20-2
矯正ナンバー2、元奴隷の女大剣士のラシュヴァイナ。
リカントの上位亜種、ウェアウォルフ――すなわち狼人の女性であるラシュヴァイナは、露出の多い褐色の肌を幾つもの古傷で染めた、まさに女奴隷剣士という風体だった。片側だけ三つ編みされているアッシュブロンドの髪も特徴的だった。
そして、その特徴的な姿にハジメは見覚えがあった。
「ん? 確か……帝国のオークションで王国に保護された元奴隷じゃなかったか? うちの村の預かりだったな」
「是だぞ。村長のツガイの男」
「ツガイじゃないからな」
「そうなのか」
意外そうな顔をされた。というかもっと言い方というものがあるのではと思わないでもないが、そういう言葉の拙さも彼女が問題児とされる所以の一つのようだ。
ラシュヴァイナは元違法地下闘技場のチャンピオンであり、ついた渾名は『千錬の猛将』。アングラでは相当名が通った存在だったようだ。
闘技場が法の締め付けの厳しさを原因に畳む事になった際に剣奴隷として売られることになってあの帝国の違法オークションに流れ着き、そこで更にオークション自体が無効になったことで行き場をなくしてフェオの村預かりになった。
「フェオはいい娘だ。村も居心地が良い。何か恩返しがしたいが、小生は戦うことしか知らぬ。故に冒険者となって働くことにした」
志はとても立派である。
しかし、それ以外は問題だらけ、とギルドの報告書に書いてある。
その多くが、当人の生活能力の低さに由来するものだ。
まず、文字の読み書きの時点でかなり怪しい。ギルドに提出する書類は文字があちこち間違っているし、ギルドの渡した書類はいまいち読解しきれていない節が見受けられたという。
これはラシュヴァイナが元奴隷でまともな環境で生活できなかったせいだろう。彼女のように文字の読み書きが不得手な人物は一定数いるので、これは言語講習でなんとか出来る可能性がある。
次に、そもそも彼女は稼ぐと言っているくせにお金のことがいまいち分かっていない。単純な足し算や引き算はもとより、そもそも買い物という文化も最近知ったばかりのようだ。
無理もない。奴隷が自由に買い物をする機会などあったとは思えない。絶対服従の契約によって管理される代わりに他のことを考えなくて良い。それもまた奴隷のあり方の一つと言える。彼女が外に慣れるには時間がかかりそうだ。
最後に、これが特大の問題なのだが――。
「単独戦闘時は高い能力を示すものの、『助け合い』という意識が根本的に欠如している……か」
「傷の舐め合いは弱者のすることだ。小生は強いので、そんな恥知らずな真似はしないし、誰かに恥をかかせる気もない」
きりっとした顔で永世ぼっち宣言をするラシュヴァイナだが、その考え方は冒険者としては割と最低の部類である。
「では今から三つの問いを投げかけるので正直に答えて欲しい」
「昰」
「一問目。仕事中に、自分と同じ冒険者が魔物に追い詰められ窮地に立たされている。そのときその者を助ける余裕がある場合、お前は助けるか?」
「追い詰められるのはその者が弱いからだ。弱い者は死に、強い者が生き残るのが戦いの掟。助ける義理はない。それに、助けられた相手は生涯消えない恥を負うことになる」
「二問目。仕事と関係ない散歩道を歩いていると、平和な農村に向けて魔物が移動しているのを見つけた。魔物は農村を襲うかもしれないが、今自分が倒せばその被害は未然に防げる。ただし依頼ではないので金銭的報酬は貰えない。お前は魔物を倒すか?」
「命令されてもいないことはしない。それに、魔物に襲われて被害が出ても、それは村の人間が弱いのが悪い」
「三問目。仕事中に毒を受けてしまった。解毒のアイテムは持ち合わせていない。ただ、少し進めば毒消しの薬草が生える地域に辿り着き、それを使用することで仕事を続けられるかもしれない。逆に、運悪く見つからなかった場合は死ぬかもしれないので、仕事を諦めて大人しく引き返して町で治療を受けることも可能だ。お前はどうする?」
「仮に毒を受けようと敵と戦って打倒してこその戦士だ。誰かに媚びて赦しを乞う者はどちらにせよこの先生きのこれない。前進あるのみだ」
ハジメは神妙に頷いた。
「うむ、今ので質問は最後だ。結果は不合格」
「なんで」
ラシュヴァイナはショックを受けて耳と尻尾が項垂れている。
奴隷時代の過酷な弱肉強食的価値観が全力で邪魔していることには気付いていないようだ。
「これは……根深いな。他者を助けないのもそうだが、自分に対しても『恥だからいやだ』という状況判断をしてしまうのか」
高齢の大人が体調悪いのに「これぐらいで病院に行くなんて恥ずかしい」とか言い訳するノリで自分の毒を放置しそうで怖い。
