18-6
ゴッズスレイヴの競りはこれまでにない大金が飛び交っていた。
「200億だ!!」
「220億!!」
「しゃらくさい、500億出す!!」
「ぐっ、ううっ……600億だ!!」
「甘ぇ値段で団子になってんじゃねえ!! 1000億だッ!!」
「1200億、出しますわよ!!」
あっという間に本日最高金額を突破して尚も加速度的に値段が上昇していく競り。間違いなく一商品として今日最も時間がかかっている。中には最後に来るであろう皇女のことを完全にかなぐり捨ててこちらに全て賭けている輩もいるほどだ。まさに主催者の思惑通りといったところであろう。
ハジメも存在感を途切れさせないよう要所要所で値段をつり上げていくが、気付けば金額は2000億Gを突破。余りの金額の膨れ上がりように運営側にまで動揺が見えるのは、悪魔と帝国宰相の取引を全員が知っている訳ではないからだろう。
(流石は神話の存在というべきか。しかし……転生にかかわっている神もあれを侍らせてにやにやしていたのだろうか?)
ふとした疑問を覚えると、きぃん、と頭の中で音が響き、神のお告げが来る。
『汝、転生者ハジメよ……いや別に侍らせていませんから。従えてもいません。そもそもこの世界の神々は色々と事情があり更迭されまして、今は私が管理しているだけですからね?』
(事情とは具体的には何を?)
『これ絶対周囲に言っちゃダメですよ? ハジメを信じてるから言うんですからね? ……彼らは神獣と対立し、世界の頂点を決める為の戦いをしていたのです。世界に残る神話ではその辺有耶無耶になってますけど。それで、神々の戦いが続けばこの世界の人理が消滅してしまうので私が派遣されたんです』
さらっと言ったが、それはつまり古き神々と、その神をも苦しめた神獣をこの神は一人でシバき倒して世界をシメた女神番長ということではないのだろうか。
『そんな野蛮なことはしてません! ひとりひとりの下を訪ねて根気強く話し合いし、どうしても分かってくれない方をちょっとポカっと……おほん! ともかく古き神々は脳筋過ぎて、神獣の方々と違って話が通じなかったんですよ。ゴッズスレイヴはそんな彼らが好き勝手に生きる為に創り出した文字通り神の奴隷でして、神獣との戦いで自爆特攻兵として全部使い尽くされたようです。彼女はその最後の生き残りでしょう』
(そんな非業の存在をひとりだけ現世に残したままとは……勝手な想像ではあるが、貴方らしくない気がします)
『うっ。その、まぁ、私も神とはいえ他の神が絡む事象となると把握が難しくてですね、その……彼女とこれからの話をするためにも買ってあげてくれます?』
(うちの村での事務仕事を承諾して貰えるのであれば)
神との間で謎の取引が成立し、ハジメもそろそろ競争相手が少なくなってきた会場に声を張り上げる。
「2700億ッ!!」
「2750億だ!」
「2799億……!」
「2800億、払うッ!!」
もはや競っているのは2800億を宣言した男とハジメのみ。
その男も澄まし顔はしているが、僅かに浮き出た汗までは隠せない。
これ以上の引き延ばしは無理と判断したハジメはトドメを刺す。
「3000億ッ!!」
金持ちたちが競っていたギリギリのラインを一歩越えた一撃。裕福な貴族でもいよいよ破産の二文字が頭を過る大金に、会場の何人かが腰を抜かして席からずり落ちる。増額を要求する声はぴたりと止まり、食い下がっていた相手も諦めの表情を見せた。
ある種の一線を越えたせいか、周囲からのざわめきが収まらない。
オークションのスタッフが困惑を隠せない表情でこちらに近づいてきた。
「あの、お客様。失礼ながら、本当にお支払いが出来る金額ですか? 後でお支払い能力が無いと判明した場合、こちらとしても相応の措置を取る必要がありますし、仮にお支払いが出来たとしても、その後のことについて当オークションは一切の責任を負いかねますが」
「即金で出して見せてもいい」
「……」
スタッフは、こちらに見えないよう隠し持っていた嘘発見アイテム、ライアーファインドを取り出すが、それはハジメの言葉に偽りがないことを証明するだけだった。スタッフは深く頭を下げて謝罪し、司会は落札を宣言する。
「激戦を制し、24番のお客様が落札ッ!! 24番のお客様にはこの場でカプセルを開放する権利が与えられますが、如何いたしましょうか!!」
「持ち帰ってから行う」
「かしこまりました!!」
言うが早いか、スタッフがカプセルの主人認証パネルを特注らしきカバーつき錠で覆い、誰にも触れられないようにする。そしてその場で解錠用の鍵がハジメに手渡された。違法とは言え長く続けてきたオークションだけあって、客の要望には素早く対応するというスタンスが染みついているのが分かる。
周囲の客がハジメの話をひそひそと交わす。
「最後まで凄まじい買いっぷりだったが、これで満足したとみるべきかな?」
「あれだけ金を吐き出せばな。最後には流石に参加せんだろう」
「競争相手一人脱落だな」
ところがどっこい、ハジメはまだ全財産の0.1%も使用していない。
ハジメ的にはあと一週間オークションを続けて欲しいくらいである。
まぁ、悪くはなかったが――と、ハジメは一定の充足感を得た。
(しかし、ダンから合図が来ないな……手こずっているのか、それとも時間稼ぎが不十分だったか?)
