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 酒蔵台(さかぐらだい)公園は夜間の全広場立ち入りを禁じられているが最寄り駅の愛宕(あたご)駅から徒歩で約5分、くわえて周囲はマンションなどが立ち並ぶ住宅街であるという事もあって広場前の苑路のみ通行可能となっていた。そのため昼夜問わず多くの人々が往来するのだがこの日の夜はいつもと様子がおかしかった。切れ掛けているのか街灯が不規則に点滅し、立ち入り禁止となっている公園の広場に至っては明かりひとつ点いていない。


 まるで黒いカーテンが張り巡らされているかのように真っ暗で何も見えず、その向こう側から何かの気配と視線を感じられる。暗転を繰り返す視界に突然現れる!マークの標識が普段よりいっそう不気味な存在感を放ち、どこからか漂う錆びた鉄のようなにおいは人々を本能的に苑路から遠ざけた。


 無論、暗闇の向こう側で狂宴が催されている事など魔力を持たぬ凡人には知る由もない。駆け回る同類たちの乱暴な足音やけたたましい雄叫びは幕の外には届かず、この酒蔵台公園を根城とする異形の長、”夜行(やこう)”が授かったという結界術は1人の少年を世界から隔離していた。


 むせ返るほどの血のにおいの中で千歳(ちとせ)も広場内を駆け回り、異形共を斬り捨てていく。祖父からもらった何の変哲もない木刀だが影をまとった刀身はまるで真剣のような斬れ味である。個々の戦力に脅威は感じられないが、倒しても倒しても波のように押し寄せる異形の群れ。木刀による防御は避け、魔眼の動体視力や足捌きで凌いではいるが時折対応しきれず凶爪が身を掠めてしまう。幸いな事に身にまとっている影が鎧の役割を果たしており、どれも致命的なダメージには至っていない(激痛は走るが)。


 このままでは埒が明かない。せめてどこかに身を潜め、一息入れる暇さえあれば────


 ふと、ある作戦を思いつくがそれを実行するにも異形共の気を逸らさねばならない。そこで千歳は紫が丘での戦闘を思い出し、魔眼で観察すると彼らの屈強な肉体に魔力で不自然に厚く防御されている部分を見つけた。そこへ目掛けて木刀を振るい、硬く重い手応えを感じながら斬り裂いた部位からは黒い魔力の粒子が煙のように噴き出す。そして断末魔と共に肉体は黒煙の噴出を保ったまま霧散し、続いて同じように2体ほど仕留めたのち煙幕に身を隠した。


 煙が晴れるとそこにあの少年の姿はなかった。普段ならば血のにおいを辿って見つけられただろうが、今この公園は夜行の結界術によってそのにおいが充満しており千歳の流す血のにおいと区別がつかない。


『テメェらなにボサっとしてやがる!ここから逃げられるわけねぇんだ、とっとと探せッ!』


 響く怒号に戸惑っていた異形たちが煽られ、一斉に公園内を駆け巡りながら獲物を探す。結界は術者である夜行本人が解除、もしくは倒されないかぎり消える事はない。なのであの人間は再び自分の前に現れるだろうし、戦いになれば人間などに負けるはずがないという自負があった。


(人間のガキ風情が『好都合』だと?それはこっちのセリフだぜ……どういうつもりでここに戻ってきたのかは知らねぇが、今日こそ仕留めてやる────)


 広大な公園を駆け回る異形の群れ、そのうちの1体が立ち止まって広場内を見渡していると背後の木の枝の茂みから逆さ吊りの体勢で現れた千歳が首を斬り落とす。霧散した同類のもとへ駆けつけた頃にはすでにその姿はなく、黒煙の残滓だけが残っていた。


 あの事件以来、苑路の先に足を踏み入れていないがそれまでほぼ毎日のようにこの公園で遊んでいた千歳は隠れられる遊具の位置や地形を熟知している。影に隠れて移動し、極力音を立てぬよう異形共を闇討ちにしてはすぐさま暗闇へ身を潜めるその様はさながら忍者、或いは暗殺者そのものであった。息を整え、心身と眼を休めながら親友たちと公園の広場を駆け回っていた幼少期の頃を思い出し、まるで隠れ鬼ごっこで遊んでいるかのようなどこか懐かしく”楽しい”という不思議な感情が芽生えてしまう。


