19-2
サンドラの嘘を繕うために彼女の故郷へ向かうことになったハジメ。彼の案内人はもちろんサンドラだ。
モノアイマンの里は意外と遠く、シャイナ王国南西部のまさに僻地に存在した。余りにも端すぎてハジメでさえ一度も行ったことがないが、逆を言えばそれだけ目立ったものがなく平和な場所とも言える。
似たような光景が延々と続く中、ハジメはサンドラに問う。
「お前の家族はどんな家族だ?」
「家族の愛というものを感じない鬼畜家族です」
「そうか」
リアルになんと返せば良いか分からないが、サンドラは家族に一泡吹かせてやろうと意気込んでいる。
「今日こそ……今日こそいつも私を全否定する皆をあっと言わせてやるんです……!」
今までちらちら話には聞いていたので何となく想像はつくが、本気で不仲な訳ではないのかもしれない。嘘をついたことを誤魔化すために人を呼んだくせに、何故か彼女はやる気である。
「ところでサンドラ」
「は、はい? なんですか? この辺は地元なので川に住んでる魚から山で取れるキノコまで何でも知ってますので、是非! 是非聞いてください!!」
今この瞬間だけは知識でハジメの役に立つポジションとして優越感を覚えられそうなのが私嬉しいですと顔に書いているサンドラに、ハジメは自分たちの向かう先を指さす。
「あの集落を襲撃している猿の魔物はこの辺ではよく出るのか?」
「え? 猿の魔物なんてこの辺では見たことな……襲撃!?」
「ああ。見たところ苦戦しているようだ」
ハジメの指さした先には、バラナンと呼ばれる猿の魔物が群れをなして集落の防壁をよじ登ろうとしては魔法や投石などで叩き落とされていた。出入り口は封鎖されているが、ハジメがスキルで確認したところ、高台から弓を射ているのがモノアイマンなので、多分あれが目的地のモノアイマンの集落なのだろう。
バラナンはもっと標高の高い山に住んでることが多いが、餌がなくなると群れをなして平野に降りてくることもあるらしい。つまりこれは村にとって不測の事態。ハジメはリーチを考えて懐から一本の剣を抜く。
その名も蛇腹剣。
一部ではガリアンソードとも呼ばれるそれは、剣の芯にあたる部分が紐状のパーツで出来ており、その芯が細かな刃を連結させて一つの剣のような形を取る。そのまま剣としても使えるし、紐を緩めて細かい刃が無数についた鞭のようにも使える。
この緩めるという部分が謎に包まれておりハジメ的にはまったく原理が分からないのだが、この蛇腹剣の長所はそのリーチの長さと攻撃範囲の広さにある。
「ウキャッ!?」
「キキキッ!!」
こちらに気付いて四足歩行で突っ込んでくるバラナンたちへ向け、ハジメは蛇腹剣の神髄を早速見せつける。
「スピンスナップ」
「ギャアアッ!?」
瞬間、ハジメを中心に渦巻いた蛇腹剣の刃が凄まじい速度で正面を半円状に薙ぎ、複数のバラナンがズタズタに引き裂かれて絶命した。蛇腹剣の軌跡を血飛沫が彩る。
いきなり目の前の味方が惨殺されて足が止まったバラナンたちにハジメは更に畳みかける。
「ランページテール」
「グガギャギャアッ!?」
獣が藻掻き狂うように暴れる蛇腹剣の刃がバラナンを襲う。
鞭であれば広範囲の相手を不規則な打撃で叩き伏せる技だが、蛇腹剣の場合はその打撃に斬撃が加わる。触れなばたちまち全身を引き裂かれる刃の嵐に刻まれ、バラナンは絶叫しながら果てた。
仲間を見捨てて逃げようとするバラナンもいたが、ハジメがそれを見逃す道理はない。すぐさま蛇腹剣を一直線に伸ばして手でスナップを利かせると、刃の先端がバラナンの首を絡め取った。キャプチャーと呼ばれる拘束スキルだ。
ただし、それを蛇腹剣で行えばどうなるか。
「人の襲撃を逃れたバラナンはより狡猾に、凶暴になる。見逃してはやれない」
ハジメが手を引いた瞬間に、バラナンの首は紅の薔薇が咲くような血飛沫を上げて落ちた。
