20-1 二十章 転生おじさん、問題児たちの教官になり散財する暇がない
ハジメ・ナナジマは欠点だらけの冒険者である。
これは去年までのギルドの内申見解だ。
状況把握能力は高いが相手の顔色から心情を察する能力は低く、言葉が端的すぎて会話能力も芳しくない。日常生活に支障はないが、相手に会話したい、楽しいと思わせる要素がない上、本人もあまり歩み寄る気がない。
また、ひとつの物事を淡々と効率的に処理する能力が高い一方で、他者に仕事を依頼する際も自分の作業力を基準にする節があり、上手くいかないと報酬を無理矢理増やして急がせるなど少々常軌を逸している面も見受けられる。
上位冒険者であるにも拘わらずソロスタイルを頑なに貫いていたのも、パーティ推奨のギルドとしては評価を下げる要因だ。上位冒険者は人類を守る力として一定の責任があり、その中には集団行動によって生存率を上げるというのも暗黙で含まれていた。それをハジメは常に蹴っていた。
彼自身は責務を全うしてはいるし、事実として彼とパーティが組める人間が存在しなかったという問題はあるが、それは彼の規格外の実力の弊害だろう。これに関しては彼に危険な依頼を当然のように回すギルドの姿勢にも一定の問題があることは否めず、ギルドがこの状況を助長してしまった可能性はある。
他、これも本人のみの問題とは言い切れないが、常に付きまとう犯罪の影がある。現在の所、ギルドに寄せられた匿名のハジメの悪事の通報はその全てが裏の取れない、ないし完全なねつ造の情報となってるが、それでも彼が犯罪に手を染めたというタレコミは常にある。
当人がもう少しイメージアップになる活動をすればまだいいのだが、彼はそうした世間体を一切考慮せずに危険度の高い仕事に向かってしまう。その極端な仕事の偏りも、上位冒険者の間では面白くなかっただろう。なにせ危険度と報酬は比例するのだから。
極めつけが、王家との不仲だ。ルシュリア王女が何かと火消しの為に彼に依頼を回していたものの、今だ王と議会はハジメを排除したいかのような動きを見せる。ギルドとて王家の意向は無視できず、ハジメと王家に挟まれて対応に苦慮したことは多い。
このように、ハジメ・ナナジマは冒険者単一としての能力は破格ながら、主に人間関係方面で欠点だらけの冒険者であるのは明白だ。その点は当人も自覚があるようだが、個人の性格に関わる問題のため強くは言えなかった。
――ところがだ。
ここ最近、ハジメの性格的な能力に改善が見られ始めている。
会話能力に向上が見られ、時折ながら後輩冒険者と共に仕事を請けたり、戦闘指導を行っているという話も耳にする。義娘を育てるために過密スケジュールも組まなくなり、根拠のないタレコミも女性関係の下世話な、ある種無視していい噂にシフトし始めている。
更に、魔王軍の侵攻で予期せずして発生した大量の避難民を助けるために私財をはたいてキャンプを作り自ら陣頭指揮を執ったり、自分が捕らえた犯罪者の被害者の為に基金を立ち上げて自ら大金を寄付したり、他にも遅々として開拓の進まなかったビスカ島に資材投資を行い発展に貢献するなど、各地でイメージアップ活動も行っていた。
これについては偽善だ何だとごく一部からしつこい抗議も来ているが、彼のおかげで助けられた人の数の方が抗議する暇人の数より遙かに多い。
相変わらず王家との関係は最悪だが、ここ最近でハジメの内申評価はかなり上昇した。元が底辺な分、余計に顕著に見える。
よって、ギルドはとうとう彼にある依頼を出すことを決定する。
それは――。
「問題のある新人冒険者の矯正指導?」
「はい。ハジメさんの議会による依頼制限も一部解除されましたし、是非受けて頂きたいのです」
「……俺に上手くやれるかは保証しないが、それでいいのなら」
ハジメ、人生初の教官体験である。
いつ如何なる場所、時代の組織にとっても、後進の育成は必須だ。
後進の育成が上手くいかない組織に未来はない。
その中でも、死亡率の高い仕事である冒険者に対する指導は大きな意味を持つ。
