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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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18-3

 会場受付でダンの仕入れた紹介状を見せると、仮面をつけた受付人は怪しむことなくハジメにオークション会場で使用する参加者番号を恭しく差し出した。


「お客様の番号は24番です。この番号はランダムに選ばれているため、総資産等の個人的情報とは一切関係ございません。このまま案内に沿って進み、小部屋へとお願いします」


 小部屋では会場内で不正が出来ないよう持ち込み不許可の荷物や道具を預けさせられ、仮面を貸し出しされた。

 この仮面には、他に仮面をつけている人物の顔が覚えづらくなる特殊な加工がされており、同じ柄の仮面のみそれが適用されない。なので周囲の競争相手は仮面の紋様や形でしかはっきりと認識出来ず、代わりに同じ仮面を装着した従者などは問題なく認識出来るというわけだ。

 参加者は素顔を晒さず、参加者番号だけ名乗ればよい。


 一応はこの日のために全員がこういった場で不審がられない程度に演技指導を受けているので、堂々と会場に入る。


(ここが例の……かなり広いな。嘗てコンサートホールだった場所を改築したとは事前の報告でオロチから聞いていたが、裏のイベントとは思えない堂々たる様だ)


 オークション会場は豪華絢爛、かつ異様な熱気に包まれていた。

 感情に疎いハジメでも肌で感じるほどの、纏わり付くような粘ついた欲望の渦。誰も彼もが表では談笑しつつ、片時もこれから商品が出品されるであろうステージから意識を離さない。

 そんな中を、ハジメたちは目元を覆う仮面を装着して歩く。


(……思った以上に注目されているか?)


 周囲がこちらにちらりと一瞥をくれる様とひそひそ小声で話す様子に、ハジメは少し不安を覚える。しかし、カルパが小声でその不安を否定した。


(どうやら仮面は相手の顔を覚えにくくするだけで、美的感覚までは隠匿できないようです。今回の我々の着衣は全て我がマスターのお手製で、メイクもマスターが担当したため、周囲にはひときわ美意識の高そうな相手が来たと感じられたのでしょう)

(気合いを入れすぎたか?)

(いえ、一瞥くれるだけで済ませている以上は問題なく受け入れられていると見るべきです)


 なるほど、とハジメは自分たちをコーディネートしたトリプルブイの満足げなサムズアップを思い出す。

 ハジメには分からないが今の3人の服は審美眼のある者が見れば唸るような丁寧かつ上質な仕上がりであり、メイクも服や本人の雰囲気と完璧に調和したものが施されている。そういう拘りを理解出来る程の美的感覚を持っている者に、今現在ハジメたちは一目置かれているようだ。


(そういうことなら好都合だ。こっちは派手な金の使い方をするから、みすぼらしいよりはその方が違和感がない)

(流石はハジメのアニキ。大胆不敵ですね!)


 それからハジメたちはオークション開催まで待った。

 途中、メイドを金銭で取引・交換しようとする『メイドガチャ』等という頭の悪い転生者が初めてそうなゲームに興じる下衆たちがカルパに群がろうとしたが、カルパがハジメとデキている風を装うという機転を利かせて追い払った。


「ふっ、他愛もありませんね……これぞマスターにせびって手に入れたお金で購入したドロドロ不倫愛憎小説読破の賜物です」

「お願いだから村の図書館には寄贈しないでくれよ、その小説。というかお前は自力で何かしら稼げるだろ」

「マスターの為になりませんのでやりません。喉ゴロゴロと尻尾の付け根カリカリはしてあげますが」


 澄まし顔で自分の主人を近所の猫と同列に扱うカルパ。

 しかし、マスターことトリプルブイの被造物、新種族オートマン――そんなことをするつもりはないが、もし仮に彼女に値段を付けるとしたら途轍もない値がつくことだろうとハジメは思った。


 やがて、仮面の主催者によってオークションの開会が宣言されると、集結した仮面の富豪達が一斉に拍手した。ハジメたちもそれに混ざって拍手しながら、今頃ダンたちは既に侵入に成功している頃だろうと思う。


(ここからが本番だが、さて何が出品されるかな……?)


 帝国の皇女以外にも幾つが出品物の噂はあったが、それ以外にもサプライズを用意しているという噂なので、もしかしたら今まで様々なアイテムを手に入れてきたハジメでさえ見たことのない珍品が出るかもしれない。


 ハジメにも多少の好奇心はある。

 果たして裏オークションがどの程度のものか、見定めさせて貰おう。




 ◇ ◆




 一方、皇女救出チームは既に警備の眼をすり抜けて会場裏への侵入に成功していた。

 ショージとブンゴがしきりに感心の声を漏らす。


「いやー。まさかあんな方法で警備をすり抜けるとは思わなかったなぁ、ブンゴ」

「ああ。警備が実は分身でしたって、つくづく忍者は反則的だぜ」

「リザードマンはヒューマンには顔の見分けがつきづらいですからね。よく使う手なんですよ」


 警備員の格好をしたオロチがにやりと笑う。

 オロチはここの警備員の中に急遽雇われたリザードマンが数名いるのを利用して、彼らを買収して自分の分身とすり替えておいたのだ。しかも背丈や肉付きを変化の術で調整した分身なので、見事に誰にも気付かれずに警備に穴を開けられた。


