感謝の言葉
「全然駄目だねー」
”こんなの全然笑ってない!”
”というか若干怖い!”
”いや、でももうちょっと褒めてあげないと”
”きっと褒めて伸びるタイプの子だからね!”
”うーん、でも、褒めるところかあ”
”どこかあるかな……”
私の笑顔を見て散々な評価を下すフゥテ。自分でも分かってはいたが、いざ他人に言われるとなると少し凹む。
あっ、と何か思いついたのか、フゥテが元気な声をあげる。
「あった! 褒めるところあったよ!」
”笑顔じゃないけど、私に似ていて凄いかわいい!”
ふふん、と得意げな顔をするフゥテ。
「どこがいいか、聞きたい?」
「あなたに似ている、というところは褒めるところではないとは思いますが」
「えっ、ひどっ! ていうか、なんで私の考えていることがわかったの!」
「あなたは分かりやすいので」
うっ、とフゥテは呻き声をあげる。
「自分でもよくわかっているけどさ。改めて言われると、ちょっと傷つく……」
「そんなこと、ないよー」
私の声を聞いたフゥテは、えっ、と困惑の声を上げる。
「なに?! 今の声?」
”リアンちゃんの声?”
”滅茶苦茶棒読みだ!”
”全然似合わない!”
”いや、似合わないなんて言ったら失礼かな”
”えーっと、そう!”
”全然キャラじゃない!”
”リアンちゃんはもっとクールで……”
”いや、今の棒読みの声ならまだまだ、大丈夫”
”キャラは保ててる”
”よかった!”
「……似合わなかったみたいですね」
「いやーそんなことはないよ。うん。ただちょっと普段のリアンちゃんのイメージに合わなくてびっくりしちゃっただけ」
「フゥテさんの口調を真似してみたんですが」
「全然似てないよ!」
「そうですか。もっと練習しないといけませんね」
「ええー」
”そこまでしなくても”
”リアンちゃんはそのままでいいのに”
”無理する必要なんてないよ”
”うん!”
”リアンちゃんはリアンちゃんの良さがあるし”
”私の口調まで真似する必要なんてないんだけど”
”どうやって説得しよう?”
”うーん、困ったなあ”
フゥテから不満の声が上がる。このままだと協力が取り付けられないかもしれない。上手いこと言って説得しなければ。
「私――」
ん? とフゥテが首を傾げながらこちらを見る。
「今のままじゃ駄目なんです。役立たずのままなんて耐えられません。私は、変わらないといけないんです」
「そんなこと……」
フゥテは小さな声で呟く。
”役立たずなんて……”
”そんなこと思うことないのに”
「それに、フゥテさんに憧れているんです」
「えっ、そうなの?」
”そう言われると照れるな―”
”いやいや、そこで引き下がったら駄目!”
”強い心を持って――”
「フゥテさんの声は素敵です。明るくて、元気で……私もそんなふうになってみたいんです」
「ちょっと、リアンちゃん」
”そんな真っ直ぐな目で見つめられると――”
”何だか恥ずかしい!”
”私ってそんなに魅力的?”
”ああ、顔が熱い”
”ちょっと火照ってきたかも”
「私は」
もうひと押しとばかりに言葉を重ねる。
「フゥテさんみたいになりたいんです」
そうすれば、私は博士に褒められる。博士の役に立てる。もう壊れた人形ではなくなるのだ。
「そう、なの……」
”ちょっと恥ずかしいけど……”
”そうも言ってられないかも”
”だってリアンちゃんは真剣だ”
”ここは茶化しちゃ駄目だ”
「……リアンちゃんは私みたいになりたいの?」
フゥテが真面目なトーンで私に話す。
「はい、フゥテさんみたいに明るい笑顔を浮かべてみたいです。朗らかな声をあげてみたいんです」
「じゃあ……しょうがないね!」
フゥテは得意げな顔を私に見せる。
「私みたいに、明るい子にさせてあげる!」
「ありがとうございます」
「違う、違う。ありがとー! だよ」
「ありがとー?」
「なんで疑問系なの!」
「いえ、改めて真似しようとすると、少し違和感があって……」
それに何だか恥ずかしい。これが憧れというものなのだろうか。
「恥ずかしがってたら駄目だよ!」
「そう、ですね」
フゥテの言うとおりだ。今はフゥテに成り切ることが最優先。自分の気持ちなど後回しにするべきだろう。
「ありがとー」
フゥテを真似て、声を出してみる。違う、これはフゥテではない。フゥテの声はもうちょっと高いはずだ。それに抑揚もついていない。もっと変化をつけるべきか。フゥテの方を見ると、ふるふる、と首を振っている。やはり、似ていないのだ。
「ありがとー!」
フゥテが正解を口にする。ああそうだ。やっぱり、フゥテの声は私の声よりも高い。改めて聞くと少しだけ尻上がりになっている気がする。真似してみるべきだろう。
「ありがとー」
少し上擦った声になってしまった。発声もまだまだ平坦だ。しかし、最初よりはずっといい。少しずつ近づいて来たのではないだろうか。
「ありがとー!」
私の発声の後に、フゥテが声を出す。やはり、私の発音とは違う。小鳥の囀りのように賑やかで明るい声だ。気持ちの問題なのだろうか。それとも単純に声の大きさが違うのか。
「ありがとー」
試しに大きな声で言ってみる。これは違う。がさつな声になってしまった。フゥテ自身はがさつなのかもしれないが、フゥテの声はそうではないのだ。もっと、こう、人混みの中でも聞き分けられるような、透き通るように綺麗な声なのだ。単純に声を大きくすればいいというものではない。そもそも私にそんな声が出せるのだろうか。
「ありがとー!」
もう一度、フゥテの声を耳にする。声質は私と変わらない。だが、何かが違う。その違いが分かれば、私にもできるはずだ。
「ありがとー」
「ありがとー」
「ありがとー」
壊れた機械のように、感謝の言葉を口にする。抑揚もついてきた。音量も似てきた。イントネーションも合ってきた。でも、違う。どれもフゥテの声には遠く及ばない。一体何が違うのだろう。