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Sacrifice

 悟志(さとし)が撃ち上げた一発の銃弾によって幕を開けた千歳(ちとせ)千尋(ちひろ)の戦い。黒い影に染まった木刀の切っ先が不気味な風切り音と共に空を切り、青白い稲妻を纏った拳が鳥のさえずりのような雷鳴を響かせながら空気を抉る。対武器の心得がある千尋はリーチの差などものともせず、むしろ木刀の一振に対して少なくとも2発の打撃を打ち込むなど手数で千歳を圧倒していた。


「やっぱり無茶だ、武器があったって千尋に勝てるわけがない……」


 当初は互角に見えたが徐々に傾きつつある戦況を離れた場所から見守る美琴(みこと)がそう呟く。しかし同じく2人の決戦を見届け人として俯瞰する悟志(さとし)の印象は違った。


(いや、言うほど悪くはねぇ……)


 そもそも天力(てんりき)で肉体を強化された千尋の繰り出す打撃に反応できている時点で並大抵の事ではなく時折、回避しきれず木刀で防御した際には大きく吹っ飛ばされてはいるがくらえば勝負が決まってしまうような致命打だけはギリギリで躱している。


(やるじゃねぇか千歳、つっても千尋が有利なのは変わらねぇ。なんたってアイツには有間(ありま)家の()()があるからな……)


 異能の力を持つ者同士に似つかわしくない剣と拳による武術の応酬、魔眼でも見切るのが精一杯な目まぐるしい猛攻から間合いを取るべく大きく後ろへ引いた千歳を千尋は追撃する事なく両の掌を合わせ、雷の天力を練り上げる。その隙に千歳がひと息つき、少しでも眼を休ませようと閉じた瞼を開くと3メートルは優にあろう上半身のみの神像が千尋を覆うかのように顕現していた。


 その存在感と威圧感たるや、天力の像は凡人である美琴の目にもハッキリと映り、ヒュッと息を呑む彼女の喉から頼りない空気の音が鳴る。


「アレが……有間の”神威(かむい)”……!」


「正直、お前の力量を測り違えていた。だからこそもう微塵ほども油断はしない。これが俺の切り札、”武御雷(タケミカヅチ)”だ────」


 武御雷と名付けられた巨大な神像はまるで意志があるかのように主が敵と見定めた者を睨み、その蒼白の拳を振るう。魔眼の動体視力と足捌きでそれを躱し、千尋の懐にまで踏み込んだ千歳の木刀による居合の一閃は小気味のよい木の音を響かせながら弾かれた。手に伝わる異様な感触に戸惑う暇もなく飛来する武御雷の裏拳を間一髪で回避し、木刀を八相に構えて防御の体勢をとる。


 今まで千歳が見てきた魔力というのは煙、或いは霧のようなもので実体はないに等しかった。しかし木刀に纏わせれば刀のような切れ味を生み、それで身体を覆えば鎧のように身を守ってくれるだけでなく身体能力まで向上させてくれる。ともすればあの武御雷という神像も言ってしまえば魔力の使い方のひとつなのだ。


 一見、神仏の姿を模した虚像のようだが魔眼で観察すると高密度の魔力、厳密には天力の帯で編み上げられており実体がある事を示していた。内部の中心で掌を合わせている千尋にかわって攻撃を、そして魔力を纏った木刀を防ぐほどの強靭な肉 (?)体で主を守護している。


「そんなすげぇ技あんのになんで……(かい)さんの言いなりになってんだよ。お前だって本当はこんな事、望んじゃいないはずだろ……」


「強さだけじゃ、どうしようもない事もあるのさ……」


 意味ありげにそう言って千尋が美琴のいる方へ視線を()り、同じ方向を見た千歳の目には彼女の背後で朧気に揺らぐひとつの人影、長い黒髪を靡かせながら白装束に身を包んだ女性の幽霊らしきものが映る。それは般若のような恐ろしい形相を覗かせ、存在に気付いた千歳の魔眼に怯む様子もなくただニタッと不気味な笑みを浮かべた。


