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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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18-4

 オークションは順調な滑り出しを見せていた。


 かつて有名な犯罪者が使ったとされる武器。

 さる名工が打った幻の武器、防具。

 表向きは紛失したとされている美術品。

 通常のオークションではお目にかかるのが難しいであろう品が目白押しだ。

 ハジメにも多少の審美眼はあるが、世界最高の審美眼の持ち主の娘とも呼べるカルパの方が圧倒的に頼りになる。


「おや、あれは確か聖ルチア大聖堂焼失の際に行方不明になった聖銀十字ですね」


 品の名前に聞き覚えがなかったガブリエルが首を傾げる。


「聖銀十字ってなんすか、姉御?」

「そのまま聖銀で形作られた十字架のことです。教会に伝わる十二の聖なる神具のうち、唯一所在不明とされていたもの。国宝級の価値はあるでしょう」

「えぇぇ、あの煤塗れのデカいのがそんなにヤベー品なんですか……」


 聖銀とは聖遺物が鋳造された時代に存在したとされる遺失金属で、いわゆる銀とは色合いが似ているだけの別物だ。実際に聖遺物の素材にも使われており、その金属としての性能はまさに破格。今の人類では加工することすら出来ない超性能の物質だ。


「まぁ、我がマスターなら加工出来るかもしれませんが……持っていれば教会に盗人の疑惑を受けそうなので、意外と穴の商品かもしれません。熱心に狙っているのは既に二人しか残っていませんし」

「試しに競り落とそう。イスラの新武器の素材になるかもしれん……1500万!!」

『おっと、遂に沈黙を破ったナンバー24!! 横合いから乱入だーーーー!!』

「せ、1600万っ!!」


 競っていた一人が脱落し、競り落とそうとしていたもう一人の客とハジメの一騎打ちにもつれ込む。


「1700万!」

「1790万っ!!」

「1800万!」

「1850万っ!!」

「……2000万!」

「なら、2200万だぁ!!」

「2500万!」

「ぐっ、う……」


 客はこれ以上は無駄と判断したのか引き下がり、ハジメが聖銀十字を競り落とす。

 競り負けた客は胸元で十字を切っているので、もしかしたら信心深くも教会に戻そうと狙っていたのかもしれない。


『では聖銀十字は2500万Gでの落札となります!!』

「ふむ……もう少し考える時間を挟んで引き延しても良かったか?」

「いえ、序盤はこれくらい強気でもいいかと。そういた演技は後半から入れましょう」

「財布が心許なくなってきたフリするってことでやすね、姉御!」


 しかし、レアものとはいえたった一回で2500万の散財。

 1200兆Gの軍資金を考えれば爪の垢程度ではあるが、これは爽快感がある。

 ハジメの胸に高揚するものが生まれ始めた。


『では次の品ぁ!! これは強烈な品です……なんと現魔王のお小水で汚れたレースのパンティ!! なんでも現魔王は淫魔も見惚れる絶世の美人だとのことで、しかも魔王の力が未だに黄色く宿っているため装備品としても大変な価値があります!!』

「「「「ウオォォォォォォォォォッ!!」」」」

「……」


 盛り上がった空気が一気に下がったハジメであった。


 このオークションは裏オークション。

 ドレスコードやマナーはあるが、出品される品にモラルなどない。

 魔王の装備品と言えば聞こえはいいが、明らかな女性もののレース下着に異常な盛り上がりを見せる周囲に反してハジメのテンションは極めて低かった。


「というか、そんなもの本物かどうか見分けられないだろうに……」

「いえ、あのパンツから感じられる魔力量は尋常なものではないので信憑性はあります。恐らくは魔王軍の金策の一種でしょう。それと……」


 謎の魔力感知能力を発揮するカルパは、懐から紙を取り出す。

 それは、出発前にオークション出品物を調べた際、買って欲しいものがないか村の中で要求を募ったものだ。


「実はマオマオ氏から現魔王関連の品が出品されたら全て競り落として欲しいと……」

「聞きたくなかった」


 訳ありお嬢様ウルの従者メイドであるマオマオからのまさかのリクエストに、ハジメはげんなりする。あの斬首されるのが大好き悪魔はなんというものを頼んでくれたのだろうか。

