続くおねしょネタ
「ご、ごごごごごめんなさい!
すぐに拭きまふぐぅ……」
この惨状を見てアリスは慌ててタオルを取りに行こうとしたが、テーブルに足をぶつけてうずくまる。
漫画などでよく見るお約束といえばお約束の展開だが、アリスがやるとなんでも可愛く見えるのはずるいと思う。
「いや大丈夫だ。
アリスのシーツを綺麗にするついでにやってしまえばいいことだからな。
そんなことよりも、アリスもちゃんと魔法を使えたじゃないか。
この調子でいけば、近いうちにおねしょを誤魔化せるぐらいの魔法は使えるようになるぞ」
「……お、おねしょはしませんって……」
ここでうっかり『そうですね』と言って頷けば、この600年の間におねしょ歴があることを認めることになったのだがな。
痛みでプルプル震えていても、そこは私の言葉には引っかからず頑なに否定する。
「とりあえず術式のお勉強はここまでにしておこうか。
成功するまで続けてもいいのだが、あまり集中しすぎては本来の目的を忘れかねないからな。
ちゃんと水魔法が発動しただけでも上出来だ」
私はそう言いつつ、アリスの『不祥事』を片付けることにした。
「……はい……」
そううっすら涙を浮かべつつ震える声で返事をするアリスからは、成功しなくて悔しい、という感情があまり伝わってこない。
ただ単に、ぶつけた足が痛い、と言う程度の感情で、どうやら魔法の行使にはあまり興味を示していない模様だ。
私のシーツを綺麗にする作業を見るその瞳も、魔法の原理に興味がある、というよりも、清掃員に勘違いされないようちゃんと綺麗になるのだろうか? というハラハラした不安が垣間見える。
とはいえ、やはりアリスの才能自体には目を見張る物がある。
素人に多い術式の失敗、通称『ガチャ術式』は、本来なら『魔力を術式として構成する段階』で発生するものであり、紙に書いてある術式からはみ出したからといって魔法は発動しない。
しかしアリスはそれでもコップ一杯分の水を出現させた。
しかし初等部の子供であっても紙に書いた術式をなぞる段階での失敗は稀だと聞く。
もちろん身体にハンデを負っていれば別だが、アリスは健康そのもので文字もしっかり読み書きできる。
失敗した原因を推測するなら、緊張しすぎること、だろうか?
以前、アリスに託した射撃では私があらかじめセットしておいたから成功したが、あれを単独で行わせていたら私の頭が撃ち抜かれていたかもしれない。
となると、もう少し別の教育方法を考えないと、アリスにちゃんと魔法を覚えさせるのは難しいかもなぁ……
「わぁ、ルシアさん凄いです。もう完璧にわかりません」
私が汚れたシーツの処理を終えると、アリスは完璧な仕上がりに安堵したようで感嘆の声を上げる。
「ふふん。私の魔力制御は凄いだろ?
前にも言ったと思うが、私は掃除が得意だからな。
これぐらいのことなら特に考えることもなく、ぱぱっとやってしまえるさ。
そう私の掃除能力は魔女の中でも指折りだと自負している」
「凄いです」
私が得意げに語ると、アリスはパチパチと手を叩く。
ま、ぶっちゃけた話、私の本当の学生時代は魔女の従者が掃除などを行なっていたため、私のように魔女自身が掃除をすることは極めて異例だった。
というのも、実験室を色々な理由で汚したり破壊したりしていたので、再び実験を行うためには素早く綺麗にしなければならず、他人の手を借りている時間がもったいなかったのだ。
その時間があれば私が魔法で、ぱぱっ、とやってしまった方が格段に早い。
ちなみに、その後その経験が活き、逃亡生活の中にあっても掃除だけはちゃんとできていたので、汚れた場所で寝ることなんてほぼなかった。
それに私は昔から『可愛くあり続けること』だけは意識していたので、服の汚れがお金を使わず簡単に落とせることは大きかった。
さすがに修復できないレベルの破損となると、当時必死に貯めた貯金を泣く泣くはたいて買いなおす必要はあったが。
あぁ……あの頃は日々綱渡りだったなぁ……
「まぁでもこの手の生活魔法は、一昔前なら扱える人の方が多かったんだぞ。
今すぐ覚える必要はないが、一応簡単な説明だけしておくと、水で濡れただけのシーツなら水分を浮かせて蒸発させるだけでいい。
卵に関しては、私の知識の中にある素材、かつ成分解析を行なったものであればその汚れを浮かせて蒸発、あるいはゴミ箱に捨てることもできる」
「…………ふむふむ……」
アリスは少し間を置いてうなずく。そしてその頭の上には、ハテナマークが浮かんでいるのが容易に想像できる。
やはりこの手の説明はなかなか頭に入らないようだ。
「ちなみにおねしょであっても、尿の成分解析はできているから容易に綺麗にできるぞ」
なぜそんな解析が必要であったか。それはここでは言えないが……
「……あの、おねしょネタはそろそろ……」
こちらの反応は早く、そして認めたくないおねしょネタが続いたから、若干ブスッとした表情を見せる。
おねしょネタはここらでヤメておこうか。今後に影響が出そうだ。
「すまんすまん。
だが今回見せたような魔力制御ができるようになれば掃除はもちろんだが、アリスが望む『理想のサンドイッチ』だってできるようになるんだぞ。
その初めの一歩として生活魔法を覚えるのは悪くないと、私は思うんだがな」
「な、なるほど……そういうことでしたか。
魔法を覚えるのはちょっと自信がありませんが、おいしいサンドイッチのためなら頑張れる気がしてきました。
あ、それはそうとルシアさん、そろそろ朝食の時間ですよ。
支度をしましょう」
「お、おぅ……」
食事の話をした途端、若干不機嫌気味だったアリスの表情が一変し、いつもの食欲旺盛な子供の顔に戻る。
……おねしょネタ、もうちょっと引っ張ってもよかったかもしれないな……
その後、アリスは率先して洗面台の方へ移動し、2人並んで身支度を整えるが、やはりアリスの雑さが目立つ。
顔を洗えば水が飛び散り、寝癖を治せばくしが髪に引っ掛かり小さく声を漏らすなど……
……魔法の成長より、まずはこっちを成長させたほうがいいかなぁ?




