博士通信
博士はさらりと一言、私に告げた。殺して欲しい……博士の言葉を反芻してみる。極めてわかりやすい指令だが、その意図がよくわからない。
「なぜ私にそのようなことを……」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
私の質問をはぐらかす。フゥテは必要のない人形なのだろうか。彼女は特別なのではなかったのか。博士に聞きたいことは山ほどある。
しかし、この様子では博士は答えないだろう。その時が来たらわかる、か。博士の言う通り、今は大人しくフゥテの観察に専念するべきなのだろう。それが博士の望みなのだから。
「あの、博士」
私はもう一つ、気になることを博士に聞く。
「フゥテは何かの病気、なのではないでしょうか」
「……ああ、そうだが。君に伝染るようなものではない」
「彼女は苦しそうにしていましたが」
「それは君には関係がない。君は自分の仕事をすればいい」
「そうですか……」
「リアン、あまり彼女に深入れするべきではない……公正な判断ができなくなっては困るのだ。感情を理解するには感情的になってはいけない。あくまで論理的に判断しなければいけないからだ。いいかね」
博士はいつもより強めの口調で私に諭す。博士の言っていることは正しい。フゥテと仲良くなることはあくまで感情を理解するための手段だ。目的などではない。そこを取り違えてはいけないのだ。
「はい、わかりました。博士」
「ならいい。では今日の報告はここまでだ」
「博士の役に立てるように努力します」
「ああ、期待しているよ。リアン」
プツリ、と通信が切れる。
期待しているよ。言われたばかりの言葉を心の中で反芻する。心の読めない、壊れた人形の私でも博士の役に立てるのだ。それは私にとってこれ以上にない喜びだった。
鏡の前に立ち、フゥテの顔を思い浮かべながら、笑顔の練習をしてみる。やはり、彼女のような表情は作れない。また明日、彼女の笑顔を見てみようと、そう思った。