19-4 fin
混迷を極める結婚式への乱入者、ハヌマン。
普段の武器を持っているハジメなら楽勝だが、ここは守るべき対象が多く。しかも新郎服に着替えさせられたときに全装備を取り上げられてしまったので、素手の戦いなら少々面倒だ。
(魔法を使おうにも周囲への被害に気を配りながらでは制限がきつい……婚儀のために装備品を全て取り上げられている今、素手でやり合うしかない!)
『まずは小手調べよ!!』
「ちぃっ!!」
ハジメはやむなく彼女を庇うように抱いたまま、迫るハヌマンの拳を俊足の連蹴で捌く。
『シャラララララララッ!!』
「流星脚ッ!!」
次々に繰り出される拳の連打を蹴りの連打で防ぎつつ逆転の機会を窺うが、サンドラを庇っている関係上攻勢に打って出られない。しかも会場には逃げ遅れた女性や子供もいるため、下手に吹き飛ばすのも躊躇われる。
そんな事情を知ってか知らずか、ハヌマンは好戦的な笑みを浮かべて更に苛烈に攻め立ててくる。
『やるな。では、これはどうだッ!!』
ハヌマンはその場でブレイクダンスのように体をひねり、強烈な回し蹴りを放つ。
(先ほどより威力が高い! 飛んで躱して隙を――)
刹那、戦士としての勘がその判断を拒絶し、咄嗟に思い直して拳を構える。片手で今まで以上にきつくサンドラを庇いながら、丹田に力を込めて拳を突き出した。
「震勁ッ!!」
ハヌマンの回し蹴りの威力が最大になる寸前にこちらの拳で震動を叩き込むが、サンドラを庇いながらではスキルが効果的に発動しきらず、拳から伝わる相手の蹴りの反動を上手く体に乗せて飛んで後退する。
ハヌマンはその動きを見て独りよがりに語る。
「よくぞ見抜いた。飛んで躱せば更なる連続回し蹴りで貴様はその女を守れず吹き飛んだ所であろう。威力を相殺しきれないと踏んで飛んだのも良い判断だ」
「上から目線で言ってくれる……」
「だが、いつまで庇っているつもりだ? お前より弱いとはいえその女は同胞を仕留めた立派な戦士だろう? それとも人間によくある、大切な者を守る時こそ真の力を発揮するというやつか!?」
どうやらハヌマンも今の状況には少々不満があったらしく、距離が開いているにも拘わらず追撃の手を止めている。今ならサンドラを逃がして全力で格闘戦に持ち込むことが出来る。
「サンドラ、歩けるな? あいつは俺が相手をするからお前はそのまま下がって……サン、ドラ?」
ハジメはそこで、はたと異常に気付く。
自分の至近距離で、凄まじい魔力が渦巻くのを感じたのだ。
その魔力の発生元は――サンドラの瞳である。
「サンドラ? おい、サンドラ!」
「お、おぉ、おとこのひとのはだぁぁ……はりゃひれほろれ……?」
いつの間にか、サンドラは耳まで真っ赤に肌を紅潮させ、酒に酔ったように焦点も呂律も怪しいものとなっていた。
――ハジメは気付けなかった。
サンドラは今まで甘える対象だったハジメを急に結婚相手として意識してしまい、更には男性に耐性がないのに短期間に幾度となくハジメに抱擁されて肌と肌で触れ合った。
好きな人の肌の感触、匂い、暖かさを一挙に感じた初心なサンドラは、既に理性の臨界点を突破していた。
サンドラの目は加速度的に輝きを増し、そして当人は何故か混乱の極みなのかハジメの呼びかけも耳に届いていない。
ハジメは異変の正体に思い当たり、戦慄する。
実は、モノアイマンの目は人間と同じく視覚を司っているが、厳密には同じ構造ではないという。そしてこの目には人間と大きく違う一つの役割を持っている。それは、眼球に魔力を集中させ、視線の先に向けて大威力のビームの発射機構というものだ。
幾らハジメでもこの至近距離でビームを撃たれれば無事では済まない。フラグではなく真面目な話だ。
「いかんッ」
「はにゃぁ~~?」
『どうしたハジメ・ナナジマ、ここからが武者の本領発揮――え?』
ハジメが咄嗟にサンドラの首を横に捻った瞬間、彼女の理性が蕩けた目は偶然にもハヌマンを捉える。視線の先にいた、それがハヌマンにとっての最大の不幸となった。
直後、目も眩む強烈な光がサンドラの瞳から迸った。ハヌマンの眼前に、ただただ抗いようのない絶望的な速度と威力のビームが広がる。
『なッ、おのれ不意打ちか!? 相殺せよ、戦孔烈破ぁぁぁーーーッ!!』
それでも流石というべきか、ハヌマンは由緒正しきかめはめ波スタイルで凝縮した濃密なオーラを破壊力として放出し、相殺を図る。
ハヌマンが放ったオーラの波動は人間の格闘家ジョブでも上位の者しか習得出来ない強力な奥義だ。武の極みである必殺の一撃はサンドラのビームと激突し――拮抗するどころか防ぐこともなく消し飛ばされた。
『えっ、なにこの威力聞いてな――』