「問題ないぞ。小生は千度の戦いであらゆる状態異常を受けた結果、どんな状態異常も即座に自然回復する体質になった。特に動けなくなる系はとても早く治る」
「パーソナルスキルに目覚めてるじゃないか……」
装備もなしにそんな真似が出来るのは、そういうパーソナルスキルを得たとしか考えられない。『千錬の猛将』と呼ばれるほどの死闘を潜り抜けた先に開花してしまったのだろう。
ハジメも自分が模範的とは思わないし、これほど極端ではないが彼女と似た気質の冒険者はいるが、幾ら冒険者が学歴を問わないとはいえ彼女は色々と大切な認識が欠けすぎである。
「俺の知り合いの経営する孤児院で一ヶ月、子供たちと共同生活をしてきなさい。戦い禁止、暴力禁止、途中で逃げ出すのも禁止だ。破ったら冒険者登録は全て白紙。それに加え、院長先生が冒険者として働いてよしと許可しない限り俺も認めない」
「戦えないと役に立てない! 小生には戦いしかないのだ!」
「新たな試練、戦わないという戦いだ」
「ぬぬぬ……」
凄く不満そうであるが、院長なら彼女をなんとかするだろう。
エーディル聖孤児院院長のアリア・エーディルは、ハジメがホームレス賢者の世話になっていた頃に何度か炊き出しを恵んで貰ったのをきっかけに時々会っている人だ。いい年の筈なのにやけに外見が若く、人生経験豊富で面倒見のいい人なので、ラシュヴァイナの導き手になってくれるだろう。
ちなみにアリアは元アデプトクラス冒険者なので、ラシュヴァイナも腕っ節でどうにか出来るという打算もある。
「わかった。一ヶ月、我慢しよう」
「ああ。そうしてくれ」
耳も尻尾もしゅんと下げてとぼとぼ帰って行くラシュヴァイナ。その姿にほんの少し罪悪感を覚えたハジメは、今度孤児院に差し入れをしておこうと思うのだった。
――ちなみに一ヶ月後、完全に孤児院の一員と化していたラシュヴァイナは孤児院の皆に見送られて別れの悲しさに大泣きながらギルドにやってきて、それはそれで騒ぎになった。
◆ ◇
矯正ナンバー3、支援術師の男、ノヤマ。
種族はヒューマン。得意なのは仲間に大幅なバフをかける支援の魔術。その強化倍率は相当なものらしく、サポート専門とはいえギルドが一目置くほどの効果が確認されているそうだ。
しかし、人畜無害な草食系男子みたいな顔をしたノヤマには一つ多大な問題がある。
「前髪を切れ」
「嫌です!! 人に目を見られるのイヤなんです!!」
ノヤマは前髪が完全に目を隠す目隠れ系男子だった。
ちなみにこの世界では前どんなに髪が視界を遮っても何故か視覚には「あるけどない」状態として認識され、ばっちり見えているらしい。実にゲーム的である。
軽い問題はその辺に、主題に入る。
「女にしか支援魔術を使えない、とあるが、これは何だ?」
「特殊な術で、その、相手にキスしないと発動しなくて……」
これである。
もう考えるのも面倒臭いなとハジメは衝動的に責任を放棄しかけた。
「その、ただ女性ってだけじゃダメで、やっぱり可愛かったり綺麗な人じゃないと魔力が高ぶらなくて……」
恥ずかしそうにぼそぼそ言うノヤマだが、聞いているこっちは知能を削られている気分である。そんな魔法の発動形式はあまり聞いたことがないので、多分転生特典だろう。
「つまり、野郎は手伝わない。美女だけ寄ってきてキスさせろと」
「そんなつもりはないけど結果的にそうなっちゃうんですよぉ!!」
「とんだ欠陥能力だな。どんな顔して神にねだったんだ、その力は」
「そこまでハッキリ言わないでぇ!! その場のちょっとしたノリとテンションだったんですぅ!! これ絶対買いたいってタコ焼き器買ったのにいざ家に持ち帰るとタコ焼きなんて家であんまり作らないって気付いてがっくり来てる人みたいな感じなんですぅ!!」
カマをかけたらやっぱり転生者だった。
ノヤマ自身は前髪をめくるとベビーフェイスで整った容姿をしており、事実モテるようだ。既に幼なじみや道中で助けた女性など三人の美女と懇意にしているらしく、この三人も大分ノヤマ依存が激しいので若干ギルドに警戒されているらしい。
いつぞや女を侍らせていたレイザンは違法なアイテムでそれを行っていたが、ノヤマの場合は恐らく容姿と能力の関係で補正が入っているのを加味しても自主的にノヤマに付き合っていると思われる。
ギルドはこのノヤマの支援魔術が本当に女性にしか効果がないのかを疑っているらしく、また女性に甘く男性に興味を示さないといった人格的問題を抱えているのではないかと警戒しているようだ。
