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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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18-7

「皆さん、大変お待たせいたしました!! 本日のフィナーレを飾る、当オークション最高最大の一品がここに登場です!! ゴッズスレイヴと同じくこれを逃せば二度と手に入れる機会はないでしょう!!」


 会場を渦巻く混沌とした醜悪な欲望が最高潮まで高まっていく。

 彼らは《《それ》》の噂を聞いた日から、上手く眠れなかったのだ。

 何度もそれが事実かどうか疑ったが、何度疑っても可能性は消えなかった。


 全ての答えが、ステージの中央に運び出され、布で覆われた大きな箱の中にある。


「ドメルニ帝国の美しき華!! 何よりも高貴な血筋を持ちなから、今日この場を以てして奴隷に堕する無垢で清廉な少女の名は!! 帝国第一皇女、アルエーニャ様ぁッ!!」


 係員が二人かがりで大きな布をめくりに入る。


 オークション主催者と帝国宰相はほくそ笑んだ。

 事前に怪盗ダンからの予告が来ていたが、いざ蓋を開けてみればこんなものだ。出品前に中身も確認したが、そこにはアルエーニャ皇女が静かな寝息を立てるのみ。恐らくは諦めたか、もしくは主催者の用意した四重のトラップエリアのどこかにいるのだろう。そして、突破出来ずに力尽きる。


 魔王軍と繋がり、将来の権力が約束された二人は、それぞれ別の場所からその瞬間を心待ちにした。


 ばっ、と、布がめくられ、その中身が白日の下に晒される。


「……?」

「えっ……?」

「……何も、ないぞ?」


 そこには、何もなかった。

 檻が空なのではない。先ほどまで布がかぶせてあった場所から、何もなくなっているのだ。運んでいる際に地面との間で回っていたキャスターホイールも、布が被さっていたという事実さえもが嘘だったかのように、そこには本当に何もなかった。


 否、司会者だけが床の下にぽつりと落ちる大きめのカードを見つける。


 そこには怪盗ダンが己の犯行を証明するために残す「お宝、頂きました」の一言と、悪戯っぽい笑みが強調されデフォルメされたキャラクターの絵が描かれていた。司会は我を忘れたようにヒステリックに叫ぶ。


「そ、そんな馬鹿な……ダン、あの男!! 怪盗ダンッ!! 一体いつ、どうやって!?」


 その疑問に誰かが答えを出すより前に、オークション会場の入り口からシャイナ王国騎士団と聖職者の戦闘部隊が突入し、一斉にオークション参加者の身柄を拘束していく。権力者たちは為す術なく組み伏せられ、或いは護衛を連れて抵抗した者も一瞬の奇襲で仕留められていく。


「離せ! わ、私を誰だと思っておる!!」

「私は犯罪なんてしてないわよ!! この拘束は不当だわ!」

「くそ、どうなっている!! 我々をハメたのか、オークション側は!?」


 彼らは金持ちたちの言葉に耳は貸さないし、仮面のせいでそもそも誰が誰だかも分からない。疑わしきは全員拘束だ。帝国宰相だったらしい男が「ワシを拘束したら国際問題になるぞ!!」と喚き散らしたが、王国騎士団は完全に無視であった。


 そんな中、参加者番号24番――ファースト・セブンとその従者だけは何ら拘束されることもなく平然と事の成り行きを見守る。

 何故なら、彼らはこの展開を知っていたのだから。


 否、そもそもこの会場にファースト・セブンなどという人間は存在しない。

 仮面を脱ぎ捨てて魔法通信道具を取り出したハジメは、ダンに通信した。


「なかなか凝った演出だったな、ダン。マジシャンのスキル『スワップトリック』か?」

『ご想像にお任せする。ただまぁ、皇女様はいまだ倉庫の檻の中でおねんね中だ。これからゆっくり解放するさ。じゃあな』


 通信が一方的に切れる。

 スワップトリックはマジシャン専用、武器はカード専用のスキルだ。効果は、一定の制限付きで自分と特定の力を込めたカードの位置を入れ替えること。

 恐らくダンは大胆にも術で自分の姿を消して檻の中に隠れ、スタッフが布をめくると同時に倉庫内のカードと自分たちの位置を入れ替えたのだろう。


 ただ、本来のスワップトリックが移動させられるのは自分だけだ。

 移動系のスキルはどんなバフを用いても効果が変わらないものが多く、ハジメの記憶が正しければスワップトリックもその類の筈だ。

 ということは、もしかすれば抜け出した方法は『七つ道具』の方かもしれない。あるいは極限まで熟練度を上げたか、トランプに特殊効果が付与されていたか、あるいは転生特典とは別にパーソナルスキルがあるのか……。


 ダンは自分の手の内を簡単に明かさない。

 だからこそハジメも彼を捕まえきれなかった。


「食えない男だ」


 それから暫くして、ダンに同行した4人がハジメの元にやってきたが、彼らは皇女の解呪などは手伝ったものの、ダンの使ったトリックについては全員何をしたのか分からなかったという。当の皇女は既に突入部隊に引き渡したようだ。


 奴隷たちが解放され、薄汚い権力者たちが次々連行されていくのを尻目に、全員で会場を後にする。王国騎士団はこちらにあからさまに訝しげな顔をしたが、一礼して素通しした。随分と嫌われているのが分かる。

