20-3
矯正ナンバー4、ネルティ・ピース。
種族は犬人、性別は女。
この問題児はなんと冒険者登録終了後に指名手配され、逮捕までされているという他の問題児とはある種次元の違う存在である。
ギルドの通路を歩きながら、ハジメはギルドのいつもの担当に説明を受ける。
「賞金30万G? 安いな。賞金稼ぎなら一旦敬遠して賞金が吊り上がるかどうか伺う値だ」
「それなんですが、例のあの男……人斬りラメトクが連れの少女と一緒に捕まえたらしいです。何でも旅をしているそうで、値段に関係なく手近な手配犯をすぐ捕まえてくれるので助かっています」
妖刀エペタムを握力だけで封じ込めて死者ゼロを達成した驚異の男、ラメトク――懐かしい名前である。連れの少女というのはトリプルブイ謹製の人型鞘に収まったことで少女となったヤンデレのエペタムだろう。
どうやら彼らも元気にしているようで結構なことだ。
閑話休題。
件のネルティが手配に至った経緯だが、彼女はつい一週間前に冒険者登録を受けて薬草等の採取依頼を複数受けると、新人ではあり得ない速度で依頼を達成。その後二日間ほどありえないペースを維持していたのだが、その頃から彼女が活動する周辺の冒険者活動地域で薬草等の枯渇が発生しはじめた。
これを調査していた冒険者がネルティに突如襲撃を受けて装備や金品を強奪されたことで事態は急変。ネルティは期待の新人から冒険者の名を借りた盗賊へと評価が一変した。
当人はまるで事態を知らない風を装って町で活動していたと報告があったことからギルドは悪質性が高いと判断し、即座にネルティを指名手配した。
しかし、情報伝達が一歩遅く、ネルティは既に町を出た後だった……ということらしい。
「ここまででも奇妙なのですが、もっと奇妙なのが捕縛された当人の様子と、ラメトク達からのネルティの様子の聞き取り結果です」
まずラメトクたちが目撃したのは、完全に死んだ目で機械のように正確かつ機敏な動作で薬草等を収集し、魔物が出るやいなや全く同じペースと速度で斬撃を叩き込んで淡々と殺害するネルティの姿だったという。
その動きはただただ作業効率のみを追求しており、他人から見ればみっともなく見えるとしてもそれが時間短縮になるなら何の躊躇いもなく奇妙な動きをしていたそうだ。魔物との戦いも、しっかり立ち回るというよりはひたすらローリスクな攻撃を相手が死ぬまで連打するといった様相であったという。
何より異常に感じたことが、それだけせわしなく動き回っているのにネルティには全く疲労の色が見えなかったこと。暫く見ているとどうやら時折水を飲んだり間食をしている様子も身受けられたが、無尽蔵のスタミナがあるのではと疑う光景だったそうだ。
ラメトクとエペタムは一先ず声をかけて投降を進めたが、無視。
そこでエペタムがネルティに近づいたところで、ネルティは魔物に向けた刃を彼らに向けた。
「しかし、先ほど証言にあった機械的な動きが余りにも極端であったため捕縛には成功したようです。件のネルティの様子がこちらです」
そこには、武器を持ってもいないのにまるで武器を持っているような姿勢でひたすら檻を殴り続ける小麦色の髪の犬耳少女の姿があった。目は光を失っており、いま目の前でハジメたちにそれを見られているというのに全く意に介す様子がない。
幾度となく振るわれる拳は檻を破壊するには全く威力が足りないが、何度殴っても拳に内出血の様子すらないなど、非常に奇天烈な光景だ。
「ギルドの尋問に全く反応を示さず、飲食などはしますが中に仕込んだ眠り薬等も効果は無し。彼女は捕縛時から丸一日以上この調子です。状態異常などの可能性も考えあらゆる解毒薬、解毒魔法、解呪等を試しましたが一切効果無し。近寄った相手を無差別に攻撃するため医者に診せることも出来ず……」
「いくつか確認したいのだが、ギルドに冒険者登録して仕事を請けていた最初の頃には異常な言動はなかったのだな?」
