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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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18-2

ハジメの貯金額に刮目せよ。

なお、総資産とは言ってない。

「今回は珍しく世界の秩序を維持するための盗みでな。流石に一人じゃ分が悪いんで、仲間を募ってる。お前にもそこに加わって欲しいんだが……どうよ?」


 唐突な仕事の誘いに、ハジメは即座に返答した。


「具体的な内容を聞かないことには何も約束できん」

「慌てなさんな。ちゃあんと説明するよ。今、シャイナ王国のお隣であるドメルニ帝国で大変な問題が発生してる……あそこの皇帝が悪魔に取り憑かれてんだよ」

「さっそく穏やかではないな」


 ドメルニ帝国といえばシャイナ王国とも交友の深い大国である。

 その指導者が悪魔に取り憑かれてるとは、真実であれば一大事である。

 なにせドメルニ帝国の軍事力は世界一を誇る。

 その軍事力が暴走すれば、人類は魔王との戦いどころではない。


「悪魔憑きと断言する根拠は?」

「ルシュリア王女からのタレコミ」

「一気にその件に関わりたくなくなった」

「そこをなんとか! 大丈夫、誰から見ても善行だからッ!!」


 両手を合わせて必死に頼み込むダンの話を、不承不承ながら聞く。


 異変は一ヶ月前のこと、急に皇帝の様子がおかしくなった。

 それまでは割とまともな男だったのに、急に悪政を敷いて民を重税で苦しめたり、どこから連れてきたかも不明な人間達を突然城に招き入れて大きな権限を与えたり……。

 その奇行は段々と隠せるものではなくなってきたという。


 そこでルシュリアは帝国のパーティ参加をカムフラージュに、部下と共にこの異変を調査した。その結果、既に皇帝は悪魔に完全に取り憑かれ、場内を人のフリをした悪魔が跋扈していることが判明した。

 これが一週間前の話だという。


「で、こっからが重要なんだが……お前、ドメルニ帝国じゃ未だ奴隷制が続いてんの知ってるか?」

「ああ。新たに奴隷を生み出すことが公的に禁止になっただけで、奴隷制度自体はまだあるのだろう。そして裏マーケットでは新たな奴隷を違法に生み出しているという噂は途絶えず、違法に奴隷化された者は自力で権利回復が出来ないとも」

「そうだ。そして、その裏マーケットにこんな情報が流れてる」


 ダンは一度区切り、もったいぶってこう告げた。


「皇帝の娘が奴隷としてオークションに売りに出される、とな」


 一陣の風が吹き、二人の髪を揺らした。

 前代未聞過ぎる大事件に、ハジメは一瞬返答に窮してしまう。


「王家の血筋を金で売る、だと……? 皇帝を操る悪魔の仕業なのか?」

「だろうな。十中八九その悪魔とやらは魔王軍の手の者だろうよ。しかも皇帝を悪魔が乗っ取ったかどうかなんて皇帝に直接近づいて異能か聖職者の能力を使わないと証明のしようが無いのをいいことに、皇帝は完全に城に籠りきり。皇女はとっくに連中の手に落ちてる。城からは瘴気が漏れ出してるのを誰もがおかしいと思っているが、皇帝の威光のせいで誰も手が出せない状態だ。そこでルシュリア王女は二面作戦を考えた」


 一つ、城の制圧作戦。


 これは勇者を中心に教会などを協力者にしたもので、これによって皇帝から悪魔を祓い正気に戻って貰おうという策だ。皇帝には姫以外にも王子がおり、そちらの救出も同時進行で行われる。失敗すれば二国間の関係には無視出来ない亀裂が入るが、それだけ深刻な問題なのでやむを得ないのだろう。


 何故勇者を中心とするかというと、実は皇帝は悪魔に乗っ取られる前も後も勇者に会いたいとしきりにシャイナ王国に要請していたらしい。

 地上で活動する悪魔の殆どは魔王軍所属なので、乗っ取られた後も会いたいと言うのならばこれは高確率で罠だ。彼らは勇者を自分たちの懐に招き入れて倒したいのだと予想される。

 その罠を逆に利用しようというのが表の作戦だ。


 しかし、皇女は既に城の外に運び出されており、行方が知れない。

 だが、如何に隠していようが、オークション出品前には必ず皇女は『納品』される。

 そこで世紀の怪盗であるダンの出番だ。


「オークションをする以上は商品を客に見せて本物だとアピールするのは絶対条件。いくら居場所を隠匿していようが、オークション中なら絶対にいるんだから、そこを盗み出して身の安全を確保する。それが俺の仕事さ」

