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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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16-3

 その日、氷河軍団でも上位に位置する魔族、スノウメーブは上機嫌だった。


「嘗て人間を守る為に建築された城が今度は人間を苦しめるだなんてねぇ。まったく人間の無様さはどこまでも笑わせてくれるわ、アハハハハハハハハ!!」


 魔王軍幹部に並ぶ実力を持つ彼女は、純白の肌に日本のバブル時代感漂うケバケバメイクと露出の多いボディコンで決めたかなりのイロモノだ。これで美人なら救いがあるが既に彼女はまぁまぁお年を召したオバサンである。


 彼女は氷魔法のスペシャリストだ。

 しかも魔術知識も豊富で、城をまるごと改造して周囲の村にまで冷気を送れるほど強力な魔法増幅器にしている。周辺も凍り付かせ、いよいよ氷河軍団の本格侵攻が迫ってきた。


「飛空軍団は間抜けな長が闇討ちでくたばり、呪毒軍団も勇者が活動を始める前から失態続き。地鉄軍団もまんまと陥落。となれば、魔王様に勝利を捧げるのは我々氷河軍団よ!! 炎熱軍団の暑苦しい莫迦共に後れを取ってたまるものですかッ!!」


 魔王軍所属者は全体的に魔王に対して変なフィルターが働く傾向にあり、魔王が失禁しておうどんたべたいとか言い出そうが「魔王様のためにッ!!」と燃え上がってしまうような奴ばかりだ。


 そもそも魔界は割と平和なのに何故魔王軍が地上侵攻に拘るのかも若干あやふやな部分があるが、魔王軍を構成するメンバーはむしろ目的より戦いそのものを求めている節がある。スノウメーブもまたそんな力を持て余した魔族の一人だった。


 しかし、一人勝手に興奮していたスノウメーブに水を差すどころか物理的に刺す事態は既にすぐ側まで近づいていた。


「……ん? 何かしら、空の星々が騒がしいわね」


 キラキラと光る夜空の星――それが様々な属性がエンチャントされた大量の投擲物だと気付いた時には既に遅かった。


 城壁を、迎撃装置を、それを維持する魔術装置を、城壁内部で談笑したり食事をしていた魔物達を、そして氷で美しく装飾し直した城そのものを、夥しい数の武器が容赦なく爆破し、叩き壊していく。


「どっひゃぁぁぁぁぁぁあああッ!?」


 情けない悲鳴を上げて窓を離れた瞬間、窓を紅蓮の槍が貫いて床を砕き、粉々に弾け飛んだ。


 城壁内部のありとあらゆる場所で炎、雷、重力異常、閃光、破砕、そして爆発が入り乱れる。特に重力異常と破砕の効果が厄介で、氷を砕いた先にある城そのものの崩落を加速させる。数にしておよそ六百の高高度からの無差別爆撃が止んだ時には、城のあちこちが穴だらけになり、そこかしこで火の手が上がっていた。

 パニックになった魔物の分隊長が叫ぶ。


「に、人間の襲撃だーーー!! しかもこの攻撃量はきっと大量の魔法使いだ!!」

「いや、攻城兵器では!? 人間の新型兵器だッ!!」

「射角がおかしいだろ!! 殆ど空から振ってきてたぞ!?」

「俺たち包囲されてんのか!? 見張りはどうした!?」

「みんな殺されたんだ、きっと!!」


 スノウメーブは思わず歯噛みする。

 見たところ見張りも何が起きたか分かっておらず右往左往しているということは、見張りが発見出来るほど大規模な集団は見えないということだ。

 それに、仮に来ていたとして部隊展開が早すぎるし、投擲されたのは攻城兵器でも魔法でもなく武器だった。魔物への損害より奇襲の混乱による誤情報と士気低下の方が著しい。


 更に、攻撃はそれだけでは終わらない。

 突如、城壁の一角が弾け飛んだ。


「今度は何ッ!?」

「うわぁーー!? いよいよ攻めてきたぁぁぁーーー!!」


 破片を場内にまき散らして城壁が崩れていく中、再び別の城壁が粉砕される。今度は完全に城の正面からの射角だ。氷でコーティングした上に破損部を補うよう設計していた筈なのに、一分もすると城門周囲の壁は大穴だらけで自重を支えきれなくなり、崩落を始めていた。

