18-5
侵入組が激しい戦いに突入しているその頃――オークションは物品系が一通り出尽くし、とうとう奴隷売買に移ろうとしていた。
この時点でハジメ――今はファースト・セブンに扮しているが――は唯ならぬ財力で結構な数の品を競り落としており、唯のパンツキングではない強豪として周囲に注目を浴びている。
ここまででハジメが使った予算は実に700億G近くに上る。
聖銀十字とパンツの他の戦利品は以下の通りだ。
自らの体力・防御ステータスを犠牲にして究極の攻撃力を得るカースドアイテム、ファナティックセイバー。
ガブリエルが欲しがった伝説のオークの斧、ワカモティックバイト。
魔王のおしゃぶり、魔王のよだれ拭きなどのしょうもない魔王アイテム類。
村の名物になるかと選んだ有名彫刻家の像、有名画家の幻の絵等々。
ヒヒに頼まれたいくつかの貴重な陶芸品。
ここぞとばかりにツナデが買えと要求してきた巨大ダイヤ。
自称弟子のシオが欲しがっていた貴重な古代の魔法書数冊。
あとついでに、特に意味はないのだがフェオに似合いそうな指輪。
(俺は何故指輪を買ってしまったのだろうか……???)
フェオには町の名物になりそうな像の一つでも買ってくれると嬉しいとしか言われていないのだが、たまたま出品されていた綺麗な指輪を見て不思議とフェオの顔が頭に浮かび、競り落としてしまった。なんでも嘗てエルフの王女に送られる筈だったとかなんとか説明が為されていたが、珍しくちゃんと聞いていなかったので忘れてしまった。
それはさておき、奴隷の売買が盛り上がりを見せる。
内容はかなり下衆極まる物で、男性奴隷も女性奴隷もほぼ性的な目的で売りに出されている。格好に関してもかなり人の尊厳を貶めるような屈辱的かつ情欲を煽るような姿をさせられており、どの奴隷の笑顔も引き攣ったものだった。
その他、落札者によりその場で見るに堪えないパフォーマンスをさせられる奴隷もおり、会場は下卑た嘲笑や興奮した声に満たされていた。
カルパは平気だったのだが、根が真面目なガブリエルはかなり義憤を感じてしまっている。おかげで彼は幾度となく水分補給のふりをして聖水を飲み、精神を沈静化させる羽目に陥っていた。
(人間ってぇ生き物は、どこまでも度し難くなれるもんすね、アニキ……あの司会のおっさんも奴隷を鞭で叩く野郎共も、俺ぁ……!)
(分かっている。だが、どちらにしろ皇女救出の暁には奴隷も解放する手はずだ)
ちなみに周囲はガブリエルが別の意味で興奮していると解釈したらしい。
哀れガブリエル。
ハジメもこの奴隷の競り落としには参加しつつも本気で競り落とそうとはしていない。あくまで時間稼ぎで長引かせているだけだ。それは、たとえ彼らが後で奴隷から解放されるのだとしても、人を購入するという行為に正当性を感じないからだ。
途中、運営側が余興として用意した余りにも非道な奴隷売買方法があったので、そこだけハジメは哀れな奴隷を買った。
内容は、複数名の女性奴隷を順々に競り落とし、最後まで残された奴隷を一定時間『サービス』として客に好きにさせるというものだ。時間稼ぎの観点から見ればこれはスルーすべきだったが、ガブリエルの怒りがいよいよ爆発しそうだったのでハジメは最後に残された少女を強引に100億Gで購入した。
幸か不幸か、主催としては金を払うのならばある程度は譲歩してよしというスタンスだったため、すんなり購入は済んだ。ただ、ハジメは現在聖なる十字架に祈りを捧げながら魔王のパンツを被る変態扱いされているため、購入された奴隷の少女――兎人だった――からは完全に怯えられていたが。
そしていよいよ最後の奴隷に近づいてきたその頃――予想だにしない代物が出てくる。
「さて、そろそろオークションも最後に近づいてきましたが……ここでなんと恐るべき品が転がり込んで来ました!! 最近古代遺跡の最深部で発見され、そのままここに運び込まれてきた超々々々レア商品ッ!! 我々も目玉商品がありながらこんな品を差し込んでいいものか非常に悩みましたが、今回特別に出展する運びとなりましたッ!! その名も――『ゴッズスレイヴ』!! 神話においてもその存在が語り継がれる、古き神が付き従えていたという『神の奴隷』です!!」