「確かにそれならば……しかし、皇女を奴隷にして売るか。魔王軍の好きそうなことではあるが、本気で買おうとする人間もいるのだろうな」

「実際、世界中の悪趣味な金持ち共が皇女を競り落とすオークションに向かってるらしい。皇帝を操る悪魔はもう法律改正で奴隷を再度合法扱いにする予定を立ててるから、王家の純血を合法的に奴隷にするラストチャンスって訳だ。キモイ連中だぜ……」


 ハジメとしては気持ちの良い悪い以前に理解の及ばない話だが、世間一般で言う下衆な趣味くらいのことは理解出来る。買われた皇女に幸せな未来はなさそうだ。


「だが、この人身売買オークションはデキレースだ。何故なら悪魔とグルで国家予算を抱えた裏切りの帝国宰相殿が参加するからな。いくら世界の富豪でもドメルニ帝国の国家予算相手じゃ勝てっこない」

「既に情報で腹一杯になりそうだ。その宰相とやらは、確実に共犯なのか?」

「まず間違いなく皇帝を乗っ取った悪魔の仲間だ。そもそも皇女が出品される奴隷オークション自体が、元はこの宰相の小遣い稼ぎで生まれたっぽい。こいつも悪魔に操られてるのか、それとも元々下衆の極みなのかは捕まえて吐かせないと判別がつかんがな」

「人間とは悪魔に最も近い存在、か」

「有名な漫画の引用だな」


 ともあれ、事情は分かった。

 事態を静観すれば世が乱れるのは必至。

 これを防ぐのは正しい行為である。


「いいだろう。確かに世界のためになる仕事だ。手を貸すよ」

「助かるよ。へへっ、お前も来るとなると楽しい仕事になりそうだ!」


 今ここに、最強冒険者と最高の怪盗によるタッグが結成された。




 ◇ ◆




 ――オークション当日、ハジメは会場にいた。


 普段は着ない上流階級感溢れる服装に身を包んだハジメは、自分の後ろに控える二名に目配せする。


「準備はいいな? カルパ、ガブリエル」

「本日のみ、貴族ファーストに扮するハジメ様の従者メイドとしてサポートさせていただきます」

「そして俺はアニキ……もとい、ファースト様に雇われた屈強な護衛係って訳だな!」


 そこにはメイドに変装したカルパと、SPめいた黒服とサングラスを装着したガブリエルがいた。


 当初、ハジメは皇女奪還作戦において戦力的な力を求められているのかと思っていたのだが、実際にはもう一つの役割が主で、冒険者としての実力は予備戦力的な扱いになっていた。


 ハジメの役割――それは、豊富な資金力を用いてオークションを可能な限り長引かせることである。それほど人気のない商品にも積極的に参加し、最後の目玉である皇女登場までの時間を稼ぐのは、余りある資金を抱えたハジメにしか出来なかった。


 ただ、冒険者ハジメが堂々と会場入りしては流石に警戒されるため、今回ハジメは『ファースト・セブン』という貴族に成り代わっている。ファースト・セブンは王国に実在し、そして既に死亡しているものの家の様々な事情で『生きていることにされている』存在だ。それをルシュリアがハジメの身分詐称に使えるよう整えた。