 更に、崩落の影響で仕掛けていた魔法が一部機能不全になる。


「キィィィッ!! 攻城兵器にしては威力が強すぎるでしょうッ!!」


 ともあれ、敵が正面から攻めてくることは想像に難くない。

 スノウメーブは城のバルコニーから部下を鼓舞する。


「お静まり、豚共ッ!! 城壁が崩されたんなら敵が正面から来るってことだよ!! 全戦力をたたき起こして戦闘準備ッ!!」

「「「は、ハハァッ!!」」」


 なんとか浮き足だった兵士たちを統率するが、襲撃者にとってはその隙だけで十分だったらしい。気がつけば、崩落した城壁の先に杖を構えた一人の男が立っていた。


「尊き御言葉みことば曰く、不浄なる者は灰に帰すべし。邪悪なる者は祓われるべし。苦難の前に拓け、解かれたる戒めの道よ――ノーブル・ブライト」


 瞬間、夜空をも染める白熱した熱閃の奔流が迸った。

 城壁を融解させ、前方に集まった全ての魔物を灰燼に帰し、莫大な熱量は城の正面玄関から城の裏口までをものの美事に貫通した。その一撃だけで、城を覆っていた全ての氷が蒸発、融解し、肌を灼くほどの高熱がスノウメーブをなぜる。


 咄嗟にマジックシールドを張って凌いだものの、莫大な熱量は城の大広間に留めていた主力魔物たちを光と熱で包む。

 光が消えた時には、都市部にさえ攻め込める数の魔物たちは僅かな装備品を残して灰と化していた。


「莫迦な……こんな……」


 人間との戦いの為だけに調べ、揃えた鉄壁のような城壁。

 攻防一体、魔法増幅器としても一流に練り上げた魔術陣。

 魔王軍の尖兵として遜色ない練度の魔物たち。


 それら全てが、一瞬で『力』というどうしようもないものにねじ伏せられた。


 スノウメーブは悟る。

 方法は不明だが高高度から降り注いだ攻撃も、それによって起きた混乱も、城壁が破壊されたことで『敵は破壊された城壁から攻めてくる』と思い込ませ、誘導するための布石。そして、まんまと集まった魔物たちは広域魔法で焼き捨てられた。


 バルコニーを飛び降りたスノウメーブは、杖を仕舞い剣を構えた一人の人間を睨み付ける。


「全て計算ずくという訳か!! よくも部下達を弄んでくれたな!!」

「いや、在庫を片付けたかっただけだ。城壁を壊したのも全力でハンマーを投げつけてみただけだ。今のステータスで投げると下手なハンマーでは衝突の衝撃で粉々になることが判明した」

「ほざくな!! 知っているぞ貴様を……人の分際で死神を名乗るその傲慢を弁える日が来たな、ハジメ・ナナジマ!!」


 スノウメーブの体の周囲に刺すような冷気が渦巻く。

 対し、ハジメは何事もなかったようにアスラガイストの力でファイアエンチャントした武器を山ほど投げつけまくった。情け容赦一切無しである。されどスノウメーブも名有りキャラだけあって簡単には負けない。


「ハッ、洒落臭い!! どんな絡繰りか知らないけど風と氷の魔法の達人であるこの私にそんなオモチャが通じるものですかッ!!」


 纏う風が空中で氷の華のように咲き誇り、エンチャントした武器を叩き落とす。破壊されて宙を舞う破片すら凍り付いていた。これこそ彼女が氷河軍団でも最高位に位置する実力者である所以だ。


 しかし、彼女は気付いてない。

 さっきからハジメが投げてる武器が安物であることを。

 そして、ハジメの持っている武器の数が半端ないことを。


「無駄よ無駄無駄ぁ!!」


 武器が砕け散るが、砕けた分だけ『高速換装』でどんどん補充される。


「無駄……ちょ、無駄だって……あれ、ちょ、多……」


 迎撃するのは簡単だが、攻撃が間断なさすぎる。

 いつまで粘ってもまったく反撃のタイミングが来ないのだ。


「いやっ、多っ、あと何個あるのねぇ本当に何個持ってるのちょっとちょっとちょっと多い多い多い!! てか無言で投げつけてくるのやめなさいよ怖いからッ!!」


 全く途切れない連打にスノウメーブの余裕が崩れていき、変な汗が止まらなくなっていく。実はさっきから武器が破壊されているのは、使っているのが全部使い捨て武器だからである。さっきの投擲で投げるのにあまり向かなかったチャクラム、ブーメラン、短剣などを中心に在庫一掃セールの続きである。


