On your marks
「愛宕陸上自衛隊所属、志村であります!本日は皆様を結月大社まで案内せよと仰せつかっております、これより私に続いての移動をお願い致します!」
愛宕市酒蔵台町に所在する陸上自衛隊愛宕駐屯地、敷地内には航空自衛隊の基地と”結月大社”という神社が併設されており長門と有間の面々は今朝、鬼恐山へ赴く前に参拝のためそこを訪れていた。
普段は一般公開されていないのだが正月や縁日などの行事の際には解放され、千歳もそういった時にはいつも決まってここでお参りをする。この日は父の玄信が自衛隊にいる知り合いに頼んで決戦前に参拝させてもらう事ができ、先導する自衛官の案内でたどり着いた社にまず清酒を供えると厳かな雰囲気のなか今日の戦いでの必勝祈願が執り行われた。
そしてその場を後にした一行が向かったのは酒蔵台町から少し離れた同じく愛宕市内にある境目という町、昔は酒蔵台町とひとつの大きな農村だったらしく町並みにはその名残が残っている。気さくな挨拶と他愛のない会話を繰り広げる村人の柔和な笑みは千歳たちの乗る車を見た途端に怪訝な顔つきへと豹変した。
どこか敵意にも似た視線を潜り抜けた先にそびえる”鬼恐山”は昔から物の怪や異形が出没する霊峰として地域の人々に知られ、立ち入った者が神隠しなど不穏な失踪を遂げたり獣に食い殺されたりなど被害に遭ったため禁足地となっている。土地の所有権は有間家にあり、管理を任された魁によって山の中腹には観測所という名目で屋敷が建てられた。
舗装もされていない山道を車で駆け上がり、その屋敷へたどり着いた有間と長門の面々をこの騒動の元凶である魁が待ち構えていた。そこに千尋や美琴の姿はなく、彼の後方には同じく黒のスーツに身を包んだ者たちが整列している。
「おはようございます、御隠居。来てくださると信じておりました。お怪我の方は大丈夫ですか?」
「あの程度の傷、一晩寝ればなんともないわ────!」
狭間医院を発つ前、万歳は鎮痛作用のある軟膏を脇腹の傷にベッタリと塗りたくり、何重にも布を巻いて保護していた。処置の甲斐あって痛みはほとんどないようだがちょっとの衝撃でも痛みは走り、激しい動きや昨日のような徒手による戦闘はままならないだろう。
「ふっ、なによりです。手負いの御隠居を討ち取ったとしても意味はありませんから……」
「随分と余裕じゃな。有間と長門が並び立つ、その意味を理解しておらんわけがなかろう?」
「昨日も申し上げましたが、この状況こそ私にとって好都合なのです。貴方様が長門の手を借り、私たちの前に立ちはだかる事もすべて計算ずく……早々にこの場を制圧し、新たなる有間家の当主誕生を祝う席へ向かうとしましょう」
有間と長門、”双璧”に相対する事すら計画のうちと不敵な態度を崩さず魁が千歳を睨み、ほくそ笑みながらとある方向を指さした。
「長門千歳、千尋坊ちゃんはこの先にて貴様を待っている。有間と長門、その因縁に決着をつけるがいい────!」
予想通り、いや宿命というべきか千尋と戦う事になった千歳の顔を見ると昨日の病室を出た頃にはまだあった迷いが消えていた。『頼んだ』と万歳から思いを託された千歳はひとつ頷いて魁の指さす方向へ駆け抜けていき、その様子を見た魁がはじめて呆れるように表情を顰めた。
「嘆かわしい、長門を頼るなど一夜にして随分と落ちぶれてしまいましたね。御隠居……」
「お前は千歳を侮りすぎだ。あやつは千尋の親友、そして儂の名を一文字でも継いでおるのだ、信じるには十分すぎるわ……!」
「ではその信頼が愚かなる偽りのものであると、僭越ながら私と我が同胞たちがご教授いたしましょう────!」
魁の宣戦布告に紅蓮の炎を滾らせる万歳、万尋は構えた刀の刃を返し、玄信や道雪も臨戦態勢に入る。それまで微動だにせずただ整列していた黒スーツの集団に精気が宿り、皆が黒い影を身にまといながら一斉に行進を始めた。
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まだ幼かった頃、有間と長門の因縁を聞かされた千尋はそれが過去の遺物と知って安堵したのを覚えている。両家の礎を築いた初代当主のように”双璧”としての役目を全うするのだと言い聞かされ、その道を真っ直ぐに歩いているものだと信じて疑わなかった。正道か鬼の道か、その岐路に立たされた千尋が岩壁の間に流れ落ちる一条の滝に映る自分へ問う。
お前は人か、それとも鬼か────。
当然望んだ答えなど返ってこず、目の前のそれは『お前が決めろ』と言いたげにただ陽炎のように揺れるだけ。祖父に傷を負わせてしまった左手の拳を戒めるかのように右手の掌が握り締める。
(『二代目のようにはならない』────そう思っていた……けど結局は有間と長門の因縁には逆らえないのか……?)