 今、その狙いの品を巡って目の前で地獄が繰り広げられている。


「さささ3000万出しますぞぉ!!」

「魔王様の召し物にそんな木っ端金額を付けるとは不届きな!! 5000万!!」

「ふひひ、誠意とは……こうするものぞ!」

『あっと倍額要求ぅ!! 一気に1億まで膨れ上がるぅぅぅーーー!!』

「ここ、こうしちゃおれん!! もう目玉商品などよいわ!! 1億1000万出すぞよぉぉぉ!!」


 黄色いシミが広がる女性のパンツを血眼で求めて大金を振りかざす非常に気持ち悪い集団。一部女や悪魔も混ざっているが、多分悪魔はガチの魔王ファンだろう。本物を見たことがあるからこその反応と思われる。


 幾らハジメでもあの中に混ざってHENTAIの仲間入りするのは抵抗がある。

 しかし、そんなこと知ったこっちゃねえとばかりにカルパはにっこり微笑む。


「問題ありません。今日の貴方様はファースト様ですから」

(本名じゃないから俺の買い物じゃない。だからやれってことか)

(アニキ、骨は拾います……)


 要望は確かに承っている以上、約束を破る訳にもいかない。

 ハジメは意を決し、一瞬でも精神的苦痛を和らげるために横合いから金でぶん殴った。


「10億、出す」

「ナニィッ!? させるか12億!!」

「12億と500万……!!」

「ここに至って姑息に刻むな、底が知れるわ! 13億出そう!!」

「グギギギ……20億!! 20億でどうじゃあ!!」

「30億」


 極めてテンションの低いハジメの30億宣言。

 これにHENTAIたちは戦慄した。


「あの魔王様のお小水つきお召し物を競り落とそうというのに、なんだこの水面のような静けさは……」

「け、賢者。奴こそが賢者でおじゃる……」

「聖銀十字に祈りを捧げ、魔王のパンツを被ろうというのか……そんな矛盾した情熱を一切外に漏らさず言ってのけるとは……ぱ、パンツ王じゃ!!」

「彼こそ魔王様のパンツを握るに相応しい……パンツキングの降臨だわよ!!」


 ハジメはもう何もかもを捨てて世界の果てを目指したくなった。


『想像を絶する激戦の末、30億で落札!! 会場にパンツ王を讃えるコールが響き渡るぅぅぅーーーー!!』

「「「パンツキング! パンツキング! パンツキング!」」」

(いまなら全てを投げ出して死ねる。いや、死すべしだ)


 この日、ハジメは何か大切なものを失った気がした。

 いや、失ったのはファースト・セブンだと弁明は出来るが、もうなんか精神的にそういう気分になった。


 ――その後暫くハジメは気になる品を競り落としたり、興味の無い品に適当にちょっかいを出して降りたりしたが、暫く周囲からはパンツ王の呼び名が消えず、ガブリエルに慰めるように肩を叩かれた。




 ◇ ◆




 オークション会場でパンツキングが誕生しているその頃、ダン率いる怪盗団は第三の難関に挑んでいた。


「地下を利用した迷宮とはね。地味に手間のかかることを……」


 ダンは指で顎を擦りながら唸る。

 恐らくは悪魔によって作られた場所であって、古代遺跡ではないのだろう。

 複雑に入り組んだ通路、見通しの悪い床、あちこちから感じられる魔物の気配。まさにそこは迷宮だった。それも平面的なものではなく、二階もあるようだ。これを律儀に攻略していては時間が足りるものではない。


 周囲の視線が自然とダンに集まる中、彼は懐から羊皮紙を取り出して床に置くと、いきなりその上にインクをぶちまけた。すると、ぶちまけられたインクが勝手に動き出すように紋様を作り、やがてそれは迷宮の地図になった。


『こんなもんでどうだ、ダン』

「おう、お疲れブッチ」

「「「喋った!?」」」


 オロチ以外の三人が驚愕する中、ああ、とダンは思い出したよう振り返る。


「こいつは『ブッチ』。俺の頼れる七人の仲間の一人さ」

『万能地図のブッチだ。短い付き合いだがよろしくな、ケツの青い犯罪処女共!』

「口悪ぃなこの地図! 転生特典か?」

「そゆこと。さぁみんな集まれ」


 この場には転生当事者三名に転生者の実在くらいは知っている人間が二人という構成だったため、喋る万能地図の存在に疑問を抱く者はいない。むしろイスラは納得したという顔だった。