「おいこの!! はぁ、ひぃ!! 攻撃が途切れたときがお前の最期だからな、マジで!! 絶対!! 殺す、うぅん!!」

(いいぞ、どんどん在庫が減っていく。もっと踊れ、スノウメーブ)

『汝、転生者ハジメよ。言葉選びが外道のそれだぞー……ぞー……』


 もちろん女神の御言葉は戦いに集中しすぎて聞いていないハジメであった。

 猛攻は続き、一分が経過しても息切れしないハジメの猛攻にスノウメーブは焦る。


(大技を発動させれば吹き飛ばせるのに、発動する為の隙が……押し寄せる物量のせいで何も出来なぁいッ!?)


 まるで永遠のように感じるやりとりの中で、体力も魔力も集中力も容赦なく削られる。

 数分後――やっとハジメが投擲武器を使い切った頃には、もはや彼女も魔法を連続行使しすぎた反動で息絶え絶えだった。どんな単純魔法だろうが数分間全力でコントロールしっぱなしになれば幾ら魔性の存在でも疲れるものだ。


「む、粗方使い切ったか。城壁に投げ続けた時に大分減っていたんだな」

「ぜはー、ぜひゅー、ぜはー、いっ、幾つ武器持ってんのよクソ人間!! もう同じ真似はやらせないから死になさ――」

「タイタンストンプ」


 スノウメーブが魔法を放つ前に、ハジメは既に無造作に取り出した巨大な戦槌でスノウメーブをグチャッと叩き潰した。仮にも人型に近い魔物相手に一切容赦なしである。

 ちなみにタイタンストンプはハンマースキルのなかでも上位の威力を誇るスキルなので、ハジメの馬鹿力で振るわれれば大抵の敵は一撃必殺だ。


 その一撃で倒せるのならそれまでの投擲物は必要なかったのでは?

 否、断じて否。

 ハジメの目的は依頼達成のついでに散財すること。使い道がなく売るしかないアイテムを消費することは間接的な散財に繋がる。


 ハジメがハンマーを持ち上げると、槌の裏から潰れた果実のような肉片が滴る……ことはなく、ギャグマンガのようにペラペラになったスノウメーブの姿があった。2秒警戒しても元の形に戻らない場合は致命傷である。この世界の仕様上、余りにもスプラッターな死に様はNGらしい。

 これはこれで嫌な死に方なのではなかろうかともハジメは思うが。この間抜けな死に様は死にたがりのハジメでさえちょっと思うところがある程度にはシュールだった。


「この氷の女王が、こんなところで……魔王、様……申し訳……ぐふっ」


 ……それでも辞世の句を述べられる辺りに魔王軍の矜持を感じる。案外彼らは辞世の句を言ってから死ぬスキルを持っているのかもしれない。

 何なのだろうか、その無駄極まりないスキルは。

 そりゃ言い切れずに死ぬよりはいいけれども。


 色々と思うことがあるハジメだが、とりあえず地属性魔法をぶっ放して城を全て叩き壊す。


「狂乱の歪み、巡り集いて決壊せり。獣は天へ咆哮し、惑う愚者を悉く呑み込まん――グランドコラプス」


 城の中には残党がいたが、城ごと壊したことで全員潰れて死んだようだ。どうせ壊すなら半端に壊さず徹底的に更地にした方が良い。最初からそうしなかったのは、無駄な使い捨て武器たちをちょっとは意味ある形で処理したかったというだけだ。


 こうしてハジメは今日も困難な依頼を達成し、魔王軍の侵攻を防いだ。

 その任務のさなか、ずっとつかず離れずで誰かに見られていることを知覚しながら。


「依頼遂行より趣味を優先……敵を執拗に甚振いたぶったり不必要な破壊を行う残虐性と攻撃性を確認……観察継続の必要あり」


 その人物は、またしてもぼそぼそと独り言を呟くとメモ帳に何か書き込み、その場を去って行った。


 ちなみにモノモチーは結果報告に暫く呆然としていたが、やはり本音はあの城の管理が面倒だったらしく「終わってしまえば意外と清々しい気分ですね」と概ね肯定的に受け取ってくれた。城は所有しているだけで結構な税金を取られるらしい。


 崩落した理由もそれっぽく取り繕ってくれたので、みんなハッピーである。

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― 新着の感想 ―
[一言] やってることは、たしかに執拗に苛めたあげくプチっという潰す。さながら子供が虫を弄ぶがごとき所業だったのう…
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