そこに姿を見せたのは、上半分が半透明な卵形カプセルの中に眠る絶世の美女であった。会場が一気にどよめく。
『ゴッズスレイヴ』とは司会の言う通り、神話に登場する神の付き人である。その存在は神話のついでにちらりと姿を見せるだけで、当時神の従えた精霊だとも、人間だとも、下級の神だったともされていた。
実在するかどうかも不明だった品の登場に会場は動揺が隠せないが、畳みかけるように司会は数々の鑑定書や解析結果報告書を魔法で投影し、見せつける。
「調べに調べ尽くした結果、出た結論は『本物』ッ!! 解析の結果、これは神の力で作り上げられた超古代のゴーレムの一種であることが判明しましたッ!! そして、魔術等を解析した結果、このカプセルの真正面にある円形の部品に手を翳して魔力を注ぎ込んだ、その人物だけが彼女の唯一絶対の主になることが出来る仕組みだとのことッ!!」
あまりにも常識外れの品に会場の全員が度肝を抜かれる。
なにせ、神話の神が侍らせた、人と見分けのつかないゴーレムだ。
しかもカプセル越しに目をつぶって眠る美女の顔立ちたるや、その美しさの余り逆に恐ろしさや恐れ多さを感じるほどのもの。その辺の適当な人間をカプセルに詰めて偽装できるような美しさではないし、逆に動かなかったとしても美術品として絶大な価値がつきそうな代物だ。
そして、ハジメは人生でこの美しさと一度だけ対峙したことがある。そう、何度も見るうちに慣れてしまったが、トリプルブイの作ったオートマンのカルパ。彼女の美しさと同レベルの美意識がそこに籠められている。
ちなみに美しさではなくかわいさの場合は娘のクオンが一番だが、それは余談として――カルパは、何故か上から目線で神の人形を睥睨する。
「ほう……私に迫る造形の精緻さ。神の人形というのもあながち嘘ではなさそうですね。まぁ私と我がマスターの方が腕は上でしょうが」
「その根拠は?」
「私は世界最高の人形ですので、当然それを作ったマスターも世界最高の職人です。完璧な理論です」
「主観入りすぎでは?」
表情は変わらないが、心なしかどや顔の気がする。
どうやらカルパもそこには強い拘りを持っているらしい。
ともあれ、とんだダークホースの出現に会場は熱狂に包まれていた。
(念を押して皇女を競り落とさせないためにここでライバルを減らす腹づもりか、それとも悪魔が神の奴隷を売買することに優越感を覚えているのか……)
尤も、ハジメとしては都合が良い。
長引けば長引くだけ皇女救出に近づくのだから。
そして、ハジメはまだ1兆にも達してない消費額に対し、予算が有り余っているのだから。
「買って村の施設のどれかを任せよう。下衆な好事家に持って行かれるよりは人類の為になる」
「私としては、私の劣化中古品などいらないと思いますが? 私より劣る上に私とキャラが被っているなど、同じ空間に存在するだけで気の毒になります」
「さっきから私情が強烈だな……」
すまし顔でゴッズスレイヴを貶しつつ自分の高性能さをアピールするカルパに、ハジメは「こいつこんなキャラだったの?」と戸惑う他なかった。
◇ ◆
オークション会場が沸き立つその頃、侵入組は魔物を撃破しなから迷宮の出口まであと僅かの所に来ていた。壁を壊しながらの移動でもかなりの時間を要したが、その理由はひとえに魔物の攻撃の熾烈さだ。狭く見通しの悪い迷宮内は偶発的なエンカウントも洒落にならないし、各所にデストラップも散見された。
もしこれで近道さえ出来ていなかったら、絶対にオークション終了までに突破は不可能だっただろう。ダン単身なら話は別かもしれないが。
息を切らせるイスラが先に待つ気配に気付き、周囲に知らせる。
「出口と思しきところに悪魔の反応! 気配の濃密さからして恐らく高位悪魔です!」
「任せなッ!!」
その場の誰よりも速く、そして誰も追いつけない速度でダンが疾風の如く先行する。