 群れは着実にその数を減らし、当初は楽な狩りだと夜行に唆された異形たちの中にも異変に気付いてこの場から逃げ去る者が出はじめた。この結界の対象はあくまでも千歳、彼らは外との境界を自由に出入りすることができる。もっとも、それが許されるのであればという話だが……。


『この腰抜けどもが────』


 彼らの前に立ち塞がった夜行が凶爪を振るい、逃げようとした同類たちを黒塵に帰す。もはや隠れる必要もなく、暗闇から姿を現した千歳はその惨状を目の当たりにした。


「お前、自分の仲間を……」


『ケッ、人間のガキ相手に逃げ出すようなザコはいらねぇのさ。それによ……最期くらいは俺様の役に立てるんだ。アイツらも本望だろうよ────』


 そう言って夜行が深く息を吸うと結界内を漂う淀んだ空気が彼の大きく開かれた顎へ集まっていく。その中には自らが屠った同類たちの残滓もまぎれており、複雑に絡み合いながら彼らの怨嗟が木霊する。


『終わりだ、ガキィッ!』


 高密度の魔力と瘴気の圧縮が完了し、形成されたのは赤黒く禍々しい魔力の玉。咆哮と共に放たれた直径1メートルはあろうそれは不気味な唸りを響かせる。


(”玉”────というか渦の塊……?ってことは……)


 空間を抉りながら向かってくるそんなものを前にして千歳は逃げ出す素振りも見せずただ観察していた。影の色、流れを視界に写す魔眼は球体の正体と急所にあたる隙間、()()()とも言える部分を看破する。そして木刀の刀身を上に向け、頭部の側面で腕を交差する構えをとった。


 魔力の玉にそれほどの速度はなく、避けようと思えば回避はできる。しかしその後、()()はどこに行くのか……そんな事を考えるとなんとか無力化するしかなかった。


(めっちゃ痛いだろうな……)


 影の鎧越しでも伝わってくる皮膚を細かいヤスリで撫でられているかのような感触、近づけばどれほどの衝撃が全身を襲うかなど想像したくもない。そんな時、ふと思い浮かんだのは妹を異形から守ってくれた若葉(わかば)の顔だった。


(そうだ……(たちばな)さんはもっと痛かったはずだ。ここで俺が逃げるわけにはいかないだろ────!)


 木刀をギュッと握りしめて地面を強く蹴ると魔力の玉へ向かって突進し、魔眼で見つけたほつれに切先を突き立てた。嵐のような奔流の中、削られていく影の鎧の隙間から魔力の粒子が勢いよく全身に叩きつけられる。


「ぐ────おぉぉらぁ!」


 痛みと暴風に耐えながら姿勢を低くしたままあと一歩を踏み出し、力いっぱい薙ぎ払う木刀に両断された魔力の玉が霧散していくその光景に勝利を確信していた夜行は驚愕する。


『バカな……!?』


 ここでようやく、彼は自身が抱いていた違和感の正体に気づく。異形や魔力を持つ者の体内にある魔核(まかく)、それがいくつ、どこで胎動しているのかはまさに十人十色。しかしあの少年は本人ですら把握できていない事もあるそれの位置を最初からわかっていたかのようだった。


 いったいどうやって────黒煙の中から飛び出してきた千歳の眼、遥か昔より同類と対峙してきた怨敵たちと同じ眼差しにその答えを得た。


『っ────ナメるなよ人間ッ!』


 同族意識など持ち合わせてはいないが、目の前にいるそれが彼奴(きゃつ)らと同じだというのならば自分も因縁に従い人ならざる者としてその命を刈り取ろう。黒い影をまとう夜行からは油断や傲岸さを感じられず、この戦いはもはや狩りなどではなくなった。渾身の爪の一振りはギリギリで躱され、懐に踏み込んできた千歳の居合による一閃が走る。


 10年前、幼かった千歳は為す術なく凶爪に倒れた。一緒にいた彩葉(いろは)までもが危険に曝され、その時の泣き顔を忘れられず救助されてからもなにより彼女を守るための強さを欲した。時は経ち、なんの因果か授かった魔眼と祖父に教えを乞い、鍛錬を積み重ねてきた剣が今────その身に届いた。

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