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人形に、心を込めて  作者: 加護景
エス
33/38

再会

 その扉の向こうには、真っ暗な部屋。その中心に、スポットライトに照らされて、大きなガラス張りの筒が一つ。その中には透明な液体で満たされた裸の女性。そして、その近くには一人の少女が立っている。私にそっくりな少女がそこにいる。


「リアン」


 フゥテが少女に向かってそう呟く。


「ずっと、あなたに会いたかった」


 フゥテが前に出る。そしてゆっくりと彼女へと近づいていく。


「憎くて、憎くて、仕方がないはずなのに」


 フゥテと彼女との距離がどんどん縮まっていく。


「不思議とあなたを憎みきれない」


 彼女まで残り五メートル。


「ねえ、どうしてあなたは、あのとき私を助けたの?」


 四メートル。


「どうしてあなたは、私に成り代わろうとしたの?」


 三メートル。


「私が羨ましかったから?」


 二メートル。


「それとも私が憎いから?」


 一メートル。


「ねえ、教えてよ」


 フゥテが彼女の目の前に辿り着く。


「リアン」


 フゥテが彼女の肩を掴む。


「ねえ、どうして」


 フゥテが彼女の肩を揺らす。


「どうして教えてくれないの?」


 彼女は答えない。


「私はこれからどうすればいいの?」


 ただ、黙ってフゥテを見つめるだけ。


「あなたを殺せばいいの?」


 彼女の体が揺れる。


「……答えてよ」


 意識のない人形のように。


「答えてよ!」


 ただ揺れ動くだけ。


「リアン!」


 フゥテの叫び声の後、静寂がこの部屋を支配する。


 長い沈黙の後、ようやくリアンの口が開かれる。


「”長い間、私は、ずっと考えていました”」


 リアンの声が耳と心に言葉が響き渡る。それはまるで二重奏のように私の頭をかき鳴らしている。一瞬、何が起こっているのかがわからず、辺りを見渡してみるが、フゥテもプシケも平然としている。


 どうやらこの状況に混乱しているのは私だけのようだった。しかし、リアンが話を続けるうちにだんだんと何が起こっているのか理解することができた。リアンは心で考えていることと口に出す言葉が全く一緒なのだ。


 だから、心の読める私には二重に聞こえるのだ。


 リアンはそんな私の混乱を読み取っているのか、少し間を置いたあと、再び語り始める。


「”私は何のために生まれてきたのか。何をするべきなのか。ずっと、ずっと考えていたんです”」


「”そして、ようやく答えが出ました”」


 別方向から声がする。リアンの後方、円柱の影から、光に照らされて、もうひとりの少女が現れる。いや、一人だけではない。もうひとり、またもうひとりと、続々と少女が集まってくる。そして、そのどれもがリアンと同じ……私と同じ姿をしていた。


「何? どういうことなの?」


 私と全く同じ疑問をフゥテが口にする。私にも今起こっている状況がまるで理解できていない。リアンがたくさんいる? 一体どうして? 何が起こっているのだろう?


「「「”私達は”」」」


 彼女たちが一斉に声を上げる。


「「「”皆、リアンなんです”」」」


 まるで示し合わせているかのように、全く同じ声、同じタイミングで彼女たちが言葉を放つ。


「”この研究所が心を読む人間を創り出すための施設だということは既にご存知だとは思います”」

「”しかし、その本質は心を読むことでありません”」

「”最終的な目的は人格をコピーすることです”」

「”つまり同じ人間のコピーを創り出すことなんです”」


 彼女たちが代わる代わる台詞を口にしていく。その台詞は淀みなく、まるで最初から示し合わせているかのようにすら思えてしまう。


「”人の心を読むということ”」

「”すなわちそれはその人を知るということです”」

「”その人の思考を”」

「”知識を”」

「”過去を”」

「”手に入れるということなんです”」

「”隔離された施設で育てられた理由は”」

「”余分な知識や先入観をいれないため”」

「”コピーとして相応しい人形にするためなんです”」

「”私達は誰かのコピーになるために”」

「”生まれてきたんです”」


”何なのよ、それ”


 突飛な出来事に混乱していたフゥテも、この状況に慣れてきたのか、次第に怒りの感情が芽生え始めてきている。


「じゃあ、あなたたちはリアンのコピーだって言うの」


「”ええ、そのとおりです”」


「自分を増やして一体何をするつもりなの?」


「”贖罪です”」


”贖罪?”


