17-1 転生おじさん、娘の冒険デビューを見守る
ハジメはシングルマザーだ。
ファーザーかもしれないがマザーだ。
仕事がある以上はずっと子供に構っていることは出来ない。
しかし、一つだけ仕事しながら子供に構う方法がある。
「クオンを冒険に連れて行く……我ながら革新的アイデアだ」
「冒険者でびゅーして新たなデンセツの幕開けだぁーっ!!」
「えぇ……いや、まぁ、確かにクオンちゃんなら苦戦する相手の方が少ないですけど」
はしゃぐクオンにフェオは複雑な表情を浮かべつつ、「まぁいいか」と諦めの苦笑いを浮かべた。彼女の脅威という言葉も生やさしい戦闘能力を鑑みれば、彼女と戦う相手の方が心配なくらいだ。
現在、クオンは普段着ではなく冒険者っぽい服装に着替えていた。具体的には子供用におしゃれとかわいらしさを両立して作られた特注装備であり、非情に出来のいい子供用演劇服に見えなくもない。
三人は今、シャイナ王国南西部のグロラゴ火山帯に来ていた。
ここは王国最大の火山であるグロラゴ火山を中心とした火山群であり、希少な鉱物資源の宝庫としても有名だ。火山の高熱とそれに適応した魔物たちは手強いが、一部の希少な鉱石はここでしか採掘出来ないため、危険を冒してでもやってくる冒険者は多い。
ちなみにグロラゴ火山は魔王軍が地上侵攻を企てる度に大噴火計画を建てられ、毎度不発に終わることでも有名だ。今のところ魔王軍出現の兆しは確認されていないし、今回行くのは隠しダンジョン的な穴場なので遭遇の可能性は低いだろう。
あと、火山を拠点にしがちな炎熱軍団と北の方で出現する氷河軍団は、同じ時期には活動した記録がない。まだ勇者レンヤは氷河軍団との戦いの火蓋を切ったばかりなので、暫くは出現しないだろう。
魔界事情に詳しそうな新住民のウルにその辺の話を聞いてみたところ、炎熱軍団と氷河軍団は伝統的に犬猿の仲らしい。正直敵ながらちょっとは協力しろよと思うハジメである。
話を戻し、今回ハジメたちがここに来たのには当然理由がある。
実は、フェオがここで手に入れたい素材があるのだ。
「今回の目的を確認しますよ。目的は煉焦輝石と呼ばれるそこそこ希少な石です。リヴァイアサンの瞳を取りに行った時と同じで行こうと思ったんですが、今回はあの性悪悪徳姫がハジメさんに課した『緊急性のない依頼は受けるの禁止』があるので、私たちはここにピクニックに来ただけということになります」
「ああ。ピクニックついでに石を採取するだけだな」
厳密にはその縛りは十三円卓の仕業なのだが敢えて言わないハジメ。
本日は予定外の同行者もいないし、ハジメはフェオの副官に徹する予定だ。
(何だか最近すっかりフェオに弱くなってしまった気がする……しかし、同時にクオンのフラストレーションも発散出来るし、悪い話ではないな)
件のクオンは自分専用の装備を気に入ったのか、先ほどから自分の服をつまんだり振ったり眺めたりしてしきりに目を輝かせている。彼女の専用アーマーは子供らしいフリフリした可愛らしさと、クオンの容姿に見劣りしないフォルムの上品さ、更には性能までもが拘り抜かれている。
尤も、拘ったのはハジメでなくトリプルブイだが。
刃が潰れて実質棍棒なこどもソードを振りかざしたクオンは、物語の主人公でも真似るように勇ましくも可愛らしい雄叫びをあげている。
「未知へのキタイを抱いて西へ東へ、名前を轟かせるぞぉ! くおーーーーん!!」
今回もトリプルブイを札束ではたいで作らせた制作費3000億Gのこのドレス鎧と剣、本当の効果はクオンの強すぎる力を抑えこむ部分にある。彼女が力加減を間違えてもこれならある程度被害がコントロール出来るだろう。
当初はクオンの成長に合わせて何度も新調させてお金を浪費するつもりだったが、今回は珍しくトリプルブイが猛反対してきたので彼女の成長に合わせて服も成長する仕組みのものが採用された。
『俺の拘りに拘り抜いたドレスを使い捨てにしようとすな!! てゆーかこんな着てるだけで弱くなる服なんぞクオンちゃん以外に未来永劫着るやつおらんのに量産してどうするッ!!』
『それはそうだが、成長するドレスの方が非常識では?』
『俺、自分の人形に魂吹き込んで動かしたどヘンタイよ?』
『愚問だったな』