ここまで苦悩する千尋を初めて目にした美琴は戸惑い、その震える背中を見守る事しかできない。そこへ一陣の風と共に黒い人影が現れ、気配に気付いた千尋が後ろを振り向くと見慣れた親友の姿があった。
「……千歳か、悟志は来てないのか?」
「さぁな、本当は一緒に来るはずだったんだけどよ……」
今朝方、出発の時間になっても集合場所である自衛隊の駐屯地に悟志は現れなかった。RAILのメッセージに反応はなく電話にも出ず、悟志の存在は不可欠とわかっていながらも待っている猶予などなかった。
「そうか。で……ここに来たって事はその覚悟があると捉えていいんだな?」
「当然だ、有間の御隠居に頼まれたからとかそんなんじゃねぇ、俺は親友としてお前を連れ戻しに来たんだ!」
漆黒の影と青白い稲妻を身に纏った両者が睨み合い、地面を蹴って凡人の美琴の目には止まらないスピードで駆け出す。そんな弾丸のような2人がぶつかる直前、鳴り響いた銃声に千歳と千尋は咄嗟に大きく後ろへ飛び退いた。
「ったく、急いで来てみれば……お前ら俺抜きで始めようとしてんじゃねぇよ」
エンジン音を唸らせる愛車”Shinobi”に跨り、銃声の主がリボルバー銃の銃口から漂う硝煙をふっと吹き消す。本人も言うように急いで駆けつけてきたのだろう、バイクから降りた制服姿の彼は『暑ぃ』とぼやきながらネクタイを緩め、脱いだブレザーを肩に掛けた。
「悟志……」
「親父から全部聞いたよ、ついさっきな。けど勘違いすんなよ千尋、俺はお前を責めるつもりはねぇし、かと言って千歳に加勢しに来たわけでもねぇ。ただ長門と有間の戦いには俺ら狭間が見届け人って相場が決まってる────ってのも、まぁそんなのは建前だ」
これまで歴史の裏にて衝突してきた長門と有間、その決戦の行く末を公正に見届けるのはいつの代でも狭間の役割だった。しかし今は両家ともに和解し、この戦いに送り出された悟志の心境も”見届け人”としてのそれとはまた違うものであった。
「俺もお前の本心を聞きに来た。俺らに黙ってなにわけのわかんねぇ計画に巻き込まれてんだってな」
「家の事を第一に考え、時には難しい決断を下さなければならない。それが当主としての勤めだ────!」
たとえ親友である千歳や悟志を手に掛ける事になろうとも……言葉と声色に迷いはなく、その眼差しから強い意志と覚悟が垣間見えた。もはや説得の余地もなしと悟志が目配せで後を託し、千歳も応えるようにひとつ頷く。
「さて……”よーいドン”は悟志が掛けるのか?」
「へっ、それなら……もうとっくに撃ち上げたぜ!」
そう言って悟志が指さした上空からは先ほど撃ち上げた銃弾が青い炎を纏いながら落下してくる。そして地面へ着弾したと同時に散った色鮮やかな火花を合図に千歳と千尋、2人の戦いの火蓋が切って落とされた。
「手加減は不要だな?千歳────!」
「当たり前だ、俺とお前の仲じゃねぇか。遠慮なく来いよ、千尋────!」