ハヌマンの間抜けな声は、耳を劈くような甲高い音と共に迫った圧倒的な熱量に呑み込まれる。ボジュッ、と間抜けな音を立ててハヌマンの上半身は焼失した。
彼は魔王軍の忠誠度の低さからか『辞世の句』スキルを持っておらず、武人っぽい言葉を何も残せず光の奔流の中に意識を融かして果てた。
武術もクソもない、一瞬の出来事であった。
「一応、サンドラに倒されたなら本望……なのか?」
「ふにゃぁぁ~ん……」
力を放出して気が緩んだのか、よく分らない鳴き声を上げながらサンドラは気を失った。
こんな最期で彼は無念じゃなかろうかという考えが脳裏を過ったハジメだが、そもそも魔物に情け容赦ないハジメが相手を哀れむ訳もないので「まぁいいか」と流された。
◇ ◆
珍しく、ハジメは今日という一日に当惑していた。
「なんなんだ。本当にこれは、なんなんだ……」
ハヌマン撃破後、結婚式は有耶無耶になり、サンドラは気を失った。
そのサンドラを抱えて彼女の実家まで運んだ際、ハジメはサンドラのどんくささの秘密を家族から聞くこととなる。
「サンドラはモノアイマンの一族の中でも突出してビームの威力が高くて……嬉しいことや楽しいことがあると所構わずビームを発射する困った子でした。誕生日の日にうれしさから村を半壊させたこともあるくらいで……」
「調子に乗りやすい性格だったんです。いまいち空気も読めませんでした」
(そこは余り変わってない気がするが)
こんなコントロール不能な力は使わせない方が良いと思ったカドラ家の家族はあの手この手で幼いサンドラに力に苦手意識を持たせる教育を試みた。彼女の欠点をすぐに指摘して盛り下げたり、調子に乗りそうなら即座に突き放したりだ。
家族ぐるみの虐待と捉えるか、いつか娘のビームに焼き殺されるのを避ける為の必死の戦略と考えるかは各々の判断に依るだろうが――尤も、モノアイマン自身はビームに強い耐性があるので死なないそうだが――教育は成功し、サンドラはビームを暴発させなくなった。
しかし、代わりに出来たのが空気が読めず誰にも愛されずやる気だけが空回る卑屈なポンコツである。
この教育のせいでポンコツになったことに責任を感じたのは、苦手意識教育を主だって担当していた祖父母らしい。
「両親も感じろよ、責任。あと姉弟も」
すっと目を逸らされた。
祖父母はそんなサンドラが好きな男を連れてきた際、罪滅ぼしも兼ねて何としてでもこの二人を結びつけようとしたようだ。
「そういう強引なところが良くないのでは?」
すっと目を逸らされた。
どうにもサンドラが愛されないキャラになってしまったのはカドラ家に受け継がれる失礼の血統のせいもあるのではないかと疑い始めたハジメである。
そんな彼の考えをよそにサンドラ母は手で顔を覆って俯く。
「もうおしまいです……旦那に対して嬉し殺人ビームを撃つ花嫁なんて誰も受け入れてくれる筈ないし……この子は一生独身の運命にあるのね……」
そんな母親とは対照的に、なにか幸せな夢を見ているのか眠りながら涎を垂らしてうぇへへ、と笑っているサンドラ。なんともコメントに困る家族である。
(サンドラの異常な自己評価の低さと自分で自分を追い詰める精神性は、全て家庭の教育のせいか……道理で根深くダメ意識が浸透している訳だ)
納得したハジメは、とりあえずサンドラを背負う。
「このまま家にいると、目覚めた際に自分の失敗にサンドラが気付いてまた落ち込み倒す気がするからこのまま帰らせて貰う」
「「「「「「えっ」」」」」」
「……?」
サンドラ姉がおずおずと声をかけてくる。
「お、起きた瞬間にビーム食らうかもしれない娘を、背負って連れ帰るの……?」
「前兆を捉えれば問題ない。それに光属性軽減の装備と俺のステータスなら直撃しても死にはしない」
「またいつか暴走して貴方の大切な家とかぶち壊すかもしれないんだよ!?」
「対策には心当たりがある。ビームが問題だと分かってしまえばな」
またトリプルブイを札束ではたく作業が出来そうだ。
しかし、何をそんなに混乱しているのかサンドラ姉は尚も食い下がる。
「昔でさえとんでもなかったのに、あの魔物を消し飛ばしたような火力にパワーアップしたバケモノなのよ!?」
「俺の魔法でも似たような芸当は出来るものだ」
絶句するサンドラ姉。
両親は何故か泣いている。
どう反応して良いか分からずにいると、祖父母が前に出てきた。
「ハジメくん。モノアイマンの集落では婚姻届の文化がなく、また重婚可なのだ。接吻は有耶無耶になったが、ハジメくんとサンドラが夫婦であると宣言すれば、夫婦だ。孫を末永く幸せに導いてあげてくれ」
「その子の花嫁衣装は、そのままあげるとサンドラに伝えてあげてくださいね?」
「……分かった」
