不正らーめん・試作品
「今日はいつもより荷物が多いですけど、何を買ったんですか?」
アリスは買い物に行くと、すぐ食品コーナーに吸い寄せられ、私が買い物を終えるまで延々とウロウロしている。
なので私の買い物の内容、特に魔術関連なんてほとんど見ていない。
「今日はらーめんを作るぞ」
私が買い物バッグから取り出したのは、魔導カセットコンロと小鍋、それからまとめ売りのインスタントらーめんだ。
どれも安物だが、数日使うだけなら十分だ。
「おぉ。ついにルシアさんのらーめんが食べられるんですね」
安いインスタントらーめんでも目を輝かせられるアリス。まじ庶民派。
「あぁ。お待ちかねの隠蔽魔法らーめんだ。
もう完璧に仕上がってはいると思うが、本番前にその成果を確認しようと思ってな」
「あの……それは食べても大丈夫なものなんですよね……?」
アリスはいわゆる『不純物』が入っていると聞いた途端、一瞬で顔色が曇り不安そうに眉を下げた。
そういえば、いくら私が『食べることができる』と説明しても、アリス自身が食べ物と認識しないものは口にしないんだったな。
「それは問題ない。隠蔽魔法そのものは無害だからな。
そもそも何かを隠すための魔法なのだから、隠蔽魔法そのものに反応が出ては本末転倒だ」
「た、確かに言われてみれば……」
「だから隠蔽魔法は高度な魔力制御が必要なるから、一般人にはほぼ使い手がいないと言っても過言ではない。
これを使えるようになるためにはまず……」
「…………」
私が熱弁を始めたところで、アリスの目からは明らかに興味が薄れていくのがわかる。
らーめんを目の前にして、魔導関連の話をしても興味は持てない、か……また今度にしよ……
「それはさておき。
早速作るから、アリスはそこで見ていてくれ」
「わかりました」
そう言うとアリスはテーブルの前に椅子を持ってきて、ちょこんと座る。
その位置だとお湯が跳ねて『あつぅい!』とか言ってアリスが跳ね回る未来が眼に浮かぶが……
いや、そこまで激しく作るつもりもないし大丈夫か。それに、特訓の成果を確認させるにはちょうどいいかもしれない。
「ではまず、水」
「ちょっと待ってください」
「な、なんだ?」
魔導ボトルに保存していた『水』を鍋に入れる直前、料理関係の行動だというのにアリスが珍しくストップをかけた。
「それはもしかして私の?」
そしてアリスは珍しく真剣な表情で私に問いかけた。
「そうだぞ。通称『アリス湯』だ」
アリスが湯船につかりつつ茹で卵をゴロゴロしていた時の残り湯。
それを本番でも使うので、このように魔導ボトルに入れて保存しているのだ。
流石に一月前のものは使えないし、毎日お湯は入れ替えたいので、アリスがお風呂に入った直近のもの、今回の場合は前日の残り湯となる。
「もしかして腹を壊す心配をしているのか?
