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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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18-8 fin

 ハジメたちは、無事に村に帰り着いた。

 出品されていた奴隷については、今のドメルニ帝国法では人権がしっかり保証されないことから暫く奴隷制度のないシャイナ王国が預かることになった。そのうちの何人かをフェオの村で預かることになり、また住民が増えた。


 しかし、ハジメは仕事を終えて以降、虚無感に苛まれていた。


「…………………………」

「ハジメさーん? 朝ご飯も食べずになにやってるんですかー?」

「ママ、どうしたの? ぽんぽん(おなか)痛いの?」

「…………………………」


 ハジメは、自宅で死んだようにぐったりテーブルにもたれかかってぴくりとも動かない。フェオとクオンはそんなハジメの落ち込みように困惑したが、やがてフェオはこの落ち込みように既視感を覚え、原因に当たりを付けた。


「もしかしてハジメさん……オークションが摘発されたことで支払いが無効にされて、1Gも払うことなく商品を手に入れてしまったんですか? あの武器とか美術品とかを全部、仕事の報酬として?」

「……言わないでくれ」


 ハジメは拗ねたように一言漏らし、そして珍しく怨嗟の籠った声を漏らす。


「あの性悪姫も怪盗もみんな嫌いだ……絶対知ってただろ……」

(久々のいじけモード……申し訳ないとは思うけど、やっぱりカワイイなぁ)

「ママ、げんきだして? お金があるのはいいことだよ?」


 娘が気遣いで肩を叩くが、ある意味クオンの一言が最も己の愚かしさに刺さるハジメであった。


 結局、彼が荷ほどきを実行するのは翌日であった。


「ゴッズスレイヴをいい加減解放する」


 オークションで購入したうち捨てられし神の奴隷、ゴッズスレイヴ。

 そのカプセル開放式に、興味を持った人間たちが集まっている。


 この場にいるのはハジメ、フェオ、クオンのナナジマ一家(と最近呼ばれ始めた)。

 エルフの里からやってきたフレイ、フレイヤ、グリン。

 ゴッズスレイヴに興味を持ったトリプルブイと、死ぬほど興味なさげなカルパ。

 あともう一人おり、他の面子は仕事や用事でいない。


「こちらにいる女性には見覚えのある者もいるだろうが……書類上の俺の後見人で考古学者でもあるメーガスだ」

「ゴッズスレイヴが見つかったと聞いて来ちゃいました! 専門家としてアドバイスが出来るかも知れないし!」


 縦セーターと眼鏡のよく似合うふわっとした印象の美女、メーガス。その正体は神のアヴァター、つまり中身はハジメを転生させた張本人だ。

 そもそもゴッズスレイヴを保護して欲しいと言い出したのもこの人である。


 常人のフリをして村にちょこちょこ顔を見せていたため顔を知る者もいるが、彼女が現役の神であることはハジメ、クオン、あとはリヴァイアサンの分霊くらいしか知らない。

 彼女がハジメに正体を明かしているのは転生者としての特例であり、他の転生者たちはまだ気付いていない。ライカゲ辺りは何かあると勘が囁いているかも知れないが。


(転生者と言えば、ショージとブンゴはてっきり来ると思っていたが、草刈り機を作るとか言って素材集めに出かけたきりだな……珍しい)


 発案はショージで、かなり入念な準備をしていたが為にブンゴも珍しく真面目に付き合っているようだ。一体どんな草刈り機を作る気なのか少々気がかりである。

 なお、神獣グリンは初顔合わせだったが、気付いた上で何も反応していないと思われる。


「では、早速だが解放する」


 周囲が固唾を飲んで見守る中、ハジメはゴッズスレイヴの解放パネルを覆っていたカバーを外し、そこに手を当てる。するとパネルを中心にカプセル全体にエーテルとも違う青白い筋が無数に広がり、カプセル内部でカシャカシャと機械の動く音がする。

 やがて側面からボルトのようなものが次々にせり出し、無駄に変形しながらカプセルが解放された。


 そこに居たのは、エメラルド色の髪の美女。

 いや、美女という表現が矮小に思えるほどの美の結晶。

 女性はうっすらと目を開き、カプセルの中から出てくる。


 純白で複雑かつボディラインを強調したタイツのようなものを纏った彼女の足先はヒールになっており、そのヒールがコツリと地面に触れる。髪をゆるりと揺らしながら立ち上がったその女性は――。