流石に運営も最後の出品を前に小休憩を促してきたが、もう時間が無い。あと10分で皇女はオークション参加者の衆目に晒され、あとは競り落とすか強奪するしかなくなる。
ただ、相手が悪魔絡みなだけに皇女にどんな呪術的仕掛けが仕込まれているか分からないため、強硬手段はリスクが高い。だからこそのダンなのだ。
ハジメとしてはこのまま皇女を競り落としても構わないのだが、競り落とした後に何らかの理由を付けられて皇女の身柄を確保出来ないという可能性は低くない。それに、オロチの盗んできた情報によると、皇女は落札後すぐに落札者によって奴隷の焼印が入れられる運びとなっており、皇女に癒えない傷を与えることになってしまう。
(アニキ……)
(信じて待つ他なかろう)
微かな不安を見せるガブリエルを視線で制す。
こうなれば、世紀の大怪盗を信じるしかない。
◇ ◆
最後の関門に辿り着いた5人は、焦りを感じつつも慎重に事を運んでいた。
部屋は一見すると中央に魔方陣がある以外は典型的な魔法研究者の部屋、といった怪しげなアイテムが並んでいた。しかし、そんな部屋の仕掛けに即座に気付いたのは、イスラであった。
「部屋の装飾、家具、その他一切を触ってはいけません!! これは悪魔の儀式場です!!」
悪魔を滅するのも仕事に含まれるが故に悪魔学の知識もあるイスラならではの発見だったのだろう。その部屋は、装飾や家具に至るまで全てが儀式の術として組み込まれていたのだ。
イスラは額から冷や汗を流しながら警告する。
「非常に変則的なタイプの術です。イスの位置やろうそくの光で生まれる影まで全てが儀式に対応しています。下手に動かせば部屋は周囲の空間から隔離され、誰かが外から扉を開けるか悪魔召喚のための生け贄を捧げるまで出られなくなりますよ」
「で、どうすればいいんだ?」
「僕がやります。正当な手順を踏めば儀式の解体が可能ですから」
イスラは一度深呼吸をすると、部屋を弄りだした。
ミリ単位で水晶玉を回し、魔方陣になにやら追記をし、部屋に設置されたイスを増やし、魔女の薬釜の中から煮込まれる素材を慎重に見極めて皿に盛る。部屋の中は異常な緊張感に満たされた。
イスラも何度も汗を拭い、注意力を維持している。
「なんて複雑な儀式形式なんだ……召喚される悪魔が中位程度を想定している場合は隔離空間でもごり押しで脱出する方法はなくもないですが、これは大悪魔召喚の儀です。大悪魔を呼び出す為の術の強度を術式の複雑さでカバーしている。この儀式場を作った人はとんでもない知識の持ち主ですよ……」
半ば独り言のように説明するイスラ曰く、この儀式形式は本来『誰にも邪魔されずに儀式をする』という目的の儀式を罠として改変したものらしく、設置者も僅かなミスで隔離空間に閉じ込められるため、好んで設置する者は殆どいないという。
やがてイスラは右に赤いカーテン、左に青いカーテンが垂れた窓――外は見えず、ただ窓枠が壁に無理矢理設置されているだけ――の前で手を止め、唸る。
「このどちらかのカーテンを閉めれば解体は終了……ですが、ここは設置者のさじ加減で成否を変えられる部分です。確率は二分の一、セオリーはない……」
4人の顔色が歪む。
いよいよドラマや映画の爆弾解体の様相を呈してきた。
ダンがなるだけ急かさないよう声色に気を遣って尋ねる。
「参考までに、正解を選ぶ方法は?」
「このような儀式場を作る人は常人には理解出来ない美学と拘りを持っています。これまでの儀式の形式から制作者の趣味を逆算し、思考をトレースするしかありません」
「てか、聖職者が悪魔の儀式知ってるってどうなん?」
「どうって言われても、割と普通ですよブンゴさん。悪魔の知識が無いと聖職者はサタニストの何が悪魔的なのか理解できませんからね。まさか適当な密告を信じて捕まえて火あぶりみたいな蛮行は出来ないでしょう? もちろん、そんな滅茶苦茶なことをする聖職者なんてこの世にいる筈ないですけど」
転生者三人が「ソウダネ」と目を逸らしながら言う。彼には別の世界に存在した「魔女狩り」を初めとした聖職者の愚行については伝えない方が良さそうだ。
イスラは暫く迷ったが、やがて意を決したように青のカーテンを閉めた。
途端に部屋のどこかで何かが弾けたような音がして、部屋の奥にいままで存在を知覚できなかった扉が出現する。
「ふぅ……成功です! もう部屋のものを気にしなくていいですよ! はぁ……赤と青は動脈と静脈をモチーフにしていると見たけど、正解だったみたいです」
「ご苦労さん! 君を連れてきてて良かったよ!」
言うが早いか、ダンは残像さえ残る速度で扉を抜ける。
最後の目玉、皇女出品まであと数分しかなかった。
5人が辿り着いたのは広い倉庫のような空間。
罠に絶対の自信があったのか、5人の入った出口の近辺には見張りの類は誰もいない。オロチが様子を見るに、ステージに近い方向に人間が集中しているようだ。オロチが瞬時に分身を出して主催スタッフの監視をしながら檻の中などを検め、他の面々も素早くチェックする。
(どうだ、ブンゴ?)
