり魔法特訓よりも乙女心特訓を優先するべきか……
「そんな心配をする必要はないと思うぞ。
世界中には『アリス』という名の人物はたくさんいるし、そもそも私の目の前にいる『アリス』は『アリゼイル・クロシアス』で『アリス』は愛称だろ」
「……そうでした。
村でもずっと『アリス』と呼ばれていましたし、この600年は自己紹介する機会もほとんどなかったので、危うく自分の名前を忘れるところでした……」
アリスは本名を指摘され、ハッとした表情を浮かべる。
正直な話、私もアリスの本名を忘れそうになることがあるが『魂喰いの魔女』のモデルであると連想すれば、アリスの本名もパッと出てくる。
「でもやっぱり私が作っているわけではないので、作っている本人であるルシアさんの名前も入れましょう」
「私もか?」
「はい。えぇと……」
そう言ってアリスは顎に人差し指を当て、若干上を向いて考えるが思いつかないようで、今度は腕を組んで考え始める。
それでもなかなか思い浮かばないのか、部屋を左右行ったり来たりしながら考える。
私とアリスの名前を入れたらーめんねぇ……
ルシアとアリス……ルシアアリス……ルシアリス……
単純かな……
こんなの提案したらアリスから『もっとかっこいい名前を』とか言われるかもしれないな。
「閃きました!」
ようやく答えが出たようで、アリスは勢いよく人差し指を立てる。
「『ルシアリスらーめん』にしましょう」
単純な名前きたぁ。
「……わ、私もそうかな、とは思っていたんだ」
否定候補だったけど。
「ですよねですよね。私たち気が合いますよね。
それにこれぞ2人の共同作業って感じでいいと思います」
アリスはそう言いながら満足した様子で力強く頷く。
……というか、私だけ本名なんだが。
さっきアリス自身が言った理屈で言えば、私が狙われることになるのだが、そのことはもう頭の中から飛んで行ってるのか?
でもまぁ『ルシア・ガルブレイ』という名も私が生き抜くための『代々受け継がれた名前設定』で、私の本名も別にある設定で今まで無事だったから、まぁ大丈夫だろう。
「では意見も一致したことだし、本番のらーめんは『ルシアリスらーめん』にしよう。
『2人』で作ったらーめんだしな」
「はい。がんばりましょう」
アリスは気合を入れるように、胸の前で両拳をぐっと握りしめた。
そう『2人』で作るらーめんだ。
アリスは本番では料理をしないので、集客のために人肌脱いでもらおうか。