「はい。少なくとも確認されている範囲では」
「先ほど話にあった、薬草類の枯渇は彼女が原因で間違いないのか?」
「状況証拠的にはですが、他にないかと」
「追い剥ぎ行為は……被害者がいるから確定か」
もうハジメの中では十中八九で転生者の仕業、ないし当人が転生者で確定している。転生者に操られている可能性が1割、残り9割はこの転生者が訳の分からない転生特典を暴走させている線で推理する。
ハジメは一先ずネルティを峰打ちで失神させてみた。
一瞬失神したが、即座に覚醒して元通りになった。
正気を失った相手への対処法の代表格、とりあえずぶっ飛ばすが通用しないのは痛い。
「これは……困ったな。少し知り合いと話し合って対応を考えたい」
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません……」
ギルドの担当が頭を下げるが、別に迷惑とは思っていない。
命の懸った仕事ではないが、これは転生者が片付けるべき事柄だ。
『一先ず神お得意の『浄化の拳』でぶん殴るというのは如何でしょうか、神よ』
『ひとを野蛮神みたいに言わないでくださいよ。ちなみにダメですからね。貴方に力添えしてるのはかなーり例外的なんですからね?』
『ならばクマダ・チヨコの件のように情報提供をお願いします』
『えー……彼女の件は特殊なケースですし、ちょっと厳しいですかね……これはヒントにはなっちゃいますけど、ネルティくんはこのまま放っておいても暫く命に別状はありませんし』
『ネルティ、くん?』
『あ、この子中身おっさんです。精神面の話ですけど』
最近の流行、おっさんが美少女に転生である。
当人のメンタル的にはまだ男らしい。
ちなみに最近の流行とは言いつつも、ホームレス賢者曰く転生ものがラノベとして出回りだすより大分前の時代には既にかなり使い古された形式なので実は最近でも何でもないそうだ。
話を戻し、ハジメはこのおっさんのバグめいた動きはオート機能的なものではないかと推測したが、肝心のハジメがゲームにおけるオート機能というものに造詣が深くないため別の転生者の知恵を借りることにした。
そして、白羽の矢が立ったのは手広いゲームをやっていたアマリリスとブンゴ。彼らに知恵を借りて、一つの仮説が立った。
その内容は、『所定の条件を満たしたらオート周回が止まるみたいな設定が為されており、条件を満たせない環境に移されたせいで延々と無駄なオート行動をしているのでは?』、というものだ
ハジメは即座にネルティの請けていた依頼内容を調べ、討伐予定だった魔物を所定数倒させたり薬草をわざと採集させたりしてみた。しかしおっさんは止まらない。となれば、おっさんはそれと並行して別の設定も加えていた可能性がある。
ハジメは冒険者としてのキャリアから推測し、いくつかの候補を絞り、強化素材の類を回収させてみた。しかして、その予測は当たった。
「所定のアイテム集積を確認。オートモードを中断します……、……あれ、終わり? あれ、あれ、え、なんで檻の中にいるんだ!?」
案の定、おっさんもといネルティのチートはオートモードだったようだ。
しかも無駄に細かい設定が出来るよう神に要望したせいで、オート設定で条件を満たせなくなった際の対策を設定し切れていなかったらしい。例えば一定時間条件を満たせなくとも止まるとかにしておけばここまでのことにはならなかっただろう。
「俺が転生者だから気付けたものを、下手したら一生牢屋を殴っていた所だぞ、お前」
「このたびはご迷惑をおかけして大変申し訳なく……後日菓子折を持ってお詫びに……」
おっさんは反省し、深く謝罪した。
薬草等の枯渇に関してもいいかげんな設定が原因。
追い剥ぎは敵モンスターと人間の区別設定をしなかったせい。
スタミナが全く減った様子がなかったこと等は、オート設定の仕様らしい。
