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After School

「まさか本当に”酒蔵台(ここ)”を受けてたとは、冗談だと思ってたのに……」


 妹の秋葉(あきは)と共に現れた女子生徒、自らを”先輩”と呼ぶ彼女に千歳(ちとせ)は愕然とした表情を見せる。


「私は千歳先輩の一番弟子ですから。それに酒高(さかこう)なら家からも近い!」


「ちょ、そんな理由で……?キミならもっと剣道強い高校行けたでしょ……」


「いやまあ正直どの学校が剣道強いとかこだわりないんですよ、私が強いので─────」


 どこか得意げな彼女に戸惑いを隠せない千歳の肩にそっと手が添えられ、背後から感じるただならぬ雰囲気におそるおそる振り向くと彩葉(いろは)がなにやら引き攣った笑顔を浮かべていた。


「千歳くん、その子……誰?」


「へ?あ、あぁ……中学の部活の後輩だよ」


「ご紹介が遅れました。私は千歳先輩に剣道部でお世話になっておりました、(たちばな) 若葉(わかば)です。よろしくお願いします!」


 千歳に対するどこか砕けたような態度とは打って変わり、若葉は礼儀正しくあらためて名乗った。


 幼い頃から祖父に剣道を教わっていた千歳は中学時代、剣道部に所属していた。1年生の時点で団体戦の先鋒としてチームに貢献し、個人戦においても県大会の決勝にまで駒を進めた事もあったが全国まであと一歩のところで当時中学生の試合では禁じ手とされていた突き技を使用してしまった。


「あの時は会場が凍りついてましたね……」


「本当、相手が避けてくれたからよかったけど反則負けになるわ先生にもめっちゃ怒られるわで……」


 実力もさることながら穏やかな人柄で周囲への気遣いもでき、なにより人に教えるのが上手かった点から部長も任されていた。そんな千歳によく教えを乞うていた若葉もまた非凡なる才能の持ち主で女子の部団体戦の県大会決勝において大将を任されていた彼女が強豪の選手たちを相手に5人抜きしてチームを全国大会に導き、個人戦でも全国大会優勝を果たした。


「ま、今日は先輩にご挨拶をと思っただけなんで、私はこれにてドロン─────」


「え、これから皆で昼メシなんだけど橘さんも一緒に行こうよ」


「……いやいや、私場違い過ぎません?」


 久しぶりに会ったというのに颯爽と立ち去ろうとする後輩を千歳が昼食に誘う。同じ中学校の秋葉ともクラスが一緒になった事はなく互いに面識がある程度、部活の先輩である千歳以外ほぼ誰とも初対面なので気まずそうな表情を見せる若葉だったがけっきょく()()からの誘いを断れなかった。


 入学式後は生徒会室にいた千尋(ちひろ)が教室へ帰ってくると馴染みのある面々が並んでおり、入学したばかりの秋葉ともう1人の後輩へ祝いの言葉を贈る。そこへ悟志(さとし)と学級日誌の記入を終えた櫛田(くしだ)さんも揃い、珍しい組み合わせの2人がクラスの学級委員長になった事を知らされた。どういう風の吹き回しか訊ねてみてもやる気になったとしか聞かされず、目を離した隙にいつも緩んでいたネクタイがピシッと締まっているのにも違和感を覚えたが千歳の目配せとジェスチャーに意外そうな表情でなにかを察した。


 そしてファミレスに向かおうと降りてきた昇降口では入学式にて祝辞を述べていた3年生の女子生徒、(さかき) 美琴(みこと)と鉢合わせる。


()()()()、お疲れ様です」


「お疲れ様……って有間(ありま)、学校内でその呼び方は控えるように、生徒会役員として公私の混同はいけない」


 成績優秀で生活態度も良好、前年度は生徒会副会長として同学年はもちろん先輩や後輩、教員からも信頼を得ており、今年度の生徒会役員選挙では生徒会会長に当選確実と言われている。そんな彼女と千尋は許嫁同士の間柄、この酒蔵高校へ入学した一昨年ほど前から関西の実家を出て有間(ありま)家の屋敷で一緒に暮らしている。


「あ……すみません、つい、これから友人たちと昼食に行くんですけど榊先輩もご一緒にどうですか?」


「いや、これから帰って役員選挙の資料を作らなきゃならないんだ。本当は生徒会室に残ってやりたかったんだが下校するよう先生に言われてね……」


「そりゃそうですよ、先輩は働きすぎです。資料作りなら俺も手伝いますから、一緒に昼食べにいきましょう!」


「え、ちょ、ち─────有間……!?」


 千歳や悟志、秋葉とも面識がありながらどこか遠慮がちな態度を見せる美琴の手を半ば強引に引いて千尋が皆の先を歩く。そうしてたどり着いたファミレス”ジョニィ”のテーブルに座り、注文を済ませた千歳たちがドリンクバーへ飲み物を取りに行くなか残った美琴と秋葉はついさっき行われた入学式の話をしていた。