冒険者は、実際に命懸けの戦いや過酷な環境での仕事を生きて達成して初めて成長する。もし大成する才能を持っていても、初歩的な見落としで死んでしまう人間は必ずいる。だからこそ、せめてスタートダッシュでの生存率を上げる為の新人冒険者講習は大抵のギルドで熱心に行われている。
普通、こうした講習は過酷な前線を戦い抜いた貫禄のあるベテラン冒険者の中から教官役が選ばれる。三十路のおっさんとはいえバリバリの現役であるハジメが教官を任されるのは珍しいことだ。
そして、何故こんな癖の強い人選をしたのかと言えば、依頼内容の『矯正』という言葉に全てが込められている。
「例年新人冒険者には厄介者が紛れ込んでいるものなのですが、今年は特に癖が強くてですね……ベテラン教官も匙を投げた数名をどうにかして欲しいのですよ」
いつもの職員は申し訳なさそうにハンカチで額を拭う。
ハジメを前にして「どうにかしてほしい」と言うのだから、よほど言うことを聞かない生意気なクソガキ集団なのだろうか。
「具体的にはどんな感じだ」
「一人一人が選りすぐりの変人という以外の共通項はあまりないですね」
「把握した。努力はしよう」
絶対に転生者が混ざっていると直感するハジメであった。
◆ ◇
矯正ナンバー1、仮面の剣士シンクレア。
多分人間の、男性剣士だ。
「……まず第一にだが」
「はい」
「教官を威圧するな」
フルフェイスの兜みたいな厳重な仮面で完全に顔を隠して中から「コー、ホー」と息の音がするシンクレアは、先ほどから人に向かって猛烈な威圧感を放っている。敵意ともオーラとも魔力とも違う、プレッシャー的なものだ。
ハジメでさえ気付くのだから、前任の教官役は相当嫌だっただろう。
シンクレアはそれに対して悪びれる様子はない。
「私は威圧してるつもりはないんですが、皆さんそう受け取るんですよ。ということは皆さんと私の実力差が大きいからそういう印象を与えてしまうんでしょうか? だとしたら申し訳ありません」
「参考までに聞くが、その気配を放って受付とか買い物とかしてるのか?」
「さあ? 自覚したことはないですね」
物腰だけは丁寧だが、あの気配でうろついていたら通報確定なので嘘だろう。これで本気で誠実なつもりなら、生まれついて人を見下すことに特化した人格だと言わざるを得ない。そうでなくても、少なくともハジメのことは舐めてかかっている。
「ちなみにその仮面、登録時には取ったのか?」
「いえ、宗教上の理由で他人に素顔は見せられないので」
「登録は上手くいったか?」
「適性試験が終わるまで保留とされました。取れないって言ってるのに分からない人達ですね」
これだからお役所仕事は、とでも言うかのように肩をすくめるシンクレア。
ちなみに冒険者登録に素顔の確認は必須である。ただでさえ顔を確認していてもたまになりすまし事件が起きるのだからしない訳にはいかない。受付も宗教を持ち出されたら反論しづらく、さぞ困ったことだろう。すごくゴネてそうだ。
「分かった」
「やっと分かって頂けましたか。では試験はこれでパスということで。しかし一応私の実力も知ってもらった方がよろしかったかな?」
何やら調子のいいことを言って勝手に剣を抜くシンクレアだが、ハジメは彼ではなく正しいことの味方だ。
「お前が気配のコントロールに無自覚であるならば、気配遮断のスキルを習得してコントロール出来るようになるまで講習を継続する。どうしても無理なら知り合いに頼んで気配を抑える道具を作らせよう」
「……マニュアル対応しか出来ない無能かよ」
苛立ったのか、シンクレアから放たれる威圧感が二倍になった。
生意気言ってないで俺の要求を呑め、と言わんばかりだ。
具体的には今の時点で常人ならレベル50のドラゴンに睨まれているくらいのものである。訓練場外の人間が突然の威圧感に震えているが、ハジメにとってはそよ風に等しいのでそのまま話を続ける。
「それと、宗教上の理由で仮面を外せないと聞いたがその宗教に心当たりがないので教えてくれ。お前の故郷の土着宗教か? 現地でそれが文化としてきちんと存在し、根付いているなら俺からギルドに掛け合ってみよう」