 同行者二名は、ハジメが富豪貴族のフリをするなら従者を連れた方が自然に見えるとのことで、急遽用意した。

 カルパは本物のメイド能力を買って。

 ガブリエルは見た目の厳つさ重視だ。

 余談ではあるが、逞しく強面なオークの護衛というのは政界でも意外とメジャーである。


 そして皇女奪還に乗り出す実働部隊もハジメたちの更に後ろに並んでいる。


「本当に良いところだなフェオの村は。おかげで面白い顔ぶれが揃えられた」


 不適に笑うダンの後ろには、数名の男達。

 まずはいつもの病気コンビとこショージとブンゴだ。


「ルパンルパーン!」

「ショージ、それ正しくはルパンザサードだぜ」

「エッ、知らんかったわ……超ハズい」


 その後ろには、いつもより聖職者然とした格好のイスラが聖書片手にため息をつく。


「聖職者が犯罪者と協力して他国の姫を攫うだなんて……教会からお許しが出ているとは言え、目眩がしそうですよ」


 そんなイスラを励ますのはNINJA旅団から派遣されたオロチだ。


「事が事ですから、致し方ありますまい」

「そういえばオロチさん、他のNINJA旅団は来なかったんですか?」

師匠マスターは城の制圧に、ツナデとジライヤはその他協力者の炙り出しに出てます。かく言う自分も既に分身を会場に入れて下見中です」

「ふーん……怪盗ダンと旅団の長が組んだら暴けない物なんてなさそうなものですけどね」

「……ここだけの話、師匠は一時期ダン氏をNINJA旅団にスカウトするため随分追いかけ回したらしく、ダン氏の方が鬱陶しがって避けているそうです」


 オークションを進行的な意味で荒らす3名と、リアルに荒らす実行部隊5名の計8名。

 ダンはそれでも少し不満げに肩をすくめる。


「あと3人いりゃあオーシャンズ11でも名乗れたんだが、今回は無理して数増やすような仕事じゃないからな。女性は一人しかいないがオーシャンズ8で我慢だ」

「なんの話だ?」

「え、知らんのかハジメ? あの名作を?」

「知らん。アニメか何かか?」

「分かった。今日から毎晩神にあの名作洋画を哀れな転生者に見せてやるよう熱く祈りを捧げておく」

「やめろ。神が俺に愚痴を飛ばしてきたらどうしてくれる」


 今回、フェオやクオン達には少々刺激の強い場所であることから同行はしていない。というか、仕事の概要自体を話していない。面倒事なのだから巻き込まないに越したことはない。

 と、ダンがふと確認を取ってくる。


「あのさ、今更なんだけど……お前軍資金はいくら用意したんだ? お前が金持ちってことは知ってるけど、一応確認な」

「ああ……」


 今回、ハジメは口座の全財産に加え、事前に換金を忘れていた膨大な換金アイテムの売却と、溜った不要アイテムの売却を行った。それもこれも、このオークションで可能な限り散財して、出来ればすかんぴんで帰りたいからである。

 と、いうわけで。


「おおよそ1200兆G用意した」


 とうとう明かされたハジメの資産に、その場のほぼ全員が凍り付いた。

 後れて、ダンがハジメの頭をスパーン! とはたく。

 頭のネジが取れたらどうしてくれるのだろう。


「お前バカじゃねーの!?」

「足りないか?」

「逆だバカ! 帝国の国家予算ひっくり返して皇女競り落としかねない額だぞ!? お前どんだけ貯めたんだよ!?」

「この世界が半端にゲームみたいな設定になってるのが悪い……」


 この世界はどんだけ金が市場に出回っても決してインフレにもデフレにもならない。価格崩壊も起きない。何故ならそういう世界だからだ。とある一線までは現実と同じルールが適用されるが、どこかの一線を通り過ぎると急にファンタジーになるのだ。


「これが本当の『神の見えざる手(※)』だ。受け売りだが」

「~~~、まぁいい! そんだけ金があれば荒らしに荒らせるだろ。だがな、怪盗の誇りにかけて皇女は絶対に盗み出すかんな!」

「盗まなくて良いぞ。競り落とす」

「こいつに協力を頼んだのはある意味失敗だったかもしれん……」


 ダンは肩を落とし、ハジメはテンションを上げる。

 実はハジメは前々から一度は参加してみたかったのだ、オークションというものに。


(裏オークションとなれば飛び交う金額も法外なものになることが予想される……すなわち、散財のとき!!)


 今、ここに世界の歴史に残る大散財が始まる。


 ……後日周囲に『家庭のことを妻に丸投げして全力で趣味に浸るダメ夫みたいだった』と揶揄されることを、ハジメはまだ知らない。

(※経済学者アダム=スミスが著書で使った有名な言葉。市場経済において需要と供給は自然に調節されるという考え方。ただし、それは商売人達が正しい経済知識とモラルを持っている場合の話である。)

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― 新着の感想 ―
[一言] >『家庭のことを妻に丸投げして全力で趣味に浸るダメ夫みたいだった』 まぁ、経済的な話で言うとそもそもすでに働かなくていいし、そうなると家庭を営む上で必要な仕事は家事と育児しかなくなるし、ク…
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