蛇腹剣は、剣でありながら鞭スキルを使える。
威力に劣る鞭という武器の最大の欠点が、消えるのだ。
代わりに極めて高度な鍛冶屋にしか作れないので市場に数が出回らず、金額も高価、かつ使い手を非常に選ぶ。故に蛇腹剣を好んで使う者は殆どいない。
……もう一つ付け加えるなら、全ての鞭スキルが敵をズタズタに切り裂く凶悪技に変貌するために、使ってるだけでサディスト扱いされるのも使い手が少ない理由の一つだ。ハジメも便利と思いつつ趣味ではないので普段あまり使わない。
小物は全滅。
しかし、バラナンを支配していたボス個体だけは少し離れた場所からじっとこちらを見ていた。知能の高い魔物であるバラナンは、ボスともなると更に知恵が回る。敢えて部下に先にけしかけさせて、こちらの手の内を探っていたのだ。
そして、時は満ちたとばかりにボスバラナンが咆哮を上げる。
「ウォォォォォホォォォォーーーーッ!!!」
凄まじい重低音がビリビリと大気を揺るがす。
バラナンの中では相当に強いとハジメは察した。
全身のあちこちに見られる傷跡も、あれが歴戦の猛者であることを告げている。
ボスバラナンは他のバラナンと違い、体のあちこちに装備品を身につけ、腕には大剣を持っている。人間の鎧がボスバラナンと合うとは思えないため、魔王軍が提供したとみて良いだろう。
ボスバラナンは背の大剣を引き抜く。剣は鈍色の輝きを放つが、その刀身には錆とも血とも判別できない赤黒い痕が見て取れる。
集落の上からモノアイマンの戦士らしい人が叫ぶ。
「おいあんた!! 助力は有り難いがそいつはヤベェ!! この辺で冒険者や村の人間を襲ってるって噂の奴だ!! 命が惜しければ逃げ――」
「逃げるべきだったな、お山の大将」
モノアイマンが言い終わるより速く、ハジメは蛇腹剣を連結させて一つの剣とし、一息でボスバラナンの懐に踏み込んだ。大地を踏みしめる力をバネにして、ハジメは眼前で大剣を振り下ろして敵を叩き切らんとするボスバラナンより速く、突き上げるようにスキルをお見舞いする。
「スラッシュライザー」
「ガッ――!?」
下から上へ、昇るような白刃が煌めく。
直後、ボスバラナンの大剣につぅ、と黒い筋が入り、その筋に従って剣が両断される。更にボスバラナンの装備も、毛も、最後には頭蓋さえも。ハジメの一閃は、ボスバラナンの肉体を装備ごと縦一閃に両断していた。
今までどれほどの人間を屠ってきたとて、力に溺れる者はより大きな力に屈し、敗北する。
(盛者必衰……俺にもいずれ、な)
血払いをして納刀したハジメは、何匹かバラナンを殴り殺したサンドラに目配せする。サンドラは慌ててハジメの下に駆け寄り、そしてバラナンの血で足を滑らせて宙を舞った。
「ひょえええええ!?」
「おっと……」
そのままだとバラナンの死体に頭から突っ込みそうだったので受け止めてあげると、サンドラは自分のどんくささに絶望した顔で「ありえないくらいダサイ私……」と呟いた。
しかし、村を目前に気を取り直したサンドラは村の人に手を振る。
「サンドラで~す! 魔物は片付けたんで門を開けてくださ~い!」
「お、おう。カドラさん家のサンドラちゃんか……隣の滅茶苦茶強い冒険者さんはいい人かい?」
それは揶揄うような口調だったが、サンドラはなんの躊躇いもなく嘘をついた。
「恋人です!!」
「……マジでッ!?」
(良心の呵責はないのかサンドラよ……)
彼女は妙なところで調子に乗りやすい。
後でしっぺ返しが来る系の乗り方なのが、なんとも絶妙だ。
里の中に入ったハジメを待っていたのは、異国情緒めいたものを感じるモノアイマンの集落だった。雰囲気としてはインカやアステカっぽい気もするが、インカにもアステカにも詳しくないハジメには何とも言えない。
