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人形に、心を込めて  作者: 加護景
リアン
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家族の話

「リアンちゃん」


 声が枯れてきた私に、フゥテが声を掛ける。


「少し休憩しない?」


「いや、私は大丈夫です。まだ、できます」


「でも、このままじゃ、リアンちゃんの喉がおかしくなっちゃうよ」


「私はどうしても、フゥテさんの声を出せないといけないんです。ここで立ち止まるわけにはいかないんです」


 そうでないと、私は博士の役に立てない。それは嫌だ。このままでは私の存在意義がなくなってしまう。私は壊れた人形なんかじゃない。私は――


 ぽん、とフゥテの手が私の頭を撫でる。小さく、柔らかな手。突然の行動に、私は呆気にとられてしまう。


「リアンちゃん、言葉はね、ただ声を出せばいいというわけではないんだよ」


「……それはどういうことですか?」


 フゥテの言っている意味がよくわからない。声というものは、喉を震わせて音を作り出しているだけの単純な物理現象に過ぎないはずだ。それ以上の意味なんて何もない。


「言葉にはね、気持ちが籠もっているの。その時の感情や、思いを言葉にして、相手に届けるものなんだよ」


「私にはそれが欠けていると」


 うん、とフゥテが頷く。


「では、どうすればよいのでしょう」


「簡単だよ」


 フゥテが優しげな声で私に言う。


「言葉を出すときに、その人のことを思い浮かべればいいの。リアンちゃんには誰か、感謝を伝えたい人がいる?」


 私が感謝したい人。ありがとう、と自分の気持ちを伝えたい人。頭の中に一人だけ思い浮かぶ。博士だ。博士は私の生きる意味を教えてくれた。私の疑問に答えてくれた。博士は私の存在理由そのものだ。


「ありがとう」


 気がつくと私は博士への感謝の言葉を口に出していた。博士……無能な私を見捨てないでくれてありがとう。私を気にかけてくれてありがとう。チャンスをくれてありがとう。私に生きる意味を持たせてくれてありがとう。


 ……違う。そうじゃない。これは私がするべきことではない。


「……フゥテさん、これじゃあ駄目です」


「ん? どうして? とっても良かったと思うけど」


「違うんです。これはフゥテさんじゃないんです。フゥテさんの声色に似ていなければ意味がないんです」


「心配しなくても大丈夫だよ」


「でも――」


「ありがとう」


 フゥテはそう言って私の頭を撫でる。柔らかで優しい声。その声は先程の私の声によく似ていた。


”ありがとうリアンちゃん”

”私に不安を忘れさせてくれてありがとう”

”あなたのおかげで私は余計なことを考えずにすむの”

”あなたが話をしてくれるおかげで私はまだ元気な私のままでいられるの”

”一人じゃ耐えられない”

”誰かと話をしないと正気じゃいられない”

”あなたは私をね、知らないうちに救ってくれているの”

”だから、ありがとう”


「私だってね、明るいだけじゃないんだよ」


 って柄じゃないかな、とフゥテは自分の首をさすりながら、はにかむ。


 彼女は私に感謝の言葉を口にした。それも心からの発言だ……なぜ私に感謝を? 彼女にとって私はそこまで大切な存在なのだろうか。いいや、そんなことはないはずだ。私は代替品の一つに過ぎない。私である必要などあるはずがない。私は彼女の思考を思い返す。


 ……一人じゃ耐えられない。彼女は孤独に感じている。一人で寂しいと、そう思っている。彼女はなぜ一人なのだろう? 彼女について考えれば考えるほど疑問が浮かび上がっていく。私はその疑問を解消したくて仕方がなかった。彼女のことをもっと知りたくて、堪らなくなっていた。


「あの、フゥテさん」


「どうしたの?」


「フゥテさんって、どうして一人なんですか」


 えっ、とフゥテが驚いた声を上げる。


”どうしてそんなことを聞くの?”

”私が……一人?”

”いいや、違う!”

”私にはお母さんがいる!”

”友達のアミちゃんだっている!”

”みんな、私の病気が伝染らないように来ないだけ”

”もう少しすればみんなに会える”

”私が病気を治せばまたお話できる”

”だから私は一人じゃない……”

”一人なんかじゃ、ない!”


「それは違う! 違うよ、リアンちゃん!」


 語気を強めてフゥテが否定する。怒ったような表情。フゥテから溢れる強い感情が私の頭の中に次々と雪崩込んでくる。ズキン、と頭が痛む。ああ、やってしまった。私の好奇心が不用意にフゥテを狼狽させてしまった。


「そう、ですね。フゥテさんには家族がいるはずですから、一人であるわけがありませんよね。不必要なことを言ってしまってごめんなさい」


 私の言葉に、フゥテはハッ、と我に返る。


「ううん、私こそごめんね。そんなに怒るところじゃないよね」


 フゥテは気まずそうに私を見て、小さな声で話しかける。


「あの、リアンちゃん」


「はい、なんでしょう」


「リアンちゃんってもしかして、両親がいないの」


 そう言った後、彼女は自分の口を手で覆った。


「あっ、ごめんね。そんなこと聞くの失礼だよね。答えたくなかったら――」


「いませんよ」


「えっ」


「私には両親はいません」


「……亡くなっちゃったの?」


「そこまではわかりません。私は両親を一度も見たことがありませんから」


「寂しくないの?」


「寂しいとは思ったことはありません。知らない人のことを考えても仕方がありませんから」


「そう、なんだ」


「しかし、興味はあります。親と子供がどのような関係性にあるのか、本で得るような知識では知っていています。ですがそれだけではあまりイメージが湧かないのです。よかったら話を聞かせてくれませんか」