 ブンゴは消化不良だったのか不満げだ。


「出番はあったけど、結局一番オイシイ所をダンの奴に持って行かれた気がして納得いかねー」

「そのダンはどうした?」

「姫様の無事を確保した時にはもういなかった。そーゆーキザな所もなんか気に食わねーんだよなぁ」


 ぶーぶーと文句を言うブンゴだが、彼がハジメの居る場所で堂々と愚痴るのは珍しい。ショージがにやにやした顔で先を行くブンゴの背を指さす。


「皇女のアルエーニャちゃんが事情を知るや否や、俺ら無視してダンのこと気に入っちゃってたのがきっと気に入らないんですよ。でもダンが格好よかったのも分かってるから悪口も言えない的な?」

「そんなんじゃねーっての! たく、一応オーシャンズ8なんて名乗ったんなら帰るときくらい一言あればいいのに……」


 どうやら、すっかり仲間意識を持ってしまったようだ。

 他の面々に関しても同じなのか、既にいないダンのことを思い出している顔だ。


 ――翌日、怪盗ダンが『悪党』から皇女を盗んだという見出しが帝国中を駆け巡った。そして、対照的に帝王に取り憑いた悪魔が滅せられたという勇者の手柄は世間には伏せられた。流石に王が悪魔に乗っ取られていたなどという不祥事は公に出来なかったようだ。

 これに怒り狂ったのは勇者レンヤだ。


「ぼ、僕が魔王の手先をあんなに苦労して追い払って王族たちも助けたのに……なぁぁんで不法侵入と窃盗の常習犯が褒め称えられて真面目に戦ってた僕はどうでもいい扱いなんだよッ!! おかしいだろッ!! しかもあのハジメの奴、干された筈なのになんでちゃっかり協力者としてオークションに参加して満喫してやがるんだぁぁぁぁッ!!」


 勇者も一応あれから更に強くなりパーティメンバーも増えていたが、もはや仲間たちは「またですか」「聖水入りハーブティーを用意しましょう」などといい加減慣れた様子で対応していた。


 ただ、王が自ら行った悪法の施行と増税が翌日には一気に撤廃されたのを知り、国民達は「王が悪夢から覚めたようだ」と噂したという。




 ◆ ◇




 違法オークションの大規模摘発から一夜明けたその日。


 誰もいない皇国の時計塔、その屋根に腰掛ける一人の男。


「この世界はいいねぇ、風が気持ちよくって。排ガスを煙たがることもない。ま、代わりに別の煙を吸い込んじゃ世話ねぇけどな」


 男はタバコを咥え、懐からマッチを取り出して手早く擦ると、灯った火を手で覆いながらタバコの先端にそれを移す。

 木材、赤リン、硫黄が混ざって燃える独特な香りは風と共に一瞬で通り過ぎ、やがて男の口を刺激的な煙が満たす。その刺激を全身に行き渡らせるかのように二口、三口と吸い込んだ煙を吐き出した男は軽く伸びをした。


 前世で吸っていたタバコに比べると、味は劣る。

 それでも、前世でやめられなかったこの刺激だけは未だに抜け出せない。仕事前は臭いがつくから喫煙を断ち、終わった翌日に一服するのが彼の喫煙ルールだった。


 吐き出した煙が風に乗って去って行くのを目で追いながら、彼は今回の風変わりな仕事を回顧する。


「難易度としちゃまぁまぁだが、楽しい仕事だったな。依頼を請けての盗みなんてガラじゃねえが、あのルシュリアっての、なかなか悪い女だ」


 貴族達の恨みを買う大泥棒に仕事を回す時点で曲者だったが、仕事内容もリサーチ済みで自ら接触してくるとは、と思い出して苦笑する。

 彼女は犯行予告を送っていた貴族の屋敷で、確実に出会えるように目当ての宝を握りながら待っていたのだ。あれに好かれたハジメには軽く同情する。


 怪盗はライフワークだ。

 頼まれてやるものではない。

 しかし、今回即席で結成した七人の精鋭は、転生特典の仲間たち(ななつどうぐ)に負けず劣らず、なかなかどうして面白い連中だった。泥棒稼業を手伝わせる気はないが、彼らを知れたのは一つの収穫だろう。


 そのうちの一人のことを思い出し、彼は呆れた顔でタバコをもう一度吸い、煙を吐き出した。


「しっかし予算1200兆Gは流石にねーわ。あいつ転生特典に黄金律でも貰ってるのかってーの」


 今思い出しても彼の財力の嵐に呆れてしまう。

 あの男は何も考えてないような顔して、全く違うことを考えている。

 だからこそ――ダンも今回の仕事に興味を持ったのかも知れない。


「そういやあいつ……生前の身辺整理で散財してるって話だったが、あのことは知ってるのかねぇ? 俺も後から聞いたが、知らなかったってんならあの王女様はマジで性格悪い……と言いたいところだが、よくよく考えたら順当な判断なんだよなぁ」


 今頃ハジメがどんな顔をしているのか好奇心が擽られたダンだったが、それはまたあの村に行った際に確認しようと考え直し、時計塔の足場にタバコを放って火を踏んで消す。


 捨てられたタバコはダンが再度足で踏むとカードに化け、ひとりでに浮いてダンの人差指と中指の隙間に収まる。そこには、いつの間にやら新たなターゲットへ向けた犯行メッセージが書き込まれていた。


 せっかくの帝国だ。

 欲望の国、金の国、そしてある面では悪徳の国でもある。

 ここ最近来ていなかったし、存分に仕事をしておきたい。


「獲物は選り取り見取り……怪盗ダンの伝説は、まだまだ終わらせないぜ」


 ダンは両手を広げてつま先を揃え、時計塔から飛び降りる。

 全身に吹き付ける風の心地よさに目を細める。

 この加速する視界と沸き立つスリルこそ彼が求めるものだ。


 そして地面に激突する瞬間に、彼の姿はまるで手品のようにどこかに消えた。

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