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Calling

「なんだアレ……守護霊、とかじゃないよな?」


 美琴(みこと)の背後で不気味な笑みを浮かべる白装束の般若を見た千歳(ちとせ)の表情が強張り、それは千尋ちひろにとって輪郭でしか捉えられないその存在をより明確に認識できている事を示していた。


長門(ながと)の魔眼か、道理でな……」


 本人から直接聞いたわけではないが、今まさに推測が確信に変わった。もし千歳が長門の魔眼を開眼しているのであれば天力(てんりき)で身体強化された自分の動きに反応、及び対応し、()()式神の姿を看破している事にも得心がいく。


「千尋、(さかき)先輩の後ろにいるのは一体……?」


(かい)さんの式神だ。俺が有間の当主として不相応な行いをした時、その罰が美琴さんに降り掛かる」


「なんだよそれ、ただの人質じゃないか!」


 魔眼の眼差しに怯えるどころか般若の式神は千歳と千尋をおちょくるようにニタッと笑い、手に持った匕首(あいくち)を鞘から引き抜くと刃を美琴の首筋に這わせて見せた。明らかな挑発に眉を顰め、八相に構えていた木刀を脇構えに持ち替えた千歳の前に千尋が立ち塞がる。


「千尋、こんな事してる場合じゃねぇってわかってるだろ?」


「大丈夫、アレは無害だそうだ。()()()()()()だがな……」


 曰く、式神は主である魁のみに従い、彼からの指令が下される、もしくは自身に危険が及ばない限り幽霊のように脅かしこそすれど現世のものに干渉しないのだとか。


 そして本来ならば魔力や霊感のない凡人に憑依させるのは困難だが、一時的に魔力を得る事のできる薬湯を美琴自らが口にしたとも聞かされ、千尋は”有間家のため”と彼女が示した覚悟と千歳や悟志との友情を天秤に掛けさせられていた。


「こんな戦い、俺だって望んでるわけじゃない。けどそれ以上に俺は彼女を……美琴さんを失いたくない……」


 初めて目にする親友の苦悶の表情、そして吐露される悲痛な思いにとある女の子の顔が千歳の脳裏に浮かぶ。もし自分が逆の立場であってもきっと彼女を守るために同じ選択をしただろう。そんな千尋の決断を責める事など千歳にできるはずもなかった。


「千尋、俺にお前を止める資格はないかもしれない。それでも────!」


 左手で木刀を逆手に持ち、右手の拳は人差し指と中指を天に向けて突き立てる。いわゆる”刀印(とういん)”の印相(いんそう)を結ぶがこれにより何かしらの魔術が発動する事はない。


「俺は絶対に負けられない。ここで止めなきゃお前はもう……後戻りできなくなる!」


「……いいだろう」


 合掌をほどき、自身を守護する神像から外へ一歩踏み出す。有間と長門、戦いの決着はやはり己が手で……親友の示してくれた覚悟に報いるため、瓦解していく天力を纏った千尋は再び拳を構える。


 ただでさえ目で追うのがやっとな一挙手一投足を見逃さぬよう、精神と神経を研ぎ澄ましていたはずの千歳の視界から青白い閃光と共にその姿が消え、呆気にとられるより前に視界と身体が吹っ飛んだ。


 強烈な顔面の痛みと舌に滲む鉄の味、揺らぐ意識の中で聞こえる声を掻き消すように鳥がひとつ鳴き、咄嗟に後ろへ大きく飛び退いた直後、稲妻を纏った回し蹴りが弧線を描きながら空気を切り裂く。視点を集中するよりも視野を広げ、魔眼の動体視力と反射神経で続く猛攻を凌ぐのが精一杯であった。


 当然、反応が間に合わず回避できない攻撃に対しては影の鎧に頼らざるを得ず、なんとか影を纏わせた木刀でも防御しているがその度にミシッと木の軋む音が聞こえてくる。


 このままでは防戦一方、かと言ってまさに雷電となった今の千尋の攻撃に対応でき、尚且つ反撃までできるそんな妙案など……


(あ、思いついちったよ。ひとつだけ……)


 ふと浮かんだそれはあまりにも分の悪い賭け、そしておそらく一発勝負、二度目は通用しないだろう。しかし長引けばそれだけ不利になる事は明白、なによりこの勝負において余力を残す余裕などあるはずもなく意を決した千歳が深いため息を()いた。