そもそも3000億Gの予算で神獣を弱体化させる装備を完成させたトリプルブイの技術力は既に神の域に達している気がする。あれで転生者じゃないのだからある意味世界一の危険人物であると思うのはハジメだけだろうか。
ちなみに人体の美に拘るトリプルブイはクオンを生で見たいとフェオの村にやってきて女性住民達に散々セクハラ行動を繰り返し、制裁によりボッコボコになりつつもほっくほくで作業してくれた。ボコボコでほくほくって蒸しジャガイモみたいだ。
そして、この件に関連してもう一つ。
アマリリスとウルが「クオンちゃんにこんなに高い服をあげておいてフェオちゃんに何も渡さないのはナイと思いまーす!」とケチをつけてきて、今回なんとフェオにも火山活動の服を用意することになった。流石に神獣弱体用の鎧ほどのお金はかからなかったが、貴重素材を費やして完成させた逸品だ。
今まさにその衣装を纏っているフェオは、自分の服装を見て思わず感嘆の声を漏らしている。奥が透けて見えるフェイスベールに覆われたその顔は、微かに紅潮していた。
「……トリプルブイさんって本当に凄いんですね。スケベですけど」
普段の彼女は森で動きやすい軽装を基本とした服装だが、今のフェオは砂漠の踊り子が纏うような衣装を基礎に実用性と美しさを兼ね備えた衣を纏っている。
淡い青を基調とし、脚線などにもさりげない露出がありつつも一級装備であるために防御力は見た目からは想像も出来ないほど高い。特に熱や炎への耐性はハジメの本気装備に迫るレベルだ。
「に、似合ってます? 私、こういう服って着るの初めてで……」
「君がこれを着るのだから似合わない筈がない」
「そこまでストレートに言われると逆にこっちが恥ずかしいんですけど……もうっ。踊ってくれだなんて言わないでしょうね……?」
口元を尖らせるフェオだが、微かなにやけが隠せていない。
(ハジメさんが私に似合うように用意したんだもんね、そりゃ似合うに決まってるよね……私のために……うぅ、今更ながら恥ずかしくなってきた。こんな服を用意されたら誰でも口元にやけちゃいますよ! ずるい!)
(とりあえず彼女の機嫌は悪くなさそうだ……)
最初、ハジメは「こんな服をおっさんから急に渡されても気持ち悪がられるだけなのでは?」と思っていたが、実際に服を渡したときのフェオはこちらをチラチラ見ながら「この服……着て欲しいんですか? 私に?」と満更でもなさそうな顔をした。
せっかく作ったのだし着て欲しいと言うと「し、しょうがない人ですねーハジメさんは! いやらしいんだから!」と口ではイヤイヤながら何故か嬉しそうだった。全てアマリリスとウルに予め叩き込まれた乙女心アドバイスに沿ったのだが、やはり女心は同性が最もよく理解しているようだ。
これからも力になってくれるのを頼もしく感じるハジメだが、彼は自分がそのように誘導されていることには全く気付いていないのであった。
閑話休題。
クオンは年齢上まだ冒険者にはなれないが、別に冒険をすることを禁じられている訳ではない。ただ生業としての冒険者を名乗って冒険者と同じ仕事が出来ないだけだ。勝手に名乗るなら問題ないし、クオンほどの力があれば並大抵の敵は歯牙にもかけない。
面倒も見れてクオンも未知の体験が出来る、一石二鳥の策だ。
ある意味クオンならではと言えるだろう。
唯一の懸念であるクオンの暴走も、鎧で対策した。
(あとは目的を達成して帰るまで、全力でフェオを守るだけだ)
装備品のおかげで今のフェオは短期間なら溶岩を浴びても平気だが、一応注意しておくことにしたハジメ。まさか火口に落っこちても「その装備なら自力で登れるだろ」などと言えば、フェオの怒りは噴火すること請け合いだろう。
グロラゴ火山帯は洞窟の奥に行くほどに稀少な素材が手に入る。ただし、洞窟内部は火山が人を遠ざけるかのよう容赦なくマグマが吹き出たりしまくっている。が、マグマは別として普通に人が通れるだだっ広い空間も多い。
現実的に考えるとこんな洞窟あるか? とか、有毒ガスとか吹き出ているだろ! とかツッコミどころは満載かもしれないが、異世界なのでの一言で全てに片が付くのをハジメは知っている。
大別してグロラゴには初級レベルの洞窟、中級レベルの洞窟、上級レベルの洞窟の三種類があるのだが、どれも構造が複雑で初見攻略は非常に危険が伴う。しかも火山活動により以前の道がなくなったり新しい道が出来たりとたまに構造自体が変わる。