 ただ、そんなオロチも商品管理の中枢まではセキュリティが堅くて侵入できなかったという。流石は長く裏オークションをやっているだけあって、オロチが潜入して盗むなどという簡単な方法を許してはくれなかった。

 それでも全員がキレイに侵入出来て、ダンも上機嫌だった。


「いやー、仲間がいると楽できていいねぇ」

「ご謙遜を。貴方一人でも充分侵入は可能だったのでは?」

「まぁ人間の考えた警備なら多少ごり押しすればラクショーだわな」


 オロチの疑問にダンはおどけたが、すぐ真剣な顔に戻る。


「だが今回は下調べの時間も猶予もあんまりなかったし、悪魔が絡んでると『絶対に一人では解けないギミック』なんて平気で持ち込んでくる。よって人数を確保出来る上に隠密も得意なオロチ、悪魔探知に長けた聖職者のイスラ、鑑定能力の鬼であるブンゴ、そして不測の事態にもビルダー能力で柔軟に対応できるショージが必要だったわけ」


 ブンゴとショージが自分のことを評価されてニヤニヤが止まらなくなっている。一応ブンゴ、ショージ、イスラは潜入に必要な技能研修(NINJA旅団主催)を短期で受けたので足手纏いにはなっていないが、イスラからするとこの二人は若干不安だった。

 ダンがイスラの方を向く。


「どうだイスラ、悪魔の気配は?」

「強くはないですが、ありますね。奥の方が濃いですが、経験上大量の悪魔がいたらもっと瘴気が漏れてくるハズなので、居ても多くて5匹、或いはそれなりに強い悪魔1匹程度でしょう」

「よし、そんじゃ第一関門に到達だ」


 5人は広い部屋に到達する。

 お約束ではあるが、お宝に辿り着くにはいくつかのセキュリティを突破しなければならない。もしごり押ししてセキュリティに引っかかれば皇女の居場所は再び暗中に隠れるだろう。そしてオークション会場は、お宝の保管庫に至る道が二つある。


 一つは会場のホールから直接行くルート。

 これは強奪に近く、ホール内にも様々なセキュリティが施されているため最終手段となる。

 よって、もう一つ――裏口から侵入するルートを選ぶしかない。 


 裏口からの侵入経路は一本で、オークション毎に罠を新しいものに設置し直し、警備も信頼の高い者たちに任せているため、今まで誰にも破られたことがない。そこまで念入りにするならいっそ完全に封鎖すればいいという考えもあるが、そこは金持ちの道楽のようだ。


 魔王軍然り、この世界の悪人はわざと隙を作っておくのが好きらしい。

 自分が趣向を凝らして練りに練ったセキュリティで不届き者を排除しつつも、簡単に全て排除しては面白みに欠けるから敢えて「正解の道」というスリルを持たせるのだろう。


 第一関門は、夥しい量の鍵と三つの扉が設置してある無人の部屋だった。

 部屋のあちこちには意味ありげなメッセージを刻んだ像やパネルが散見され、不気味な様相だ。


「ブンゴ、お手並みを拝見させてくれよ」

「こんなもん楽勝楽勝!」


 指をぱきぱき慣らしたブンゴは意気揚々と歩き出す。

 彼の鑑定能力の前にはどのような仕掛けも丸裸だ。


「この扉は魔法鍵が必要だな。特定の魔力の波長を記録した鍵を差し込むことで開くから、ピッキングは無理だ。波長を探るのにも時間がかかる。というか鍵穴に不正解の鍵突っ込んだ時点でセキュリティが発動する。ちなみに鍵は三つの扉で同時に回すことで本当の隠し扉が開くようだぜ。一つずつだとやっぱりセキュリティが発動するから、一人で盗みに入ってたら基本ここでおしまいな訳だ」


 解説しながらもブンゴは像にその辺の道具を持たせたり、首の位置を曲げたりして隠しギミックをあっさり暴いていく。隠しパネルの裏の鍵、鍵同士を連結させて出来る鍵、部屋にある薬品をかけることで一つだけ変色することで見つかるハズだった鍵をあっさり揃えたブンゴは、鍵に対応した扉もヒントを読まず全部鑑定で一致させる。


 彼の目には、ギミックアイテムはその解き方も含めて全部見えているし、並んでいる鍵も一目見ればダミーとそうでない鍵は見分けがつくし、鍵自体の絡繰りも全部暴いてしまう。まさに謎解き泣かせの反則能力だ。


