Entrance Ceremony
ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ…
部屋中に鳴り響くアラーム音に目を覚ました千歳が枕元にある目覚まし時計のアラームを止めると1階のリビングからなにやら楽しそうな声が2階の部屋にまで聞こえてくる。ブレザーの制服に着替えてリビングの扉を開けた千歳のもとに同じ酒蔵台高校の制服を着た妹が歩み寄ってきた。
「おにぃおはよう!制服、似合う?おかしくないかな……」
「おはよう─────大丈夫、似合ってるよ」
くるりとひと回転してスカートを靡かせながら制服姿を披露する秋葉にサムズアップをした千歳はポットのコーヒーをマグカップに注ぎ、テーブルに座ってコーヒーを啜ると向かいの父親が感慨深そうに娘を見つめていた。
「早いもんだな、この前まで中学生だったのに……」
千歳と秋葉の父親、長門 玄信 もコーヒーを啜りながらしみじみと呟く。公務員勤めの父は地方への出張が多いため家にいる事の方が少なく、それでも母親との夫婦仲は大変良く喧嘩をしてるところをあまり見たことがない。息子と娘のことも大変大事に思っており、親子仲も良好。この日も普段であれば仕事なのだが双子姉妹の入学式ということで有給休暇をとった。
玄信と妻の楓は幼馴染みで母から聞いた話では父の一目惚れなんだとか。中学時代から付き合いはじめた2人は家族同士の仲が良かった事もあって社会に出るとすぐに結婚し、同じく公務員だった母は千歳を身籠もった時に専業主婦となり現在ではパートとして復職している。
そろそろ登校する時間になった頃、家の門の前で玄信がカメラで娘の写真を何枚も撮っていた。そして隣の家から出てきた彩葉を見つけた秋葉が彼女を呼び、一緒に映ろうと兄も並んで腕を組みながら3人で写真を撮る。
千歳の幼馴染みである彩葉は妹の秋葉とも仲が良く、いつも兄と一緒にいる優しい姉のような存在である。新入生のため少し遅れての登校となる秋葉より先に長門家を後にした千歳と彩葉、妹たちも揃って一緒に車で行こうかと言っていた父は母からの目配せになにかを察し『遅刻するといけないから』と2人を送り出した。
新学年最初の一大イベントと言っても過言ではない『クラス替え』、駄箱前の廊下の壁には千歳の学年である2年生のクラス名簿が貼りだされていた。そのクラスで卒業までの2年間を過ごす事になるため仲の良い友人と同じクラスになって喜んだり、はたまたクラスが別れて落胆したり担任の名前を見てテンションを落としたりなど名簿を見た生徒たちの反応は様々だった。
それらを見ていて千歳もまるで心臓を掴まれるような緊張のなかクラス名簿から自分の名前を見つけ、同じクラスに”黛泉 彩葉”の名前がないか懸命に探すと─────
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──────────あった。千歳は肺の中の不安に淀んだ空気をため息に乗せて吐き切った。
同様に同じクラスになれた事を喜んでいた彩葉が友人の女子生徒と共に教室へ行くのを見送り、1人クラス名簿の前で喜びの余韻に浸っているところに男子生徒から声を掛けられる。
「よっす千歳、同じクラスだな。千尋も一緒だし気楽なクラスでよかったぜほんと─────」
男子生徒の名前は狭間 悟志。千歳の幼馴染みの親友でノリのいい性格と抜群の運動神経、180cm超えの高身長とさらにイケメンであるため男女から人気があるクラスのムードメーカーのような存在。普通自動二輪の免許を取得しており、そのとき記念として父に買ってもらった”Shinobi”というバイクをとても大切にしている。
「おう、でも千尋が同じクラスってなると制服ちゃんと着ないとな」
「おいおいまるで俺が着崩してるみたいな言い方じゃんよ、これはオシャレだよオシャレ。女子から結構好評なんだぜ?」
ボタンの開いたブレザーや緩んだネクタイを直す素振りも見せず、しばらく談笑していると悟志が突然クラス名簿のある名前を真剣な眼差しで見詰めはじめ、何事かと思った千歳に苦手な生徒でもいたかと問われて苦笑と共に否定する。
「違う違う、お前らと同じクラスってだけでも嬉しかったんだけどよ……まぁ気になる子とも同じだったからなおさら嬉しくてさ……」
「あぁ……ていうか結局その女子って誰なん?名前すら聞いてないんだけど……」
「すぐにわかるさ、早ければ今日とかにでもな……っと、そろそろ教室行くか、朝のホームルームが始まっちまうよ」
そう言って教室へ向かう悟志の後ろに着いて歩きながら千歳はもう一度クラス名簿の名前を思い返すが心当たりがあり過ぎて逆にわからず結局教室に着くまでわからなかった。
2年生の教室に入った悟志をクラスメイトたちが盛大に出迎え、同じクラスになれた事を喜ぶ。背後にいた千歳がその人集りを避けるようにもうひとつの扉から教室に入り、決められた座席に座るとそこへ悟志とは別の男子生徒が歩み寄った。
「千歳、妹さんの入学おめでとう」
「お、サンキュー千尋。また同じクラスだな」