後に全てを知ったブンゴとアマリリスは「MMORPGで改造やってた奴じゃあるまいし……」「改造ツールの使いたがりっていつの時代にもいるよね……」などとコメントを残した。
――後にこのおっさんことネルティはルシュリア王女の恩赦で牢獄行きを免れ、彼女の下で減刑奉仕がてら働かされることになった……とは、義妹オルトリンドからの情報である。
システムは間違いを犯さない。
間違うのは、システムを作り扱う人間である。
◇ ◆
さて、実はハジメが冒険者の教官として振り回されていた頃、霧の森に新たな問題児冒険者が誕生しようとしていた。
純血エルフの姉妹、フレイとフレイヤである。
最近は毎日フェオの村にグリンに乗って遊びに来ており、もう殆ど村の住民と化している。そんな二人には密かな計画があった。
「森の外に出る計画を、そろそろ実行しようかと思う!」
「まぁ、お兄様! 汚れた下界に出るなどエルフの里の掟に反しますわ!」
「しかしフレイヤよ、バレなければ良いのだろう?」
「その通りですわ! 流石はお兄様、以心伝心ですわね!」
うっきうきな態度を隠そうともしないフレイヤに、フレイは更にやる気を漲らせる。
そもそも毎日のように掟を破って里の外であるフェオの村に来ている時点で掟のライフはもうゼロだ。これ以上のオーバーキルをされても既に死んでいる状態なので、二人は容赦なく掟に死体蹴りを浴びせる。
「既に皆からお小遣いで貰ったお金で装備は完璧である!」
「こつこつ下界のお金を貯めた甲斐がありましたわね! 村の冒険者の皆様の服に比べると品が貧相ですが、お兄様が着れば全て美しいですわ!」
「なに、フレイヤほどではないさ。グリンにも装備を買っておいたぞ!」
「ブヒ」
二人とグリンはフェオの村で色々と細かな作業を手伝ったり壊れたものを修繕しており、その度に村の人々からお礼と称してお小遣いを貰っていた。二人が金に溺れないよう多すぎず、かといって子供のやることと下に見ないよう少なすぎず、絶妙なお金である。
ちなみに額は全部ヒヒが決め、支払われた代金はハジメの口座から補填されるプチ散財システムが採用されている。
現在、フレイは旅の冒険者の軽装といった皮装備であり、フレイヤは新米魔法使いといった装いをしている。これはフェオの村の図書館にある物語の本を参考にしたもので、性能は二の次三の次だ。グリンには鞍と手綱が装備され、一目で野生の豚ではないと分かる。
その他、一般的に冒険に必要とされるものを一通りヒヒから買ったフレイとフレイヤは、グリンの鞍にそれを積む。
「む? グリンの体に対して少々荷物が大きいか?」
「グリン、少し大きくなれまして?」
知らぬ人が聞けばなんと無茶を言うものだと思うだろうが、グリンはふしゅっと鼻から息を吐くと、モリッと音を立てて一回り体を大きくした。神獣たるグリンにとってはこの程度は朝飯前である。こうして丁度いい感じに準備が整った二人と一匹は、さっそく村の外へ旅だった。
「クオンには先を越されたからな!」
「遅ればせながら、新たな伝説の幕開けですわ!」
「ブヒッ」
本来なら子供の二人旅など危なっかしくて見ていられない。しかし、この二人とお供のグリンがいると、むしろ迫る危険とやらの安否が心配になってくる。
そして、それは正にその通りになる。
『ファハハハハ! 氷雪軍団の隠れた裏の実質的な真の実力者とはこのワシ、氷の悪魔ヒエール・フォールよッ! 我が固有魔法の氷魔・百鬼夜行の奇襲に恐れ慄け、人間共ぉッ!!』
勇者が焦るあまり大将首だけを討ち取ったことで生き残った次期幹部級が百体もの氷で出来た巨大な鬼たちを引き連れて人里に迫る。
しかしそれを偶然見つけた二人と一匹は、「これが冒険者のやってる戦いか!」「大迫力ですわね、お兄様!」とズレた感想を抱いた挙げ句迎撃。
「わたくしがやりますわ、お兄様!」