「……私の故郷はとても、とても遠い東方の地です。転移陣も繋がっていないので最悪何年もかかりますよ」
「問題ない。ギルドには世界一周を1週間程度で達成できる人の伝手もある」
「それは……いや……故郷はその、排他的で、あー、合い言葉とか秘密の道とかを知らないといけなくて……」
シンクレアの態度が急に煮え切らないものになる。
ここで言い淀むと言うことは、その故郷は存在しないか、或いは宗教上の理由で仮面を外せないという情報そのものが嘘とみるべきだろう。最初からライアーファインドを持ち出して疑ってかかるのはよくないと思ったが、少し追求してみればこれである。
彼のしどろもどろな言葉が嘘であるなら、それを彼自身に認めて貰うのが最もこれ以上無駄に時間を取られない近道だ。ハジメは気が進まないが、と内心ごち――人生で初めてかもしれない、威圧の意味を込めたオーラを全身から放出した。
「……念のために聞くが、本当のことを言っているんだよな?」
シンクレアとハジメの威圧感が激突し、そしてシンクレア側の威圧感が煙のように吹き飛んだ。
「ホギャアッ!? は、いぃぇ……あの……」
顔は見えないがシンクレアが全力で狼狽し、仮面の中で脂汗を浮かべるのを感じる。これで演技ならばハジメ以上の演者の才能と言わざるを得ない、と、未だに自分の演技の才能を諦めきれないハジメは思った。
もう一押しだと思ったハジメは、無言で一歩前に出る。
更に増した威圧感に、シンクレアはとうとう音をあげた。
「ごごご、ごめんなさい!! 本当の事を言います!!」
「よろしい。嘘つきは泥棒の始まりだが、反省するなら俺も耳を傾けよう」
結局、シンクレアは仮面を取り外して洗いざらい喋った。
聞けば彼はシャイナ王国の東に存在するネルヴァーナ列国という国の第十二王子であり、一生王族として束縛されるのを疎んで出奔した身だという。ネルヴァーナの王族は額に大きな入れ墨めいた紋様を魔法で定着させるという独特の風習を持つため、顔を晒すとバレる人にはバレてしまうというのが仮面の理由であった。
確かに彼の額には紋様があるし、ハジメも本か何かで見覚えがある。
色々と探知魔法を使ったが、偽物でもなさそうだ。
ついでにちょっとカマかけしてみたら、案の定転生者だった。
「何でわざわざ王国に来たんだ? ちゃんと正規の手続きで入国したんだろうな?」
「それはその……自由のない母国から逃げたい一心で。入管はプレッシャーで誤魔化しました」
「足がつかないようにとの思いかもしれないが、犯罪は犯罪だぞ」
「ごめんなさい調子に乗りました……まさか通じない相手がいるなんて想像できずに……」
「チート能力か」
「はい。俺の『プレッシャー』は簡単に言えば自分へのバフと相手へのデバフを同時に行う空間を自分の周囲に展開するようなものでして、心理効果もでかいので脅しにめっちゃ使いやすいんです」
更には圧の種類も使い分けられるらしく、服従の威圧、追い払いの威圧、逃げられない威圧など「相手を脅かして出来ること」に関して多彩だった。
しかし、当人も気付いてなかったようだが、実際のプレッシャーに慣れていたり自分より大きく格上の存在にはあまり効果が出ないらしい。
「魔王軍の幹部候補クラスなら通用しなかったところだぞ。早く気付けてよかったな」
「畜生、畜生……もっと無双出来ると思ってたのにッ!! 今なら分かる、何故転生王族が責務から逃げたがるのかがッ!! 逃げない限り自由がないからだぁぁぁーーーーーッ!!」
「そんなに嫌なら民主主義国家でも目指せ」
――その後、シンクレアの『こんな王族生活は嫌だ』シリーズを延々と聞かされたハジメは、それ以上相手するのが面倒になってルシュリア王女に対応を丸投げした。王族云々まで持ち出されると荷が重い。
最終的には、王の意向を無視して国外追放されたシンクレアをシャイナ王国がかくまった、という形に落ち着けたそうだ。




