表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/348

17-3

 フェオは己への失望に打ちひしがれ、宿のベッドに横たわっていた。

 ハジメが精一杯自分の事を気遣っているのは感じたが、今のフェオはそれをプラスの出来事に受け取れる状態ではない。


(綺麗な服を貰っただけで浮かれて、調子に乗ってクオンちゃんの同行を安請け合いして、信頼を裏切って迷惑かけた挙げ句にハジメさんに無理してまで慰めて貰っておいてあんな態度で……もう最悪……)


 そもそも今回の素材回収に付き合って貰ったのも殆どフェオの我が儘だ。なのに付き合ってくれたハジメの善意を無碍にし、今は全てが空回りしている。

 ここ最近、フェオは自分が嫉妬深くなってしまったことを自覚していた。ハジメが絡む事柄となるとその気持ちはすぐに表出し、この間はとうとうハジメにキスまでしてしまった。

 フェオは自分を卑怯者だと思った。

 ハジメが拒否しないだろうと心のどこかで分かっていたからだ。


(挙げ句の果てにクオンちゃんにまで嫌われて……本当、私ってどうしようもない)


 改めて考えれば、フェオはクオンに気遣って命の扱いを考えることは可能だった。なのにハジメの言った通り金に目が眩んで子供のことを忘れたのだ。そんな傲慢な自分が大嫌いで、なのに肯定してくれるハジメに「違う」という感情をぶつけるように睨んだのは、まるでヒステリー女のようだった。


(こんな有様じゃ、きっとこれから村の代表だってまともに務まらない)


 卑屈になったフェオは、何もかも悲観的に捉える。

 凡人である己には、所詮ハジメたちと対等に過ごす資格すらなかったのかもしれない。それに気付けないでいた自分が愚かしくてしょうが無い。絶え間なく湧き出る自己嫌悪に、いっそこのまま押し潰されてしまえと願った頃――こんこん、と宿の窓が叩かれる。


(何? 風の悪戯、にしては変な気が……)


 疑問には思ったものの、それよりも放っておいて欲しい思いが勝ってベッドから立ち上がれない。すると魔力の反応があり、かしゃり、と窓の鍵がひとりでに空く音がする。


「お邪魔しまーす……」


 驚きの余りフェオの体がベッドの上で跳ねる。


「へぇっ!? あ、ウルさん!?」


 そこにが、訳あり貴族令嬢として最近フェオの村にやってきたウルがいた。フェオより高い身長、美しい容姿はまさに高貴な血を感じさせるが、その高貴な美女が宿の窓から侵入して部屋に入ってくるのだから、フェオからすればどこから驚けば良いのか分からない。

 彼女はちょっと照れながら手を振る。


「来ちゃいました~……アマリリスもいるよ?」

「やっほー。いやぁ、火山って行ったことないから気になって来ちゃった!」


 ウルに続いてアマリリスまでもが上がり込む。

 二人とも動きやすそうな服装に着替えているが、気品があるイメージの二人がよっこいしょ、と窓枠を越えてくる様は同郷の悪童を連想させる。


 今までの自己嫌悪も吹っ飛んだフェオは慌てて起き上がろうとするが、何故かアマリリスがフェオの胸に飛び込んできてベッドに逆戻りする。


「フェオちゃんにダーイブ! あ、なんか良い香りする……」

「えっ、えっ、何なんですか本当に!?」

「アマリリスってたまに思春期の男の子みたいなこと言うよね」


 ウルまでベッドの隣に座ってフェオを囲う。

 フェオは訳が分からず二人の顔を交互に見るばかりだ。


 アマリリスはそのままフェオに抱きつき、軽く擽ってくる。不意打ちのくすぐったさに思わずフェオが「ひゃんっ」と情けない悲鳴を上げると、アマリリスは少しだけ満足した顔で手を引いた。


「同い年くらいの女の子が故郷を離れて宿に集まったら、そりゃ修学旅行でしょ!」

「ごめんなさい、意味が分かりません! シューガクってなんですか!!」

「問答無用!! 修学旅行の旅館の宿では女達はつかの間の開放感から赤裸々な話をするもんなのよ!!」


 ――そこから暫く、ほぼアマリリスが一人で喋り倒した。

 たまにウルが補足を入れることもあったが、フェオの村に来てから色々なしがらみから解放されて充実していることや、ビルダージョブという天職を得られたこと。フェオの知らないような噂話まであったのは驚いた。


「でね、でね! ブンゴの野郎、その肝心なときにワリカンよ、ワリカン!! そのタイミングでその雰囲気でワリカンはないでしょー!! ないない、絶対ない!! 案の定、相手の女の子『うっわこいつないわ』って顔しててさー!」

「あの、アマリリス。執拗なブンゴくん叩きはその辺に……」

「いーや言うね! どうよフェオちゃん、あいつのことは!?」

「ええっ、それだけ喋り倒しておいて急に振るんですか!? まぁ、うちの村の良いところを尋ねた時に開口一番『正式な村じゃないから地税かかんないこと』って言い切った時にはちょっとイラっとしましたけど……」