(この辺じゃなさそうだな。落札者別に商品を区分けしてるエリアみたいだ)
(ということは、ハジメの落札物も……)
ブンゴは無言で壁際の1カ所を親指で指す。
そこには、明らかに他の塊より多くの商品が占めるエリアがあった。
いまだこの世界で大して花開いていない二人からすると、成功者との財力の差を見せつけられているかのようである。
二人とも異世界で強い力と知識を持っていれば簡単に成功すると思っていた。しかし、実際に来てみると一つ強く実感したことがある。
たしかにこの異世界はゲーム的、ラノベ的な部分は多々ある。しかしそれでも尚、攻略法の定められた娯楽プログラムではなく、美しさも醜さも爽快感も胸くその悪さも同時に存在する平等に不平等な『世界』なのだ。
最近、二人はそう思うようになってきていた。
(相変わらずあの人金銭感覚ぶっ壊れてんな。フェオちゃん将来苦労するぞ)
(今はそれより皇女様だろ?)
(だな。あー帰ってプラネアたんに罵られてー)
(もう仲間とかいいから彼女ほしー)
少し離れた場所でイスラが呆れ果てた視線を送ってくるが、二人とも手は真面目に動かしている。たとえダンやオロチが先に皇女を見つけるとしても、自分たちも探すことで全体の効率は上がるからだ。報酬も美味しいので気合いも入る。
そして捜索開始から数分後、猶予があと1分というところで遂にそれは見つかった。
見つけたのは、やはりダン。
天蓋付きの仰々しく大きな檻の中に、確かに皇女はいた。
サポートに回っていたオロチの分身たちが集まる。
(見張りを催眠術で誤魔化します! 長くは保ちませんのでご留意を!)
(任せなっと!!)
ダンはトランプを檻の前に鋭く投げ、次の瞬間に自分とトランプの位置を入れ替えた。替わり身の術と違い、緊急回避より移動を主としたスキル『スワップトリック』である。
……ちなみにライカゲは何故かこのスキルに滅茶苦茶執心しており、ダンを旅団に取り入れたいのはこのスキルを解析するためと弟子たちの間でもっぱらの噂だ。
檻の前に音もなく立ったダンは懐から黄金の鍵を取り出す。
(頼むぜ、『J.J.』)
(任せとけよ。こちとら万能鍵だぜ?)
転生特典たる喋る鍵は、檻の鍵穴に差し込まれた瞬間に自らの形状と性質を変化させ、まるで最初からその穴に対応していたかのように自然に鍵を外した。一本しかないので複数の鍵穴を同時に使うギミックには対応出来ないが、解除という一点においては究極の鍵だと信頼している。
檻の中は、殆ど高級ベッドのようだった。
床はふかふかのマットレスが敷かれ、底に年端もいかない少女が寝ている。ウェーブのかかった、少し赤みのある金の長髪。顔も事前に知らされていたものに相違ない美貌は、ドメルニ帝国皇女のアルエーニャで間違いない。
どうやら眠らされているようだが、これは出品前に怪我をしないためのものだろう。ただ、その玉の肌を汚すかのように、彼女の首には大型の獣につけるような皮の首輪が嵌められており、その中央には鍵穴がある。
後から来たブンゴが即座に首輪の正体に気付く。
(呪いの装備だ! 解除するには鍵穴に鍵を差し込んだ上で3分かかる詠唱を唱える必要がある!! これは解呪を兼ねたもので、無理矢理取ると皇女の体に既にかけられた呪いが即時発動する設定になってる! 檻にも連動したトラップが仕込まれてるぞ!?)
(ビルダー能力なら首輪は無理矢理外せるけど、呪いはちょっと……! イスラ、どうにか出来んか!?)
(駄目です、これはステータス異常の呪いとは訳が違う! 時間がかかります!!)
(ダン殿、足止めはあと30秒も保ちません!!)
逼迫する時間。
選択の余地がないセキュリティ。
そもそも正規の解除方法も不明な状況。
しかし――ダンは不敵に笑う。
(離れてな。一発でキレイに決めてやるから)
不可能を可能にしてこその、怪盗である。