─────

───


万歳(ばんさい)、あんま無茶すんなよ!」


 一方その頃、鬼恐山の中腹に建てられた屋敷周辺も戦場と化しており、愛刀の峰で黒服たちを打ち倒しながら万尋(まひろ)が本調子を出せない万歳(ばんさい)を気に掛ける。


「この程度、無茶をするほど大それた事でもないわ!」


 そうは言ってもやはり脇腹の傷が痛むのだろう。険しい表情で額に汗を流し、回避と防御ばかりの魁に苛立ちを見せていた。


「どうした魁よ、あのような大口を叩きながら防戦一方ではないか。反撃のひとつでもしてみせよ!」


「らしくない挑発ですね御隠居、もちろんご遠慮させていただきます。迦具土(カグツチ)に正面から挑むなど愚の骨頂、それに”急いては事を仕損じる”と申しますので……」


「ふん、腹の底の読めんやつよ。此度の事についてもそうだ、どのようにして千尋を説き伏せた?」


 今回の騒動において万歳は様々な疑念を抱いていたが一番の腑に落ちない点はそこだった。屋敷での様子からしても有間家の再興、或いは新興に千尋が自ら望んで協力したとはとても思えず、ともすればなにか策を弄じたに違いないと魁を問い詰める。


「坊ちゃんにお話をする前日、私は美琴お嬢様にもご協力を仰ぎました。その際、念のためお嬢様には式神を憑依させたのです」


「式神だと?陰陽師の術をなぜ貴様が……」


「言っておりませんでしたが私、陰陽道には多少の心得がございます。とはいえ標的は魔力や霊感のない凡人、ひと工夫は必要でしたがね……」


 観念、いや、隠す必要がなくなったのだろうか、種明かしをはじめた彼が巾着袋を取り出すと離れた場所にいてもその渋くも甘い独特の香りが万歳のもとにまで漂ってくる。


「とある薬湯なのですが、古くでは供物に捧げられた人間へ服用されるものでして────」


 それは万歳の世代より以前、まだ生贄という因習があった頃に使用されていた薬湯を抽出するための茶葉だった。神々が嫌う人間の()()()を消し去り、花のような甘い体臭に変えるのだとか……。


 そしてもうひとつの効能が高揚感に伴う霊感の覚醒、守護霊と違って感覚で認識される必要がある式神の憑依において短時間ではあるが十分すぎるほどであった。


 以降、千尋が新たな有間家の当主として相応しくない選択をしたと見なされた時、美琴の魂は式神によって切り裂かれてしまう。無論、この事は彼女本人に知らせてはおらず、『何かが背後にいるような気がする』程度の認識しかない。


 残る懸念点は親友である長門 千歳と狭間(はざま) 悟志の存在、美琴への愛情を彼らとの友情が上回っていた場合、千尋をこちらの陣営に引き入れる策は破綻してしまうが事前に彼女の協力を得られた事が功を奏し、結果として杞憂に終わった。


「では千尋は美琴嬢を人質にとられ、お前に従わざるを得なかったというわけか……」


 心のどこかでわかっていた。もし美琴が人質にでもなったなら、千尋は彼女を庇護するため迷いなくその選択をするだろう。しかし魁に限ってそこまで非道な事はしない。そう甘い考えが生じる程に彼を信頼していたし、本人もそれだけ有間家に忠実だった。


 況してや幼き頃から兄のように慕い、武道の師としても敬っていた千尋を裏切るなど誰が想像できようか。凡人である美琴を巻き込み、孫に過酷な選択を迫りながらその愛情を利用した。それが何よりも許し難く、これを外道と呼ばずして何と呼ぶべきか。七十余年生きてきた万歳でさえ言葉が見つからず、その身は憤怒に打ち震える。


「人質とは聞こえが悪い、お嬢様は有間家のための立派な()()ですよ。事実、坊ちゃんも当初は反対されていましたが式神の姿を見た途端に血相を変えられましてね。アレは中々の見物────」


「もうよい、喋るな」


 静かな物言いとは裏腹に紅蓮の炎が勢いを強め、あまりの熱気にさっきまで疼いていた傷の痛みさえ消え失せる。


 『無茶をするな』という万尋の再三の忠告も炎に灼かれ、もはやその耳に届かない。

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