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Blues

 異形に襲われていた妹の秋葉(あきは)と後輩である若葉(わかば)の危機に駆けつけた千歳(ちとせ)は異形を撃退し、彼女たちの窮地を救った。そして父の運転する車で(むらさき)(おか)を離脱した後、(たちばな)家の前で停まった車から降りた若葉に付き添う千歳が家のインターホンを押すと女性の声と共に玄関のドアが開く。


「は〜いどちらさんで……若葉!?」


 その若い女性は若葉の顔を見るなりこちらへ駆け寄ってきて彼女の両肩をガシッと掴んだ。年齢は千歳より少し上だろうか、母親というよりは姉という印象である。


「アンタどこ行ってたん!?電話は繋がらんしRAIL(レール)も既読付かへんし─────」


「姉ちゃん……ごめん……」


 心配する家族の顔を見て非日常の恐怖に呆然としていた若葉の表情に安堵の色が浮かび、潤んだ瞳から涙が溢れだす。ただ事ではないと悟った女性に説明を求められた千歳は紫が丘で遊んでいた妹と若葉が帰りに()()()に襲われ、駆けつけた自分と父親が救出したのだと当時の状況をなるべく現実味があるように話した。


「大変やったね若葉、どこかケガしてない?」


「あ、うん大丈夫、ちょっと疲れたのと全身が筋肉痛なくらい……」


 秋葉をかばいながら走り回った疲労と軋むような全身の痛みを訴える若葉の肩を優しくさすり心配する女性に千歳の父、玄信(はるのぶ)が1枚の名刺を手渡す。


「明日の朝にでもこちらの狭間(はざま)医院で受診なさってください、『長門からの紹介』と仰ってもらえればすぐに診てくれるはずです」


「あらら、ご丁寧に……って長門?ほなそこの兄さんが千歳はんやね、うち若葉の姉の橘 日輪(ひのわ)いいます。妹を助けてくれてホンマおおきにね」


「あ……いえ」


 それから橘家をあとにした千歳は再び運転する車に乗り、どこからか鳴り響いた雷の音にビクッと震えるなど未だ恐怖に怯える秋葉の背中をさすりながら励ましの言葉を掛ける。そして帰宅後も1人で風呂に入るのが怖いと言う妹のため一緒に入浴─────というわけにもいかないので浴室の扉の前に立って中からの呼び掛けに応え、会話したりと彼女の恐怖心を紛らわせようと努めた。


 入浴後、秋葉は母の傍から離れずそのまま一緒のベッドで眠りにつき、応接間に布団を敷いて寝ようとしていた父と風呂からあがった千歳が廊下で鉢合わせる。


「千歳、お疲れだったな。ケガとかはないか?」


「あぁ、俺は大丈夫。どっちかっていうと橘さんの方が心配かな……」


「狭間の診療所を紹介したから大丈夫さ、明日は()()なんだし早く寝た方がいいぞ─────」


 おやすみと言葉を交わして部屋に戻り、ベッドに寝転がった千歳は白い天井をボーッと眺めながら明日に控えた”会合”に深いため息を()く。


 会合とは毎年定期的に行われる行事で長門家と有間(ありま)家の先代当主、()()()たちが主催を務める。長門、有間、狭間に黛泉(まゆずみ)、そしてもう一家の当主同士が有間家の屋敷にて一堂に会し、長門家からは現当主の玄信、次期当主である千歳、そして勉学と芸術において優秀な成績を収めている秋葉が特別枠として参加する。


 妹がコンクールでのグランプリ受賞など優秀な功績を称えられる一方で目立った実績のない千歳は徹底した実力主義者である有間の御隠居から度々叱責を受けていた。それ自体さほど気にしていないし、御隠居も意地悪で言っているわけではないと理解しているが黛泉家から参加する彩葉(いろは)に情けない姿を見られる事を思うと少し憂鬱である。


 それでも明日の起床時間は早く、寝坊するわけにはいかない。瞼を閉じると紫が丘までの全力疾走と異形との戦闘で疲弊していた身体の心地よい脱力感に意識も微睡みの暗闇へサーッと溶けていく─────。


 翌朝、会合の会場である有間家の屋敷の前で止まった車から降りた制服姿の千歳と秋葉に屋敷へ先に上がるよう言って玄信は駐車場へと向かっていった。インターホンを鳴らし、開いた引き戸の先で出迎えてくれた同じく制服姿の千尋(ちひろ)に案内された大広間には既に狭間家当主の英世(ひでよ)と息子の悟志(さとし)、黛泉家当主の巌流(みちる)と娘の彩葉がそれぞれの席に着いていた。