「うむ、では手伝おう! 二重魔方陣展開!」
「ネフェシュタン・メルトバーンッ!!」
二人の頭上に現れるのは、太陽から吹き出たかの如く煌々と燃ゆる巨大な炎蛇。喰らったもの全てを焼き尽くす巨大な口を開けた炎蛇は、そのまま百の氷魔を横から全て丸呑みにした。
人を絶望に叩き落とす筈だった氷魔の軍勢が呆気なくボシュボシュと蒸発していく様を前にヒエール・フォールはその日、初めて魔王に仕えることになった日以来の恐怖を――圧倒的な力という名の恐怖に怯えた。
『ウヒョハァァァァァ!? 何故、何故こんな場所にこんな力の持ち主がぁぁぁぁぁ!?』
ヒエール・フォールは自らを頭上から大口を開けて迫る炎蛇に背を向けて逃げながら泣き叫ぶも、情け容赦なく悲鳴ごと荼毘に付された。
「爽快感! ……ですわ!」
「流石はフレイヤ!」
「こういういのは、ええと、カタストロフィ! と言うのでしたっけ?」
「恐らくカタルシスのことだと思うが、どっちでも合ってるので問題ないぞ!」
――偶然その場に居合わせた冒険者たちが見たのは、金色の豚を従えた二人の子供。二人とも魔法の逆光で顔は見えなかったが、耳の形から辛うじてエルフだということだけが理解出来たという。
所変わって別の場所。
「フレイヤよ、なんだか陰気で趣味の悪い城があるぞ」
「ヒヒおじいさまから買った地図によれば……あれは魔王軍の前線拠点の一つですわね」
「成程。聞くところによると冒険者とは冒険だけしていればよい訳ではないらしいし、世の為人の為に一発くらい何か叩き込んでおくか!」
「まぁ、お兄様! 挨拶もなしにいきなり攻撃だなんて野蛮ですわ! それはそれとして魔王軍ならどんな非道な真似を浴びようと裁判所に訴える手段がないのでイケイケゴーゴーなのですわ!!」
この兄妹、容赦なしである。
「ではこのあいだ寝ていたらふと思いついた固有魔法を使ってみようか!」
瞬間、フレイの全身から神々しいまでの魔力が黄金の燐光となって溢れ出る。大魔道士と呼ばれる人間さえ戦慄を覚えるであろう余りにも清廉で巨大な魔力は、詠唱によって己の成るべき姿へと収束してゆく。
「遍く敵手に敗北を与え、我が手に須く勝利を齎せ! 大地の祝福、天の恩寵、全ての希望は我が栄光の為に!! 顕現せよ……ノウブル・グローリーッ!!」
天高く掲げられたフレイの両腕の先に現れたのは、まるで神が顕現させたかのような黄金に輝く巨大な、あまりにも巨大な剣。フレイは全身を捻り、その剣を魔王軍の拠点である城に向けて投げつけた。美しい光の粒子の軌跡を描きながら飛来した剣は城と衝突し――ギュバァァァァァッ!! と、城を土台の大地ごと真っ二つにした。
斬撃の余波で吹き飛ぶ、両断された城。
その城すら、斬撃の衝撃波で粉々になり、光に呑まれていく。
フレイヤはその光景に手を叩いて褒め称える。
「それでこそお兄様!! この世の勝利は全てお兄様のためにあると言わんばかりの素晴らしい魔法ですわ!!」
「ふふふ、今回は周囲の被害を抑えるために少々手加減はしたがな!」
――遠巻きにこの光景を偶然目撃していた冒険者の偵察隊が見たのは、やはり魔法のせいで逆光となり顔の見えないエルフの子供二人と、金色の豚であったという。
その後も、二人の冒険と起こす奇跡を見た人々の噂は増え続ける。
無計画な開拓で荒れ地になった土地を森にしてしまったエルフの子供の噂、竜巻に対して逆巻の竜巻をぶつけて相殺したエルフの子供の噂――そして、口に出すのも憚られる恐ろしい金色のイノシシの怪物の噂が、暫く流れた。
「楽しいではないか、外の世界! 今日は帰るが次はもっと遠くへ行こう!」
「今度はクオンも一緒に連れてきましょうね、お兄様!!」
「ブゥ……」
謎のエルフ兄妹と金色の豚の噂話は、この後も長く人々の話題の種になったという。
※本当はグリンが戦った方が強いです。