バラナンの迎撃をしてた戦士たちからは「こんな強い人を見つけてきたとは!」とはしゃがれたが、どうやら彼らも切り札の一つ二つはあったらしく、感謝しきりというより好奇心の側面が強いようだった。
(モノアイマンの切り札といえばあれだからな。サンドラが使っているとことは見たことがないが……)
「いやー、しかしあのバラナンを一撃で両断とは恐れ入るぜ。サンドラちゃんもとんでもないのを捕まえたもんだ」
「顔馴染みなのか?」
「お、嫉妬かい? ……冗談だって、そんなに睨まないでくれ。そんなに大きくない集落だから、ここで生まれた奴はみんな親戚みたいなもんさ」
随分とフランクなモノアイマンだ。
魔物を始末したことで一定の信頼を置いてくれてるらしい。
ただ、ハジメは何故か彼の態度に何か隠し事があるように感じた。
(顔馴染みかと聞かれた時、一瞬変な顔をしたな。悪い意味で有名人……という可能性は、否めないが)
少し離れたところでハジメのことを「最上位冒険者」「凄く正直な人」「月収億超え」と凄まじい勢いで自慢しているサンドラを見やる。明らかに周囲が勢いに引いているのにおかまいなしだ。ハジメを恋人だと偽っている今なら無限に自慢して優越感に浸れると思っていそうだ。
「ちなみにマジで億超えなのか?」
「まぁ、彼女を一生養っても余裕がある程度の貯蓄はあると言っておこう」
「あの剣の腕前見ると一概に嘘とは思えねぇな。あの子も遂に結婚か……」
しみじみ呟くモノアイマンの戦士。
遂に、とは、あの未熟だったサンドラが、というニュアンスが籠っている気がした。
モノアイマン以外の人間がここへ来ること自体が珍しいのか、集落に本格的に入るとモノアイマンの子供たちが「二つ目だ! 初めて見た!」とはしゃいだり、「余所者が何の用事で……」と訝しげにしたりしていた。
そして、サンドラのダメさは集落中で有名なのか、ひそひそ話に混じって過去のやらかしや虐め被害が色々聞こえていた。家に辿り着く前に既にサンドラは涙目である。
「だから普段は戻りたくないんですよ、里なんて……」
ホームなのにアウェイとはこれ如何に。
あと虐めに関してはやった側が悪いと思う。
ここで泣いてしゃがみ込まれても困るのでいつものように撫でて落ち着きを取り戻させたら周囲が一斉にざわついたが、ともあれ彼女の家にはちゃんと辿り着けた。
家にいた面々はサンドラが連れてきたハジメの存在に驚愕した。
父、母、姉、弟、祖父母の単眼が一斉にハジメに降り注ぐ。
「本当にお姉ちゃんがイマジナリーじゃない男を……」
「娘が男を……しかも別種族……騙されているのでは?」
「なんてニッチで物好きな男を見つけてきたの……」
「その上お金持ち……毎日肉食べ放題……?」
「何してもどんくさくてどう扱えばいいか考えるのが億劫だったあの孫が……」
「信じられん……まさかこれは夢ではあるまいか」
サンドラはフルネームをサンドラ・カドラといい、彼女の実家であるカドラ家はモノアイマンの平均的な三世代家庭であった。
そして全員もれなく失礼の血統だった。
「わ、私だって素敵な人の一人くらい見つけられるんだもん!!」
心なしか急に強気になったサンドラは胸を張って威張る。非常に小物臭いが、子猫の威嚇めいた微笑ましさがあるかもしれない。しかし家族は未だに半信半疑といった感じでハジメをイロモノのように見やる。
サンドラ姉が未だに信じられないといった顔でハジメをいろんな角度からじろじろ見る。
「素敵な人って言ったってねぇ。サンドラみたいなどうしようもなく愚鈍で人をイライラさせる天才みたいな子を隣に置いておくだけで既に正気を疑うのに、その上強くてお金持ちでサンドラが泣いたらいつでも時間を割いて励ましてくれて大地主で冒険者ランク最高位とまで言われたら、もう完璧に嘘だと思うじゃん」
(サンドラお前、恋人像を作る段階で俺を参考にしてないか?)