「煉焦輝石は上中下級どの洞窟でも採れるが、効率が良いのは中級だ。俺は上級以外行ったことがないが」
「……ですよねー」
死にたがりのハジメの思考回路が読めてきたフェオはがっくり肩を落とす。あわよくば火山で死ねるなどと期待してしたであろうことなど彼女にはお見通しだった。
とはいえ、百戦錬磨のハジメが付いていれば安心だ。
炎対策の装備品も身に纏っている。
三人は早速火山洞窟に突入した。
凄まじい熱気は何も備えをしていない者なら呼吸するだけで喉を焼かれただろうが、今の三人には少々暑い程度にしか感じられない。尤も、クオンの場合なんの備えもしなくてもマグマで泳ぐくらいは平気だが。
クオンは初めて町に行った時と同じくらい火山洞窟が新鮮なのか、周囲をキョロキョロ眺めていた。
「マグマって何で赤いんだろう。ママ知ってる?」
「あれはクレヨンみたいに赤い色なんじゃなくて、大地のエネルギーと風のエネルギーがぶつかってああいう色に見えるんだ。風と大地が完全に混ざり合うと洞窟の壁みたいな岩になるぞ」
「へぇー、なるほどー。ママって何でも知ってるんだね!」
厳密には酸化によって起きているのだが、ハジメも実はあまり詳しくないのでこの世界の人にわかりやすい例えを使った。これ以上深く突っ込まれたらホームレス賢者に火山講習を受けにいかなければならない。
クオンの好奇心はせわしなく移ろう。
「ママ、こっちのトゲトゲして光ってるのは何?」
「それは水晶だ。いろんなアイテムの素材になる。魔力を通しやすいから魔法使いの杖によくはめ込まれてたりするぞ」
「フレイとフレイヤなら喜ぶかなぁ。持って帰ろっと……あれ、こっちの黒いのは?」
「石炭だな。物を燃やすときに使ったりする。薪より更に火が熱くなるぞ」
その辺の壁や床に変わったものがあると片っ端から掴んで聞いてくるクオンに丁寧に受け答えしていくと、クオンはしきりに感心した。どうやらクオンには観光や行楽よりこちらの方がよほど刺激的らしい。
と、壁際の水晶がいきなり動いた。
クオンはそれを目にも留まらぬ反射速度で捕まえ、両手で掴んで上に翳す。
動く水晶の正体にクオンは目を丸くした。
「このトカゲさん、スイショーが生えてる……?」
捕まえたそれは、背中や尻尾から結晶のようなものが生えた不思議なトカゲだった。魔物にしては小さいが、それでもその辺の猫より大きい。ハジメは記憶を手繰り、トカゲの正体を思い出す。
「確か……クリスタルリザードという魔物だ。火山の中に住む特殊なトカゲで、臆病で素早いから捕まえるのは大変らしい。よく捕まえたものだ」
「ママの娘だから当然だよ、にへへ。それにしてもこんなトゲトゲを背中から生やして邪魔じゃないのかなぁ?」
クオンはトカゲと顔を見合わせて質問し、トカゲはそんなクオンに何か感じたのか「ギュウ」と返事をする。舌をチロチロさせる不気味なトカゲだが、クオンは気に入ったのか抱きしめて「一緒に冒険しよっか!」などと言い出した。ペットにする気かも知れない。
……クオンは知らないことだが、クリスタルリザードは体内において自然界では生成出来ない稀少で特殊な結晶を作ることで有名で、たいていの場合はその場で殺されて素材だけ抜き取られる。
(……真実を伝えるのは酷だな。いっそこのまま黙っていようか?)
クリスタルリザードに情を抱き始めた純真なクオンを眺めつつ、ハジメは自分の計算が少し甘かった自覚が湧いてきた。頭のネジがお抜けあそばされた頭脳でそれは無理らしからぬことだが、気付いただけマシだろう。
計算の甘さというのは、魔物の扱いだ。
フレイとフレイヤ曰く、クオンは魔物を殺したことがないらしい。森で彼女に出会う魔物は全てがクオンに絶対に勝てない事を本能で察知して抵抗を諦めるので、クオンも魔物を敵として認識したことがないようなのだ。むしろ魔物の事を知りたくて弄り回していたくらいだ。
クオンに魔物を殺す様を見せるのは不味いのではないだろうか。
思考に耽っていると、いつの間にか後ろにいた筈のフェオが鼻歌交じりにクオンに近づいていた。
「クオンちゃん、そのトカゲさんは体の中にとっても高く売れる結晶が入ってるから仕留めちゃいましょう!!」
「シトメル……?」
(――惨劇の予感ッ)
将来の夢の為にお金を求める少女フェオ、空気の読めない男の珍しい気遣いを正面からぶち壊していく。