つまり、とんでもないドスケベ野郎が来たから絶対に問題を起こすに違いないと思っているのである。事実、この手の人間は人格に問題がある転生者が多いので、ギルドも過敏なのだろう。転生者絡みの事件は本当に碌でもないものばかりだからだ。
「美女三人連れてるせいで周りの男達の目が冷たいし、あの子たちもあの子たちで僕の悪口が聞こえたらすごく過敏に反応して喧嘩腰になるし!! 嗚呼、僕はどうすればいいんですか!?」
「転生特典に頼らず真っ当な支援術師になれ」
「正論フルスウィングッ!?」
全ての問題は、支援術が美女、美少女にしか使えないというその一点に端を発している。だったら女性限定で強力な能力に頼らず、真っ当な支援術も使えるようになれば、男性にも女性にも実力を認められる筈だ。
「お前が親しい女性にだけ支援するのはお前の勝手だがな。いざというとき男は見捨てて女しか助けられないなんて冒険者は、能力的にも人格的にも最低の存在としか判断されないぞ」
「そりゃ、でも、男が手遅れで仕方ないときもあるんじゃ……」
「仕方ないときは、当然仕方ない。だが仕方なくないときはお前のせいで人が死ぬんだということを肝に銘じろ。支援術師はな、冒険者の中で最も戦いに私情を挟んだりミスすることが許されないポジションなんだ」
仲間内の一人だけ気に入らないから支援に手を抜く、或いはパーティに軽視されるのが気に入らずわざときちんとした支援をしない。そうした気まぐれで全滅したパーティは世に少なからずある。
支援術師は強力であると同時に、頼りすぎると身を滅ぼす危険な諸刃の剣なのだ。ノヤマはそこまで思い至っていなかった、とばかりに首を振る。
「漫画の広告で不遇職だけど実は凄いっていつも出てるし、なんか不遇って言われると力を貸したくなるから選んだだけだったのに……そんな重要職だったなんて」
「質の低いネット情報に騙されすぎだろう。生前ゲームとかしなかったのか?」
「お金使いたくないんで見る専でした」
バフデバフは決定的ではないにしろゲームでは重要な要素だと思うのだが、見ているだけでは伝わり辛いのは確かかもしれない。かくいうハジメもゲーム知識は殆ど他人に聞きかじったもので、生前はゲームをする機会は少なかったが。
「時に、今更だがキスが発動条件なのは何でだ?」
「条件が絞られるほどバフがエグくなるらしいから深く考えず一番いいバフを頼んだらそれで……今更やめるとも神様に言いづらくて……」
「そこは流されるなよ。そういうの断れないと将来女性関係を断れずホイホイ浮気する男になるぞ」
「ヒドイ!!」
たまにいるのだ、選べないというだらしなさを持つ人というのが。
「ともかく、支援術師を名乗るのであればパーティ内での責任は大きい。決断力のない支援術師は肝心な時に必ずパーティの足を引っ張る。お前に惚れ込んでいる女の子たちを死なせたくないなら、しっかり自分で考えて物事を選べるようになれ」
「はい……はいっ!!」
ノヤマは泣きながら深く頷き、ひしっとハジメの手を握った。
基本的には素直な性格らしい。
「大切なことを教えてくれてありがとうございます! 僕……僕、立派な支援術師になれるよう頑張ります! ハジメ教官……いや、ハジメ師匠!」
「師匠になった覚えはない」
その後、ハジメはノヤマに支援術の知識と活用方法、注意点などの基礎を重点に叩き込んだ。彼は本当に能力頼りでその辺の知識が全然なかったらしい。それで支援術師名乗ったら、そりゃ訝かしがられるだろとハジメは思った。
ハジメの場合、世間から知られてないだけで実際には支援術師としてやっていけるだけの実力はあったりする。ただ、そのバフは基本的に全部自分用であることと、バフはあくまである程度の地力が伴っていることが前提という戦闘理念のために頻繁に使わないだけだ。
ノヤマはハジメの個人的意見も含めて本当に熱心に聞き入り、頻繁にメモを取って分からないところを質問してきた。その勤勉ぶりに、離れた場所から見ていたギルド職員たちも彼を誤解していたと考え直しているようだ。
「勉強になります、師匠!!」
「師匠ではない」
「またご指導賜りたいです! 次はいつ教えて貰えますか、師匠ォ!!」
「師匠ではない」
押しかけ弟子が一人増えた。
シオとガブリエルを足して2で割ったような男だ。
……余談だが、彼のキスバフは全ステータスと確率に関わる全抵抗力上昇、熟練度や経験値の取得率も上昇、潜在能力の成長にもバフがかかるというかなり反則的なバフらしい。
そのうち「強くなりたければ俺とキスしろ」とか言い出さないようにきちんと素行を見張っておかねばならないと思うとハジメは気が重かった。
やばいやつ……。