 人に言うほどではないかと留めていた情報を漏らすと、アマリリスはそれ見たことかと更に勢いづく。


「やっぱねー! それに自覚ってモノがないからあいつモテないしパーティ追放されんのよ!! ここではっきりさせとくけどパーティ追放ってどんな形でも九割九分自業自得で起きるもんね! 仮に仲間に問題あったとしてもその問題に気付いてとっとと見限ってれば『追放された!!』とか叫ばなくて良くない?」

「あのー、このままだとブンゴくん泣いちゃうって。村に居場所なくなっちゃうってー……」


 ウルがけなげにも彼を庇おうとするが、ブンゴの良いところを逆に聞かれると「自分から話しかけたことないから知らない」と真顔で返答し、やっぱりブンゴはちょっと己のあり方を改めた方が良いという結論に達した。


 フェオは二人がこんなにフレンドリーに喋ることにも、いつの間にか村の一員としてよく村のことを把握していることにも驚いた。ツナデなんかとはよくお喋りするが、二人がツナデと同じような話題で盛り上がれる事を知り、ついフェオも話に乗り気になってしまう。


 アマリリスが全くお嬢様然としたしゃべり方ではなくなっていることも、そもそも二人がどうやってフェオ達のいる宿を発見したのかも、もう気にならなくなっていた。

 ひとしきり会話を楽しんでしまったと気付いた頃、アマリリスがにっこり笑った。


「今日、初めて村長としてのフェオちゃんじゃなく素のフェオちゃんと喋れた気がするなー。フェオちゃんなんか村の中ではちょっと気合い入れてるでしょ?」

「確かに……古参の住民相手だと素っぽいけど、なんかいろんな責任を一人で背負おうとしてる感じはあったかも」

「そ、そうですか……? そんなつもり、全然なかったんですけど」


 ウルにも追従され、フェオは虚を突かれる。

 彼女としては、誰にでも分け隔て無く接してきたつもりだった。立派な実力や能力を持った皆に敬意を払い、誰かが孤立して悩みを抱えないように過ごしてきた。

 仮にも村長だから、これがすべき役割だと――。


「あっ……」


 自分の思考を振り返り、間抜けな声が漏れる。

 そういえば、気付けば勝手に懐に潜り込んでいるツナデや相談相手になってくれる年長組、そしてハジメ以外には、フェオは「村長と村民」の関係を意識していた。

 ウルがフェオの肩を優しく触り、微笑む。


「役割を果たす事って立派だと思う。でも、ずっとそれを続けるのって結構辛いと思うよ。私、ちょっと経験あるし……こんな時くらい村長の重荷を下ろそう?」

「そうそう。何があったのかまでは知らないけど、冒険中まで村長の責任感でやってると心が疲れちゃうよ。私たちの前でくらいさっきのテンションを自分に許しちゃおうよ」

「二人とも……」


 ウルは慈しむように、そしてアマリリスは遊びに誘う友人のように、フェオの頭を撫でてくる。特別な才能も無いフェオを、友達として認めてくれている。


 誰よりも親切で正しくあることへ、無意識のうちに強く拘泥してしまっていた。村が大きくなるにつれて責任の輪郭がはっきりしていき、気の抜ける場面がなくなっていた。そうしているうちにハジメへの甘えと冒険の高揚と村長の責任、その境が自分の中で均衡を保てなくなっていたのだ。


 じわり、と視界が滲む。

 今更になって、ハジメの不器用な慰めを思い出す。

 ハジメはきっとフェオが村長かどうかなんて考えていない。最初から真摯にフェオのことを見てくれていた。それを一時いっときの感情で拒絶した自分が、悲しくなった。愛娘を泣かせてしまったフェオを慰める彼の気持ちを、余計なプライドに固執したせいで受け止めきれなかった。


 人間など、心を一枚めくれば情けない本性が隠れている。しかし、弱く脆い本性見せられる人がいることこそ、助け合えるということなのではないか。


「わたし、わたしっ、えぐ……ハジメさんに嫌な態度取って、クオンちゃんにも気の利いた言葉、なんにも思い浮かばなくて……!!」


 こみ上げる感情を抑え込めずにえづくフェオを、二人は優しく抱きしめた。


「悲しいときは泣いていいんだよ、フェオちゃん。泣けない方が辛いんだから」

「大丈夫。私たちフェオちゃんが頑張ってるの知ってるから。ハジメさんはきっともっと知ってるんだから」

「うえぇ……ひっぐ……」


 フェオは暫く、ベッドの上で涙を流し続けた。

 悲しさや情けなさもあったが、そのどこかに弱みを曝け出していいという安堵があった。いつ以来か分からない涙は、これまでに溜め込んだ全ての感情を出し切るように続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