それなら大丈夫だ。ちゃんと水質検査もしているから何も問題はない」
むしろ蛇口から出したばかりの水道水と同じで、それにアリスの魔力が浸透しているだけのきれいな水であることの方が驚きだ。
このことから、アリスは本当に普通の人間なのか? という疑問が浮かんだが、流石に本人を前にそんなことは言えない。
あとでこっそり詳しく調査することにする。
「それに初めてこの実験を行なった時も『アリス湯』を飲んだけど、平気だっただろ」
「はい。なのでもし私のお湯でおいしくなるなら、別の食べ物でも試してみようかと思ったので、一応確認しておこうかな、と」
……私の想像の斜め上すぎる……
ここで顔を赤くして『やっぱり恥ずかしいです』とか言えば『乙女心検査』は合格だったんだが。
食欲に正直すぎて不合格だな、これは。
おねしょ以外で恥ずかしいと思うことはないのか? この子は……
「こほん。
納得いったのなら、らーめん作りを始めるぞ。
それから一応確認のために言っておくが、これには『アリスがコロコロした茹で卵』と『アリス湯』を使用する」
「はい。お願いします」
このアリスの、乙女心の羞恥心とは全くかけ離れた、美味しいものへの期待の眼差しよ……
私だったら『ルシアの出汁』を使ったスープ、とか言われたら、めちゃくちゃ嫌な顔をしつつ、きっしょ、とか言いそうなんだが……
それはさておき。
まずは鍋に入れた『アリス湯』を沸かし、そこへ麺を投入する。
ほぐれたら付属のスープの素と『隠し味』を入れ、隠蔽魔法を仕込んで完成だ。
お湯も飛び散ることはなく、アリスはただ真剣に鍋の様子を見ていた。
「どうだアリス。私がなにをしたかわかったか?」
「……えと、らーめんを作った、でしょうか?」
私の質問にアリスはゆっくりと視線を私に向けて答える。
うん。わかってないな。
「もちろん正解だ。その中で私の動きに違和感などはなかったか?」
「え? うーん……」
そう言われたアリスは椅子から立ち上がり、私の周囲をぐるりと回って小首を傾げてから、手を、ぽん、っと叩く。
「わかりました。ルシアさんがお湯を注ぐ以外の料理をしました」
……的外れすぎる。
いやまぁ、正解ではあるんだけど……
「とりあえず、せっかく作ったんだから熱々のうちに食べてしまおう」
らーめんが冷めないうちに、私は小皿に取り分けて2人で試食する。
「ちゃんとおいしぃですね。隠蔽魔法がどんなものかわかりませんが、それが入っているとは思えません」
アリスは小皿を手に取るなり、なんの躊躇もなく食べ始める。どうやら完全に食べ物として認識したらしい。
「言ったろ。隠蔽魔法そのものは無害だって」
「あ、でも、ちょっと甘辛いですね。
もしかしてこれが私のお湯の影響でしょうか?」
アリスは何か違和感を覚え、その手を止め……なかった。
「でもおいしいですね」
やはり食欲が勝る模様。もう食べ物として認識したらなんでもいいのか……
「違う違う。
今回の『隠し味』はチョコレートとタバスコだ」
「あー。言われてみれば確かにそんな味がします。
でもこれだと隠せていませんが、大丈夫ですか?」
「それは問題ない。
今回の目的は、アリスに気づかれないように『隠し味』と隠蔽魔法を仕込むこと、だったからな。
だから使用魔力はかなり弱くしてある」
とは言ったものの、上位魔女には自動防御があるので、私レベルの魔力では当然アリスに隠蔽魔法は通用しない。
だから本当は、私の試食用にガッチガチに強化した隠蔽魔法を使用してある。
そのおかげで本来なら不味いと感じるらーめんであるはずが、普通の安物らーめん程度の味になっている。
アリスは食べられればなんでも『それが味』という性格なので、隠蔽魔法が通用しなくても問題はなさそうだが。
「どうだ? 私がいつ『隠し味』を入れていつ隠蔽魔法を使用したかわかったか?」
「いえ、全然気付きませんでした。
魔法だけならまだしも『隠し味』入れるところも全く。
さすがルシアさんは凄いです」
アリスは私を褒めつつ、隠蔽魔法が通用しない不味いはずのスープまで飲み干す。
ある意味アリスのほうが凄いわ……
「あ、でも」
「何か気になることがあったか?」
今回は完璧だと思ったが、魔法を見抜けないアリスが気づいたこととは?
「気になること、というか、ルシアさんがお湯を注がず普通にらーめんを作るということに驚いて、他のことが全然気になりませんでした」
「あ、そう……」
……参考にならん……
これは私の日頃の行いが悪いのか?
いや、そんなことはないはずだが、今後同じような料理イベントに備えて、これからはもっとアリスの前で料理をしてみせたほうがいいかもしれないなぁ……