「あのね!」


 私が促すと、フゥテは嬉しそうに家族の話をし始める。


「お母さんの料理はね、すっごく美味しいの。夕ご飯の時間になるとね、ふわふわーっていい匂いが私の部屋まで漂ってきて、とってもおなかが減るんだよ」


”ここの料理とは大違い”

”ご飯を見ても全然食欲が湧かないだもの”

”もっと美味しそうな料理を出してくれてもいいのに”

”……ここに来てから、お母さんの料理食べてないなあ”

”って、入院中だから当たり前だよね”


「この間なんかね、キッチンを見ると、私の大好物が出来上がってるの。美味しそうだなーって、考えてたら、もう我慢できなくなっちゃって……丁度お母さんもいないからって、つい、つまみ食いをしてしちゃったの。やっぱり怒られてちゃった。バレないようにしてたんだけどなあ」


”でも、あれは美味しかったな”

”考えてると食べたくなってきちゃった”

”今はあんまり食欲がないけど”

”お母さんの料理ならお腹いっぱい食べられそう”

”運んできてくれないかな”

”……会いに来てくれないかな”


「それでね、お母さんがあんまりにも怒るから、お父さんに助けを求めたの。私が悪いんだけどね、お父さん優しいから私のことを庇ってくれるんだよ。いいお父さんでしょ」


”あの時のお父さん、困り顔で笑ってたな”

”もうお父さんのそんな顔も随分見てない気がする”

”どうしてなんだろう”


「その話を友達……アミちゃんにしたらね、すっごい笑われちゃった。食いしん坊なんだねって。でもね、そのアミちゃんだってそのへんの木苺を食べちゃうぐらい食い意地が張ってるんだよ。人のこといえないよね!」


”アミちゃんともしばらく会ってないな”

”どうしてみんな会いに来てくれないんだろう”

”……わかってる”

”私が病気だから”

”伝染るといけないから”

”来るべきじゃないんだって”

”ちゃんと治ったらまた会いに来てくれるんだって”

”でも”

”……寂しいよ”

”病気が感染ってでも私に会いに来てほしい”

”私を一人にしないで”


「寂しいんですね」


 私の声にフゥテは驚いた表情を見せる。


「えっ、そんなに寂しそうに見えちゃった……かな」


 えへへ、と頭を掻き、困ったような表情を浮かべる。


「リアンちゃんって時々鋭いよね。まるで本当に心が読めるみたい。そう、ほんとうに……」


 ポトリ、と彼女の目から雫が落ちる。


「あれ? あれれ? おかしいな。私、泣くつもりなんてなかったのに」


 ごめんね、ごめんね、と胸元の指輪を握りしめながら、掠れた声で私に謝罪する。


”寂しいよ”


 一つのフレーズが彼女の中で増殖を繰り返す。さみしい、さみしいと同じ言葉で頭の中を塗りつぶしていく。やがて、その言葉は私に伝播していく。私の頭の中にまで侵食し、汚染していく。


 胸が苦しい。初めて味わう、締め付けられるような感覚に身悶えしてしまう。


 なんだこの感覚は。これが寂しいということなのだろうか。このままでは正常な判断が行えなくなってしまう。なんとかしなければ。


「フゥテ……さん」


 絞り出すような声で彼女に呼びかける。


「大丈夫……ですから」


「だいじょう、ぶ?」


「私が、側にいますから」


 私が言葉を掛けるが、彼女の心は未だに孤独感に苛まれている。人恋しさに打ち震えている。私の言葉では彼女には届かないのか。一体、何が足りなかったのだろう。彼女を孤独から救うにはどうしたらいいのだろう。


『言葉にはね、気持ちが籠もっているの』


 ふと、フゥテの言葉を思い出す。ああ、そうか。私の言葉には感情が籠もっていなかったのか。他人を思う心が足りなかったのか。ではどうすればいいのか。


『簡単だよ』


 フゥテのことを思いながら言葉をかければいいのだ。彼女を助けたい、ただそれだけを思えばいい。


「今は両親や友達に会えないかもしれません。ですが、ここには私がいます。私がフゥテさんの相手をします。寂しくなんてさせません」


「でも……」


「心配しなくても大丈夫です。私があなたの側にいますから」


「……」


”そう、だよね”

”ここにはリアンちゃんがいるよね”

”寂しくなんて、ないよね”


 フゥテの感情が落ち着いていく。寂しさが紛れているようだ。気が付かないうちに胸の痛みも消えている。


「ありがとう、リアンちゃん」


 か細い声でお礼を言うと、フゥテは、すとん、とベットの上に座り込む。座った拍子に、フゥテの首元にある指輪がふわりと跳ねた。



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