 リアン達は一斉にフゥテの方へと目を向ける。


「”フゥテ、あなたは”」

「”私を憎んでいるはずです”」

「”それこそ殺してしまいたいぐらいに”」

「”心が読める私にはそれがよくわかります”」

「”でも一回殺すだけでは気が済まないでしょう”」

「”だからたくさんの私を用意したんです”」

「”これだけの量で足りるかはわかりませんが”」

「”気が済むまで私を使ってください”」

「”これが私の”」

「”あなたを傷つけて”」

「”あなたの大切なものを”」

「”奪ったことへの”」

「”贖罪です”」


”――けるな”


「ふざけるなあああ!!」


 フゥテが叫び声を張り上げる。


「何が贖罪よ! あなた達なんて、皆、偽物じゃない! リアン! 本物のあなたはどこにいるのよ! あなたじゃなければ意味がない! 痛めつける意味も、殺す意味も、何もないのよ! こんな下らないことやってないで早く出てきなさいよ!」


「”私は”」

「”私達は”」

「”リアンなんです”」


「くどい!」


 フゥテは触手を地面に叩きつけると、鋭い音が部屋の中に木霊する。


「エス! この中に本物はいないの?! 心が読めるあなたにはそれが分かるはずよ!」


 フゥテの言う通り、心が読める私には、本物のリアンの居場所が分かっている。いや、例え心が読めなくても、答えは分かるはずだ。


「フゥテ、ここにはリアンはいないみたいです」


「クソ! とんだ無駄足よ! プシケ、これは一体どういうことなのよ! 早くリアンに会わせなさいよ!」


「フゥテ……あの……」


”ああ、クソ!”

”こんな胸糞悪い見世物を私に見せて”

”一体どういうつもりなのよ”

”私をコケにして”

”会ったらただじゃ済まさない”


「恐らくなんですけど」


「エス、もしかしてリアンの居場所が分かるの?」


”ああ、そうよね”

”この偽物たちの心が読めるんだったら”

”本物の居場所ぐらい分かって当然よね”

”こちら側に心が読める人間がいるとはリアンも思わないでしょう”

”あの子の目論見を欺いてやったわ”

”ざまあみろ”


「リアンって人は、その……」


「もったいぶらないで言ってよ、はやく」


「死んでいるのではないでしょうか」


”……は?”


「エス、何言っているの? リアンが死んでいるわけないじゃない。あの子がそんな簡単に」


「でも、見たんです」


「見たって何を」


「リアンさんの墓標を。名前がない墓標の中に、たった一つだけ、リアンさんの名前が刻まれていたんです」


「……何よそれ。そんなことがリアンが死んだ理由になるわけないじゃない。そんなのただの悪戯でしょう。リアンが死んだなんて、そんなこと、ありえない。あるはずがないじゃない」


「”悪戯ではありません”」


 彼女たちが声を上げる。


「”オリジナルのリアンは”」

「”もう既に死んでいます”」


「あなた達、偽物の言うことなんて――」


「”だからリアンは”」

「”私は”」

「”私達は”」

「”四十年もの間”」

「”リアンを受け継いで来たんです”」


”……四十年?”