「こんなもの持ってたら、そりゃ誰も貴方の犯行を防げない訳ですね。移動する魔物の位置まで表示されてるじゃないですか。建物に侵入しなくとも外から地図で調べられるんですか?」

「そこは企業秘密」


 にやっと悪戯っぽくダンが笑ったところで、ビルダーであるショージが破砕槌を担いで肩を回す。


「じゃ、こっからは俺がいいとこ見せる番よ! どこの壁をぶち抜けば近道出来るのか、ゴールさえ分かってりゃこっちのもんだからな! オラァッ!!」


 ショージがいきなり迷宮の壁をハンマーで叩くと、叩いた一帯が砕け散る――ことはなく、全てブロック状に分解される。そのブロックをショージがものすごく職人っぽくテキパキしているが実際には何してるのか分からないインチキめいた動きで作業すると、そこに人が通るように整備されたアーチの出入り口が出来ていた。

 出入り口を作るのには多少時間がかかっていたが、それでも実際に正しい道筋で歩くよりは圧倒的にこちらの道の方が速い。 


「念のためアーチ状にして構造上脆くならないようにしてるぜ」


 作る者(ビルダー)、それはすなわち破壊者でもある。

 規定の路線を破壊し、新たな道を作る。

 こういう状況でこそ力を発揮するショージは『迷宮殺し』だ。

 が、ブンゴはその能力にはっとする。


「お前これ……第一関門もこの方法で楽勝だったんじゃねーの!?」

「や、最短距離を取るならそうなんだけど、あの部屋はセキュリティ色々と仕込まれてたから多分バレる。第二も時間かけて足場作れば行けなくもなかったんだけど、俺より手っ取り早い人がいたから言い出せなくて……」


 ビルダーは確かに破壊と創造によってあらゆるギミックを回避出来るが、壊すのはともかく作るのには相応に時間が必要だ。それに、迷宮ではこのビルダー能力にもう一つ欠点がある。

 オロチはすぐにその欠点に気付き、目を細める。


「……どうやら破砕と建築の音につられて魔物が接近しているようですね。しかも、この迷宮の魔物は数も質もその辺の環境より二回りほど上のようだ」


 オロチの両手に音もなくクナイが握られる。

 ブンゴはメイスを、イスラはいつもの鎌ではなく十字架をあしらった槍を、ダンは懐からトランプを取り出す。この中で最も戦闘能力の低いショージは彼らの背に隠れつつ、ダンの装備に刮目して叫ぶ。


「で、出たーーー!! トランプを武器にして戦う奴ぅーーー!!」

「驚くのそっちかよ! マジシャンジョブってレアジョブになれば使えるぞ?」

「マジか!! 帰ったらジョブの勉強しなおします!!」


 ちなみにマジシャンジョブはジョブスキル的にはかなり『果て』のジョブであり、シーフ、ウィザード、ギャンブラーなどかなり癖のあるジョブチェンジを繰り返さなければたどり着けない。オロチ以外の三人は、実際にこのジョブに辿り着いた人を初めて見たくらいだ。

 ただ、大変なだけはあり紙の加工品を武器に使っているとは思えない戦闘力を発揮できることを、彼らはこれから知ることになる。


「ほんじゃま、魔物を掃討しつつ最短距離をガンガン突っ切っていくか!! 野郎共、後れるなよぉ!!」


 見通しの悪い迷宮の角から次々に爛々と目を光らせて迫る獣、ゴーレム、ガーゴイル、コウモリ系の魔物たち。猛々しい咆哮をあげて凶悪な番人たちが駆け出すと同時に、侵入組の本格的な戦いの火蓋が切って落とされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ハジメの胸に高揚するものが生まれ始めた うん。ためたものを盛大に放出するって気持ちいいものな。それはそれとして、こやつ。死ぬ前の身辺整理としての散財ではなく、最早散財が性癖になっておらん…
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