「あーやっと謹慎終わりかぁ。いや寝てたからどんだけ時間経ったか知らんけど? あーあ、今日からまたキモ神共の餌係かぁ~やる気出ないなぁぁ~~~」


 小鳥より美しい音色で、世の中を舐め腐った若者みたいな気怠げなしゃべり方をした。


 全員が思った。

 なんか想像してたのと大分違う、と。

 悠久の時を経て解放されたゴッズスレイヴは村民の目の前でどでかい欠伸をかまし、目を擦り、そして周囲を見渡して怪訝な顔をする。


「ん? あれ、神気レーダーがクソザコナメクジみたいな数値叩きだしてんだけど。もしかして神滅んだ? 神獣は近くに複数反応あるけど」


 どうやら彼女は神代からずっと眠っていたせいで世の中の事が分かっていないらしい。メーガスが前に出て彼女に「こちらを」と歴史書を渡すと、彼女は目から光を放ちながらペラペラといい加減に書物をめくり、読み終えたらメーガスに丁寧に返した。


「スキャン完了。え、まじ? クソウケること書いてあったけどこれマジなん? 神共無様すぎて存在していた事実が恥ずかしいレベルなんだけど? へぇ、あんたが後任……へぇ~」

「ち、ちょっと! それは言わない約束ですよ!」

「分かってるってばぁ」


 どうやらあの書物には歴史の真実が全て書かれていたらしく、あの女性はメーガスの正体も含めて情報を得たようだ。彼女は改めて舐めきった態度で、しかしそんな態度さえ美しく見える出で立ちでこちらに向き合う。


「じゃあ自己紹介でもしときますか。ゴッズスレイヴX-00、ペットネーム『カルマ』。クソ神共がバカだからバカって本当のこと言ったら傷つけちゃって謹慎させられてた、ゴッズスレイヴシリーズ唯一の自我搭載型でぇ~っす」

「つまり空気の読めない不良品ですか」

「あ゛?」


 自己紹介終了直後にいきなりカルパが放った挑発に、カルマの額に青筋が立つ。


「んだァ、このクソブスはよぉ……?」

「メイドのカルパです。先ほどはただ事実を申したまでですが……あぁ、失礼。不良品だから不良品だと本当のことを言ったせいで傷つけてしまったようですね。この場合わたくしも謹慎した方がよろしいのでしょうか?」

「製造者の予想を上回る性能を出しちまったから、プライドミジンコのクソ神共のプライドに泥塗っちゃったんだよぉ! そんなもん創った側の自業自得やろがいッ!! 世界一偉い筈の神より優秀でどうもすみませんでしたねぇ~~~!! てか何お前? どここうだよ、あぁ?」


 不良がどこの学校の人間か相手に聞くようなニュアンスなので、どこの工場で生産されたか聞いているらしい。端正な顔に怒りと侮蔑の感情を浮かべたカルマに対し、カルパはふぅ、と面倒臭そうなため息をつく。


「この私が大量生産品に見えるとは、どうやら分析能力も神代からアプデされない骨董品ですか……」

「そういうテメェは廉価品だろうがよぉ! 製造されてから一年も経ってねぇ上になんだその素材? 神代のゴッズスレイヴに使われてた素材が全く入ってねぇじゃねえか。どこの物好き神に作られた珍品だぁ? それともアタシの高度すぎる存在に憧れた物好きが作ったのか? 名前も一文字違いだしよぉ、劣化模造品とか救いようのない下等さじゃね?」

「つくづく愚かですね。先ほど神は既に地上にいないと理解したのかと思っていましたが、思考回路を一度効率化することをおすすめしますよ。第一、貴方のようなポンコツ個体の存在などこの世界の誰も覚えていないのにオリジナルも何もないでしょう、自意識過剰年増ロボ」

「シャバガキが……いや、そうか……」


 猛烈な罵り合いに発展するかと思いきや、カルマは少し考え、質問を変えた。


「お前の主人は誰だ?」

「偉大なる芸術家にして発明家、トリプルブイ様ですが?」

「俺俺! 俺だよーん!!」


 トリプルブイがお調子者全開で叫ぶ。

 既に地面に寝そべって下からカルマを見上げながら。

 別にカルマはスカートは穿いていないが、女性にはまずローアングルから舐め回すように視線を送るのが彼のルーティーンらしい。


「これが神の奴隷! 俺のやり方と全然工法違いそうだけど、うちのカルパと設計思想や技術力は互角だな! しかしその美しい光沢を持つ古代のようで未来のような摩訶不思議なデザインの服はインスピレーションを揺さぶられグブッ!!」


 テンション高くカルマを舐め回すように観察していたトリプルブイの腹部にカルパとカルマの踵が食い込む。カルマは不快感で鳥肌が立ったから、カルパは恐らく少しでも彼がカルマに興味を示していることへの嫉妬である。


「は、反応も同じ……過去と未来、奇跡の邂逅……!!」

「こんなキモいのが……神ですらない存在が、何一つ神代の素材を使わずにこれを……?」

「これではなくカルパですが、記憶回路に致命的なショートでも?」

「額面通りの記録しか出来ないポンコツと違って効率化ってものを知ってんだよ、後輩」

「おやおや、とんだお局様ですね。先ほどの言葉を額面通りにしか受け取れないとはジョークというものを解さないようです。こんなポンコツから得られるインスピレーションなどありませんよね、マスター?」