「あなた達、何を言っているの? そんな時間が経っているわけ……」


 フゥテは目を見開き、そして自分の手を開く。


「リュウゼツラン……」


 フゥテの手から、生臭い花の香りが漂う。四十年に一度しか咲かない、花の香りが。


「……何よそれ、一体何なのよ!」


 フゥテが声を張り上げる。


「じゃあ、私は、四十年も昏々と眠り続けていたってわけ!? それじゃあ、何? 私は本当に、正真正銘の化け物になったってこと?」


 あは、あはははは、と乾いた笑いを上げた後、思いっきり触手を地面に叩きつける。


「ふざけるな! くそっ! 私を置いていくなんて、そんなこと許されるわけないじゃない! まだ、知りたいことだって、謝罪の言葉だって、貰ってなんかないのに!」


”許さない”

”許さない許さない許さない”

”絶対に許さない”

”もう私にはあなたのことだけしか考えられなかったのに”

”それなのに!”


「”フゥテ”」


 リアンたちが声をかける。


「”だから私達を”」


「うるさい! あなた達なんて、皆偽物じゃない。私の知っているリアンは、もう死んでいるの。何が、リアンを受け継いだ、よ。そんなもの、ただのまやかしに過ぎないじゃない」


”研究所に入ったあの日” 


「私が話しかけたリアンは」


”私になりたかったリアンは”


「私が憎んだリアンは」


”私からすべてを奪ったリアンは”


「あなた達じゃない」


”あなた達のような”


「下らないコピーなんかじゃない」


”私のこの憎しみも”


「恨みも」


”苦しみも”


「すべて」


”あの子に捧げるものよ”


「あなたたちじゃ」


”絶対に”


「埋められない」


”偽物風情で”


「満足できるわけないじゃない!」


「”じゃあ、私達は、一体どうすれば”」


「知るわけないじゃない! 死にたければ勝手に死ね! 今すぐに私の前からいなくなれ! いなくなってよ!」


 バタリ、と一人のリアンが倒れる。膝を折り、両腕をぶらつかせ、そしてゆっくりと地面に落ちていく。一人のリアンが倒れたのをきっかけに、他のリアンたちも次々と倒れだす。


 彼女たちは、まるで、ゼンマイの切れた人形のように、ピクリとも動かない。やがて、立っているリアンは一人だけになる。彼女はぎこちない動きで、ゆっくりと、震えながら、フゥテに近づいていく。


「”私達を、否定しないでください……”」


”私は、リアンなんです”

”あなたと初めて会ったあの日も”

”あなたを裏切ったあのときも”

”すべて覚えているんです”


 リアンの記憶の断片が私に流れ込んでくる。その当時、何を考えていたのか、どんな気持ちでいたのか、そんな感情の機微までも、私の頭に入り込んでいく。


 ああ、そうか。目の前の彼女は、彼女たちはリアンなんだ。彼女の記憶を見た私にはそうはっきりと理解できる。


「何度でも拒絶してあげるわよ、この出来損ない!」


 それでもフゥテはリアンを拒絶する。彼女はリアンではないと、彼女の存在を否定する。


 リアンが膝をつく。もう耐えられないと言わんばかりに、頭を抱え、蹲る。フゥテはそんなリアンの髪を乱暴に掴み上げると、顔を近づけ、囁きかける。


「あなたなんて、憎む価値もないわ」


 リアンの顔から血の気が引いていく。


「”私は、あなたを、ずっと、待って……”」


「私が会いたいのはリアンよ。あなたじゃない」


「”違う、わたしは、わたしは……”」


”ただ、あなたのために、ずっとここまで……”


 ふん、とフゥテが鼻息を鳴らすと、掴んだ髪を強引に振り払う。


「そこまで言うなら、いいわ。すべて終わらせてあげる」


”みんな、殺してあげる”