「私、大勢の人の前で話すの慣れてなくてすごく緊張してたんです。けど先輩の顔見たら安心して原稿読めました、ありがとうございます」


「そう?とても立派な挨拶だったよ。でもその助けになれたのなら嬉しい、あらためて入学おめでとう」


 有間家の屋敷にて定期的に行われている”会合”などでたびたび会う信頼するお姉さんの顔を見た瞬間、緊張がほぐれたと感謝を述べる秋葉に対して柔和な笑みを見せた美琴に一緒に残った櫛田さんは去年、生徒会の会計を務めていた頃に見ていた学校内での厳かな雰囲気の彼女とのギャップに内心驚愕する。


「それにしても最初、櫛田がいる事には驚いたけどそういえば有間と同じ中学だったな」


「え、あ……はい。狭間(はざま)くんとクラスの学級委員長になったんですけど色々教えてほしいと言われて……」


「なるほど、不真面目な部分も多少あるが狭間はリーダーシップもあってクラスをまとめられるいい生徒だ。まぁもし彼がサボるようなことがあれば私か有間に相談を─────」


「ちょいちょいちょーい!榊先輩、櫛田さんに妙なこと吹き込まないでくださいよ!」


 そこへ慌てた様子で戻ってきた悟志が美琴の言葉を遮り、ジュースの注がれたグラスを櫛田さんの前に置く。そして礼を言う彼女の顔を真剣な眼差しで見詰め、『絶対サボらねぇから』と念を押した。


「ていうかタメなんだから敬語じゃなくていいよ、同じ中学のよしみでもあるんだしさ……」


「えと、は─────うん、わかっ……りました……」


「あ、うん。ちょっとずつでいいから」


 それからしばらくして注文した料理が次々とテーブルに運ばれ、楽しい食事の時間を過した後に千尋と美琴は有間家へ、家の方向が同じ悟志と櫛田さんは一緒に帰宅し、先程の新入生歓迎会ですっかり意気投合した秋葉と若葉は八千流(やちる)市の(むらさき)(おか)に繰り出して行った。


「それにしてもびっくりだよ、千歳くんにあんな可愛い後輩さんがいたなんて……」


 彩葉と一緒に歩いていた帰り道で彼女からそんな事を言われ、千歳は確かに大会や試合の結果を話す事はあっても部活内での交友関係についてはあまり話題に挙げてなかったかもと思い返す。ちなみに中学時代の剣道部は部員同士の仲が良く、同じクラスにいた部活仲間とは気楽に挨拶や会話を交わしていたり時には女子から肩を軽く叩かれたりなどのスキンシップがあったりもしたほど。


「いや……俺もびっくりしてるよ。橘さんって剣道めっちゃ強いんだけど、剣道の名門校に行くって思ってたから……」


「千歳くん、あの子とすごく仲良さそうだけどその……()()だったりするのです……?」


「”好き”……?まぁ後輩っていうか部活仲間としてはいい子だなとは思うよ。でもどっちかって言うと……そうだな、”もう1人の妹”って感じが近いかも」


 どこか不安そうな彩葉からの問に対して顎に手を添えながらの思考の末、千歳が若葉に抱いている感情を吐露した。すると彼女の表情が穏やかに緩み、その心は安堵に包まれた。


「じゃあ、また明日─────」


「うん、またね千歳くん!」


 家の前で彩葉と別れて帰宅した千歳が『ただいま〜!』と声を響かせるが反応はなくリビングに顔を出しても両親や妹の姿が見えないので自分の部屋で服を着替え、ベッドに寝転びながらYourLines(ユアラインズ)で動画を観ながら家族の帰りを待っている間に眠ってしまった。


 しばらくして自分を呼ぶ声に目を覚まし、寝起き声で返事をすると日が暮れて暗くなった部屋の扉を開けた母から秋葉がまだ帰ってきていない事を知らされる。時刻は20時を過ぎており、RAIL(レール)のメッセージに既読が付かず電話も繋がらないのだとか……


「橘さんって俺の中学時代の後輩と仲良くなったみたいでさ、一緒に紫が丘に遊び行くって言ってたけど─────」


 そう言って開いたスマホのRAILには1件の通知があり、妹かもしれないとすぐに見てみると秋葉からの『おにたすけて』というメッセージが表示されたのだった。

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