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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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19-1 転生おじさん、残念系単眼娘の恋人にされる

「何故こんなことに……」


 ハジメは目の前の状況に困惑していた。


 喜色一面で拍手を送るモノアイマンの集団。

 何かを祝福するように鳴り響く民族音楽。

 目の前には、如何にも特別な催しでしか身につけそうにない雅な服とアクセサリで飾り立てたモノアイマンの少女――サンドラ。


 普段はどうしようもないドジっ娘といった雰囲気の彼女は、今は化粧をして髪を整え、花嫁衣装も相まって別人のように美しく着飾っている。この世の全てに対して謝りそうな卑屈な目はまだ普段の面影があるが、そんな卑屈な彼女が人前で美しく着飾ってブーケを握っている光景は、目の前のこれが非日常的であることを際立たせる。


「は、ハジメさんフェオちゃんベニザクラさんその他大勢の関係者のみなさんごめんなさいぃぃぃ……わ、私だって、こんなことになるだなんて思わなかったんですよぅ……」

「俺だってこんな展開聞いてない」


 ここはサンドラの出身地、モノアイマンの隠れ里。

 目の前で行われているのはモノアイマン式の結婚式。

 花嫁はサンドラ、花婿は――ハジメである。


「では、新郎新婦よ。これからの夫婦としての門出を踏み出す為に、誓いの接吻を」


 見届け人に促されて二人は向かい合う。

 サンドラはもう覚悟を決めているのか、大きな一つ目を閉じて身長差のあるハジメの顔目掛けて精いっぱい背伸びをする。心なしかこのどさくさでファーストキスを決めてしまおうという魂胆が見える気がするのはきっと気のせいということにしておこう。


 何故いきなりサンドラとハジメが結婚することになったのか。


 それは先日、サンドラが泣きながらハジメ宅に押しかけてきたことに端を発する。




 ◇ ◆




 その日、ハジメは自称弟子のシオに「たまには師匠らしいことをしろ」と一方的に要求されて仕方なく実践魔法を教えていた。


 嘗て所持禁止の違法アイテムで悪行を働いていた犯罪冒険者レイザンに騙されていたシオは、勝手にハジメの弟子を名乗る上に自分の都合でいきなり押しかけてくるので客観的に見るとなかなか迷惑な存在である。

 しかし、ハジメとしては死ぬ前に自分の得た知恵を誰かに授けるのは吝かではなく、彼女には真面目に魔法知識を教え込んでいる。


「つまり地形の属性とフィールド魔法の属性が相反である場合でも、魔物との相性を考えれば相反のフィールド魔法の方が実質的に有効である場面は珍しくない。等倍、相乗、相反の三つの状況における減退率と発動時間の差を体で覚えておくと、より適切な判断を下せるだろう」

「フィールド魔法って光属性のマス・ライトくらいしか覚えてないけど、そういえばあれも倍率働いてるの?」

「気休め程度な。暗闇で発動した場合はプラスマイナスゼロだ。バフ効果の高い光属性のフィールド魔法は神職系に集中している。習得するならプリーストでそれなりに修行するか、ハイプリーストを目指すかのどちらかだ。その場合は自分の目指す魔法使いのスタイルをよく考えてから綿密に計画を建てなければならない」

「兼ね合わせが悪いと時間を無駄にするからってことか。師匠もそういうのやったの?」

「俺の場合は一人で戦う事に重点を置いていたから、光魔法はそれほど多く必要としなかった。一応プリーストで覚えられる範囲は全て覚えたが、途中で切り上げて他の魔法使い関連のジョブを鍛えることで派生的にそれ以上の聖系魔法を覚えることはある」

「ジョブのビルドを本格的にやってなくても、ある程度のところで切り上げることで派生的に習得……すごい、そんなの学校じゃ教わらなかった内容だわ! この派生系統の法則性や条件を割り出せれば魔法研究に新たな光が……!」

「俺が個人的に調べた範囲でよければ、魔法習得条件がこのノートに書いてある」

「師匠大好きですっ!!」

(眩しい笑顔で現金な娘だ)


 初対面の頃は人から金品を巻き上げようとしていた癖に、今やすっかり弟子面で抱きついてくるシオ。尤もあれは悪い男に捕まっていたので彼女が悪かったかは微妙なところだが……ともあれ彼女は一通り講義に満足したのかハジメの派生研究ノートを抱えてダッシュで帰って行く。

 彼女の魔法研究好きは本物だ。

 案外、大物になるかも知れない。


 と、ダッシュで帰って行く彼女とすれ違ってこれまたダッシュで迫ってくる影が一つ。最初はクオンかと思ったが、すぐに違うと悟った。


「あれは……サンドラ? また何かあったのか」


 村一番の鈍臭さを誇るモノアイマンのサンドラは、最近何かあると即座にハジメに泣きついてくる。しかも大体の内容がしょうもなく、自業自得の失敗談やちょっと考えれば解決する問題ばかりだ。彼女の評価は村内でも芳しくなく、「見ている分には面白いけど関わるには鬱陶しい」が半数を占める。


 元娼婦組、彼女に半ば無理矢理稽古をつけるベニザクラ、そもそも苛立ちの感情を見せないカルパなんかとはそれなりに上手くやっているようだが、その人々が見当たらなかったり心がくじけそうな時はハジメが頭を撫でて励ましてあげるのが慣例になっている。