ハジメは、自分が若干嘘をついていることに少々躊躇いを覚えた。だが、精神的な気疲れから問題を後回しにしようと思い、一先ず頷いてその場を後にした。接吻が有耶無耶になったのであのハヌマンという魔物には助けられたが、あの最期は若干哀れだ。
そして、里からの帰り道。
夕日に照らされる大地を歩くハジメの体から伝わる揺れに、サンドラは目を覚ます。
「んゆ……ん……?」
「起きたか、サンドラ?」
「ふぁい……あれ……結婚式、どうなっちゃいました?」
「終わった。お前は接吻前に緊張で気を失ったのでちょっと有耶無耶になったが、お前の家族も祝福してくれていたぞ。姉はちょっと怪しかったが」
「ああ……お姉ちゃん、お見合い相手を選り好みするからなかなか結婚決まらないんですよ……」
「そうだったのか」
彼女は魔物襲撃のことまで覚えていないようなので、敢えて言わないハジメ。
なんせあのときハジメの反応が遅れていたら、彼女のビームはハジメの顔面に直撃していたところだった。そんなことをわざわざ知らせたら彼女は自分を責めてまた自殺すると言い出すだけだ。そしてハジメが励ますことになる。
ハジメがサンドラを背中から下ろすと、サンドラは少しふらつきなからもしっかりとした足取りで歩き出す。手を差し出してあげると、彼女は素直に握り返した。そのまま二人で歩く。
「途中からちょっと記憶が曖昧なんですけど、結局最後まで迷惑かけ通しでごめんなさいぃ……」
「別にいい。あのそそっかしい家族にも大なり小なり問題はあったようだしな」
「そう、なんだ。そう言ってくれると嬉しいです」
うんうん頷くサンドラの様子を見るに、家族が酷いの辺りへの共感が得られて嬉しいらしい。
「あの村には募金をたんまり送っておく。それで一応暫くは偽の恋人だったとは疑われないだろう。あとで都合が悪くなったら離婚したとでも言えばいい」
「何から何までありがとうございますぅ……わたし、お礼も出来ないのに……」
しゅんと落ち込むサンドラの頭を、いつものように撫でる。
「もう貰ったってことにしておく」
「え?」
「接吻のとき、お前、相手が俺でもいいって受け入れてたんじゃないか?」
「そそそそそそれはあるようなないような、あるような!?」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるサンドラに、安堵する。
これで勘違い発言だったら極めて恥ずかしい男になる所だった。
「俺のような奴を夫として受け入れてくれる物好きも世の中にはいると思えた。それが報酬ということにしておく」
「……それは、ハジメさんがそのぅ、人に愛されないとかなんとかいうあれですか?」
「そうだな」
「……」
「……」
サンドラは暫く地面を向いて俯いたが、やがて意を決したように顔を上げると、ハジメの正面に立ち塞がる。サンドラはそのままハジメに顔を近づけ――ひどく不器用に、押しつけるような接吻をした。
「……!?」
「んん!? なんか凄いやり方失敗した気がする! うわーん、なんでこんな時までダメダメモノアイマンなのぉ……!!」
「いや、そんなことより、なんで急に……」
「それは! それは……わたしみたいな物好きの好意に価値を感じてくれる人がいると思えた、その感謝の気持ち……???」
「俺に聞くな……」
「というかそうだ、あれです!! ハジメさんがそんなに自己評価低いと、受け入れた私の評価まで下がるみたいな!!」
「そんな話もしたな、そういえば。なんと言えばいいか……ありがとう、でいいのか?」
ハジメとしては珍しく躊躇いの感情を隠せない言葉だったが、サンドラはそれで納得したのか満足そうに胸を張る。
(い、いいよねこれくらい……偽装でも何でも結婚はしたし、もうフェオさんは先にキスしてるし、たまには……たまにはわたしの幸せを望んでも、いいよね?)
彼女は、卑屈になって「死ぬ」とは言わなかった。それが彼女が自分に自信を持つことに繋がるなら、と、ハジメはサンドラの頭をまた優しく撫でた。
そして後日。
仕事に出た筈のサンドラが涙を浮かべて猛ダッシュで迫ってきた。
「ハジメさぁぁぁぁぁんッ!! みっ、みみっ、身に覚えのないお金が口座に振り込まれてるんですけどぉぉぉぉぉ!? しかもいきなりミディアムクラス昇格試験の資格を与えるとかいう書類まで来てるしぃぃぃぃぃ!?」
(あぁ、ハヌマンに懸賞金がかかっていたからサンドラが撃退したとギルドに報告したことを伝え忘れていた……)
「怖いよぉぉぉぉぉ!! 何かしらの犯罪に巻き込まれて目玉抉られる前兆だよぉぉぉぉぉぉ!!」
「想像内容がグロテスクすぎる」
サンドラはちょっぴり卑屈さから解放されたが、やっぱり面倒臭い女だった。
サイクロップスなカノジョ。
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