墓場
「さあ、もうすぐ目的地に着くよ」
プシケが私達に声をかける。町からまた森の中に入り、雑木林に囲まれた代わり映えのない道を歩き続けて数十分。ようやく開けた場所が見えてくる。
もうすぐフゥテの因縁の地に辿り着く。この先、一体何が待ち構えているのだろう。フゥテにとっても、そして私にとっても、辛く苦しいことが待っているのだろう。それでも、私達は先に進まなければならない。
フゥテの過去を、そして生まれてきた意味を、もう一度見つめ直さなければならない。
賽は、すでに振られている。
「何よ、これ……」
フゥテから戸惑いの言葉が溢れる。
広場に出ると、そこにはおびただしい数の墓標が並んでいた。ざっと見る限り百は超えているだろう。
フゥテから恐怖の感情が流れ込んでくる。今見ている光景がまるで理解できず、ただただ怯えているようだ。
「何って、見たことないかな。お墓だよ」
「そんなことはわかっているわ。どうしてここに、これだけの墓が立っているのかって聞いているの!」
”一体誰の墓なの!?”
”名前すらないじゃない”
フゥテの言う通り、墓標には刻まれるべき名前が書いていない。直方体の石の固まりが鎮座しているだけだ。
「この研究の犠牲者たちだよ」
「犠牲者?」
私が疑問を口にすると、プシケが優しく微笑みかける。
「エス、フゥテ、君達はこの島で何の研究をしているのか、知っているかい?」
「……知らないわよ、そんなこと」
「そうだろうね」
プシケが寂しそうに墓場の先を見つめる。目線の先には研究所らしき建物が見える。恐らくこの建物でプシケが話す研究が行われていたのだろう。
「ここではね、心を読む人間を作り出そうとしていたんだ」
「心を……読む?」
”リアン……”
フゥテが一人の人物の名前を想起する。リアン、確か彼女も心を読める人物だったはずだ。
「この研究の発端はね、一人の研究者が、心が読める子供を見つけたことから始まったんだ。心を読める、と言っても嘘を吐いているかどうか分かる程度の、ほんの細やかなものだった。時々、そういった人の感情の機微に敏感な人っているからね。世間はその子供のことをそこまで特別に考えてはいなかったんだよ。だけどね、その研究者は大変興味を持ったんだ。その研究者の専門はAIで、もしかすると自分の研究にも活かせるかもしれないと、そう思ったんだ」
プシケが目の前にある墓標に、ぽん、と手を乗せる。もしかすると、特別な人物が眠っているのではないかと、墓標の名前に目を向けるが、そこにはやはり名前がない。無名の人物が眠っているだけだ。
ただ、その墓標の下には花が一本だけ添えてある。その花はみずみずしく、比較的最近添えられたことがわかる。周りを見渡すと、墓の一つ一つに花が添えられているみたいだ。
私が献花に目を奪われているうちに、プシケが話を進める。
「その子供は誰にも心を開かない、無口な子だったんだ。何を話してもそっけない態度を取られるし、何をプレゼントしても喜ばない。本当に何を考えているのかわからないような扱いにくい子供だったんだね。だけど、その研究者は根気強かった。その子と一緒に食事をしたり、無視されようともこまめに話しかけたり……その子のことを理解しようと努めていったんだよ」
プシケは懐かしそうな表情をしながら、私達に語りかける。まるで今まで経験してきたかのようなそんな口ぶりだ。
「その努力が実ったのか、子供は次第に研究者を慕っていくようになったんだ。ん? ああ、実に涙ぐましい話だけど、重要なところはここじゃないよ。問題なのはその次さ。研究者がその子供と仲良くなっていくにつれて、その異常さに気がつくようになったんだ。その子は研究者の感情だけじゃない、その気になれば、何を考えているのか、思考すらも具体的に言い当てることができたんだよ。今までそこまでしてこなかったのは、単純に自分の身を守るためだったんだね。本能的にそうしたほうが良いと判断していたようなんだ」
「それって」
「そう、その子はリアンやエスみたいに、きちんと心が読める人物だったんだよ」
そしてね、とプシケが話を進める。
「そしてその研究者も天才的だった。その子供とのやり取りから、心を読むために必要な要素を見出していったんだ」
「要素って何よ」
「一つはその子供が磁場を感じ取る遺伝子を持っていることだよ」
「磁場?」
「ん? ああ、磁場というのはね、電気活動から形成される現象であって……まあ、簡単に言えば、磁石のN極とS極がくっついたり、鉄が磁石にくっつくような空間のことだと思ってくれていいよ。ほら、渡り鳥が長距離移動していても目的地を失わないって言うだろう。それは渡り鳥には地球の磁場を読み取ってN極とS極……北と南をはっきりと知ることができるからなんだ」
なるほど、渡り鳥は体の中に常にコンパスを持ち歩いているようなものか。それなら道に迷わないのもうなずける。
「本来、人間にはこういった磁場を読み取る機能はとっくの昔に失われていたものなのだけどね。この子にはその磁場を敏感に読み取る機能が備わっていたんだ。実は脳にもその電気信号によって本当に細やかな磁場が発生していてね。その子供は脳から発せられる微弱な磁場を読み取って心を読んでいるんだ」
「ということは私にも、磁場を読み取る機能が備わっているということなんですね」
「ああ、その通りだよ、エス」