 ちなみにこの間はやっと好意でパーティに入れて貰えたのに食糧管理担当を任されておいて食料を全部宿に忘れ、しかもそれが夜のキャンプになってから発覚した挙げ句「わたし一日くらいなら食べないで大丈夫です」と絶妙に空気を読めない発言をしてしまったせいで「冒険ナメてんじゃないよ!!」とガチで怒られ、ショックのあまり泣きながら帰ったら今度はクエスト不履行で罰金を食らい、ハジメが仕事を終えて帰ってくるまでハジメの家の入り口横で体操座りしていた。

 添い寝で一晩、夜泣きする子供をあやす気分で徹夜したハジメママである。


 あまりにも情けない生物過ぎて、フェオやクオンも彼女が自殺すると喚いて泣くのをあやすハジメに口は出さない。それくらい情けない生き物こそが、サンドラである。

 サンドラは涙目でハジメに駆け寄り、服を掴む。


「ハジメさぁん、助けてくださいぃぃぃ!」

「今度は何を助ければ良いんだ?」

「こ、恋人に……一日だけでいいので恋人になってくださいなんてそんな厚かましすぎるお願いを私みたいなどんくさくて役立たずで面倒臭い女に言われても困りますよねそうですよね森の木に垂れた良い感じの蔓で首縛ってきます!!」


 ハジメはサンドラの頭に聖水をかけて正気に戻した。

 一時的に精神が沈静化したサンドラは、潤む瞳で懇願する。


「……一日でいいので恋人になってください!」

「何を言っている?」


 遠くから「イベントキタコレ!」「計画前進シャオラァ!!」と二人分の乙女らしからぬ乙女の雄叫びが聞こえた気がした。


 曰く――久しぶりに実家に帰ると、いつものように家族に散々馬鹿にされた。


 曰く――その拍子に一生嫁の貰い手がないと言われた。


 曰く――その言葉にムキになったサンドラは恋人がいると嘘をついた。


 曰く――見栄を張って結婚寸前だとまで言うと、じゃあ連れてこいと言われた。


「そして今に至ると」

「はいぃ……」

「嘘をついてごめんなさいと素直に謝ってきなさい」

「ですよねぇぇぇ~~~!!」


 サンドラは大泣きしたが、ハジメはいつも正論の味方である。

 真面目に将来に関わる話で嘘をつくのはよくないし、意地を張って嘘をついていては、いつか嘘をやめられなくなることもある。悪い癖が付く前に正直に本当のことを言うべきだ。


「でも、でもぉっ! 一度くらい、一度くらい家族に認められたいんですぅっ!! 嘘でもいいから一回ぐらい皆をあっと驚かせたいんですぅっ!! ハジメさんに分かりますか、家族にさえどうしようもない駄目人間だと蔑まれた視線を受ける私の気持ちが!!」

「蔑まれた俺がそれだけ価値のない人間なのだと思った程度だが」

「何でいつも私よりも斜め下に貫通する不幸っぷりなんですかぁ!! 私の価値まで相対的に下がるからヤメテぇっ!?」

「一理ある……か?」


 あまりハジメが自分の価値を下げすぎるとハジメに頼る人たちまで評価を下げることになるというのは、確かに一概には否定出来ない。

 更にここで思わぬ場所からサンドラへの援護が入る。


「話は聞かせて貰った!」


 突如として家の窓を開けて身を乗り出すのは、最近アグレッシブさに拍車のかかってきた転生貴族令嬢アマリリスである。後ろには控えめに存在感を主張するウルもいるようだ。


「ハジメさん!! サンドラちゃんにも退けない時があるんです!! それは乙女の尊厳を賭けるとき……すなわち乙女心ッ!!」

「乙女心」


 この世で最もハジメの理解が及ばない言葉に、オウム返しするほかない。

 しかもアマリリスはここぞとばかりに熱弁する。


「そう、仮に嘘でも人に勇気を与える嘘もあります!! それが今のサンドラちゃんには必要なんです!! 乙女心的にッ!!」

「そうですよハジメさん!! 乙女心を傷つけるつもりですか!!」


 普段人の顔色を窺いまくってるウルまで強気なことにさらなる圧を感じる。

 乙女心を凄く便利な言葉として使っている気もするが、乙女心など分かった試しのないハジメは強く否定は出来ない。それにアマリリスもウルも嘘をついた、ないしついている乙女なので二人の意見も無視出来ない。

 更に二人の援護で息を吹き返したサンドラも追従する。


「あのっ! モノアイマンの里はとっても辺鄙なド田舎なので、そのド田舎の一家庭に嘘をつくくらいなら、その、周囲にバレない範囲で収まるんじゃないかなぁなんて思ったりしなくもないような気がするって誰かが言っていると思います多分……」

「責任の所在をあやふやにするな」


 サンドラが言うあたりが凄く不安だが、ウルも窓の隙間からグイグイ主張を押してくる。


「この成功体験はサンドラちゃんの自己肯定感をきっと高めてくれますよ! 彼女の成長のためにもこれは大事な好感度イベ……もといチャンスです!」

「そういうものか……」


 ハジメ、乙女心が読めないが故に乙女心を説くアマリリスとウルにごり押しで押し切られる。

 彼女たちにはフェオとの付き合い関連でアドバイスも貰う為、比較的信頼しているのもあった。無論、これは二人によるハジメの周囲の女性の好感度アゲアゲ計画の一環なのだが、彼は未だにそれに気付く素振りはなかった。


『汝、転生者ハジメよ……ダマされてるぞー……良くない傾向だぞー……だぞー……』


 神の言葉は、頭のネジが足りないせいで一部機能不全なハジメの耳には届かなかった。

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