その男子生徒の名前は有間 千尋、悟志と同じく千歳の幼馴染みであり親友。学業優秀で運動神経もよく生活態度も良好のまさに文武両道の超優等生、幼い頃から帝王学と武道の英才教育を受けており中学時代に所属していた空手道部で全国大会優勝を果たす程の実力者。日本有数の名家である有間家の次期当主としての修行に専念するため、高校の部活動には所属していないが自宅の道場での鍛錬は欠かしておらず師範役を務める者からは『すでに達人級』とまで称されている。
今年度生徒会の生徒会長になってもおかしくないと言われているが、本人にその気はなく副会長に立候補するつもりのようだ。そこへ人集りから抜け出してきた悟志も会話に加わると面識のある秋葉が後輩になった感慨に浸る。
「秋葉ちゃんももう高校生か、しかも同じ高校の後輩。なんかダチの妹が後輩になるとか、”先輩”になった実感っつうの?そういうの増すよなぁ……」
「その自覚があるならきちんと制服着ろ、この前の生徒会で制服の着崩しが多いって議題に上がってたんだ。そろそろ生活指導の先生に目ぇ付けられるぞ?」
「げぇ、春川か……おっかねぇんだよなあの先生……」
1年生の頃に厳しく指導された影響か、千尋からの忠告に悟志は渋々ネクタイを締め直してブレザーのボタンも留める。ちょうどチャイムが鳴り、朝のホームルームを済ませた千歳たちは入学式のために整列して体育館へと向かった。
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開会の辞から始まった入学式はつつがなく進み、前年度の生徒会副会長だった3年生”榊”からの祝辞に新入生代表として秋葉がお礼と共に挨拶や抱負を読み上げる。そして一同が揃って校歌斉唱し、閉会の辞を以て入学式が終わると生徒たちは各々の教室へと戻って行った。
入学式も無事終わり、戻ってきた教室ではホームルームが行われていた。担任と副担任、生徒たち1人ずつの簡素な自己紹介を済ませたのちこのクラスの学級委員長を決める話になり─────
「先生ー!櫛田さんが前のクラスでもやってたんで適任だと思いまーす!」
と、1人の女子生徒が元気に手を挙げながら発言した、自分がやりたくないからとなすりつけるつもりなのだろう。すると眼鏡を掛けた女子生徒が無言で手を挙げ、嫌なら断ってもいいと担任から気遣いの言葉を掛けられるが”櫛田さん”は淡々とした様子で『大丈夫です』とクラス委員長を引き受けた。
次は男子の学級委員長も決めなければならないのだが、それは悟志がすぐ手を挙げた事により解決した。『ガラじゃない』という理由で今まで立候補すらしなかったというのに急に積極的な姿勢を見せたので千歳は不思議に思った、しかし朝の会話と黒板の前に立つ2人のクラス委員長の間に漂う空気に微笑みを浮かべる。
「へぇ……ちょっと意外かも……」
それからホームルームが終わってすぐやってきた悟志になにかを察した表情を見せ、意外に感じた事を正直に打ち明けた。
「ほら、櫛田さんって中学が同じだったじゃんか、そんときゃ俺も大人しいっつうか……まぁ言っちまえば地味だなって思ってたんだ」
2人と櫛田は同じ中学の出身で当時から友人と一緒にいるところを見た事がなく、いつも1人で本を読んでいる印象しかなかった。
「でも偶然……いやほんと偶然なんだけど彼女が笑うとこ見ちゃったんだけど、普段とのギャップになんか……グッときたんだよな」
その言葉に思わず『えっ』と声を洩らしながら学級日誌を記入している櫛田さんの方を見る。先程と変わらず淡々とした様子でペンを進め、眼鏡を通して見えるその眼差しはどこか冷たささえ感じる。とても笑った表情など想像できない。
しかし彼女を見詰める悟志の表情を見て真剣なのだと、千歳は親友の恋を応援する事に決めた。
「ま、俺は応援するよ、悟志。お前がそこまで真剣になるなんて珍しいもんな」
「─────へへっ、サンキュー。俺もお前と黛泉さんのこと応援してるからよ」
互いの健闘を祈っているところでいつの間にか背後にいた彩葉が千歳の肩を指でチョンチョンと小突き、皆で一緒に昼食を食べに行こうと提案してきた。
「お、いいね、なんなら秋葉ちゃんも一緒に来ればいいじゃん。新入生歓迎会ってことでさ」
「あー……そうだな、ちょうど母さんと父さんが夜までいないから昼飯どうしようかなって思ってたんだ」
ポケットからスマホを取り出し、メッセンジャーアプリの”RAIL”で秋葉にメッセージを送信した千歳がボソッと悟志に呟く。
「そうだ、櫛田さんも誘っちゃえば?」
「……マジか、いやでも……マジか……」
櫛田さんの顔をチラッと見ながら一歩を踏み出せずにいる親友の背中を『いってこい』と軽く叩いて押し出す。それからしばらくして教室へやって来た妹の隣に見覚えのある女子生徒の人影を見つけ、驚愕する千歳を面白がるかのようにその女子生徒はイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「千歳先輩、お久しぶりで〜す。アナタの可愛い後輩、橘 若葉です♪」