「私の心の声、聞こえているんでしょう」


「”でも”」


「不満なの?」


「”それでフゥテは満足するんですか?”」


「は? するわけないでしょ」


「”そんな”」


 血の気が引いたリアンを前にして、ニタリ、と笑いかける。


「でもいいの。だって、また起き出して、リアンだって主張されるよりよっぽどマシでしょう」


 フゥテは気を失っているリアンに近づき、そして、鋭く尖った触手を首元に近づける。


 どうしよう。このままでは、フゥテはリアンを殺してしまう。何か声をかけようと思っても、声が震えて言葉にならない。助けを求めてプシケの方へと見やる。


 しかし、プシケはただ、この様子を涼し気な表情で静観しているだけだ。フゥテの行動を止めようともしない。


 ああ、もうダメだ。次の瞬間には、フゥテが触手で一人のリアンの喉を引き裂いていた。リアンの首から勢いよく血しぶきが上がり、フゥテの体を赤く染めていく。


「”――痛い、いたい、いたい、いたい!”」


 喉元に鋭い痛みが襲いかかる。私はとっさに喉に手を触れるが、特に何ともなっていない。痛みはあるのに、傷ついていない。何とも不思議な感覚だ。


 周りを見渡すと、私と同じようにリアン達が喉を押さえ、苦しそうに呻いている。彼女たちも、私と同じように痛みを共有しているみたいだ。ただ、彼女たちの様子を見ると、痛みは私よりもより敏感に感じ取っているように見える。


「あは、あはははっ」


 リアン達が苦しむ様子を見て、フゥテが笑い始める。


「そうよ、私は化け物なの。始めから、化け物は化け物らしく振る舞えばよかったんだわ。どうして今まで気が付かなかったのかしら」


「……フゥテ、やめて、ください」


「何言っているのよ、エス。これはこの子達の望みなのよ。こんな偽物の人形たちの望みを叶えてあげるなんて、私はなんて心優しいと思わない?」


「”違う。私達は、こんな、無意味な死なんて、受け入れたくない”」


「はあ? 殺してくれって、言った舌の根も乾かないうちに助けを求めるの? 一体どういう神経をしているのかしら。本物のリアンなら、絶対にそんなこと言わないと思うけど。いや、違うわ。あの子は結局、私の言うことなんて聞いてくれなかったもの。大切な人を殺してって約束したのに、それなのに私を殺してなんてくれなかったわ。あはっ、そんな嘘つきなところまでリアンにそっくりなんて、ほんと、可愛そう」


 フゥテはまた新しいリアンに近づいていく。リアンは怯えて動けず、ただその場で震えている。触手が伸びて、勢いよく胸を貫く。胸に焼けるような痛みが襲う。その痛みに、私は床にへたり込んでしまう。


 リアン達も胸に痛みを感じているようで、その場に蹲り、動けなくなってしまっている。


「ああ、もう死んじゃったの。ちょっと味気ないけど、まあ、いいわ。まだまだ代わりなんてたくさんいるんだから。でも、残念ね。あなた達が本物のリアンだったら、もっといじめてあげたのに。私の気が済むまで、痛めつけてあげたのに。あなた達にはそんな価値なんてないんだから。だって、偽物なんでしょう。そんなことしたって、ものに当たっているのと同じじゃない。私はそんな寂しい人間じゃないわ。あら、間違えた。人間じゃなくて化け物だったわね」


 甲高い笑い声を上げて、フゥテは触手をまた新しいリアンに突き刺していく。フゥテを止めないと。そう思って口を開いても、出てくるのは、言葉にならないうめき声だけだ。


「ふふ、あなた達には感謝しているのよ。だって、私が化け物だって、わからせてくれたんだから。正しいことを理解することって大事よね。ああ、おかしい。なんだかんだで、私はこの状況を楽しんでいるんだわ。だって、人間だったときにはこんな人を殺すことなんて、とてもじゃないけどできなかったもの。あは、あははっ。こんなに楽しいなんて、思わなかったわ。化け物になったことに感謝しなくちゃね」


 私はフゥテの凶行を止められないまま、辺りにリアンの死体が転がっていく。血溜まりの中に横たわる人形たち。そして、生き残ったリアンは一人になってしまった。


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