「そうしたら、地球の感情も読み取ったりすることができるのでしょうか?」
「そこは心配しなくていいよ。あまりに強すぎる磁場はノイズとしてすべてカットしてしまうように調整しているからね」
「どういうことでしょう?」
これから説明するよ、とプシケは私に優しい目線を向ける。
「二つ目の要素が環境だよ。先程エスが言ったように、周りは磁場でいっぱいだからね。その場をノイズとして認識してもらわないと困るんだ。だけども、人の脳波をノイズとして捉えられてしまうと困ってしまう。だからね、然るべき時期が来るまでは人に近づけないようにすることが大切なんだ」
でも、と私が言いかけた言葉を遮り、プシケが話を続ける。
「幸いにも、元の子供は微弱な磁場を読み取る機能に特化していたようだから、そこまで神経質にはならなくて済んだのだけどね」
「……リアンもそうだったのか?」
「彼女も、ある時期までは人と隔離された場所で過ごしてきたはずだよ」
「そう、か」
フゥテが寂しい気持ちに包まれる。憎んでいるはずのリアンに同情しているようだ。そのフゥテの感情の変化が未だによくわかっていない。ただ、リアンという人物はフゥテの感情をよくかき乱す、ということは確かみたいだ。
やはり、面白い。早くリアンに会ってみたい。そういった気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
「そうやって、心を読むために必要な要素を理解した研究者はこの島に研究所を立ち上げたんだ。磁場を読み取る遺伝子を持った子供をデザインして、隔離した環境で育てるための場所をね。もちろん、そんなことは倫理的に許されるわけがないから、表向きにはAI発明のための研究所としていたのだけどね」
「研究は成功したんですか?」
「半々、といったところかな」
「半分だけ?」
「確かに、心を読める子供を作ることができた。でもね、彼女たちはみんな、空っぽだったんだ。何も主張することができず、表現しない。それどころか喋ることすらままならない。ただひたすら、人が考えていることをインプットするだけ。アウトプットすることができなかったのさ。それじゃあ、ただのお人形さ。まるで使い物にならないだろう? だから半分成功で、半分失敗なのさ」
何も主張できない人形。その言葉は私に刺さるものがあった。つい最近まで私もそういう存在だったからだ。
「それにどうしようもない欠陥も浮き彫りになっていったんだ」
「欠陥?」
「子供たちは長生きできない、というところさ。無理やりデザインされた子供というところがよくなかったみたいでね、二十歳を超える前には誰も彼も死んでしまうのさ。平均寿命が八十を超える現代にしては非常に短命だね」
「じゃあ、この墓は……」
「みんな、研究中に寿命がつきた個体だよ」
ああ、そうか。だから名前が刻まれていなかったのか。研究材料に名前など必要ない。これなら十分に納得がいく。
「ふざけないで!」
フゥテが怒りの声をあげる。
「人の命を研究かなんかで、粗末に扱っていいわけないでしょ!」
”それじゃあこの子たちは”
”死ぬために生まれてきたみたいじゃない!”
フゥテの激高に、プシケは涼しい表情を見せる。
「粗末になんて扱っていないから、わざわざお墓を立てているんじゃないか。実験動物できちんと埋葬してもらえるなんて、中々ないことだよ」
「それでも――」
「フゥテ、君には使命があるかい?」
「えっ?」
プシケがフゥテの言葉を遮り、続きを話す。
「ここに眠る彼女たちは、ただ一つの使命のために、生きてきて、そして死んでいったんだ。ほとんどの個体はきっと何の役に立たなかっただろうね。それでも、彼女たちはきっと後悔なんてしていないだろうさ。もしかすると、後悔という概念すら知らないのかもしれないね。君はそれが不幸だと思うかな? 課せられた使命を全うして生きようとすることを否定するのかな」
「それは、何も教えなかったからでしょう!」
「ああ、そうさ。でも、それの何がいけないことなのかな。誰だって、何もかも知りながら生きているわけじゃない。それに知らなかったほうが幸せなことだってたくさんあるはずだよ」
「知っているものの詭弁じゃない!」
「知っていたって使命が変わるわけじゃないさ。彼女たちも、そして私もね」
「……彼女たちは幸せだったのでしょうか」
私の問いに、プシケはほんの少し悩む素振りを見せる。
「それはわからない。ただ、残された人はその犠牲を無駄にはできないってことさ。さあ、そろそろ先に進もう。こんなところで倫理の話をしても埒が明かないからね」
そういって、プシケは墓から手を離すと、建物へと歩を進める。その後をフゥテが不満げな態度でついて行く。
もう少しこの周囲を観察していたいな。そう思って、墓の周りを注意深く見渡すと、何かが、きらり、と反射した。その方向へと足を進めると、そこには金色の指輪が供えられている。
一体誰が置いたんだろう。そう思って墓に手を当てると違和感に気が付く。名前だ。この墓には確かに名前が彫ってある。しかも、私はその名前を知っている。
『リアン』
フゥテが求める人の名前がはっきりと刻まれている。一体これはどういうことなのだろう……
「エス、置いていくよ」
プシケの声に、今見た名前を考察する暇もなく、目の前を指輪を取った後、私は二人の後を急いで追っていった。




