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ハジメは知っている。
竜の卵は実は殻も高級素材なのだ。
下手な盾より頑丈な強度に加え、外敵からの攻撃に備えて魔力を遮断する力まであるという。ワイバーンの卵の場合はそこまで強力ではないが、もしもこの岩が卵であればその遮断力はどんな魔力でも中の構造を計り知れないほどになるだろう。
逆を言えば唯の岩と見分けがつかないということだが、ハジメの頭のネジは未だにゆるゆるのガバガバだった。
案の定、事情を知ったフェオからどストレートに怒られた。
「馬鹿っ! 馬鹿っ! お馬鹿さんですハジメさんはぁ!! どこの世界に卵と称した珍しい唯の岩を1000億かけて買う人がいるんですっ!? 散財って言ったって限度ってモノを知らないんですか!! 店主さんの善意を汲んであげなくてどこが正しきことなんですかぁぁぁーーーーっ!!」
「ちょっとなら自分の都合を優先してもいいと神の許可は得ている」
「言い訳に神様を持ち出さないっ!!」
余りにも金の使い方がいい加減過ぎてとうとう怒らせてしまったフェオに胸板をぽかぽか殴られる。ぷりぷり怒っているフェオだったが、何故かハジメは反省する気にはならず、むしろ猫にでもじゃれつかれている気分であった。
ちなみに神の許可は本当に得ている。
神はちょこちょこハジメに色んな形で会いにくる。この前はとうとう人のふりをして家に来訪し、農業チートでスローライフをスローガンに掲げるショージを雇ってあげて欲しいと頼んできたりしている。ショージは転生ではなく転移らしく、勝手がわからないだろうから、とのことだ。
当のショージは自分の農業チートの性能を把握するためにせわしなく動き回っており、まったくスローになる気配はない。自分が種を植えた場合と他人が種を植えた場合の違いや、自分が用意した畑で作物を育てるのと他人の畑で作物を育てる際に差異があるかなどを調べているそうだ。そしてちょこちょこ違いが出て頭が痛いそうだ。
ちなみにショージがこの開拓村に作った畑には、彼が忙しくて収穫出来ていない野菜たちが今まさに旬という状態のまま数日間放置されている。水もやってないのに、虫にも食われず悠然と、収穫期など知ったことかと時間が止まったように旬のままだ。勝手に収穫していいそうだが、みんな気味悪がって誰も食べようとしない。
ゲームの世界ではさも当然のような光景も、リアルになると気味が悪いものである。今時ゲームで食べ物が腐る設定も珍しくないらしいし、それくらいは実装してやればいいのにと密かに思うハジメであった。
「それはさておき、未来に待つ更なる散財の為にこの卵を無事に孵化させなければな」
この日から、ハジメは卵の孵化の為に頑張った。
竜の卵は割とどんな環境でも中身は死なないが、孵化の為には親ドラゴンに定期的にブレスで炙ってもらう必要があり、その刺激が竜の孵化を促すという。そのためハジメは卵孵化用の耐火仮設小屋を作って、毎日卵に炎の魔法をぶち込み続けた。
何度か加減を間違えて小屋を融解させてしまったが、卵は当然のように無事。どうやらやはりただの岩ではなかったらしい。ただし、中身が本当に竜のものか、そして未だに生きているのかは謎しかない。
しかし、ハジメは諦めないと決めたのだ。
「必ず孵化させてみせるからな」
「そのひたむきさを別のところで発揮して欲しいんですけど?」
フェオの突っ込みはいつになく鋭利だった。
それから、ハジメの生活は卵を中心に回り始めた。
卵に炎を撃ち込む関係上、あまり遠出の仕事もしたくないハジメは仕事中も駆け足になる。そんなに急ぐなら臨時休業すれば良いのにと思うかも知れないが、ハジメに来る依頼は緊急性が高いものが多いのでそうもいかない。
この日の仕事場所はハジメの活動する国、シャイナ王国の西南西に広がる死と熱の土地、ジーバ砂漠。
過酷で大した資源もないジーバ砂漠だが、ダンジョンの量と砂漠独自の厄介な魔物たちの存在から、冒険者たちの間では上級者向けの場所になっている。宝探しもよし、腕試しもよし、しかし砂漠は人には決して優しくないので全てのリスクは自己責任だ。
そんなジーバ砂漠で最近、『剣の魔人』を名乗る魔王軍配下の者の手による辻斬りが多発している。ハジメに下された命令は、この厄介極まりない魔物の早急な発見及び撃破だ。
ハジメは砂漠で卵を温めたら早く孵化しないかな、と小学生みたいなことを考えながら探知及び索敵範囲を最大にし、砂漠を駆け回る。
見つけるまでにどれほど時間がかかるのかが気がかりだったが、彼としては有り難いことに『剣の魔人』は猛烈な砂嵐と共に自らハジメの下に出現する。
『ジャハハハハハハ!! 軍団長の為の露払いと思い戯れておれば、また随分と活きの良い虫けらが出てきたものよ!!』
疾風の魔法によって大量の剣を宙に浮かせて操りながら現れた、どことなくどっかの青いランプの精を思わせる謎の緑の巨体。その威容と知性、更には溢れ出る風の魔力から魔王軍でも格上の存在だと分かる。
が、分かったところでハジメのやることも為すことも変わらない。
頻繁に武器を変えるクセがあるハジメはこの日の武器、双剣を構えた。
『拝聴を許すぞ、人間!! ワシは飛空軍団次期幹部候補、『剣の魔人』こと――』