「ちくしょー……命張るかぁ……」


 居合の構えで再び刀印を結び、増幅した影の鎧が渦を巻きはじめた。何かしらの魔術か、それに準ずる剣術の技か、どちらにせよ後手に回るのは賢明ではないと本能が告げる。


 先手必勝、光の尾を引きながらその背後へ回り込んだ千尋の拳が影に触れた瞬間、死角にいるはずの自身の姿を今まで感じた事のない千歳の冷たい眼差しに捉えられた。


 繰り返すようだが長門の魔眼を以てしても今の千尋の動きを完璧に見切るのはほぼ不可能、まともに戦っては勝算が立たないだろう。ならばいっそ、己の得意とする居合にて待ち構えてしまえばいい。影の鎧は身に纏うというより周囲に網を張るイメージに変え、背後へ振り向いた時の身体の回転によって加速した渾身の一振りで千尋が雷霆となって地を滑走する。


 手応えはあった。今の一撃で集中力と気力を使い果たし、すでに体力が限界を迎えていた身体は木刀を杖がわりにして立つのが精一杯である。対してネックスプリングで跳ね起きてみせた千尋には想定していたよりもダメージを与えられていない様子だった。


「マジか……」


「言ったはずだ、”油断はしない”と……」


 居合の切先が触れる刹那、勢い余って千尋を斬ってしまうのではないかと千歳の心に迷いが生じ、木刀の刀身を翻したその一瞬の隙のうちに千尋は身を引いて峰打ちの直撃を免れていた。


(千歳、なぜ躊躇った……?お前になら俺は斬られても……)


 否、おそらく無意識なのだろうと、答えはわかりきっている。この土壇場で見せた親友の()()をいったい誰が咎められようか。疲弊しきった千歳の前に立つ千尋の脳裏にはこれまでの思い出が過ぎり、親友との別れを惜しむあまり一筋の涙が頬を伝う。


「此処までだ、千歳。お前という親友(とも)を、俺は絶対に忘れない……!」


(クソ、動け……!動いてくれ、俺の体……!)


 力を振り絞り、影を纏う体中の骨が軋み悲鳴をあげる。その痛みに身動(みじろ)ぎひとつできず、朦朧とする視界の彼方からまたあの声が聞こえてくる。その優しく、どこか聞き覚えのある響きに呼び掛けられ、耳を傾けた千歳の意識が黒い影に呑み込まれていく。


 ガクッと垂れる頭、脱力した体は木刀を支えにして立っているが気を失っていた。痛みや苦しみを与えぬよう、武御雷(タケミカヅチ)の雷にて一瞬のうちに決着を付ける。それが唯一、千尋ができる親友への手向けだと、掲げた左の拳を青白い稲妻が(かたど)る拳と共に振り下ろした。


 すると突如、千歳の体から溢れ出した黒い影が渦を巻き、武御雷と比肩する程の掌を形成してその拳を受け止めた。


「なに……!?」


 まったく予想外の手応えに驚愕する千尋をよそに気怠げなあくびをひとつして拳を振り払い、全身の骨を鳴らす千歳の眼差しはどこか虚ろで心做しか魔眼に浮かぶ紋様もさっきまでと違うように見える。


「お前は……誰だ……?」


 外見も身に纏う黒い影も、目の前にいるのは千歳本人であり自分でも何を聞いてるのかと思いながら千尋の直感、いや本能がその者を親友と認識する事を拒んだ。


 現在、千歳の意識はなく肉体の主導権を握っているのは黒い影に宿る思念体そのもの。深層意識にある白い部屋にて語り掛けていたその声は届かず、夢の主が目覚める度に自身は微睡みの底へ沈むばかりだった。


 しかし此度、意識の彼方から聞こえる呼び掛けに応じた事で千歳の精神はその存在を受け入れ、それにより黒き影は人格や自我を形成するに至る。


 千歳の影としてあの白い部屋に生まれ、受肉は果たせど名前はない。産声をあげたばかりの感性に悪戯心が芽生え、ニヤッと口角を上げてほくそ笑みながら千尋の問いに答えた。


()は千歳だよ』

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