架空の人物の筈なのに、妙にハジメに符合する特徴な気がする。
サンドラに視線をやると目を逸らされた。他に親しい男性が一切おらずにそれしか思いつかなかったのだとしたら、ちょっと可哀想である。
村の中で言えばオロチやトリプルブイはサンドラに分け隔てなく接していたが、好みじゃないとのことでサンドラ側から拒否していた。
(前言撤回。自業自得な気がしてきた)
話を戻し、未だに娘の告げる事実(嘘だが)を信じられないカドラ家からハジメは質問を受ける。
ここでの受け答えなのだが、アマリリスとウル曰く、今までサンドラにしてあげていることを、まるで頻繁にしているかのように盛って言っておけば大丈夫とのことなのでそれに沿って質問を捌いていく。
まずサンドラ父。
「娘とはどこで出会って、何故仲良くなったので?」
「冒険者の仕事をしているときに、南の島で。彼女は自分のやる気がいつも空回ることに悩んでいました。自分もあまり人付き合いが得意ではないので、星空の下、自分なりのアドバイスをして、その辺りからの付き合いですね」
(思いのほか恋に落ちそうなシチュエーション……だと……)
次、サンドラ母。
「娘とは普段どういったお付き合いをしているのですか?」
「冒険者としてのランクが違いすぎるので共に仕事をすることはあまりありません。住居や装備をプレゼントしたり、稽古をつけてあげたり、あとは……よく落ち込んで泣いている彼女を家で励ましてあげることはあります」
(え、家選び……家で励ます……既に同棲中……ってコト!?)
次、サンドラ姉。
「こんな失敗だらけのどんくさい子をどうして好きになれるんですか!?」
「ヒドい!? 私だって好きでこんなんじゃないもん!! 失敗なんてしたくないもん!!」
「落ち着け、サンドラ。前も言ったろ? 成功する、失敗するだなんてことをいちいち深く考えなくていい。ほら、撫でてやるから」
「そう言ってなんでも受け入れてくれるの、ハジメさんしかいないじゃないですかぁ……ずるい……」
(めっちゃナチュラルに頭なでなでしてイチャつきはじめた!? 愚妹の分際で!!)
次、サンドラ弟。
「おっちゃんいい年して何でサンドラ姉ちゃんみたいなちんちくりんを恋人にしてんの? もっとおっぱいでかい女の人の方がよくない?」
「俺が物好きなんじゃない。俺を好きになるサンドラが物好きなんだ。放っておけないしな。それに、俺は人の容姿はあまり気にしない」
(マジかい……守備範囲広すぎおじさんだ……! 「どんなダメ人間でも自分を愛してくれるならそれだけでいい」とか言うタイプだ!!)
ハジメとしては割といつも通りにやっているつもりだが、猜疑心に歪んでいたカドラ家の家族たちの表情は次々に驚愕で塗り替えられる。何故かすごく上手く騙せているようだ。嘗てシオには否定されたが、やはり自分には類い希なる演技の才能が眠っているのではないかと再考するハジメである。
『ないですから。いい加減諦めましょう、転生者ハジメよ』
神のツッコミが聞こえた気がするが気のせいだろう。
サンドラはハジメの腕にしなだれかかったり、いつもの落ち込み時の甘えよりも強めにハジメに甘えている。そこには家族を本気で騙せていることへの優越感と、ある種の箍が外れた感覚があるようだった。乙女心とやらが満たされたためか、不思議と普段より愛嬌があるように見える。
「ちなみにハジメさんは大地主で総資産1200兆Gある大富豪なんだから!」
「いやいやそれは流石に嘘でしょ~」
「それは総資産じゃなく貯蓄だぞ、サンドラ。ちなみにこれが俺の貯金通帳の残高です」
「どれどれ? 一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億、ひゃくおく……」
カドラ家の家族は途中から何も言わなくなり、代わりに祖父母が唐突に家を出て村中に響き渡る声で叫ぶ。
「「結婚式の準備じゃぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!」」
「「えっ」」
そして、モノアイマンの村人はその日のうちに呆然とする二人を結婚式に巻き込んだ。