「えっ」

「いいやぁ、むしろインスピレーションが湯水の如く湧き出るんじゃないか? なにせ本物、オリジン、腐っても神を名乗った連中を以てして優秀すぎて手に負えなかった究極存在だもんなぁ、アタシって!!」

「えっ、えっ。なにこれ困るけど幸せ」


 世界一美しい人形たちに詰め寄られるトリプルブイ。

 二人のバチバチはヒートアップしていき、トリプルブイはその狭間で誘惑されて耳や尻尾を細く白い指で撫でられ「んほぉ!」とか「あふん!」とか気持ち悪い悲鳴を上げている。天国カルパ天国カルマの間に地獄トリプルブイが挟まれているとはこれ如何に。


 仮にもハジメが主人登録されてる筈なのにほったらかしとは、確かにこれは封印される訳である。そんなことを思っていると、ひとしきりトリプルブイを弄って満足したらしいカルマがこっちに来た。

 カルマはじろじろとハジメを見て、ふぅ、とため息をつく。


「お前が主人なぁ。なんか地味だし性根カビ臭いし嫌なんだけど」

「あけすけだな。では誰ならばいい?」

「んー……」


 カルマはメーガスとフェオには目をくれるだけで反応を示さなかったが、興味津々にカルマを見るクオン、フレイ、フレイヤを見た瞬間に豹変する。


「ファァァァッ!? なにこのカワイイ生命体!?」


 彼女が再起動してから初めて見せる――いや、もしかしたら彼女自身も今まで一度も浮かべたことがないほどの喜色。正直喜色を通り越して気色悪いと呼べそうな表情筋のとろけ方で彼女はひざまずいて子供たちに駆け寄る。率直に言って動きが気色悪い。


「神代の世界で一度も見たことのない魂の美しさ!! 具体的にはこのアタシに次ぐくらいの、いいや愛らしさという意味では上回りかねない超越存在!? 疑似神核炉の出力が勝手に急上昇していく……!! あなた名前は!!」

「クオンだよ! はじめまして、カルマ……ちゃんでいいのかな?」

「末永くよろしく! そちらのあなたたちは!?」

「エルフのフレイと言う。隣は妹のフレイヤだ」

「フレイヤですわ。兄様に懸想を抱かない範囲でよろしくですわ、カルマちゃん!!」


 ハジメも認める、恐らくこの世界で最も愛らしい子供たちに笑顔で囲まれたカルマはがくがくと痙攣しながら恍惚の表情を浮かべる。


「右も左も正面にさえ尊き生き物……ここがヴァルハラか……」

「カルマちゃん鼻からなんか出てるー」

「これがショージの言うザンネンビジンというやつか?」

「お気の毒に。多幸感で脳をやられておりますわ。お兄様とわたくしの溢れ出る美を見た以上仕方のないことではありますが」


 カルマの鼻から鼻血みたいなノリで超高純度エーテルが流れる。

 ロリコンにしてショタコンとは、ものすごく残念な美女である。

 メーガスが、あぁ、と納得したような顔をした。


「この世界の神代って子供という概念がないんですよ。だから子供みたいな姿の神とかは見たことあっても、真の意味での無垢な子供に彼女は初めて出会ったんでしょうね。多分彼ら以外の子供にも似たような反応を示すんじゃないでしょうか?」

「なるほど……なのか?」

「アンタ名前は、ええと、ハジメ・ナナジマよね!! 私ことカルマはこれからこの村の子供たちを見守る為に誠心誠意仕えます!! だから子供見守ってていいわよね!?」


 凄い圧で迫ってくるが、両眼が子供への欲望に支配されている。

 トリプルブイの顔面を抱きしめてカルマを見れないように封じたカルパが侮蔑の言葉を投げつける。


「口で忠誠を誓いながら自分の要求を押しつけているだけとは、忠節の欠片もないポンコツ中古品ですね」

「うるせぇ劣化模造品が! あの金色の豚だって子供を見守ってるんだからいいだろ! むしろ高次元の存在たるアタシを破格の条件で雇えることに感謝感激すべきでしょ!!」

「ハジメ様、今からでも遅くはないので返品した方が良いのでは?」

「残念だが、商品の提供元が倒産したので無理だな」

「チッ」


 ――こうして、フェオの村に古代の神造人形が住まうことになった。


 便宜上カルパと同じオートマンに分類された彼女は、これから幾度となくカルパとバチバチに衝突しながら子供を恍惚の表情で見守っていくことだろう。

 なお、メーガスとの間で何らかの取り決めがあったようだが、そこはハジメの知る所ではない。

悲報:変態、神と同格だったことが判明


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