 地下への道が開き、次の関門へ向かう道が出来る。

 こうして皇女救出チームは手分けして第一関門はを突破した。


「第二関門は……っと、こりゃ原始的なものが来たな」


 言葉に反して楽しそうなダンは、ぺろりと舌なめずりする。

 5人の目の前にあったのは、巨大な振り子のペンデュラムやギロチン、トゲつき鉄球が行く手を阻む一本道だ。道の両脇は奈落のようにぽっかり下に続いており、地面にはびっしりと敷き詰められた棘の罠に加え、空気より重い毒ガスが色つきで充満している。おまけに一本道の両縁が斜めに削られているので一度バランスを崩すと縁に掴まれない。


 一瞬でもバランスを崩せば命はない。

 落ちる天井に並んでベタな罠部屋に、ブンゴが顔をしかめる。


「これ、床のパネルがスイッチになって壁から矢まで出てくる仕組みだぞ。ギミックに使われてる道具は超高級な素材で出来てて破壊は難しいし、壁の側面はよく見えないけどぬるぬるするクリームがが塗ってあるから鉤爪みたいな道具でのごり押しも無理っぽいな……死にゲーだ死にゲー」


 すなわち、突破するにはこの荒れ狂う即死級の罠を潜り抜けなければならない。ダンにとっては朝飯前だが、他のメンバーにとっては――と言いたいところだが、ここにはダンも一目置くほど身体能力に優れた存在が一人いた。


「オロチ、俺が先に行って突破するからあと分身でよろしく」

「成程。ダン殿とわたしであれば突破は容易……貴方の動きをよく見て突破方法を覚え、我が分身たちに残る三人を抱えさせて罠を潜り抜ければ最小リスク、最大効率ですな」

「そゆこと~」


 ダンはタップダンスを踊るようにウォーミングアップで足を慣らし、自然体ですっと罠に飛び込む。

 迫る鉄球を鼻先三寸で躱し、巨大ペンデュラムの風切り音を耳元で楽しみ、床に連動して発射される矢を小銭でも拾うように屈んで避け、ギロチンを下から興味深げに観察しながらすり抜ける。


 ダンはチート能力を持ってはいるが、それは未来予測やブンゴのような圧倒的鑑定力、無敵の肉体のような肉体に直結する力ではない。すなわち、この軽やかな動きと精神的余裕は、彼自身が鍛え抜いた怪盗としてのスキルだ。


 結局ダンは、まるでダンスをたしなむようにものの30秒ほどで罠の道を攻略した。

 ショージ、ブンゴ、イスラも口をあんぐりと開ける。


「すんげー」

「やべー」

「これが伝説の犯罪者……」

「では我々も続きましょうか」


 オロチが三人の分身を出し、それぞれが残された三人を抱えてダンと全く同じルート、間の取り方で罠を攻略していく。なまじ自分が動いていないだけにショージは恐怖が増大して「ひょえー!」とか「んごぉぉーー!」とか意味の分からない悲鳴をあげているが、オロチは無事三人を運びきり。自分に至ってはダンより若干早いルートでこちらまで合流して見せた。


「第二関門も無事突破ですね」

「当然のように言い切ったけど、いくらダンが正解の道を見つけたとはいえそれを一回見ただけでパーペキに覚えて突破するってヤバない?」

「……? これくらい普段の修行と大した違いはありませんよ。むしろ師匠の方がより苛烈なくらいですし、この程度であれば他の兄弟弟子も手こずりはしません。ジライヤはまだ体躯が幼いので運ぶのに苦戦したかもしれませんがね」


 顔色一つ変えず――元々リザードマンの顔色はわかりにくいが――けろっと言ってのけるオロチに、疑問を呈したショージも他の二人も「この人も充分規格外なんだよなぁ」と珍しく意見が一致していた。

 ダンは首をごきごき鳴らし、先に進む道を指さす。


「さて、一回目と二回目はたまたま即解き出来るモンだったが、次は正解が分かっても即解きは出来ねぇかもしれねぇ。地上ではいい加減オークションも始まってんだろうが……」


 そこで言葉を止めたダンは、罠部屋の出口の扉を開けながら重い声で呟く。


「もし俺らが間に合わなかった場合、ハジメの奴が自力で皇女を競り落とし、俺らの努力は全部パァになる」

「「「「……」」」」


 それは確かに嫌だな、と4人は思った。

 人の努力を全て叩き潰す圧倒的な財力――もちろんオークション側とドメルニ帝国の宰相がグルである以上はハジメがどうやっても競り落とせない可能性はあるが、5人にはある共通の認識があった。


「「「「「ハジメ(さん)ならこういうとき一切空気読まず金で叩き潰しそう」」」」」


 空気の読めない不思議系異世界散財男、ハジメ。

 これで悪気がないんだから、実に厄介な味方である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「だが、競り落としてしまっても別に構わんのだろう?」 というとフラグっぽく聞こえますな。この場合のフラグ回収ってなんやねん感でるけど。
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