「フェニックスドライブ」
『ぐっはぁぁぁぁーーーー!?』
双剣を中心に纏ったオーラが炎の属性を帯び、翼を広げた火の鳥のようにハジメの双刃が雑に幹部候補を引き裂いた。
フェニックスドライブは双剣士と魔法剣士の二つのジョブで一定以上の経験を積んで初めて使えるようになる高度な突撃技だが、冒険者歴と冒険の密度が濃いハジメにとっては大したものではない。
胸に巨大な十字傷を負った幹部候補は、既に致命傷なのか虫の息だ。しかし、それでも魔王軍の意地なのか、唯では死なぬとばかりに宙を舞う大量の剣をハジメに向けた。
『おのれ……せめて貴様だけでも、道連れにしてくれるッ!! 最終奥義、嵐剣乱舞ゥゥゥゥッ!!』
全ての剣が大地と水平に構えられ、高速回転を始める。まるで相手の全身を刃で貫く拷問道具か、ゲームでしか見たことのない殺人トラップが迫ってるかのようだ。
恐らくは、一撃でも受ければ手遅れ。
足が止まった瞬間に全身を引き裂かれて死ぬだろう。
更に、高速回転で嵐が発生し、台風の目のような弱点が突きづらい――まさに必殺技と呼ぶに相応しい非情なる連撃である。
ただ、今回は相手が悪かった。
ハジメは腰から短めの杖を抜き、闇の魔力を漲らせる。
「グラビティウェーブ」
『うごっはぁそんな殺生なッ!?』
直後、魔人の足下に闇属性のフィールドが発生し、その全身に凄まじい加重が加えられる。重力を発生させるグラビティウェーブの力で彼の周囲がフィールドに引き寄せられているのだ。
そしてそれは、魔人の肉体そのものより、風で浮かせた剣にかかる力の方に影響が出る。想定を遙かに超える重量と化した剣を風魔法で支えきれないのだ。
『まっ、ちょっ、これヤバ……ぐ、ガハッ!?』
必死に技を届かせようと魔力を漲らせる魔人だが、無数の武器を宙に浮かせるという戦闘スタイルが完全に裏目に出て負担だけが極端に増えていく。
結局、致命傷だった十字傷のダメージに耐えきれず吐血した魔人はフィールドに向けて倒れ伏す。そして彼が倒れたことでコントロールを失った剣は、皮肉にも重力に引き寄せられて主人である筈の魔人の肉体を次々に貫いた。
『わ、ワシ……こんな惨殺されるほど、おぬしに何か悪いことしたぁ……?』
それだけを言い残し、名も知れない串刺しの魔人は息絶えた。
敵を倒したハジメの胸中にあるのは、期待外れの思い……ではなく、強くなりすぎた自分への空しさ……ですらない。まして「俺だってこんなグロい殺し方する予定じゃなかったんだけどなぁ」というものですらない。
「さて、急いで帰って卵に炎を撃ち込まねば」
彼の頭を占めるのは竜の卵のことが9割。
言うなれば脳みそタマゴ男である。
その後もハジメは卵に炎を叩き込んでは暫く様子を見て、変化がないようならまた仕事に行くというルーティーンを一週間繰り返すことになる。
忍者たちには新たな修行だと思われていて、フェオはそれも大概だと思ったらしい。確かにNINJA旅団は修行大好きで、森の端に修行場をこつこつ作って修行している。木を生やしているのはショージが農業スキルの応用で植林しているそうだ。
普通育つのに50年はかかりそうな針葉樹を自在に生やせるそのスキルもだいぶ気味が悪いが、周囲から気味悪がられる自分の言うことではないかとハジメは思った。
◆ ◇
竜の卵を孵化させるためのルーティーンを始めて八日目の朝、変化は起きた。
いつものように炎の魔法を卵に叩き込み、卵の様子を耳を当てて確かめていたハジメは、卵の中でピキピキと何かを割る音が聞こえることに気付いた。
念入りに耳を傾けるが、それは明らかに中で何かが動いている音だった。待ちに待った瞬間に、ハジメも自然と声が大きくなる。
「……生まれるぞ!」
「ええッ!?」
これには一応見物していた村のメンバーも驚き、色めき立つ。
ライカゲだけ得体の知れない魔物だったら切ろうと剣に手を当てているのがハジメとしては気になったのでこっそりナイフを握って備える。ライカゲは仕事の性質上知名度こそ低いが、実力は超一級の転生者だ。そして忍者たらんとする彼は、殺すと決めたら容赦がない。
様々な思惑が交錯する中、その時は訪れた。
卵が頂点からばらばらと崩れ出し、内部の空洞から生物の気配。
全員が固唾を飲んで見守る中、砕けた殻の中から出てきたのは――。
「くおーん!」
――それはそれは可愛らしい鳴き声を上げる、竜っぽい尻尾や角を生やした全裸の幼女であった。
その瞬間にフェオは同じく見物していたショージの側頭部を肘鉄で殴り飛ばして意識を奪い、ライカゲは電光石火の早業で部屋から脱出し、弟子オロチは鼻血を噴出して昏倒し、ツナデは弟弟子のジライヤの目を両手で塞いで小屋の外にどっせいと投げ飛ばし、そしてハジメは全裸少女に即タックルを喰らってひっくり返った。
「ぐほッ!?」
「くおーん! ママ、あいたかったよぉ~~!!」
少女は淡いピンクの髪をふわふわと揺らして全裸のままハジメに動物のマーキングのように頬を擦りつけまくりるが、ハジメは予想外すぎる中身への激しい混乱と内臓が裏返りそうな威力のタックルのショックで放心状態であった。
(なんでこうなる……?)
その後フェオが幼女を「女の子がはしたないマネしちゃいけません!!」とツナデと共に引き剥がすまで、ハジメの放心状態は続いたという。