「有間の御隠居、ご無沙汰しております」


「ご無沙汰しております」


 大広間に足を踏み入れた千歳は妹と奥の上座に座す老人に挨拶を述べ、その反応や機嫌をうかがいながら(かい)と呼ばれている側近のスーツ姿の使用人に手土産の入った紙袋を渡す。


「─────あぁ、2人とも元気そうでなによりだ。秋葉嬢よ、高校入学おめでとう。周囲の人間関係や環境が変わるであろうがやる事は中学とそう変わらん、努力を怠らず立派な結果を残すがよい」


 この会合の主催の1人にして有間家の先代当主、有間 万歳(ばんさい)。古来より伝統ある陰陽師の家系に過ぎなかった有間家を日本屈指の名家にまで成長させ、政界にまでその名と手腕を轟かせる名君で徹底した実力主義者。長門家と有間家は古来より対立関係にあり、千歳が誕生した頃には両家は和解していた。どういった経緯なのか父親と祖父に聞いても”大人の事情”と教えてもらえず、ただその時に友好の証として彼の名前から一文字もらったのだとか。


 秋葉に祝いと激励の言葉を贈った次に『さて』と千歳の方を向いた万歳の表情は()()()()ように厳しく、数々の修羅場を潜り抜けてきたその貫禄、威厳に満ちた眼差しは齢70代にしてなお衰える様子を見せない。


「お前から吉報を聞けるのはいつになるのだろうな?長門の道場を手伝っておるらしいが、そのような事をしている(いとま)などないだろう─────」


 また始まった……会合の他の参加者たちは心の中でそう呟いた。その光景は見るに忍びなく彩葉は顔を背けながら祈るように掌を合わせ、励ましの言葉を念じて千歳に送る。普段こういった状況を収めている長門の御隠居は未だおらず、入口の襖の前に立っている使用人の魁も傍観に徹している。有間家の現代当主である息子の道雪(どうせつ)に宥められても長門家の次期当主としての自覚が足らないと万歳は苦言を呈する。


「千歳、お前の祖父や父は当主としての務めを立派に果たしているであろう。それは若き頃より積み重ねてきた実績とそれに裏付けられた自信があるからこそだ。いま一度問おう、今のお前は長門家の次期当主として相応しいと思うか?」


「─────っ、それは……」


 ここまで千歳は反論する事もなく素直に頷いていた。厳しい言葉ではあるが正論で、万歳が決して意地悪で言っているのではないと理解しているからだ。


 優秀な者が家督を継ぐべき、ならば次期当主は自分よりも秋葉の方が相応しいだろう。しかし長門家の当主になるというのはすなわち日常に異形どもの影が差すという事、一度でも目に触れたならば彼らはその因縁を獣のように嗅ぎつける。


 秋葉にはそういったしがらみの外で平和に穏やかに生きてほしい─────昨日の戦いで異形に怯える妹を見てその思いは強くなっていた。


「……確かに俺は当主として相応しくないかもしれません。でも家族や友達を守るために戦う覚悟はあるつもりです」


「─────話にならん。お前の言う”覚悟”なんぞ、千尋は無論のこと、そこな狭間の悟志でさえとうにあるだろうよ。(わし)の言葉の意味をまるで理解できておらんようだな……」


 本来であれば宴の席であるはずの会合の場に険悪な沈黙が流れ、英世と巌流、道雪がどうしたものかと目配せをする中、廊下から足音となにやら笑い混じりの話し声が聞こえてくる。そして─────


「いやぁ遅れてすまんな皆の衆ッ!」


 豪快に開いた襖から万歳と同い年ほどの老人が大広間に足を踏み入れ、気まずい静寂を豪快な笑い声で切り裂きなから万歳の隣の上座へと腰を下ろした。続いて入った玄信も会場の異様な空気と状況に戸惑い、友人たちの『やっと来たか』という思いを表情から汲み取る。


 明らかに不機嫌な万歳にも臆する事もなく気さくな挨拶と言葉を掛けるこの老人こそ長門家の先代当主にして千歳の祖父、長門の御隠居こと長門(ながと) 万尋(まひろ)である。

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