出口の上り階段が続く広めの部屋――その中央に、理性を感じさせない悪魔の姿があった。羊の頭に猿の体、ヘビの尾と随分キメラじみた姿だが、確かに悪魔の気配がする。
ただし、強力な呪術を籠められた首輪を嵌められている。
『オ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
耳を劈く大咆哮が迷宮を鳴動させる。
この悪魔は何らかの罰で戦闘個体として使役されているのだろう、とダンは判断した。悪魔の間では時折ある話で、何度か門番にされているのに遭遇したことがある。悪魔にも悪魔のルールがあり、それを破った末路がこれというわけだ。
「見た感じ頭の悪いパワータイプだし、苦戦する要素はないね!」
盗みにおいて人や動物は殺さないと決めているダンだが、法で裁けず捨て置けば害を為す者が相手とあらばその限りではない。両手を軽く振ると、その指と指の間に手品のようにトランプが握られた。
「受け取りな、カットディール!!」
ダンは臆することなく接近しながら神懸かり的な速度でトランプを次々に投擲する。本来唯の紙である筈のトランプは矢を上回る速度で飛来し、悪魔の全身をズタズタに引き裂き貫通した。
が、瞬時に断面から肉が膨れ上がり、完全再生する。
「ヒュウ、これは予想外。理性や知能を代償に再生力を底上げしてるのか?」
『ガアアッ!!』
悪魔の豪腕が振り抜かれるが、ダンはバックステップであっさり躱し、十枚ほどのトランプをばら撒く。撒かれたトランプはまるで目の錯覚のように虚空で人を覆い隠すほどに巨大化し、悪魔を円形に囲んだ。
悪魔はこれを破壊しようとトランプを凄まじい力で殴りつけるが、既にトランプ内は結界を張られた状態であり微動だにしない。
『グゴォッ!?』
「まともに付き合ってられるかっての。時間がないんで大技使うぜぇッ!!」
魅せるはマジシャンジョブの更なる極致。
ダンの全身からオーラに似たエネルギーが湧き上がる。
「さあお立ち会い! 運命のコールの時間だぜ!」
瞬間、悪魔を囲った巨大トランプの中からダンの幻影が飛び出し、人差し指と中指で挟んだトランプが悪魔を貫く。更に間髪入れずに別のダンの幻影がトランプを投擲して串刺しにし、別の幻影がトランプで出来た剣で切り裂き、更に別の幻影が全身を回転させながら両手のトランプで悪魔の肉を削いでいく。
僅か数秒で再生力が追いつかない程に引き裂かれた悪魔が悲鳴を上げるより前に、トランプの円の外にいたダンは指に持つカードで目の前の巨大なカードを横一閃に切り裂いた。
摩訶不思議、種も仕掛けも存在しない致命の一撃。
悪魔を囲うトランプの全てが刀のような美しい切り口からズルリとスライドし、悪魔の胴体までもが同じように両断された。
『ガッ、アッ……??』
ダンはその悪魔にカードを放り投げて背を向け、ぱちんとフィンガースナップを鳴らした。
「悪いな、ジャックポットだ!」
直後、悪魔のいた場所に巨大な火柱が昇り、悪魔は全身を焼き尽くされて絶命した。
今回戦った悪魔の推定レベルは50。
しかも、極限まで高まった再生力を考えると、これを一撃で屠るのは上位冒険者が複数人一斉に攻撃したとて厳しいかもしれないほどの存在だった。
それを、彼は息一つ乱さずにたった一スキルで灰燼に帰してみせた。
これが、希代の大怪盗と呼ばれ、ハジメから逃げおおせ、NINJA旅団の長が直々にスカウトするほどの実力者の力。後から部屋に入ってきた面々は爆発を背にポーズを決めるダンの演出過剰な姿が、それでも様になって映った。
「トランプ使いってやっぱ強者の証だよな……」
「てかあの人、頼れる七人の仲間の残り六人欠片も出さねぇ……」
「あの方が忍者ジョブになればいよいよ手が付けられない気がしますね……」
「師匠がしつこく追った理由の一つです」
「それじゃ諸君、次が最終関門だ。俺一人で突破できるならもう先に行っちゃうから恨むなよ?」
にっと笑って飄々と上の階に上っていくダンを、四人は慌てて追いかけた。




